疲れた心を癒すなら…
娯楽や趣味に費やす
森林浴や休息
もしかしたら…
誰かに対する傾倒や崇拝かもしれない
聖母
−遠くて近い心の聖域−
聖母マリア…キリストの母にして、慈母と慈愛の象徴。キリストと並び信仰の対象でもある。
カリスマ性が強いキリストとは異なり、対象的に大らかな愛情と優しい微笑みはる人を和ませ癒しを与える
と言っても良いだろう。
藤森にも心のオアシスとして、姫制度と言うものが有るが、全ても人間が姫に傾倒していないのも実際の
所だったりする。
それでも世の中には例外というモノ在り…全てとは言い難いが、何となく誰もが知らず知らずに和ませてし
まう気質の持ち主が居たりする。
坂本秋良…言わずと知れた(この場合は藤森限定ではあるが…)、二代目坂本様…その人だったりする。
容姿は何処にでも居そうな顔立ちだが、運動神経良し…その上気配り上手で頭も切れる…性格も温厚とい
う出来た人材である。
藤森の生徒の我が儘な願いとしては、そこに容姿が良ければ言うこと無しの…先代にひけの取らない坂本
様である。
最近は、容姿云々などは頭から消えているものも多くは居るようであるようだが。坂本様に無礼や迷惑を働
く者は藤森に居ないと言っても良いと言うことだ。
ある意味…姫である実琴に対しての揉みくちゃ…玩具扱いなど皆無であり、何となく大事にされている天然
記念物扱いに近いという言葉がよく似合うのかもしれないが…。
まぁ…ともあれ事は置いておいてだ。
そんな中…誰かが不意に言い出した。
「二代目坂本様はまるで癒し与えるマリア様の様だ」
別段姫の信者でも無いゴクゴク普通の生徒がそうポロリと漏らした。
そんな言葉は一つ二つでは無く、学校中のあちら此方でわき出るように上がっていった。
日を追う事に、賛辞の言葉は増えてゆきしまいには…。
「居るだけで場が和み。言うべき時はしっかり言葉にする…その様は姫や女王…ましてや王では無く。聖母
マリア彼の人と言っても過言では無い」
姫の話題を姫の信仰者が語るように、ウットリとした表情で賛辞を述べる者が続々現れた。
無論それは生徒に限らず、扱いにくい生徒に囲まれた教員の一部からも「癒される」とか「和む」と言う言葉
が囁かれていた。
そんな最中、行われた会長選挙。
この些細なイベントが…益々坂本様熱に油を注いだのである。
秋良が選挙戦で御鷹派と秋良派の論争に仲裁に入り、尚かつ姫の格好で出たあの日から、その"坂本秋
良聖母様である"は瞬く間に広がって言ったのだ。
選挙も終わり坂本様圧勝で終わったすぐ後のこと。
廊下を歩く坂本様に、生徒達は控えめながら熱い視線を送っていた。
(姫のように気軽に声をかけれたらどんなに良いだろう)
(一言でもオメデトウと声をかけれたらどんなに良いだろう)
(寧ろ…あの癒しのオーラーを間近で感じたい)
色々な思い渦巻き…姫に対するフレンドリーな態度が取れない生徒達は微妙な牽制の中坂本様を見守っ
ていた。
そんな中、軽い挨拶をするように近づいた人物に…一同の視線は釘付けになった。
「坂本様。当選オメデトウ御座います。やはり圧勝でしたね」
ニッコリと笑って前会長となった有定が声をかけた。
「そんな…圧勝だなんて。俺だけの力じゃ無いですよ…亨も裕史郎…それに俺を応援してくれた方々の御
陰です」
手をパタパタ振り…奥ゆかしく謙遜の言葉を紡ぐ坂本様に有定を始めとして…廊下に居る生徒達は微笑ま
しそうに目を細める。
「そんな謙遜なさらないで下さい。何であれ、貴方の人柄に惚れた者達が居るので在れば…正に坂本様の
人徳と人望故でしょ。だったらその事は貴方の実力と言って可笑しくないですよ」
自然と姫に対して取る態度より、物腰柔らかな口調の有定はそう彼の人に言葉を紡いだ。
「何か…そんな事言われ成れないので…でも有り難う御座います」
はにかむ表情を浮かべる坂本様に、有定は「イエイエ此方こそ」と軽く答えた後に…悪戯っぽく微笑みを浮
かべた。
「それよりも、あの演出は実に良かった…あんな所で貴方の可愛らしい姫姿が見られるとは思いも浮かび
ませんでしたよ」
「どうでしょう…此を機に姫に?」
「そうですね…姫と言うには貴方は」
「一発でカリスマという訳では無い。包み込むような包容力と導きは、男性に使う言葉では無いですが聖母
のようですよ。はたまた御仏でしょうか」
周りに聞こえているであろう事を目で確認しながら、言う有定。
その言葉に、遠巻きに見ていた生徒達はハッと息を呑んだ。
勿論坂本様を聖母マリアに例え隠れ坂本様ファンも…図星を指された様に、水を打ったような静寂を生み
出した。
そんな中でも、坂本様は周りに気に止めないのか有定との会話を続けた。
「俺は本当に平凡ですから。様付けとかで呼ばれる程の人間じゃ無いんです…それに聖母だなんて…言
い過ぎです。ただ少し落ち着いているだけなんです」
うつむき加減で言う様に、有定は(おや…少し言い過ぎましたね)と思いつつフォローの言葉はすぐに口に
する。
「まぁ貴方がそう言うのなら、今日はそう言うことで納得しましょう」
「それなら、有定会長も俺の事を様付け止めてくれませんか?」
怖ず怖ずと言葉を紡ぐ彼の人に、有定は少し考える仕草をしてから言葉を紡いだ。
「そうですね。じゃ坂本様も会長って言うの無しですよ。ああ後俺の事も“修也”って呼んで下さいね秋良会
長」
元姫ならではの有無も言わせぬ微笑みをオプションにそう言う。
慌てふためく坂本様に、有定は一拍おいて言葉を紡ぐ。
「さて…本当に今日の所は勘弁してあげますよ。何せ秋良会長の就任祝いですからね…それにお疲れでし
ょうから」
片目を瞑って悪戯を成功させた子供の様に笑って、有定は彼を解放した。
「えっと…でわ。有…いえ…修也…先輩…失礼します」
照れくさそうに律儀に“修也先輩”と付けて挨拶をし、立ち去る坂本様に有定も自然と頬を緩めた。
(やっぱり坂本様は、奥ゆかしくて素直な人だな〜)
緩む頬を少しさすって、有定は深呼吸を一つ吐く。
(さて…折角名前で呼んで貰ったけどね…坂本様の意外な一面を烏合の衆に見られたのは不愉快だね。
釘でも打っておこうかな)
坂本様を見送った有定は、先までの穏やかな表情と口調を一変させ周りの生徒に視線を送った。
「さて…坂本様が姫の格好を一度したぐらいで…近い存在だと思ったら大間違いだからね。くれぐれも粗相
のない様に」
ニッコリ不吉な言葉を牽制のように言い放った前会長有定に、その場に居た生徒達は凍りついた。
だが…彼が去った後に、彼らは不意に思った。
((まぁ…有定前会長だけなら、坂本様にお近づきになるチャンスは無いワケじゃないし…前会長だけ注意
すれば良いか))
などと安易に考え、坂本様に何時か挨拶だけでは無い会話を成功させようと心に決めたのであった。
ちなみに敵が有定前会長だけでは無いと言うことに、のんきな一般生徒達は知るよしも無いのである。
勿論…我らが坂本様も又、自分の価値には気がつかないのだった。
今日もまた坂本様信者達が、こっそり癒しを求めて坂本様を遠巻きに見つめるのである。
マリア像を眺める信者のごとく。
おわし
|