貴方の全てを抱きしめて 旅籠のある1室で、又市と百介は旅の疲れを癒していた。 悠然と正座してお茶を淹れる百介と、その向かいに腰かけ、何をするでも なく百介の手元をボウッと見つめている又市。 「はい、どうぞ。」 コトリと又市の前に湯のみが置かれる。 「頂きやす。」 手に取って一口啜った又市の目線は、しかしまだ百介の手元に注がれて いた。 「?」 百介が首を傾げる。 しかし特に問い返すこともなく、今度は自分の湯のみに茶を注ぎ入れた。 そして顔を上げ――― 又市の目がまだ己の手元を見つめていることに気付いて、思わず頬を赤 らめる。 今度は堪え切れるはずもなく、 「又市さん、私の手が・・・どうかしましたか?」 問いかけた。 「あっ・・・つい見惚れておりやした。お嫌でしたか?」 申し訳なさそうに言う又市に、 「いっ、いえ、そんなことは・・・。」 案の定、百介は慌てて首を振る。 まるで自分の方が悪いことをしたかのようなその態度に、又市はフッと苦 笑いする。 (だから目が離せねェんでさァ・・・。) 危なっかしくて。 誰かに謂れのない喧嘩を吹っかけられても、「すみません」と謝って、相 手の言うことを何でも聞いてしまいそうな、そんな貴方が――― 好きすぎて、目が離せない。 「先生の指があまりに綺麗なので、ついつい見惚れてしまいやした。」 又市のストレートな物言いが、百介の心臓を直撃した。 ボッという音が聞こえそうなほどに、百介の頬が一瞬で真っ赤に染まった のだ。 「かかからかわないで下さい!又市さん。」 「いえ、本当のことですよ。まあ、指だけじゃなく、先生は全てがお綺麗でや すがねェ・・・。」 少し含んだような口調が気になるところだが、ヒャーッと照れて百面相す る百介が気付くはずもなかった。 「ねェ、先生・・・。」 「!?」 いつの間にか、又市がすぐ目の前にいる。 その距離、わずか5寸。 「ヒャッ!」 変な悲鳴を上げて飛び退こうとする百介の腕を取り、そのまま自分の方に 引き寄せて――― 又市は百介の耳元で、ことさら甘く囁いた。 「その綺麗な肌を全て奴(やつがれ)に見せちゃーくれやせんか?」 嵐のように激しく、日溜まりのように優しい刻(とき)が過ぎ去り、あとに残 るは、気だるく甘い時間。 スヤスヤと眠る百介の隣りで、又市は幸せそうにその寝顔を見つめてい た。 「百介さん・・・」 そっと呼びかけて、あとは心の中で続ける。 以前、寝ていると思って、つい口から洩らした呟きを百介に聞かれてしま ったことがあったからだ。 そのときの恥ずかしさときたら・・・思い返すだけで顔から火が吹きそうだ。 (貴方の肌を・・・いや、貴方の全てを見れるのは、ずっと奴1人であって欲 しいと、そう願うことは、許されることでやしょうか?それとも・・・・・) 「んっ・・・?」 又市の心の声が聞こえたはずもないが、絶妙のタイミングで百介が目を 開けた。 「又市さん・・・」 目の焦点が又市に合うと、百介はふんわりと幸せそうに微笑んだ。 「百介さん。」 その笑みで、又市の心の声はあっという間に掻き消えた。 代わりに湧き上がるのは、ただただ『渡せない』という強い想い。 「奴のモノだ。貴方は奴だけの―――」 抱き寄せて。 呪文のように繰り返す。 背中に回された腕が、肯定の証だった・・・・・。 〈了〉 [後書き] えーっと、まずは懺悔を・・・。もう書かないと言いながら、また書いてしまっ た又百SSですが、実は昨年の末から今年頭にかけて、AS様から温かい メールを頂戴しまして、方向性を変えちゃいました、私(笑)。 ですので、たとえうちのサイトで巷説の需要がないとわかっていても、ネタ ができて書きたいときには書いちゃいます(居直ったな?/苦笑)。 というかんじで(?)、何卒生温かく見守ってやって頂ければ幸いでござい ます(ペコリ)。そしてもしも、もしも又百好きさんが通りかかって下さった場 合には、ご感想など頂ければ涙を流して喜びます>< ←図々しい ところで今回のSSですが、実は当初考えていたネタと全然違ってしまいま した^^; 次こそは!(って、次もあるのか!?) うちの又百はあくまでアニメ版!と声を大にして言っておりますが、それは ただ単に紅月がアニメしか見ていない(=原作を読んでいない)からでして、 それ以上でも以下でもありません。原作を読んでいらっしゃる皆様がうちの 又百を読まれたときに、「おかしいやん!?」と思われることがきっとあるか と思いますので、そのときの保険といいますか・・・(←撲殺)。 つまりビジュアル的には、アニメ版限定というわけではありませんので、ど うかお読み下さった皆様の好きな形で想像して頂ければ幸いです(勝手な 言い分で申し訳ありませんが)。 またまた後書きが長くなってしまってすみません〜(逃)。 |