オーバーライン





ライン引きは無意識に行われる選別で。
そのラインに選別されるあちら側とこちら側。
初めて招いたラインのこちら側に立つ人。
何の線引き?
立った貴方を何と呼ぶ?



日が長くなったね。
柔らかい耳当たりの良い声が自分の側にあって、季節を告げたのは確か先週の事。
今は不在の部屋の主が残していた雑務を粉し、息を吐いた時。
時間の割には明るい室内に気付き、彼を思い出した。
彼を認め、彼の側に在りたいと願った現在に不満は無く…。
『…御鷹。まだ居たのかよ』
いきなり開かれたドアから一人の生徒が現れ、部屋をくるりと見回した後口を開いた。
声に含まれる険で、眉を寄せた顔が想像出来る程には付き合いがある生徒が無人の部
屋に現れた。
御鷹はそれを一瞥するとまたひとつ息を吐き書類を片付け始める。
…不満は無いがこのオプションは不快だ。
内心の呟きは眉間に現れていたようで。
『何だよその態度。感じ悪いっつーの!』
御鷹の表情に何らかの悪意を感じた乱入者は、
『お前の態度が改まるならこちらも考えよう』
御鷹が冷めた口調で返しつつ書類を分別しまとめる様を睨みながら、苛立ったように言
葉を継ぐのを止めない。
『そもそもお前て何だよ、お前って!!オレには立派な…』
生徒は、いきなり黙り先程とは違う意味合いで眉をしかめた。
御鷹はそれすら無視の方向で書類を片付け終わると部屋の主を待つ為に椅子をたつ。
『オイ、いい加減『おい御鷹』』
退出を促す声は、固い少々窺い気味の声に被さり消えた。
『…何だ?』
『お前…オレの名前知ってるか?』



『っぁあーっ!!良いッ!!聞いたオレが馬鹿だったぁあーッ!!』
暫くの間の後叫び出した生徒は爆発した。
『あーあーお前にとってオレ達は秋良のオマケなんだろうよ、秋良って言うお菓子に付い
たオモチャなんだろうよ!!』
『お菓子にオモチャ?』
『そこかよッ!!』
耳慣れない単語を復唱するように呟くと、ツッコミが入る。
しかし、
『オマケに名前は要らないだろう…』
ぽつり、と溢した言葉に、何をーッ!!と喚き出す生徒。
『煩いよ亨』
未だ開け放ったままだったドアから、うんざりと書いた顔を覗かせた生徒は怒り狂う生徒
に声をかける。
『統威…また喧嘩してるの?』
困った笑顔で部屋の主は口を開く。
『だって裕次郎〜!!』
『秋良、雑用は済ませてある』
それぞれが声を掛けた方へ、片や不満そうに片や柔らかい微笑を浮かべ近付いて行く。
『ありがとう統威。助かったよ』
大変じゃなかった?
見上げてくる視線は暖かく、労りは心地良く、御鷹は笑みを深くする。
『オイ御鷹』
が、
至福は絶たれ笑みはスッパリと消える。
御鷹は今度は『不快』と顔に書き殴り眼光鋭く声の主を睨んだ。
視線の先は、秋良と共に現れた生徒と並ぶ乱入者。
乱入者は肩迄伸ばした髪の生徒を指差した。
『コイツの名前、分かるか?』


『…統威。裕次郎と何があったか知らないけど『オモチャ』は良くないよ』
カチャリと軽く小さな陶器の音をたて、労いのコーヒーを統威の前に出した秋良は嗜めた。
憤慨した二人は秋良に挨拶だけして去って行った。
罵詈雑言の数々は残して。
『…秋良』
『何?』
柔らかい優しい笑顔。
呼び掛けに返るその笑顔に癒される。
潤うから…近付きたくなる。
『ひとつ判った事がある』
無言で促す空気すら、気付いた今では心が穏やかになる材料になる。


『御鷹は秋良以外を線引きして認識してねーんだよ!!』
『お前だけが秋良を特別扱いしてる訳じゃないんだっつの!』


ライン引きは無意識に行われる選別で。
そのラインに選別されるあちら側とこちら側。
初めて招いたラインのこちら側に立つ人。
認識、識別、特別のライン。


『秋良は』


立った貴方唯一人を呼ぶならば…


『お菓子な特別なんだな』




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