もう1つの記念日 その日。 5月7日は、アリスにとっても火村にとっても特別な日で。 2人は毎年、ささやかながらもこの日を共に祝い続けている。 『出会いの記念日』 そう。 2人はこの日に出会ったのだ。 ずっと・・・ずっと待ち続けた人に。 もちろん実際に待っていたわけではないけれど。 でも。確かに。 2人の魂は、惹き合っていた。 そして、待っていたんだ。 出会えるその日を・・・。 今年も迎えた5月7日。 昨年までと違うことは、友人同士であった2人が、今は恋人同士になっているという こと。 そして、さらに――― 今年のこの「出会いの記念日」が終わりを告げる頃、もう1つ別の記念すべき事柄 が加わることになるのであった・・・。 2人が恋人同士になったのは、ちょうどアリスが脱サラして、推理作家一筋で生きて いくことを決意したときであった。 当初、アリスは悩んでいた。 本当に今の仕事をやめてしまっていいのか?本当に推理作家として一人前にやっ ていけるのか? 悩み続けていくうちに、アリスはだんだんと不安定な状態になっていった。 そして、いつしか危ういところにまで達しかけていたアリスの心を救ったのが、学生 来の友人である火村だった。 火村はアリスに、こうしろともあーしろとも何も言わなかった。 ただ黙って傍にいて、一緒に悩み、一緒に苦しみ、一緒に考えた。 そんな日々が続き・・・ついにアリスが出した結論―――。 それを聞くと、火村は優しく微笑んで、ただ黙って頷いた。 アリスの口から、「ありがとう」と声にならない言葉が漏れる。 かわりに瞳からは、あとからあとから涙が溢れ出していた。 その翌日。 アリスは会社を辞めた・・・。 そして、それからしばらくの後。 2人の関係は、自然な形で恋人同士へと変化していた。 まるで、冬のあとに春が来る。 そんな当たり前のことのように・・・。 そして、今日。 5月7日。 恋人同士になってから、もう半年も経つというのに、2人は相変わらずキスまでとい う仲だった。 何故かといえば・・・2人はお互いに、違うようでいて、ある意味同じ『おそれ』を抱い ていたからである。 火村はこの半年、アリスに触れたいとずっと願いながらも、それでもしアリスに拒まれ てしまったら・・・そう思うと怖くて、どうしても手が出せずにいた。 一方。 アリスはこの半年、もし火村と体を重ねたことで、何かが変わってしまったら・・・そう 思うと怖くて、どうしてももう一歩踏み出す勇気が持てずにいた。 2人はお互いに求め合いながらも、少しだけ気持ちがすれ違っていたのである。 でも。ついに。 今宵、2人の想いが重なるときがやって来たのである・・・。 「アリス・・・。怖いか?」 「アホいえっ!」 そう返しつつも、アリスの顔はやや青ざめており、火村のカッターシャツの裾をつか む手は、かすかに震えてもいた。 「無理しなくてもいーんだぞ?」 優しく囁く火村に、アリスは小さく笑いを漏らす。 「無理してんのは、そっちとちゃうんか?」 そう。確かに火村の理性は、もうほとんどいつ失われてもおかしくない・・・そんな状 態にあった。 ベッドの上で、裸同然の姿をしたアリスを前にして、火村がそれでも理性を(薄皮一 枚とはいえ)残しているのは、ひとえに愛するアリスを傷つけたくないという一心から だった。 「俺は・・・アリスのためだったら、どんな無理でも押し通せる男なんだぜ?」 いつもの皮肉っぽい口調。 それがいくらかアリスの緊張を解きほぐす。 火村はアリスに覆い被さっていた半身をいったん起こし、アリスの背中に両腕を差 し入れて、そっとアリスを抱き起こした。 そして・・・今度は唐突に、アリスを正面からぎゅっと抱きしめる。 アリスは一瞬きょとんとしてから、すぐにそのまま火村の胸に顔を預けるようにして、 うっとりと目を閉じた。 すると・・・。 ―――トクトクトクトク・・・・ 火村の鼓動が、アリスの耳にはっきりと聞こえてくる。 その速さは、まさに今のアリスと同じ。 (緊張してるのは、俺だけやないんや。火村も同じような気持ちやったんやな。) それがわかると、不思議とアリスの中から恐怖心が薄らいでゆく・・・。 アリスは火村の腕から抜け出すと、自分から火村にキスを仕掛けた。 「アリス・・・。」 火村が驚きに目を見開く。 アリスはかすかに微笑んで、 「火村・・・もう大丈夫や。」 潤んだ瞳で火村を見つめた。 「ああ。」 火村も優しくアリスを見つめ返す。 もう火村に迷いはなかった。 そう。 これはお互いが望んでいることなのだから・・・。 初めての行為に体が疲れきったのだろう。 アリスはスヤスヤと眠っていた。 火村はそんなアリスを愛しそうに見つめながら、アリスの額にかかった前髪を指で くるくると弄んでいた。 そして・・・独り言のような、それでいて誰かに語りかけているかのような、そんな 呟きを漏らす。 「今思えば・・・俺はアリスに出会う前から、ずっと出会えるその日を待っていたよう な気がする。もしかしたら・・・出会う前からもうすでに、アリスのことが好きだったの かもしれない。本当にずっと好きで・・・ずっとずっと好きで・・・まさかこんな日が来る なんて、思わなかった。本当に・・・幸せすぎて怖いくらいだよ?アリス・・・。」 「長いで、火村。」 「!?」 突然の声に、火村が言葉を失う。 見ると、眠っていたはずのアリスが、いつのまにかパッチリと目を開いていた。 「アッ、アアアアリスっ。お、起きていたのか?」 「うん。えらい長台詞やから、口はさめんかってん・・・。」 いつものポーカーフェイスはどこへやら、火村の顔がかぁーっと赤くなる。 アリスはそんな火村の顔を嬉しそうに覗き込みながら、 「火村・・・俺も幸せやで?」 と言うのだった・・・。 5月7日は、『出会いの記念日』。 そして・・・本日。 めでたくも新たに加わったもう1つの記念。 それは――― 2人が本当の意味での恋人同士になれたこと。 今日は、そんな素敵な・・・W記念日。 【END】 [後書き] 5月7日、2人の出会いに乾杯!!(笑)。・・・というわけで、お祝いのSSです。 はぁーっ、それにしても・・・いつもバカップルな話ばかり書いておりますもので、久し ぶりにシリアス路線でいこうとしたら、文体が激しく崩れてしまいました(←撲殺)。 お見苦しくて(というか読みづらくて)申し訳ありませんでした。私、出直してまいりま す。さよーならー(←オイ)。 はっ!それから、Hシーン・・・書こうかなーと思っていたのですが、長くなりそうだっ たのでやめちゃいました(←殴)。やっぱり去ります・・・さよーならー ↑ 当時の後書き・・・・・相変わらず錯乱してますね(苦笑)。有栖川でのシリアスは、 もはや私にとっての永遠のテーマです。もう2人が馬鹿馬鹿しいくらいにラブラブすぎ て、シリアスになり切らないんですよね(笑)。思わず書きながら、「お幸せにv」とか 思ってしまう・・・(うわ〜っ、バカップル←違)。この『もう1つの記念日』で書けなかっ たHシーンは、実は当時は【裏】にありました。もし読みたいという奇特な方がいらっ しゃいましたら、メールでご一報下さい(いらっしゃらないとは思いますが)。 |