『油断禁物?』




体育館中を揺るがすかのような歓声と共に、まさに劇的な展開で幕を閉じた後期生
徒会選挙。


「おめでとう!やったな秋良っ!」
「う、うん、ありがと…」
「圧勝圧勝〜!♪」


未だ興奮の覚めやらぬ雰囲気のなか、ステージ上で勝利を喜びあう新・生徒会長
とその応援隊の姿(傍目には美少女3人組にしか見えない)。

それを影から冷静に見つめている人物がいた。


パチン。


(予想していた結果とはいえ、かなり面白い選挙になったね)


扇子を音を立てて打ち閉じてから心の中でそう呟き、現職の生徒会長である有定
修也は口元をゆっくりと引き上げて妖艶に微笑った。



人望・実力ともに生徒会長として文句なしの人物である坂本 秋良。
類まれな能力を持ちながらも、謙虚さから自分からはあまり前に出ようとしない彼
を口説いて(というよりは半ば強制して)立候補させたのは自分だった。

純粋に彼が適任だと思ったのもそうだが、現役時代に自分だけではできなかった
ことを彼とやってみたい、という気持ちも強かったのだろう。

ただ言いなりになるだけの奴ではつまらない。頭の悪いプライドを振りかざし、むや
みに反抗して口出しを許さない奴はもっと始末が悪い。

前任者である自分の意見(ワガママ)を飽くまで『参考』として受け取り、必要か否か
を検討し、取り入れるべき所は取り入れ、そうでなければ捨てるという判断ができる
のは、彼しかいない。

人がそれをいい様に使う、操るだのと表現するのは極めて遺憾だが。


「坂本」
「あっ、御鷹君」


パチン。



モデルかと見紛うような容貌の生徒が、そっと長身を屈めて彼に何事か囁いている。
何を話しているのかまでは聞こえないが、恥ずかしそうに自分の格好を指差してか
ら頷く坂本の動作から、どうやらどこかで話をしたいとでも言っていたらしく。


「なるほど、ね」
「あ、有定…!?」


思わず口に出してしまった言葉が、自分でも知らず相当に冷たい響きを孕んでいた
様で、隣にいた下僕達が一斉に青褪める。

それを瞬時に女王様のような微笑みで癒してやってから、またちらりと視線を引き戻
した。


話が終わった後も、しばらく彼のことを見つめてからやっと離れていった(というよりは
護衛役の姫二人に追い立てられた)、本日の第二の主役:御鷹 統威。

彼こそが、この無風と思われていた生徒会選挙の唯一最大の台風の目だったわけ
だが、初対面時に強い印象を受けた、揺ぎ無い自信に満ち溢れた態度が今は跡形
もなく、ライバルであった坂本に対する姿勢は、むしろ嫌われまいと怯えてさえいる
ようで。


要は、御鷹 統威が思った以上に賢かったということだろう。

プライドよりも優先するべきものを心得ていたという点で。


力による熾烈な競争社会に身を置く者にとって、何よりも大切となるのは、強靭な意
志・優れた判断能力・確固たる自信以上に「バランス」だ。

終始張り詰めていてはとても持続できないエネルギーを、適度な休息により回復さ
せる術を知ることこそが、勝ち抜いていくための鍵になる。


最大のストレスには、最高の癒しが必要なのだ。


その点、坂本 秋良は先天性の癒しオーラと、後天性の場を読む能力・細やかな気
配りとで、傍にいるだけでストレスが浄化されていくという稀有な力を持っている。

何の見返りも求めず、その笑顔だけで人を癒すことができるのだが、それがあまりに
自然で、空気のように穏やかな効果だけに、いかに貴重で得難い能力であるのかを
知る者は、実はあまり多くはない。

何しろ、彼がいればストレスとは無縁の生活が送れるのだから、これ程現代社会に
求められている存在もないだろう。


その事実に本能的に気付いた御鷹に内心賞賛を送りつつも、だからといって譲って
やるつもりなどはさらさらない。

世の中、早い者勝ちという言葉もあるのだから。



いまや壇上では、困った顔の坂本をよそに今日の衣装のコンセプトを熱弁する名田
庄(今回ばかりは褒めてやってもいいだろう)が、姫二人にどつかれるというコントが
繰り広げられている。

選挙は終わったものの、大半の生徒は何となく残っていて、コントに笑ったり単に喋
っていたりしている。
だが、そのなかに普段は到底拝めない「坂本様」の姫姿を目に焼き付けておこうとし
ている者が相当数いるであろうことは間違いなく。

熱烈に視線を向けられるなか、当の本人はそれを知らずに無意識に癒しスマイルを
振りまいているのだから、当然事態は否応なしに悪化してくる。



どうやら、選挙終了後にこそ波乱が生まれてくるようだ。



パチン。



「さーて、どうしようかな?」



背後の三人が背筋を凍らせるのにも構わず、今度は意識してはっきりと言い放って
から、有定は愛しい姫のもとへと軽やかに歩いていった。




END.




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