可愛らしい逆襲(前編)






「ごめん。悪かった。」
 とある喫茶店の植木に隠れた奥まった席で。
 火村英生は、目の前の恋人に一生懸命頭を下げていた。
「・・・・・。」
 その恋人―有栖川有栖―は、ジーッと火村を上目使いに見上げるだけで、何
も言わない。口を尖らせ、全身からは『絶対に許さない』というオーラまで漂わせ
ている。
「本当にすまない。」
 いつものクールな表情はどこへやら・・・火村は困った顔で必死にアリスに訴え
かける。
 しかしアリスはぷぅっと頬を膨らませて、今度はプイッとそっぽを向いてしまった。
「アリスー。」
 情けない声を出す火村をチラリと横目で見て、アリスは『そんなんでダマされへ
んで!』と心の中で握りこぶしを作っていた。
 そんなアリスの様子を見て、『これは本格的に怒らせてしまったな・・・』と火村
は自分の愚かさをただひたすら呪うのだった・・・。





 さかのぼること数時間前。
 ピリリリリ・・・ピリリリリ・・・
 ほてほてと散歩をしていた火村の胸ポケットで、携帯が鳴った。
 ディスプレイには、『アリス』の三文字。
「はい。」
 火村が出た瞬間、受話器の向こうから冷ややかな空気が流れてきた・・・よ
うな気がした。
「ア、アリス?」
「火村・・・。忘れとったんか?俺、火村んこと信じてたのに・・・。」
 火村がハッと息をのむ。
 心臓が音を立てて跳ねた。
「あー・・・アリス。その・・・きょ、今日は何日だ?」
 間抜けな質問に返ってきた答えは、「アホ!」の一言だった・・・。



 火村は顔面蒼白状態で、とっくに切れた携帯を握りしめたまま立ち尽くしてい
た。
『お、俺はなんてことをしちまったんだ・・・。』
 呆然とすること数十秒・・・。
 突然、はっと我に返る。
 そ、そうだ。こんなところで立ち尽くしている場合じゃねぇ。とにかくアリスのと
ころに行かないと・・・。
『今頃アリスは・・・まあ怒って家に帰っているだろうな』
 そう考えると、よしっ!気合い一発、火村は大急ぎで北白川の下宿にとって
返し、年代物のベンツに乗り込むのだった・・・。
『アリス。今行くからな・・・。』

―――夕陽丘はまだまだ遠い。





 奇跡的な速さでアリスのマンションに着いた火村は、大人げなくもチャイムを
連打したあげく、近所迷惑もかえりみずに、ドンドンとドアを叩き続けた。
 さすがに堪らずアリスがインターホンに出る。
 火村は息切れしつつも、必死に言う。
「アリス・・・ごめん。話がしたいんだ。ちょっとだけ出て来てくれないか?」
 懇願するその声に、しばらくの沈黙の後、「うん。」とアリスが答えた。
 ドアが開く。
 火村はなんとかアリスをなだめすかし、近くの喫茶店に誘うことに成功した。
 その方が、お互いより冷静に話が出来るだろうと考えてのことである。
 しかし、そう簡単に事は運ばない。
 結局その日、火村はアリスの笑顔をみることはできなかった・・・。






「今日は、ここまで。」
 教科書をまとめ、火村助教授が教壇から下りる。
 いつもなら質問と称して何人もの女子学生が火村の周りに群がるのだが、今
日はなぜか誰も動こうとしない。
 火村は足止めをくらわなかったことに幾分ほっとした様子で、そのままさっさ
と教室を後にした。
 火村の姿が見えなくなると、急に教室がざわつき始めた。
「ねえねえ。火村先生、なんか変じゃない?」
「うん。あたしも思ったー。元気ないよね?」
「えーっ!?でもいっつもあんなかんじじゃない?」
「あまーいっ!だって今日は私らがノート取ってるときに、ひそかに窓際でため
息ついてたもん。」
「おおっ。麻衣ってば、よく見てるー。」
「あったり前よっ!だてに火村先生FC(ファンクラブ)会員ナンバー1桁は持っ
てないわよ!」
「ところでそのFCって、今会員数どれくらいよ?」
「うーん。多すぎてわかんない。」
「なんじゃそりゃ!?」
「そんなことどーでもいーって。それより火村先生よっ!ほんとどーしちゃったん
だろうねー?」
「火村先生の悩み事かー。」
「ま、まさか恋愛問題!?」
「ガ、ガーン。」
「あっでも・・・先生、恋人いるって噂よ!」
「うそっ!?」
「マジッ!?」
「うん。FC会員ナンバー3の親衛隊長こと伊沢っちに聞いた話だから・・・確か
よ。」
「はぁーショック・・・。」
「まっ、仕方ないかー。」
「それでねっ。先生が携帯で誰かと話してるとこをちょっと小耳にはさんだらし
いんだけど、そのとき先生が相手のことを『アリス』って呼んでたんだってー。」
「えーっ!?アリス・・・ってなんかちょー可愛い名前ー。」
「でしょー?私も火村先生の彼女だもん。すっげー美人だと思うわー。」
「でもなんか名前からすると、可愛っぽいよねー?」
「だねー。見てみたいなー。」
「でもさー、見てみてすっげー可愛かったりしたらショックだし、やっぱ見ない方
がいいよー。」
「そだねー。火村先生の選んだ人なら、絶対可愛いに決まってるもんねー。」
 
 ってな話を延々と続けるヒマな女子学生達であった・・・。



 その頃。
 噂の火村助教授は、研究室へと戻りながら、くしゃみを連発していた。
『うーん。風邪かな?』
と思っているあたり、まだまだ甘い助教授であった・・・・・。






                                           【つづく】








[後書き・・・というか途中書き・爆]
うわーん。続いちゃってごめんなさい。初めてですね。しかも・・・ここで終わる
か!?っていうようなとこで切っちゃいましたし(爆)。それにしても・・・この女
子学生達の会話は・・・何よ?(←自分で書いたくせに・爆)
退院して久しぶりに書きましたら・・・ダラダラと長くなって終わらない終わらな
い(←殴)。それで無理矢理途中で切らせて頂きましたの。
次で完結いたしますので、よろしければもう少しお付き合い下さいませ。

↑ 当時の後書き・・・ははは(乾笑)。エセっぽい女子学生’sの会話が痛い(泣)
いや〜ほんとは火村さんがアリスとの約束を忘れるなんてこと、あるわけないと
は思うんですけどねぇ。たまにはケンカもして下さいヨ!みたいな(笑)。
ちなみに『退院して久しぶりに・・・』というのは、当時紅月が盲腸で入院したとき
のことです。




BACK