可愛らしい貴方の手の表
それを穢そうと思う俺は罪ですか?
優しい可愛いお姫様
貴方を俺だけのモノにしてもよろしいですか?





   表側に口付けを





「坂本様、当選おめでとう御座います」
にっこり微笑んで有定は言った。
秋良は照れた様に微笑み、「有難う御座います」と答えた。
「まあ、分かっていた事とは言えなかなか面白い選挙でしたね」
有定がそう言うと、秋良はえっと言う顔をして口を開いた。
「そんな、分かっていた事なんてっ……」
そう否定するが、しかし次に言おうと思っていた言葉は言えなかった。
此処に本人がいないとはいえ、しかしその言葉は御鷹の気分を害するモノだ
と秋良は理解していたから。
だから、言えなかった。
「んー、まあ彼もなかなか魅力的でしたけどね。でも、坂本様には敵わないで
すよ。なんて言ったって貴方は坂本”様”なんですから」
先ほどから変わらず微笑み続ける有定に少しだけ肩を落とす。
「……会長、だから俺は様なんて言う柄じゃないですよ。何処にでもいる普通
の学生なのに」
後半辺りはぶつくさと文句を言うような形になってしまった。これじゃあ少し実
琴君みたいだな、なんて思いながらも言ってしまった事は仕方がない。
秋良は自分自身にも呆れ、そして自分が何を言っても意見を変えない有定に
も呆れた。
「坂本様、”会長”じゃないでしょう? 会長は、貴方なんですから。ね?坂本
”会長”」
やんわりと訂正する有定に、そういえばと言う顔を秋良は見せた。
そうだ、もう選挙は終わったのだから会長は会長じゃない。
「あ……そうですね、すみませんでした、有定先輩」
秋良がそう言うとあははと有定が笑う。
「貴方は本当に素直ですね。だから俺は貴方が気に入っているんですけど」
そう言うと有定はふいに真剣な表情で秋良を見つめた。
秋良は疑問符を頭に浮かべながら「先輩?」と聞いた。
「いや……そういえば、先ほどの格好似合ってましたよ、坂本様」
「えっ!?」
その言葉に、秋良は顔を赤くした。
「あ……えと、あれは、その………」
しどろもどろに説明しようとするが恥ずかしさで頭が上手く回らない。
秋良はただ顔を赤くしてどもるだけだった。
「いや〜、あそこまで坂本様に女装が似合うとは思いませんでしたよ。どうで
す? 姫になってみませんか?」
「えっ!?」
また同じ言葉、むしろ同じ音を出してしまった。
先ほどよりもいっそう顔を赤くして、秋良は今度こそ言葉を詰まらせた。
その様子を見て有定はクスクスと笑う。
「冗談ですよ、坂本様。坂本様は会長なんですから姫は無理でしょう?」
「あ……そうか、そうですよね。嫌だな先輩、からかわないで下さい」
まだ顔を赤くして、けれど笑って秋良は言った。
「いや、半分本気だったんですけどね。でもまあ坂本様が会長なんですから、
やりたいと言えばやれますよ?」
「謹んでお断りします」
今度は初めから冗談と取ったのか、秋良はどもらず言えた。
「それは残念」
少しだけ本気のような表情を見せ、有定は肩を竦めた。
「まあでも、俺だけのお姫様――て言うのも案外そそられますしね」
「へ?」
有定の言った言葉の意味が分からず秋良が聞き返す。
有定はニヤリと笑い秋良の手を左手で取った。
そして―――
「か……会長っ!?」
秋良は慌てて手を引っ込めた。
有定はにっこりと微笑み、先ほどまで秋良の手の甲に乗せていた自分の唇
を指で触った。
「坂本様、また”会長”って言ってますよ?」
酷く楽しそうに有定は言う。
秋良は今の現状を理解出来ずただ口をパクパクさせた。
「あ……あの………」
「俺だけの、お姫様になってくれませんか?」
芝居かかった口調。
秋良は頭がクラクラする感覚を覚える。
まるで熱に浮かされているみたいに。
「あのっ……! こ、これで失礼しま…す……」
真っ赤になった顔を隠しながら慌てて言い、秋良は走り出した。
その後姿を愛おしげに見ながら、有定はふふっと笑った。

「――まあ、今日はこれくらいにしよっか」



俺だけのお姫様に口付けを。
ひどく可愛らしいお姫様の手を取って
貴方の手の甲に唇を。

貴方の手の表に―――口付けを。





                                            End




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