Voice―あなたの声を聞きたくて― その日。 アリスは朝から何となく体の調子が悪かった。 目が覚めたときから体がだるく、いつもは30分くらいベッドの中でゴロゴロし ていたら、割りとすぐに起き上がれるというのに(←これでも一般レベルからす ると充分遅いが)、今日は1時間経ってもなかなか起き上がれない。 何とかベッドを抜け出したと思ったら、今度はソファに寄りかかってヘタレてし まう始末。 そんなこんなでダラダラと時間を過ごし、やっと朝食(?)を取り終わったとき には、既にもう午後3時―世間一般で言うところのおやつの時間―になってい た。 テレビをつけながら、耳だけをテレビに向けて、朝刊―朝○新聞―を広げる。 そのかかっているチャンネル(ワイドショー)で、『おもしろペット大集合』のコ ーナーが始まったときだけは、新聞を離し、しっかりとテレビに目を向けていた が・・・。 『高橋さん家のミミちゃん』と紹介されたその猫は、器用にも御主人様の背中を マッサージしてくれるらしい。 可愛い三毛猫が登場し(←もちろんビデオの再生だが)、御主人の高橋さん の背中に乗って、前足で交互にマッサージ(?)をする。 「うわーっ、可愛エエなーvv」 思わず独りごちるアリスである。 脳裏に浮かぶのは、火村の飼い猫達の愛らしい姿。 「元気にしとるかなー?」 気付けば、猫達からいつの間にか火村のことに考えが移り始めていた。 そのとき――― ルルルルル・・・♪ ちょうど電話が鳴った。 「はいはーい。」 返事をしながら(相手に聞こえるはずもないが)立ち上がり、受話器を手に取 る。 「はい。有栖川です。」 『ああ、アリス。俺だ』 耳に心地良いバリトンが流れ込んでくる。 「へぇ。俺様ですか?生憎そのような方は存じませんが・・・。」 『・・・・。悪いが、アリス。今はおまえと漫才やってる場合じゃねぇんだ。』 「あっ、ごめん。・・・って、誰が漫才やねん!?」 『おまえだ、おまえ。いやいや、そうじゃなくて・・・用件を言うぞ。事件だ。場所 は○○区××町●△−□。俺は今すぐ行くが、アリス・・・おまえはどうする?』 「行くに決まっとるやろっ!」 『わかった。じゃあ現地集合だ。』 「オッケー。」 『待ってる。』 ガチャッ・・・ツーツー 電話が切れた後、アリスは受話器を置くことも忘れて、しばらくその場に佇ん でいた。 (エライまたええタイミングでかけてきよるわー。会いたい思たら電話がかかっ てくるやなんて・・・なんか恋人同士みたいやvvって、みたいやのーてそうやっ ちゅーの//// まあ、でもなー。事件やねんし、あんまりグッドタイミングゆうて 喜んでる場合でもないわな。・・・って、あかんあかん。はよ、着替えな。) ようやくハッと我に返り、アリスはいつもの学生風な服装(←でも中身は3○ 歳)に着替え、慌てて家を後にした。 タクシーでその現場付近に到着したアリスは、火村を目で探しながらゆっくり と歩いていた。 「アリスっ。こっちだ。」 声のする方に目を遣れば、火村が路地から顔を出しつつ手招きしている。 「あっ、ごめーん。遅なってしもて。」 パタパタと駆け寄りながら謝るアリスに、 「いや、大丈夫だ。俺も今来たところだからな。」 笑顔で火村が答える。 「ほんま?良かったー。」 “じゃあ行こうか・・・”と行きかけた火村だったが、次の瞬間、足を止めてクル リとアリスを振り返った。そして――― 「えっ?何?」 きょとんとするアリスの顔をジーッと覗き込む。 「アリス。顔が赤いぞ?どこか具合が悪いんじゃないのか?」 「えっ?ほんま?タクシーん中温かかったから、冷えのぼせとちゃうかなー?」 「そうか?それならいいんだが・・・。」 そう言って、ようやく歩き出した火村の横で、アリスが「エヘヘッvv」と笑う。 「何だ?」 「いやー、俺んこと心配してくれてんねやなーって。」 火村は一瞬呆れた顔をして、それから・・・ 「当たり前だろっ!バカッ!!」 照れたようにそっぽを向いた。 「ああーっ。関西人にバカ言うたな!?訂正せぇや!」 そんな火村の照れに気付いているのかいないのか、アリスが抗議の声を上 げる。 「じゃあ、アホッ!」 「やっぱりそれもムカツクーーっ。」 「どっちなんだか・・・。」 「火村のアホーッ!」 「なんでだよ!?」 そんなこんなで、言い合い(漫才?)をしているうちに、現場の家(洋風2階建 て)に到着する2人だった・・・。 張られたロープの前に立つ警官に、2人並んで頭を下げる。 「ご苦労様です。」 火村(とその助手)の来ることがその警官にも伝わっていたらしく、すぐにねぎ らいの言葉と敬礼が返ってきた。 そのまま門から庭に入り、まっすぐに歩いて行く。 が、すぐには家に入ることが出来ない。 なぜなら・・・家に着かないのである。車でとまではいかないが、自転車くらい は欲しい距離だ。 「エライ広い庭やなー。家はどこやねん!?」 「前に見えてるだろ?」 「見えてても全然着かへんやんかー。」 「嘆くな嘆くな。」 途中、庭のあちこちで鑑識班がしきりに何事かを調べていた。 目が合えば、火村は軽く会釈をし、アリスは「こんにちは。」と声を掛けていく。 そのたびに、なぜか目を泳がせる者や顔を赤らめる者、またひどい場合は手 に持った物(カメラ等)を取り落とす者までがいた。 アリスはあまり気にしていないようだったが、火村はそのたびに不審さを募ら せていった。 そして――― ようやく家の中に入り、鮫山警部補と森下刑事に会った瞬間。 その不審は確信へと変わった。 「あっ。火村先生、有栖川さん、こんにちは。」 森下が元気に家の奥からこちらへとやって来る。 その後ろから、鮫山警部補も歩いて来た。 「どうも、お待ちしておりました。」 火村が「遅くなりました。」と挨拶し、次にアリスが挨拶すべく顔を上げて2人 を見たとき、森下は真っ赤になって俯き、鮫山はアリスをジーッと数秒見つめた 後、目をそらしてそっとため息を漏らした。 「えっ?えっ?」 アリスは驚いて、森下と鮫山を何度も交互に見る。 心の中は、“俺、なんか変なんやろか?”とか不安でいっぱいだ。 鮫山がさり気なく火村を目で促し、「それではこちらです。」と言って歩き出 す。 火村はすぐに鮫山に追いつき、何事かを2人で話し始めた。 アリスはと言えば、オロオロとその場で落ち着きなく目を泳がせるばかりで ある。 森下は内心、“有栖川さん・・・色っぽい。”とか戯けたことを思っていた。 それから数秒後――― 火村が風の如く舞い戻って来た。かと思ったら、アリスを抱えるようにして入 ってきたドアの方へと向かう。 「わーーーっ。」というアリスの悲鳴を残して、あっという間に2人の姿は見えな くなった・・・。 2人が出て行ってからしばらく後。 家の中に取り残された2人(鮫山と森下)は、ひっそりと会話していた。 「さっき火村先生と何話されたんですか?」 「ああ。有栖川さんがものすごく色気を振り撒いていらっしゃいますが、どうか されたんですか?と聞いてたんだ。」 「ええ、そうですよね。僕も有栖川さんの顔を見たとき、びっくりしちゃって・・・ ////」 「まあ確かに罪作りな人ではあるな。私も・・・あっ、いや。」 「えっ?」 「何でもない。まあそれで火村先生が血相変えて有栖川さんを連れ出された というわけだ。」 「はぁ、なるほど。やはり火村先生も並んで歩いてらっしゃっては、有栖川さん の表情まではわからなかったんでしょうねぇ。」 「そうだろうな。今頃・・・」 「今頃?」 「目に毒なことしてるかもな。」 「はっ?」 「いや、何でもない。それより仕事に戻るぞ!」 「は、はい!」 そして2人は、何事もなかったかのように、殺人現場となった部屋へと戻って 行った・・・。 家の裏手まで来て、ようやく火村がアリスを下ろした(そう。いつの間にかア リスは、火村に抱っこされていたのだ)。 そして向かい合い、 「アリス。」 真剣な表情で火村がアリスを見つめる。 「は、はい。」 思わずアリスも緊張して生徒のような(?)素直さだ。 「やっぱり具合が悪いんだろう?」 「えっ?」 「えっ?じゃなくて!!!」 「そ、そう言えば・・・ちょっと頭ボーッとするかなぁ?」 火村は脱力しかけたところを踏み止まり、唐突にアリスの前髪をかき上げ、あ らわになったそのおでこにチュッとキスをした。 「なっ、なっ、なにすんねやーっ!?」 「バカッ。熱を見たんだよ。こうするのが1番わかりやすいんだ。」 「またバカって言うた。」 「そんな場合じゃねぇだろっ。やっぱりおまえ、熱いぞ?」 「ほんま?そっかー。熱あったんや。」 「あったんやって・・・。」 火村がガックリと肩を落とす。 「ちったぁ自覚しろよっ!」 「何を?」 「何をって・・・自分の体調をだよっ。それと・・・。」 「それと?」 「いや、何でもねぇ(熱のおかげで艶っぽさ倍増して、またアリスを狙う輩が増 えた・・・なんて言えるかよっ!!!)。」 「ふぅーん。」 とジト目で見つめるアリスの瞳は、迫力どころか誘っているかのようだ。 「と・に・か・く!すぐに戻って来るから待ってろよ?送って帰るから。」 「えっ?大丈夫やって。そんな迷惑かけられへん。頼むし、火村は事件ちゃん と解決してや。」 「いや、でも・・・。」 「お願いや!」 ジーッと見つめてくるアリスに火村が勝てるハズもなく・・・ 「うっ・・・わ、わかった。じゃあすぐに事件を解決してくるから、あの玄関入った ところに置いてあったソファで休んでろ。しんどくなったらすぐ言えよっ?いいな ?」 心配そうな火村に、アリスがプッと吹き出す。 「アハハッ。もう子供とちゃうねんから。」 「ああ、そうだったな。」 言いながら、火村がゆっくりとアリスに顔を近づけていく。 アリスが目を瞑るのを確認してから、今度はおデコではなく、唇に優しくキス を落とした。 唇が離れた後、すぐにアリスが口を開く。 「もしかして・・・大人のキスとか言うつもりとちゃうやろな?」 「いや、今のは子供のキスだろう。だがご要望とあらば・・・」 言うなり、もう一度唇を重ねてくる。 「んんっ。」 そして今度は、だんだんと深くなっていった・・・。 その日。 火村は難事件を超スピード解決し、名探偵の地位を不動のものにしたという ことである・・・。 【END】 キリリク作品なので、当時の後書きは省略です。実はこのリクエストを頂いた 際、「風邪気味でフィールドワークに現れたアリス。微熱なアリスのうるうるな 瞳に周りの皆はめろめろ、助教授の神経はきりきりといったかんじで・・・。」と いう細かな設定も付けて下さっていて、その設定を意識して書かせて頂いた 記憶があります。しかしシリアスっぽいタイトルなのに、私の書くものはどうし てこうギャグばかりなのか・・・(遠い目)。 |