〜癒しのお姫サマ〜





「今日はスコーンを用意してみました」
越廼がテーブルの上にクロテッドクリームと数種類のジャムを並べていく。
「スコーンなので、本日は紅茶です」
まずはストレートがいいですかねと鮮やかな手つきで糺は紅茶を淹れていく。
「最終日ですから、ゆっくりと過ごしましょう」
恐らく途轍もなく高いと思われるカップを春江はどうぞと秋良の前に置く。
「ありがとうございます」
秋良がお礼を言うと何故か物凄く嬉しそうな笑みを三人は浮かべた。



一週間前


「えっ?」
秋良は生徒会室のソファーへと腰を下ろしていた。何故ここにいるのかはこの部屋の主に呼ばれた
訳なのだが、その部屋の主の言葉に秋良はさすがに驚く。
「生徒会長・・・代理ですか?」
「ええ。実は一週間ほど私用で学校を休まないといけなくなってしまって」
生徒会室の主・有定はにこやかに秋良が驚く言葉を吐いたのだった。
「もちろん何も無いとは思いますが、いざ何かあった時に命令の出来る人間がいないと」
「はぁっ。でもそれでしたらオレより相応しい人がいるのでは」
秋良の言葉に有定は苦笑する。
「本当に判っていませんね坂本様はご自分の魅力を」
自分の魅力?と秋良の頭の中には疑問符が飛び交う。
「という訳で宜しくお願いしますね」
承諾してはいないのだが、有定の柔らかな口調なのに有無を言わせない雰囲気。
まぁ、秋良には特に断る理由もなかったので、一週間会長代理を務める事になったのである。


会長の仕事とはいっても、毎日やる事がある訳ではない。
行事のある月などは、この学校特有の姫という役職があるのでそれなりに忙しくなる。
秋良が代理を務める一週間。何か行事がある訳でもなかったのだが、秋良は放課後毎日生徒会室
へと行っていた。
有定には別に生徒会室に毎日行かなくていいと言われていた。有定曰く、『坂本様が会長代理と校
内に広まっていれば、まぁ問題なんて一切おきませんから』という事だったのだが、自分の魅力・人
徳を全く理解していない秋良には納得出来る訳がなくて、律儀に毎日生徒会室に顔を出すという結
果となる。
別に毎日生徒会室に来なくてもいい事を知っていながら、有定の一番のシンパである三人は何も言
わずにいた。寧ろ、三人は秋良が生徒会室に来るのを楽しみにしていた。
三人が校内で誰も知らない者がいない程に、有定の信奉者である事は知られている。その三人が
有定とは別の意味で構う人物がいる事は知られていない。


「このジャムは全て手作りだそうですよ」
「紅茶のおかわりはいかがですか」
「スコーンはまだたくさんありますから、遠慮しないで下さいね」
至れり尽くせりな状況に秋良は一週間戸惑った。
仕事はいいんですか?と聞いても三人は笑顔で構わないと言うばかりで、会長代理とはいっても、
三人の方が生徒会の仕事の事は知っているから、そう言われてしまえば秋良は何も言えない。
仕事はしなくてもいい、何も仕事は無いと言っているようなものなのに、秋良は一応念の為にと思い
毎日生徒会室へやって来る。そして、三人は秋良の行動を止めない。
生徒会の仕事をしないのなら、何をやっているのかといえば、一週間、優雅にお茶会を開いていた。


マロンパイにバナナタルトと苺のショートにザッハトルテ。
星型やらハート型のクッキーにマドレーヌやチョコレートブラウニー。
一週間、用意されたお菓子は有名店のものばかり。甘い物が割りと好きな秋良の顔は一口食べる
度に仄かに笑みを浮かべる。その姿に三人が癒されているのをもちろん秋良が気付いている事は
ない。
「随分と長居してしまったみたいですね」
部屋にある時計を見て、秋良はカップやお皿を片付けようとする。もちろん、三人が秋良にその様な
事をさせる訳がない。
「我々が無理にお茶に誘ったんですから、坂本様は片付けなどしなくていいんですよ」
「一週間。有意義な時を過ごさせて頂き光栄でした」
「またぜひこの様な場を設けさせて頂いても宜しいでしょうか」
ただ、お茶しながら一週間世間話をしただけではあるが、楽しかったのは事実である秋良は満面の
笑みを浮かべて。
「オレも凄く楽しかったです。オレでよければぜひまた」
一週間ありがとうございましたと秋良は一週間の会長代理を終了し、生徒会室を出て行った。

『ほぉーっ・・・』

秋良が出て行くと、部屋内に三人の溜め息が同時に漏れた。
「やはりいいな・・・坂本様は」
越廼は右手をしっかりと握り締めて体を振るわせる。
「あぁ・・・一緒に居るだけで安らぐよな」
糺は眼を閉じて、左手を胸の上に置く。
「三人の姫とは違う。有定とも違う・・・坂本様のあのオーラ」
春江は右手を胸に置き、左手を高々と上げて、恍惚と語る。
三人は考える。
姫と呼ぶには何か違う。有定の女王様という雰囲気ともまた何か違う。
秋良の坂本様の我々にとって彼の存在はと考えて三人の脳裏に浮かんだのは。

『お姫サマ』

「ただ、姫と呼ぶのはしっくりこないんだよな」
「そうそう。お姫サマ・・・うん、この呼び方がいいな」
三人がうんうんと頷いて納得していると、バタンッとノックもされずにドアが開いた。三人は驚く事もな
く入ってきた人物を見る。
「あぁー疲れた」
お帰りと三人は有定に声を掛ける。
「ただいま。ったく、あの狸じじい共は・・・何、坂本様とお茶してたの」
ドカッとソファーに座った有定の前にはお茶会の名残。
「代理も今日で最後だったから慰労を兼ねてお茶会を開いていたんだ」
しれっと話す越廼。有定はふーんと言いながらお茶と言う。
この時特に何も言わなかった有定の態度を三人は疑問に思うべきだった。


「楽しい時間だったようだね」
翌日、生徒会室に来た三人の目の前には、笑顔を浮かべる有定の姿。その姿に三人は固まる。笑
顔なのだが、眼が笑っていない。
坂本様からバレたかと思うが、有定がサクッと刺す様に坂本様じゃないからねと言う。
「坂本様は三人に非常に良くしてもらったと言っていたよ」
それならどこからあの癒しの一週間を知られたのか。
「マロンパイは以前俺が話していた店のだろう。スコーンもいつか坂本様と一緒に・・・と話していた
記憶があるんだけど」
何故、食べた物の名を見ていないのに知っているのか。
見ていないのに?
三人は生徒会役員の中でも重要なポストに付く。頭は良く、回転も速い。
「有定・・・どこに仕掛けた」
越廼の言葉に有定は妖艶な笑みを浮かべた。三人はその笑みにゾクッと寒気を感じた。


数日後、三人のポケットマネーにて有定は秋良と二人っきりのお茶会を堪能。

今こそ我らがお姫サマの癒しが欲しいと、寒い懐を押さえながら三人は心の奥底から思った。




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