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  火の鳥
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 平穏な平日。
 「発情期」と書いて“せいしゅん”と読むような青臭いガキ共が、わらわらと俺の眼下で移動して
いる。
 中心部には我が校のアイドルである姫三人と、一年生ながらも生徒会長に就いた“坂本様”が、
体育館へと進んでいるのが見える。
 河野と四方谷は、なにがそんなに嬉しいのか、名田庄の新作であるビッラビラな服を着て全開
の姫スマイルを大盤振る舞い中。
 どうやら今日は姫関連でなにかあったらしい。
 興味がなかったので、いま知ってこうやって見ている訳だが。
 三大欲が活発化する世代において、見目麗しい同性と包容力ず抜けた同性のケツを追っかけ
る様は、何ともはや、如何(いかん)ともしがたい光景だ。


 さて。
 ここで、この文章の語り部である“俺”の紹介をしよう。
 取るに足らない、重要な存在ではないので覚えておかなくてもいいと思うが、知らないままだと
秋月が苦労するから目を通すだけはしておいてほしい。
 名は………………とりあえず、俺は「A」と覚えてくれ。
 結構な偏差値を誇るこの高校の、常勤保険医とカウンセラーを兼任している、もうすぐ三十路の
独身、身長184センチの健康男性だ。
 兄弟は嫁に行った姉が一人、親は二人とも実家の関西圏内で健在。
 俺自身は家を出ており、高校まで車で十分のマンションから通勤している。
 と、まぁ俺自身のプロフィールはこんなもん。
 はい、そこのオネーサンオジョーチャン。
 「かる〜い夢小説じゃん、これ」とか言わない。
 んな事、秋月が一番よく自覚してる(らしい)し、誰にも当てはまらない設定故に俺がいる訳だか
ら、そこは大人になって、大きな心でもって諦めてくれ。


 とにかく、俺は今、現在。
 人のいない屋上にて、愛煙のマルボロ・メンソールをくゆらせながらグランドを横切る大群を眺め
ている。
 何度見ても、坂本様+姫行列は壮観だ。
 ボーッと彼らを眺めていると、背後から扉の開く音と同時に、ため息が聞こえた。

「こんな所にいたんですか。火鳥(かとり)先生」

 ちらりと目線を向けると、元・生徒会役員の一人である少年が立っている。

「よう、コッシー。なんぞ俺に用事か?」

「変なあだ名で呼ばないで下さい。用事がなけりゃ探しませんよ」

「そりゃそーだ。で、なぁん?(意:なんですか?)」

「保険医に用事と言えば、怪我人でしょう。早く仕事してください」

「へ〜いへい。俺にはゆっくり煙突になる時間もあらせんのやな(意:ありはしないのですね)」

「減煙できて良いことだと、有定は言ってましたよ」

「カワイない事言いよんな〜。で、女王様とその下僕2と3は?」

「……………………………………………………………………誰のことを言ってるのですか?」

「あらぁ〜、固有名詞出してもよろしい?」

「いや、結構です。早く行きますよ」

 そう言ってコッシーは踵を返すと、足早に階段を降りて行った。
 俺はいつも持ち歩いてる携帯灰皿に煙草を押し込み、ゆっくりとフェンスから身体を離す。
 最後にもう一度だけ、眼下の集団、いや、その中心部にいる少年を見た。
 足止めを食らってるらしく、困惑気味に右のひとさし指が 頬に触れている。

「変わらんねぇ、そのクセ」

 遠い、遠い昔に、同じ顔で、同じ表情で、同じ魂で。
 同じクセをする者がいた。








──ねえ叔父さん。──

──なぁん?(意:なんだい?)──

──デジャヴュ(既視感)を感じたこと、ある?──

──ンなモンないわ。なぁん?坊はあるんかいな?──

──うん。あるよ。──

──ほほぉ〜。エライ興味深い話やん、オッチャンに言うてみ──

──……………そのニヤけた面がムカつくんだけど。──

──俺が男前なんは知っとーから放っといて。はよ聞かせ。──

──凄く大切な子がいるんだけど……──

──誰に?──

──俺に。──

──なにが?──

──大切な子がいるの。──

──誰に?──

──……………………………(怒)〈殴打〉──

──っ痛ぅー〜!ゴッツ痛いやないか!オッチャンの動揺を一発で黙らせんなや!!──

──話聞きたいんだろ?ベタなボケに付き合う気はないからね。──

──手厳しいやっちゃなぁ〜(意:手厳しい人ですね)で?お前の大事な子がなんや?──

──うん。その子のクセにね、物凄く心が軋むんだ。──

──軋む、て。──

──そうとしか言えない。初めてそれを見た時は、愛しさと、懐しさ、切なさとか、やっと見つけた、
とか。そんなのが一斉に胸に押し寄せてきたんだ。一度に多くの感情が溢れ出てきて、脳が処
理できなくて、だからひどく胸が軋んだ。──

──…………さよか。──

──とても、とても大切で、その子の為に俺は産まれた。その子を探し出す為だけに、俺は産ま
れたかった。それが解った瞬間だよ。──

──さいですか。つか、それはデジャヴュやのぅて………──
















 先日告白した甥っ子の顔もまた、昔と同じままでひどく笑えた。

「うちの坊は、アンタに逢う為に輪廻転生したで。ほんの、僅かなクセだけで、アンタを見つけ出し
よったわ。ホンマ愛されとるね」

 今度こそ、添い遂げてほしいと心から願う。
 前世では非業な結末を迎えてしまった、二人だから。
 二人の最期を、何も出来ずに見ていた、俺だから。

「まぁ、俺もアンタ等の側に転生してしもたし。全力で応援させてもらいまひょ」

 とりあえず、目先の怪我人をなんとかしてからにしよう、と俺は階下へ降りる階段へと足を進め
た。
 背後では野郎共の野太い声に混って、前世からの親友の場を執り成すテキパキとした声が響
いていた。




 破壊と再生を司る、朱(あけ)の霊鳥よ。
 二人が再びめぐり逢えたことに、祝福を。
 この奇跡を、“運命”という加護を。
 どうか、どうか。
 与えてやってください。








終劇




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