△▽△▽△▽ 火の鳥 ▽△▽△▽△ 平穏な平日。 「発情期」と書いて“せいしゅん”と読むような青臭いガキ共が、わらわらと俺の眼下で移動して いる。 中心部には我が校のアイドルである姫三人と、一年生ながらも生徒会長に就いた“坂本様”が、 体育館へと進んでいるのが見える。 河野と四方谷は、なにがそんなに嬉しいのか、名田庄の新作であるビッラビラな服を着て全開 の姫スマイルを大盤振る舞い中。 どうやら今日は姫関連でなにかあったらしい。 興味がなかったので、いま知ってこうやって見ている訳だが。 三大欲が活発化する世代において、見目麗しい同性と包容力ず抜けた同性のケツを追っかけ る様は、何ともはや、如何(いかん)ともしがたい光景だ。 さて。 ここで、この文章の語り部である“俺”の紹介をしよう。 取るに足らない、重要な存在ではないので覚えておかなくてもいいと思うが、知らないままだと 秋月が苦労するから目を通すだけはしておいてほしい。 名は………………とりあえず、俺は「A」と覚えてくれ。 結構な偏差値を誇るこの高校の、常勤保険医とカウンセラーを兼任している、もうすぐ三十路の 独身、身長184センチの健康男性だ。 兄弟は嫁に行った姉が一人、親は二人とも実家の関西圏内で健在。 俺自身は家を出ており、高校まで車で十分のマンションから通勤している。 と、まぁ俺自身のプロフィールはこんなもん。 はい、そこのオネーサンオジョーチャン。 「かる〜い夢小説じゃん、これ」とか言わない。 んな事、秋月が一番よく自覚してる(らしい)し、誰にも当てはまらない設定故に俺がいる訳だか ら、そこは大人になって、大きな心でもって諦めてくれ。 とにかく、俺は今、現在。 人のいない屋上にて、愛煙のマルボロ・メンソールをくゆらせながらグランドを横切る大群を眺め ている。 何度見ても、坂本様+姫行列は壮観だ。 ボーッと彼らを眺めていると、背後から扉の開く音と同時に、ため息が聞こえた。 「こんな所にいたんですか。火鳥(かとり)先生」 ちらりと目線を向けると、元・生徒会役員の一人である少年が立っている。 「よう、コッシー。なんぞ俺に用事か?」 「変なあだ名で呼ばないで下さい。用事がなけりゃ探しませんよ」 「そりゃそーだ。で、なぁん?(意:なんですか?)」 「保険医に用事と言えば、怪我人でしょう。早く仕事してください」 「へ〜いへい。俺にはゆっくり煙突になる時間もあらせんのやな(意:ありはしないのですね)」 「減煙できて良いことだと、有定は言ってましたよ」 「カワイない事言いよんな〜。で、女王様とその下僕2と3は?」 「……………………………………………………………………誰のことを言ってるのですか?」 「あらぁ〜、固有名詞出してもよろしい?」 「いや、結構です。早く行きますよ」 そう言ってコッシーは踵を返すと、足早に階段を降りて行った。 俺はいつも持ち歩いてる携帯灰皿に煙草を押し込み、ゆっくりとフェンスから身体を離す。 最後にもう一度だけ、眼下の集団、いや、その中心部にいる少年を見た。 足止めを食らってるらしく、困惑気味に右のひとさし指が 頬に触れている。 「変わらんねぇ、そのクセ」 遠い、遠い昔に、同じ顔で、同じ表情で、同じ魂で。 同じクセをする者がいた。 ──ねえ叔父さん。── ──なぁん?(意:なんだい?)── ──デジャヴュ(既視感)を感じたこと、ある?── ──ンなモンないわ。なぁん?坊はあるんかいな?── ──うん。あるよ。── ──ほほぉ〜。エライ興味深い話やん、オッチャンに言うてみ── ──……………そのニヤけた面がムカつくんだけど。── ──俺が男前なんは知っとーから放っといて。はよ聞かせ。── ──凄く大切な子がいるんだけど……── ──誰に?── ──俺に。── ──なにが?── ──大切な子がいるの。── ──誰に?── ──……………………………(怒)〈殴打〉── ──っ痛ぅー〜!ゴッツ痛いやないか!オッチャンの動揺を一発で黙らせんなや!!── ──話聞きたいんだろ?ベタなボケに付き合う気はないからね。── ──手厳しいやっちゃなぁ〜(意:手厳しい人ですね)で?お前の大事な子がなんや?── ──うん。その子のクセにね、物凄く心が軋むんだ。── ──軋む、て。── ──そうとしか言えない。初めてそれを見た時は、愛しさと、懐しさ、切なさとか、やっと見つけた、 とか。そんなのが一斉に胸に押し寄せてきたんだ。一度に多くの感情が溢れ出てきて、脳が処 理できなくて、だからひどく胸が軋んだ。── ──…………さよか。── ──とても、とても大切で、その子の為に俺は産まれた。その子を探し出す為だけに、俺は産ま れたかった。それが解った瞬間だよ。── ──さいですか。つか、それはデジャヴュやのぅて………── 先日告白した甥っ子の顔もまた、昔と同じままでひどく笑えた。 「うちの坊は、アンタに逢う為に輪廻転生したで。ほんの、僅かなクセだけで、アンタを見つけ出し よったわ。ホンマ愛されとるね」 今度こそ、添い遂げてほしいと心から願う。 前世では非業な結末を迎えてしまった、二人だから。 二人の最期を、何も出来ずに見ていた、俺だから。 「まぁ、俺もアンタ等の側に転生してしもたし。全力で応援させてもらいまひょ」 とりあえず、目先の怪我人をなんとかしてからにしよう、と俺は階下へ降りる階段へと足を進め た。 背後では野郎共の野太い声に混って、前世からの親友の場を執り成すテキパキとした声が響 いていた。 破壊と再生を司る、朱(あけ)の霊鳥よ。 二人が再びめぐり逢えたことに、祝福を。 この奇跡を、“運命”という加護を。 どうか、どうか。 与えてやってください。 終劇 |