愛のあるスープ (・・・おや?) 散歩を終えたアリスが自宅のマンションに帰りつくと、玄関に自 分のものではない―しかし見慣れた―靴がそろえてあった。 (・・・いつのまに来てんやろ?) アリスは口許に微かな笑みを浮かべながら、リビングに通ずる ドアを開けた。 「よっ、おかえり。」 中に入ると、すぐにキッチンの方から火村が顔を出した。右手に はお玉、首からはエプロンといういかにも料理の真っ最中ですと いった恰好をしている。 アリスは『おっ、また何か作ってるな』と思いながら、 「ただいま。」 とにこやかに返した。 ちなみに火村がつけているエプロンは、アリスがプレゼントした ものである。ほとんど黒一色というわりとシンプルなものであるが、 ちょうど胸元のあたりに、白い2匹の猫がじゃれあっているような 絵柄がプリントされていて、火村のお気に入りである。しかし、普 段は火村の手元にはなく、アリスの家に『置きエプロン』されてい る。 この2人―アリスと火村―は、学生時代からかれこれ10数年 来のつき合いで、お互いに相手の家には出入り自由ということに なっている。アリスは火村の下宿先のばあちゃんと大の仲良しで、 いつでも火村の部屋に入れてもらえるし、火村はアリスから「いつ でも来てえーで。掃除しに。」と合鍵をもらっている。まあもっとも、 火村もあまり掃除は好きではないらしく、アリスのところに来ても 1度もしたためしはないが、そのかわり自炊はマメにこなす人間 で、こうしてときどきフラッとやって来ては、アリスのためにいろい ろとごちそう(?)を作ってくれる。 「えーにおいやなー。何作ってんのん?」 アリスは火村に続いてキッチンに入ると、コンロに置いてある鍋 のふたを開けて、中を見た。 「何これ?」 「俺のオリジナル料理だ。」 「ほんまに食えんの?」 自信満々の火村に対してアリスは不安げである。 なにしろ中の液体は、赤・茶・黒を混ぜたようななんともあやしい 色をしており、かすかに具らしきものも入ってはいるようだが、スー プ(?)の色があまりに濃いため、表面に浮いたもの以外はほとん ど中身が見えないときている。 「失礼な奴だな。食いたくないなら食わなくてもいいぞ。」 ―――と。その時。 アリスのお腹がキュンとせつない音を立てた。 「・・・・・・食べさせていただきます。」 空腹に負けたアリスであった。 「うまいっ。これ、いけるやん。」 さっきまでの不安げな表情はどこへやら、アリスは満面の笑顔で ある。そんなアリスの様子を火村は満足げに眺めていた。 「なあ、火村。これ、えーと・・・・・・シチュー?」 「HSBスープだ。」 「えっちえすびー・・・?」 「火村シェフ特製スペシャルブレンドスープ。略して、HSBスープ。 アーユーオーケイ?」 「長いわっ!!」 真顔で言う火村にすかさずアリスのツッコミが返る。 まるで夫婦漫才である。 「まあええわ。で、これ一体何入れたらこんなえげつい色になるん や?」 「何だ。気に入らないのか?」 「いや。味はめちゃおいしーねんけど。色がなぁ・・・。」 アリスは複雑な表情を浮かべて、目の前の皿に目を落とした。 「まあそれは、隠し味に使ったあるモノのせいかもな。」 「ええっ?一体何を入れたんや、火村。」 「知りたいか?」 火村の顔が突然シリアスモードに入っている。 「う、うん。」 アリスは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。 「それはな・・・。」 「それは?」 「・・・愛情だvv」 「うんうん。・・・はっ?」 真面目に聞いていたアリスは、きょとんと火村を見返した。 さっきのシリアスモードはどこへやら、火村はくっくっくっと楽し げに笑っている。 「なっなっ・・・なに20年前のくっさいドラマのセリフみたいなこと こいてんねんっ!!」 アリスは顔を真っ赤にして火村をにらみつけた。 「あははははっ・・・。」 火村はついに爆笑モードに突入である。 アリスは唇を尖らせてフンと横を向いた。 が。 もう1度火村に向き直ると、ベエッと可愛らしく舌を出してみせ た。 この行為が、さらに火村の笑いを誘うということに、もちろんア リスは気づいていなかった・・・。 「アリス。」 ようやく笑いのおさまった火村が、まだ拗ねて膨れっ面をした ままのアリスに優しく呼びかけた。その声の調子からいって、ど うやらお姫様の機嫌を直そうというつもりらしい。 「何?」 アリスは目線だけを火村に向ける。 「ほら。おみやげ。」 火村はポケットから小さな包みを取り出して、アリスの前に置い た。 途端にアリスの顔がぱあっと輝く。 「な、なにこれ?」 「まあいいから開けてみろ。」 慎重な手つきで包みを開けてゆくと、中には正方形の小さな箱 が1つ。アリスはドキドキと胸をおどらせながら、ゆっくりと箱のふ たを持ち上げた。 「うわぁーっ。」 中には銀色に輝く腕時計が入っていた。 「どうだ?気に入ったか?」 「う、うん。でもこんなん高いんとちゃうん?」 アリスは心配そうに火村の顔を覗き込む。 「いや。そうでもないさ。なにしろ俺の分も買ったくらいだ。」 「えっ?」 火村は先ほどとは反対側のポケットから、同じデザインの腕時 計を取り出して、ほらっとアリスに見せた。 「じゃ、これって・・・・・・ペアウォッチってこと?」 なにやらアリスの顔がほんのりと赤らんでいる。 「ま、そういうことだ。」 火村は相変わらず涼しげな顔である。 アリスはしばらく2つの時計をじっと見比べていたが、やがて箱 から取り出して自分の腕にはめると、まるで子どものように無邪 気な顔で、その時計をいろんな角度から眺めまわした。 そして、 「火村、ありがと。大事にするわ。」 エヘヘッと照れたような笑みを火村に向けた。 「ああ。」 火村も優しい笑みを返しながら、自分もその時計を腕にはめた。 チッチッチッ・・・ 2つの時計がゆっくりと同じ時を刻んでゆく。 その音を聞きながら、アリスはそっと思った。 ・・・このままずっと同じ時を歩んでいけたらいいのに・・・と。 その同じ瞬間。 火村もまた心の中でそっと呟いていた。 ・・・これから先も、ずっとアリスの笑顔を1番近くで見れますよ うに・・・と。 2人の気持ちが重なり合う時。 それはきっとそう遠くない未来。 ところで。 結局料理の隠し味について、アリスは火村にはぐらかされたま まなのだが・・・。 もちろんアリスは気づいていない。 物でアリスを釣る。 これぞ火村の必殺技の1つである。 【END】 [後書き] このお話は、○年前に書いた方のシリーズになります(←勝手 にシリーズ化・笑)。「青い空の下で」(初書き)の次に書いたも のですので、2作目にあたります。このお話で初めて火村を書い たわけですが、いきなりこのバカップルぶりは・・・どーよ?(爆)。 打ち直しながら、あまりのすごさに自分でひきました(苦笑)。 以下は、書いたその当時の自滅的なツッコミです(自爆)。 「それにしても、『ペアウォッチ』と言ってるところをみると、アリス がもらったのはやっぱりレディース用なのだろうか・・・?ほ、ほ んとにそれでいいのか?アリス・・・。火村も一体何を考えて・・・ って、もしかしてプロポーズのつもりだったのか・・・?」 いやー、当時の動揺ぶりがうかがえますねぇ(笑)。 ・・・というわけで、またまた逃げっ(←殴)。 ↑う〜ん。今となってはコメント不可(遠い目)。何故かこのSS、 好評でした(←何故かって・・・)。ひーさんのHSBスープが効い たようです。いやぁ〜、しっかしえげつない色ですな(笑)。 |