※この小話は、葉月わかつさん・NENEさんが2006年5月7日に発 行されたグリクロ合同誌『アカイロフレーバー』にて、わかつさんに漫 画化して頂いたものの元ネタ(原作)となっております。 (葉月わかつさんの素敵サイト様→ 『イマジン』) 『情と衝動』 不可抗力とはいえ、運悪く右頬を直撃した拳の威力はかなりのも ので、微かに腫れ上がった頬を庇うように手で押さえながら、黒澤 は1人渡り廊下を歩いていた。 ―――と。 そこである意味、今1番会いたくない人物とバッタリ会ってしまった。 前から来るその人物も当然黒澤に気付いているわけで、今さら逃 げるわけにもいかない。 黒澤は内心で『チッ』と舌打ちをしながらも、 「よぅ!」 といつもどおりの口調で敢えて自分から声をかけた。 相手も黒澤を見て、いつもどおりの軽い口調で挨拶を返――そう として、 「クッ、クロサーッ!その顔どげんしたと!?」 慌てた様子で黒澤に詰め寄って来る。 (顔…って―――。) えらい言われようだなぁと思いながらも、そこは敢えてツッコまず、 「別に…。たいしたことねぇ。」 簡潔に言い放つ。 しかしそれで目の前の男―九里虎―が納得するはずもなく、 「たいしたこつあるけん言っとーと。さっ、保健室に行くバイ!」 グイグイと腕を引っぱられ、強制連行される黒澤だった――――。 保健室には、お約束的に(?)誰もおらず、九里虎は1番手前のベ ッドを指差しながら、 「まっ、そこに座りんしゃい。」 と半ば無理矢理黒澤を座らせた。 そしてピンセットと綿、消毒液を用意し、自分も丸イスを持って来て 黒澤と向かい合うようにして座る。 ピンセットで小さく千切った綿を挟み、それを消毒液に浸し、軽く水 気を切ってから黒澤の傷にチョイチョイと押し当てて、数回軽く撫でる ように動かす。 「っ……イテッ………」 思わず漏れた黒澤の声に苦笑しながら、 「こんくらい我慢しんしゃい。」 九里虎は手早く傷にガーゼを当てるのだった。 手当てが一通り終わり、妙に疲れたようなため息を吐きながらふと 目線を上げた黒澤と、機嫌良さそうに黒澤を見ていた九里虎の視線 が、自然と交わった。 数秒後――― 「えっ!?は?何だっ!?」 何故か黒澤は九里虎に押し倒されていた。 どうやら九里虎にとって、この状況(保健室→2人きり→ベッドの上) は思いっきり据え膳だったらしい。 「ちょっ、ちょっと待てっ!」 焦ったような黒澤の声と、 「優しくするけん、力抜かんね。」 楽しそうな九里虎の声と、 ―――ガラガラガラ 「クロサーいるか?」 保健室の扉が開いて十希夫が入って来たのは、ほぼ同時のことだ った。 その後、保健室には、助かった!と胸を撫で下ろす黒澤と、2人の 状態(ベッドの上にもつれ合って倒れている)を見て呆然と戸口に立 ち尽くす十希夫と、据え膳を食い損ねて不機嫌そうに体を起こす九里 虎の姿があったという――――。 【END】 |