紅茶よりもあまく
     視線は語る
     あまい
     あまい
     愛を
     





   『紅茶の甘い夢』





 校内で“彼”を知らない者はモグリだとまことしやかに人は言
う。
 まことしやかも何も実際それに間違いない。
 それに、知らない人間など、本当にいないのであろうから。

 ―坂本様だ―

 一定の距離感を感じさせる言葉は控え目な小さい声であって
も、視線は不躾に寄せられる。入学当初よりは随分慣れた環境
だが、秋良は依然として居心地の悪さを感じずにはいられなか
った。


 ふ、と視線を遮る気配に振り向くとそこには御鷹がいた。
 「おはよう、坂本」
 爽やかな笑顔で挨拶をされるとつられて頬を緩め笑みを浮か
べた。
 「あ‥おはよう、御鷹君」
 「どうもこの学校の生徒は視線でしか愛を語れないらしい」
 「?」
 周囲を小馬鹿にしたように鼻で笑うと行こうと促して一歩踏み
出し、秋良が促されて歩き出すとその歩調に合わせて長い足を
ゆっくりと動かす。
 秋良の腰に触れるかと思われる程腕を回しつつもやはり触れ
ない、それでいて圧迫感のない自然な所作でエスコートする。
 全ての視線が遮断され秋良は“坂本様”から“坂本秋良”に戻
る。ようやく落ち着いて呼吸が楽になったのを感じる。
 「あれ?こっち、教室じゃ‥」
 余りにも自然過ぎるエスコートにうっかり教室とは別方向へ導
かれていたことに気が付くと不思議そうに相手を見上げる。その
視線をあっさり交わして御鷹は涼やかな瞳を細めて微笑んだ。
 「白目が赤い、目立つぞ」
 「え、あ‥目薬さしたんだけど」
 「なるほど、白目が曇りなく綺麗なのはそのせいか」
 「…」
 カマをかけられていたのだと気付くのにそう時間はかからなか
った。

     何で分かってしまうんだろう、君には

 御鷹がエスコートした先は保健室、ベッドへ案内されると少し
困惑気味に柔らかなマットレスに腰を降ろす。鳴り響いたチャイ
ムにもはや授業には間に合わないことを悟った秋良はそっと息
を吐き出した。
 「待っていろ、今紅茶を煎れるから」
 保険医に許可を得て慣れた手付きで紅茶を用意し、秋良の座
るベッドに備え付けられたテーブルに紅茶を置いた。
 「御鷹君までサボりになっちゃったね」
 「構わない、どうせ二、三回休んでも私が学ぶに値する授業で
はない」
 「そうだよね‥。あ、ありがとう‥紅茶、頂きます」
 余裕たっぷりの言葉に反論も見つからず、そっとカップに手を
伸ばし一口飲む。と、口内に広がる味に少し眉根を寄せ唇を離
しテーブルにカップを置いた。    
 「温かくて、美味しいよ‥」
 「砂糖とミルクが必要みたいだな」
 ふっと笑みを浮かべて囁いた御鷹は早速砂糖とミルクをカップ
に入れ、揺れてマーブル模様を描く紅茶をスプーンで混ぜる。
 「この位で丁度良いはずだ」
 「ありがとう」
 再びカップを手にすると一口紅茶を含み、口内が丁度良い甘さ
で満たされ笑みを浮かべる。
 「美味いか?」
 「うん、すごい‥丁度良い甘さで美味しいよ」


     初めて会った時、印象的な瞳だと思った
     確かな自信と誇りに満ちた
     君の眼差しは、オレには眩しかった

 「そうか、なら良かった」

     あの時
     オレを射るように向けられていた瞳は
     今は穏やかで、優しくて‥

     ドキドキする―‥

 「坂本、顔が赤い…寝た方が良いんじゃないか?」
 「わっ…!」
 突然顔を覗き込まれると不自然な程体が跳ね上がった。秋良
は狼狽えてしまった自分に驚き、困ったように首を傾けつつ曖昧
に頷いた。
 「う、ん…」
 秋良から空になったまだ暖かさの残るカップを受け取ると、御
鷹は手際良くテーブルからミルクの入れ物などを退かし、秋良が
横になったのを確認すると布団を掛けてやりカップを片付け始め
る。
 連日の徹夜続きの為せる業か、はたまた甘い暖かな紅茶の功
名か、柔らかな布団に包まれて秋良はうとうととまどろんでいる。
数分後には、そっと側に歩み寄って来た御鷹に警戒心の欠片も
なく寝顔を晒していた。
 キシッと軽い音をたてて御鷹がベッドの脇に腰を降ろした。クセ
のある髪の毛から覗く柔らかそうな耳にそっと唇を寄せ薄く開口
する。

 「秋良、君はきっと私を愛するようになる」


     君の瞳には何が映っているのだろう
     オレの弱い部分も、強がりも
     心の奥の、オレ自身知らない気持ちを
     君は見透かしているのかな


 夢うつつ、紅茶よりも甘く囁かれた言葉は、秋良の記憶に残る
だろうか。

 起きてもなお覚めない夢のように、彼の瞳は語る。
 
 全てを映す、確かな自身と誇りを備えた―





                                   【END】




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