魂の還る場所 「今年は・・・アットホームなかんじでええか?」 唐突にアリスが言った。 「何が?」 火村が問い返す。 「キミの誕生日パーティーに決まっとるやないか!!」 当たり前とばかりに胸をはるアリスに、火村は皮肉げな笑みで答える。 「パーティー?そりゃまた大きく出たな。」 アリスはぷくっと膨れて、 「じゃあ、お誕生会。」 と訂正した。 お誕生会前日の夜。 アリスは自宅のキッチンで、悪戦苦闘していた。 「あーもう。うまいことでけへーん。」 泣き言を言いながらも、手を休めることはない。 料理本片手に真剣な表情でなにかを作っている。 時計はすでに夜中の2時を回っていた――。 4月15日(お誕生会当日)。正午。 北白川の自宅で、火村はのんびりと煙草を吹かせていた。 アリスとの約束は、午後6時。まだまだ時間がある。 ふと横を見ると、いつの間にかウリ、コオ、桃の飼い猫たちが、火村に寄り添うようにし て眠っていた。 火村はそんな猫たちを愛しそうに見つめながら、起こさないようにと、そっと静かに立ち 上がった。そして窓際まで行くと、身を乗り出すようにして空を見上げる。 見えるのは、どこまでも続く青い空と真っ白な雲。 どうやらお天気も、火村を祝福してくれているらしかった・・・。 ピンポーン♪ 「はーい。」 アリスがパタパタとスリッパの音を響かせながら玄関へと向かう。 ドアを開けると、火村がいつもよりパリッとした(?)スーツ姿で立っていた。ただし、 いつも通りのノーネクタイで。 アリスは呆れた顔で、 「キミねぇ・・・スーツはええけど、あやしいで?」 アリスが指摘したのは、スーツの色のこと。 火村は全身黒ずくめだった。これで黒のサングラスでもかけていたなら、どこの組の方 ですか?状態である。 「いや。誕生日だからってうかれる年でもねえしな。」 「それでなんで黒やねんっ!?・・・まあ、におとるけど。」 火村は褒められてまんざらでもない様子。 「そうだろ?俺のパーソナルカラーなんだ。」 「ほんまかいな?」 アリスは話しながらリビングに続く扉を開けると、テーブルを指さしながら、どや?と 火村を振り返った。 テーブルの上には、所狭しと料理が並べられている。 しかし火村が気になったのは、むしろそのテーブルから約1メートルほど上にぶら下が ったたれ幕の方である。 そこには黒のマジックでこう書かれていた。 『火村英生くんのお誕生会へようこそ』 「はははっ。」 火村の口から渇いた笑いが漏れる。 「あくまでお誕生会・・・なんだな?」 諦めた火村の口調に、アリスが「せや。」とキッパリ頷く。 ・・・ま、いいけどね。 火村は内心ため息をつきながらも、どこか嬉しいようなくすぐったいような不思議な気 持ちで満たされてゆくのを感じていた。 そして―― ワインの乾杯を皮切りに『お誕生会』が始まった・・・。 「ごちそうさん。」 料理を全て食べ尽くした火村は、満足げな様子で煙草を吸っていた。 「いえいえ。8割方出来合いのものですから。」 アリスが少し申し訳なさそうな顔で言う。 「いや。わざわざこれだけのものを買って来てくれたんだろ?それだけでも結構な労力だ ぞ。」 火村の労いの言葉に、アリスは嬉しそうに微笑んだ。 「なんやそう言ってもらえるとうれしーわ。」 和やかなムードが漂う中、アリスが突然「あっ!」と大声を出した。 ん?と火村が目で問い返すと、 「いやー、危ない。忘れかけとった。実はこれからが今日のメインやねん!!」 ほーうと火村が期待半分興味半分といった顔をする。 アリスはパタパタとキッチンに消え、すぐに四角い箱を持って戻ってきた。 「さて、何でしょう?」 アリスの問いかけに、火村は呆れた顔で答える。 「何って・・・形と今日が誕生日ということを考え合わせたら、答えは1つだな。」 「で、何?」 「もちろんケーキだ。」 「あっ、おしい!」 「違うのか!?」 ちょっとびっくり顔の火村。 「いや。正解は正解やねんけど・・・。答えは、アリスの手作りケーキでーす!!」 「えっ!?」 火村が驚きに目を瞠った。 「本当にアリスが作ったのか?」 「せや。もう朝までかかって大変やってんで!」 エヘンと胸をはって言うアリスの子どもっぽい態度に、火村はプッと吹き出した。 「ちょっと火村。ここ笑うとこちゃうでっ!」 火村はなおもくすくすと笑いながら、 「ごめん。料理苦手なアリスが俺のために作ってくれたなんて・・・うれしいよ。」 「笑いながら言うても説得力ないで。」 アリスはじとっと火村を上目遣いに見る。 ようやく笑いを引っ込めた火村は、真剣な眼差しでアリスを見つめた。 「開けてもいいか?」 「えーよ。」 箱を持ち上げた中から現れたのは―― 15cm四方の赤茶色のケーキだった。上には白い文字でメッセージが書かれている。 白い定番のケーキを想像していた火村は、一瞬間をおくようにして、「チョコレートケー キか?」と聞いた。 アリスは首を振って、 「ちゃうで。これな、ザッハトルテっていうねん。」 「ほーう。」 火村が珍しく感心した声を上げる。 「ちょっと大人の味を目指してみました。」 なーんて気取った口調で言うアリスに、火村は『じゃあこれは何だ?』と上の文字を指さ した。 アリスがてへっと可愛く笑う。 そこには生クリームの白い文字で、こう書かれてあった。 『ひでおくん おたんじょうび おめでとう』 「俺は幼稚園児か?」 「まあ、ええやん?これ書くのだって大変やってんから。なんせもう泡立てるのが・・・・」 「ああ、わかったわかった。」 苦労話が始まりそうになって、慌てて火村が遮る。 「ろうそくないけど、ええか?」 申し訳なさそうに言うアリスに、 「あのなあ・・・。」 火村はがっくりと肩を落とした・・・。 ケーキの味は上々だった。紅茶との相性が、またいい。 アリスが最近新聞で読んだという「おいしい紅茶の入れ方」が功を奏したかどうかはさ ておき、とにかくアリスの初めての手作りケーキは、大成功だったようだ。 「アリス。ありがとう。」 火村の心からのお礼に、アリスはうっすらと頬を赤らめる。 「ううん。火村が喜んでくれて、俺も嬉しい。」 2人の間に甘ーい空気が流れる。 「お礼をしたいんだが・・・。」 「何?」 「夜はまだまだ・・・これからだよな?」 えっ?とアリスが顔を上げると、火村がお得意のニヤニヤ笑いを浮かべていた。 「キミ・・・何考えとんねん?」 「アリスが今考えてること・・・かな。」 「スケベおやじ。」 ボソリと呟くアリス。 火村はそんなアリスを愛しそうに見つめ・・・、そのままゆっくりと近づくと、ふいにアリス をガバッと抱き上げた。 「わああーっ。」 アリスが悲鳴を上げる。 「しっかりつかまってないと、落ちるぞ?」 アリスは諦めたように火村の首にしがみつき、 「しゃーないな。今日は特別やで?」 そっと火村の耳元で囁くと、火村の唇に自分の唇をゆっくりと重ね合わせた。 いつもの抵抗がないばかりか、思いがけず誘うようなアリスの態度に、火村の理性がブ チ切れる。 そのままアリスを床に押し倒そうとする火村に、 「あかん。ベッドで・・・な?」 アリスが甘く囁く。 「わかった。」 火村はアリスを抱きかかえたまま、ベッドルームへとものすごい勢いで向かうのだった ―――。 火村の誕生日は、まだまだ終わらない・・・。 【END】 〔後書き〕 新作の第2弾です。ひーさん(火村)のお誕生日記念SSでした。 今回はデキちゃってる2人に初挑戦!でも、デキちゃってないのとほとんど変わりません ね(爆)。もっと甘々にする予定だったのに・・・(シクシク)。シリアスなタイトルのわりに、 内容がこんなんでごめんなさい。とりあえず最後は、オトすのやめました(笑)。誕生日だ しね・・・ひーさんもたまにはいい目を見させてあげなくっちゃ(←オイ?)。 ↑当時の後書き。そっか、ひーさんの誕生日だからオトさなかったんだな(しみじみ)<コ ラコラ な〜んかかなり甘々じゃありませんこと?まあヒムアリは全体的に甘々ですけど ねぇ。楽しい『お誕生会』(笑)だったみたいで、なによりです・・・(←人事かい!?)。 |