幼い頃、お前は御鷹の子だと言われるのが嬉しくてしかたなかった。
そう言われる事を望み、高みを目指すと父も母も笑い褒めてくれた。
・・・けれど、今は重圧だ。
お前は御鷹なのだと言われる度に、自分の人生総てが決まったものだと。
逃げる事は許さないと言われているように感じた。
いや、事実ミタカ・コーポレーションという引き継ぐべきものが存在するのだから、既
に自分の将来は決まっているのだろう。
引き継ぐ為に生まれ、そして繋いでいく為に。




  この殻の奥底で




成績優秀。
スポーツ万能。
性格も極めて良し。
同学年、上学年問わず、慕われ尊敬されるほどの人脈あり。
学園内で「坂本秋良」がどんな人物かと問われれば、十中八九この通りに答えが返
ってくるだろう。
始めて彼について問いかけた時も、同じ答えが返ってきた。
事実、成績は普通科ながら特別クラスと遜色ないほどで、知識の幅も広い。
スポーツも体力測定を行った際、周囲を感嘆とさせるほどの数値を出し。
性格にいたっては、非の打ち所を探すほうが困難であるほどだ。

始、そう聞いた御鷹は所詮ソレは上辺だけだと思った。
成績優秀。
そんなもの、勉強をすればいいことだ。
スポーツ万能。
そんなもの、気付かれないように練習すれば済むことだ。
性格も極めて良し。
そんなもの、人の印象など接し方でどうとでもなる。
同学年、上学年問わず、慕われ尊敬されるほどの人脈あり。
最初はわからなかったが、兄の七光りではないか。
相手を知ろうともせず、ただ頭ごなしに否定してきた。

自分と並び対抗して行くであろう全てを、否定のフィルターを通して見ていた。




「ふぅ」
土曜の午後、本来であれば休みである日に、とある一室で小さく息を付く音がした。

「疲れたか?」
「流石にね。まさか引き継ぎ作業にこんなに時間がかかるだなんて」

生徒会室の机一杯に広げられた書類。
就任式を執り行うにあたっての書類から始まり、当然ながら生徒会が執り行う一年
間の行事一覧。
その他、執行部会構成員・管轄部局・各部活動成績表などなど。
数えだしたらきりが無い。
中にはなぜか、転校生・転入生入学時手引書などというものまである。

あらかたを御鷹が区分けしてから秋良が目を通す。
そんな作業を朝から続け、やっと終りが見えてきたところだ。

「ごめんね、せっかくの休みだったのに」
「いや、どうせ暇だった」

それに、ずっと坂本の傍にいたいと言った。
その言葉は寸前で御鷹の口の中で消えた。

今思えば、なぜなのだろう。
愚かなほどに高かった自分のプライドが、こうも簡単に彼の前では霧散する。

「あっそうだ」
「どうかしたのか?」

「大したことじゃないんだけど」
名前で呼びあおうか。

笑顔で吐息のように言われた言葉。
そういえば…名前で呼ばれた事は両親でさえ久しく無い。

「…ごめん、迷惑だったかな?」

!?
ほんの数瞬の思考を否定と感じたらしい秋良は、やはり微笑みながら問いかける。

「そんな事は無い!!」
慌てて言い返す御鷹の姿に安心したのか、小さく息を付く。

「ただ、最近は御鷹の御曹司や跡取りと呼ばれる事が多かったと、思っただけだ」

「そっか。オレも坂本様って呼ばれる事が多いから解るよ」

声を抑えて笑う姿に、思わず御鷹も頬を緩める。
傍にいるだけで、なぜこんなにも心は穏やかになるのだろう。

第一印象は最悪だったはずなのに、いとも容易く相手を受け入れてしまう。
『坂本様』と呼ばれる由縁が解ったきがする。

「どうかした?統威」

ただ見つめられていたのに気付いた秋良が御鷹の名を呼ぶ。

始めて秋良から、呼ばれた自分の名前。


「あぁ、いや。なんでもない。早く終わらせよう・・・・秋良」

思っていたよりもすんなりと出た言葉は、自分とは思えないほどに柔らかいもので、
計らずとも笑みがこぼれる。


始めて芽吹いた思い。
拙く、自分でもどうする事も出来ない思い。


『坂本様』
成績優秀。
スポーツ万能。
性格も極めて良し。

でも、これはだれでも知っている事。

『秋良』
現在データ不足。
ただし、傍にいたいと思わせる。
情報収集の必要性あり。

まずは好きなものから調べてみよう。




きっとこれが恋の前兆。




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