『ぼくは妹(仮)に恋をする。』




「河野姫、宅配便が届いてるぞー。なんだコレ…衣類か?」
「ああ、ありがとうございます」

ある夜。湯上りのいい気分のまま部屋に戻る途中、姫番から声をかけられた
河野 亨は、無造作に返事をしたものの渡されたブツを見て即座に顔を顰め
た。

「送り主、河野 さやか…?」


           *                       *


「…なぁ、あの子が亨のこと好きだったのって、絶対嘘じゃないか…?」
「俺が聞きたいよ…」


同室の四方谷と共に、心底複雑な気持ちで眺めているのは、彼の血の繋が
らない妹から送られて来た何着かの制服ー全て女物ーであった。

清楚なセーラー、可憐なブレザー。リボンもタイも付属品。

ご丁寧に紺のハイソックス(新品)まで並べられたベッドの端には、ここまで二
人を混乱させるに至った元凶の手紙が、一度読まれたきり放り出されたまま
の場所でひっかかっている。

少女らしく花模様の散った便箋には、右肩の上がった丸っこい文字で、みっち
りと思いの丈が綴られている。


『拝啓。亨君、お元気ですか?この間は会えて嬉しかったです。本当は、会っ
たらまた ヘンになっちゃうんじゃないかって心配だったんだけど、何とか自分
の気持ちが整理できて良かった。亨君が悩んでたことも、初めて知りました。
本当に、困らせてばっかでゴメンね。あと、この前も思ったのですが、ユウジロ
ーさんと亨君はやっぱりお似合いです!私を騙そうとしてたのは許せないけど
(怒)、キレイだし、ちゃんと亨君のこと分かってくれてると思う。だから、ユウジ
ローさんに絶対似合うと思って他校の友達から譲ってもらった制服を送ります。
亨君にも似合うと思うから、どっちがどっちでもいいから早くくっついちゃって下
さい!もしどうしてもダメだったら他の友達でもいいけど…。女は許さないから
ねっ!それでは。

風邪などひかないように、体に気を付けて下さい。 敬具。 さやか』



「…頭語と結語が正しく使えてるのは、この年にしてはエライよな」
「ツッコミ所はそこかよっ!」

「困らせてばっかでゴメンね、の後のこれは、困らせてることにはならないの
か…?」

「なんか、後半になる程字が生き生きしてる気がするのは、オレだけかな…」

「どっちがどっちでもって…。えっと、亨はどっちがいい?vv」
「…頼むからそれ以上言わないでくれ。…落ち込むから」


半分自棄になりながらの突っ込みに疲れ、脱力したまま床に伸びること数十
分。
突如、事の解決とまではいかないが、ある妙案が四方谷の脳裏に閃いた。


            *                       *


「はぁー…一体何なんだよ今日は…」

翌日。授業+姫のお務めというハードスケジュールを恙無く終えた亨は、寮へ
の帰途に着きながら盛大にため息をついた。(勿論、一般生徒のいない場所
で/←プロ根性)


(何故かオレだけ有定会長に呼び出されて『半期に一度冊子を発行する文芸
部の創作意欲を高めるため』とか言われて薔薇を持って窓辺に30分立たされ
るし、その新作の服のテーマ(小公女セーラらしい)を名田庄先輩から力説され
るし、その後はシンパ共の会長賛美を茶飲み話に延々聞かされるし、やっと教
室に戻ってみれば裕史郎も秋良も帰ってるし…)


まさに厄日としか思えない、目まぐるしかった一日を回想しながら、慣れた仕草
で自分の札を『在室』にかけ直し、すれ違う人ごとに笑顔を振りまきながら自室
へと向かう。

(裕史郎の奴、薄情にもさっさと帰りやがって!ぜったい文句言ってやるーー)

面倒事を全て押し付けられた怒りに燃え、そう心に固く誓いながら勢いよくドア
を開けた、瞬間。



「「「おかえりなさいっ!」」」


「…は?」



姫らしからぬ呆然とした表情で見つめる先には、3人の『妹』が。



上着の白、襟元の濃紺、リボンの青色のコントラストが清潔感漂う、セーラー服
(スカートは短めで幅広なプリーツ)姿の実琴妹。

茶系のブレザーに白のブラウス、赤地に濃緑のチェック模様が入った愛らしい
プリーツ スカートを着こなして、首元に細身の紺タイを結んだ秋良妹。

上品な黒のボレロに臙脂色のリボンの付いた白いフリル付ブラウス、上着と同
色の落ち着いたスカートという服装の裕史郎妹。



まだ開いた口が塞がらないといった様子のこの部屋の主に向かって、腰に手
を置いた裕史郎がカメラ目線で説明する。


「説明しよう!我々姫は、学校内に潤い・癒しを与えるという役割上、より多くの
人達のニーズに応えられるよう常に研究を怠らないようにしなければならない。
つまり、マンネリ化しないように日々創意工夫していくサービス精神だよね」

「それで、その案の一つとして『妹キャラがやりたい』って裕史郎の奴が言い出
してさ。まあ、オレもあのビラッビラしてる服よりはマシかな、とは思うし…」

「裕史郎が有定会長に相談して、ちょうど同年代の妹さんがいる亨に見てもら
って、感想を聞いてみることにしたんだ。ごめんね、生徒会の中でサイズが合
うのがオレくらいしかいなくて…」

あと、会長達にはオレ達が用意している間ちょっと亨を引きとめててもらったん
だ、と申し訳なさそうに謝る秋良。さらさらと髪が揺れ、困ったように上目遣い
で見上げる様が、ものすごく可愛い。


(裕史郎、コレが狙いだったんだな…!?)


はっと振り返ると、『制服が送られてきた理由は、劇のためだとか何とか適当に
言い繕っておいたヨ!』と顔に書いた裕史郎が、抜け目のない笑顔でウインクし
てきた。


普段、女装などする必要も願望もない秋良でも、「姫制度のため=生徒会公認」
と言われてしまえば、性格上協力を拒めなくなるだろう。

そして、有定会長が同意した以上、そちらにもその意が通じているとみてまず間
違いはない。
その証拠に、窓の外で時折フラッシュが光るのを見たような見ていないような…


「あのー…」
「坂本様が苦しそうなんですけど…」
「え?…うわっ!ごめん秋良!」
「う、うん、大丈夫だよ(けほっ)」

気付かない内に抱きしめていたらしい秋良を慌てて離してから、ふと自分の妹
のことを思い出す。

(なんか、今ならさやかの気持ちも分かる気がするな…)


「やっぱり、女の子の制服って新鮮でいいよな。男ばっかだと学ランだけで、味
気ないし。」
「でも、『妹』ってことだから、他にもなんかやった方がよくないか?」
「それだ。実琴、『お兄ちゃんvv』って言ってニッコリ笑ってみて」
「えー!?や、やだよ恥ずい!」
「お仕事の一つだ、文句言わずにやりなさい!」
「やだったらやだ!何だよ2人してオレばっか苛めやがってー!」
「やめなよ3人とも…;;」





かわいくて、大好きで。



いつも一緒にいたいと思っていた妹が、もし血がつながっていないと知ったらー











ちなみに、その後どこからか流出した坂本様の女装写真を手に、初代坂本様が
血相を変えて学校に乗り込んで来たというのは、また別の話。



END.




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