多分、彼は俺の中で“完璧な人”に分類されていると思う。
御鷹みたいに理想の人ではなく完璧な人。
頭も良くて運動神経も良くて。采配なども上手くリーダーに
なる為の要素を持っていて誰にでも好かれる人。
けれど驕りは全くなく、彼は何時でも優しかった。
だから“完璧な人”





  完璧な人だと思ってた





思えば俺は彼について知っている事は案外少ない。
御鷹に坂本と言う人物について聞かれた時そう思った。
クラスも違うし役所も違うから仕方が無いとは思うが少しだけ寂しい。
俺は坂本秋良の事を結構好いているから。
あの“完璧な人”の側に居ると温かいから、好きだと思う。
誰か見たく恋愛対象になんて見ていないけれど。
1人の人間として、尊敬している。
「……実琴君?」
そう呼ばれ、はっとして自分の名を呼んだ人物を見る。
その人――坂本は俺の顔をじっと見て「どうしたの、ぼーとしてたけど」と
尋ねた。
「あ……いや、ちょっと考え事しててさ」
「もしかしてまた“姫の仕事はやだ〜!”とか思ってるわけ?」
四方谷がからかうように言い、俺はかっとなった。
「んだとっ!?」
四方谷に怒鳴ると坂本が「2人とも!」と困った様に言う。
俺はしぶしぶ元の場所に座り坂本を見た。
「あー……話に戻るね。そういう訳で今度もまたよろしくね」
坂本が微笑みながら言った。
ああ、やっぱり有定(元)会長よりよっぽどいい。
あの人はいつも頼むなどしなかったから。
別に頼まなくても構わないが、しかしこっちの方が気分は良い。
「分かった。頑張るよ」
四方谷と河野も一緒なのか、普段よりも声のトーンは高かった。



午後の授業も終わり、今日は呼び出しとか姫の仕事とかもないので真っ
直ぐに寮に帰ろうと思った。
昇降口に行って下駄箱から靴を取るとふと雨の音が聞こえた。
「あー、やっべ、雨降ってきた……」
今日カサ持ってきていないのに。
誰か知っている奴はいないかと辺りを見渡すが生憎誰も居ない。
軽くため息をついて濡れて帰る決心をする。
昇降口から出ようとして一歩踏み出すと、「あれ? 実琴君?」と言う声
が聞こえた。
「……坂本様?」
なんで違う校舎の坂本が居るのかと驚いた。
坂本は靴を履いてこっちの方に来た。
「実琴君もしかしてカサないの?」
「あ、ああ……そうなんだ」
「じゃあ、俺のでよければ一緒に帰ろう」
坂本の言葉に「いいのか!?」とつい大きい声で返答してしまった。
案の定坂本はクスクス笑っていた。こういう行動取っているから四方谷
とかに弄られるのかな、と最近少しだけ理解し始めた。
そんな風に自分に呆れながらありがたく坂本のカサに入れさせてもらっ
た。
歩いてしばらくは沈黙が続いたが、さっき疑問に思った事を口に出した。
「そういや坂本様はなんでこっちの校舎にいたんだ?」
聞くと坂本は「ああ、そっちの校舎の先生に提出するものがあったから」
と答えた。
「へえ、そうなんだ」
言い終わるとまた沈黙が続く。
そういや、こんな所四方谷とかに見られたら確実にやられるよなー。
少しだけ震えて見られませんように、と祈った。
「あ、もしかして肩濡れてる?」
俺が震えたから雨に濡れていると勘違いしたのか坂本が聞いてきた。
「いや、大丈夫―――」
ふと気がついた。
坂本の方がよっぽど濡れている、と……。
「坂本様の方がよっぽど濡れている……」
まるで独り言のように呟いて。
「え、いや大丈夫だよ?」
坂本は笑って“大丈夫”と言った。
「……悪い、坂本様」
「だから大丈夫だって」
本当に、坂本は優しい。
今の坂本は俺に気を使わせないようにいろいろ考えている。
「……坂本様ってさ」
「え?」
「凄いよな」
「は?」
「優しくってさ。おまけに頭も運動神経も良いし、リーダー的な要素もある。
 坂本様はいつも自分の事“平凡”って言うけど俺は全然思わない。
 坂本様はやっぱり“坂本様”だよ。同い年とは思えないぐらい中身がしっ
かりしているし」
本当、羨ましい。
そこまで言って、坂本の顔に少しだけ、ほんの少しだけ影が差している事
が分かった。
俺達は何時の間にか歩調がゆっくりとなり、そして止まった。
普段は人がよく通っているのに、何故か今に限って人が通らない。
俺と、坂本と、2人だけで。
俺達は雨の音だけを聞いていた。
この沈黙が、苦しい。

「……俺は、全然凄くないよ」

俺に言っているようだけど、多分これは独り言だろう。
俺に言うにはあまりにも小さくて、掠れていた。
「え?」
「俺はずっと実琴君達が羨ましかった」
「坂本様……?」
「時々酷く嫉妬する事もあった。それでもまだ凄いと思う?
 俺、平凡だよ。他の人達となんら変わらない。
 自分に無いものを羨ましがる、ただの人間だよ」
坂本の言葉は、雨の音でところどころ消えていた。
沈黙がまた続く。
一つのカサに2人で入って。
雨の音だけを現実のモノのように感じて。
ただ少しだけ下を向く坂本を俺は呆然と見つめ続けた。



『ごめんね、変なこと言っちゃって』
あれから俺達は無言のまま帰った。
最後に坂本が謝って、俺は何も言わずに寮に入った。
だって、何が言える?
別にいいよ、なんて驕った事は言えない。
俺の頭では何を言っていいか分からなかった。

完璧な人だと思ってた。

頭が良くて優しくて、誰にでも好かれる人。
見た目とは違ってしっかりした内面は同い年とは思えなくて。
けれど、彼は言った。
“自分に無いものを羨ましがる、ただの人間だよ”
どういう意味か、全く分からなかった。
なんで坂本が俺を、俺達を羨ましがるのか。
検討もつかず、俺はずっと考え込んでいた。
けれど考えれば考えるほど泥沼にはまっていくようで。
考える事を、やめてしまった。

完璧な人だと、思ってた。
でも、もしかしたら彼にも何かあるのかもしれない。
彼にも、人たる上で必ず持っている“劣等感”があるのかもしれない。

「……坂本、様」

もっと君の事を知りたい。
俺が知らない、君を。



――坂本様、貴方の事完璧な人だと思っていた





                                          End




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