黄色い幸せ




「えーと、まずは・・・。」
 鼻歌混じりで、玉ネギを剥き始めるアリス。
 時刻は午前8時。
 作家という職業柄、不規則な生活を余儀なくされている(?)アリスにとっ
て、この時間に起きていることは奇跡に近い。
 まあ眠らずに朝を迎えることは珍しくないのだが。
 しかし今日のアリスは、ちゃんと寝てから起きている。
 やはりこれは奇跡と言えるだろう。
「イタタタ・・・しみるーっ。」
 玉ネギをトントンと切りながら、目をうるうるさせて必死に痛みを堪える。
 次に冷蔵庫から鶏肉・ケチャップ、それに玉子を取り出し、ぎこちない動
作ながらも少しずつ料理を進めてゆく。
 そして・・・
「できたーっ。」
 最後にお弁当箱に出来上がったばかりの料理を詰めて、アリスは満足そ
うに微笑んだ。



 チャラララー♪
 携帯の音楽が鳴った。
 火村はその音を聞いただけで、アリスからのメールだとわかる。
 英都大学の研究室で1限の講義に行く準備をしていた火村は、机の上に
無造作に放り出していた携帯を手に取り、すぐにそのメールを受信した。

『今日お昼いっしょに食べよ。研究室に火村の分もお昼持ってくから。何時
頃やったらええ?』

 そのメールを見て、思わず火村の口元がほころぶ。
 そしてその笑みを浮かべたまま、手早くメールを返信した。

『12時頃来てくれ。待ってる。』

 そのあと1限・2限の講義で、火村が上機嫌だったことは言うまでもない。



「今日はここまで。」
 2限の講義を強制的に早く切り上げて、火村は研究室へと足早に向かう。
 時刻は11時59分。
(アリスはもう来ているだろうか?)
 廊下を曲がり、自分の研究室が見えてくる。
 そのドアの前には、愛くるしい笑みを浮かべたアリスが立って待っていた。
「アリスっ。」
 慌てて駆け寄る火村を、「ジャスト12時!!」アリスの嬉しそうな声が迎
えた。



「はいっ。お弁当。」
 アリスはにこにこしながら、可愛らしい包みにくるまれた弁当を火村に向か
って差し出した。
「えっ?」
 火村は呆然とアリスを見返す。
「えっ?やないで!お昼持ってくる言うたやんか。」
「いや、そうなんだが・・・これ、アリスが?」
 まだボケッとした表情で、火村が弁当を指さす。
「せや。俺が作った愛情弁当・・・まさか食えへんとでも?」
 可愛らしく上目使いで火村を睨みつけるアリスに、火村はようやくいつもの
笑みを返した。
「いや。ありがたく頂くよ。開けてもいいか?」
「うん。」
 コロリと機嫌を直し、嬉しそうに頷く。
 包みを開き、蓋を取ると・・・
「!?」
 火村は息を飲んで・・・絶句した。
「どや?」
 アリスの誇らしそうな声に、あやうく脱力しそうになる。
「ど、どうって・・・。アリス、これは何だ?」
「何って・・・ピカチュウ弁当vv」
 ガクッ。
 今度こそ火村は本当に脱力して、そのまま机に突っ伏した。
 弁当の中身は、ほぼ5分の4がピカチュウで埋められていた。
 さらにくわしく分析すると、その5分の4はチキンライスであり、その上にピ
カチュウを型取った薄焼き玉子がのっかっているのである。
 そしてさらにさらにそのピカチュウの耳の上部には、海苔とおぼしきもので
黒い模様が描かれており、なかなかに芸が細かい。
 ホッペの赤い円形模様は、ケチャップだ。
「そ、そうか。ピ、ピカチュウか・・・。」
 アハハッと渇いた笑いを漏らす火村の頬は、微かにヒクついている。
「うん。すっごい大変やってんで!特にこの型取りが・・・。」
 握りこぶしで力説しようとするアリスを火村は慌てて遮った。
「と、ところでアリス。もう1つ聞いてもいいか?」
「えっ、なに?」
「これは・・・何だ?」
 火村が指さしたのは、残りの5分の1にあたるスペースにおさまっているモ
ノである。
「あっ、それな・・・海老さんウィンナーやねん。」
(海老さんウィンナー??)
「俺にはただウィンナーが丸まってるようにしか見えないんだが・・・。」
 アリスは心外だという顔で、
「ちゃう。それはれっきとした有栖川有栖作の海老さんウィンナーや!」
 きっぱりと言い切った。
 いや、そんなにきっぱり言われても・・・・・・・まあ、いいか。
 何はともあれ、アリスが自分のために弁当を作ってきてくれたことに変わり
はない。料理の苦手なアリスがどんなに苦労してこれを作って来てくれたの
か・・・それを考えると火村の心は喜びでいっぱいになる。
「じゃあ、早速頂くとするか。」
 包みの中に入っていたお箸を取り出して、合掌する。
「いただきます。」
 そう言って、食べようとした火村だったが・・・突然動きを止めて、ガバッと
顔を上げた。
「アリス。」
「へっ?なに?」
「おまえの分は?」
「なにが?」
「だから弁当だよ!!」
「・・・・。」
「おい?」
 アリスは持ってきていたカバンから、ガサゴソとコンビニの袋を取り出した。
「俺のは、これ。」
「ちょ、ちょっと待て。アリス・・・おまえこの弁当味見したんだろうな?」
「・・・・・・したよ。」
「おいおい。今の間は何だ?」
 アリスはテヘヘッと可愛らしく笑って(←しかしこのときの火村には悪魔の
微笑みに見えた)、コンビニの袋からおにぎりを取り出した。
「アリス・・・。」
 火村はそんなアリスをただ呆然と見つめるのだった・・・。

―――アリスの愛情弁当がどんな味だったのか?それは火村だけが知っ
ている。




                                          【END】








キリリク作品なので、当時の後書きは省略です。とりあえず思いっきりギャ
グオチで申し訳ないです…。実はこういう話(ギャグ)が1番書きやすかった
りします(やっぱり関西人の血が…?/笑)。ちなみにピカチュウは今でも大
好きです!(ニコ)




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