狙いと天然






「火村ーっ。助けてーっ!」
 捜査中の殺人現場に、突如響き渡る悲鳴。
 船曳警部に説明をうけながら、現場内を歩いていた火村は、その
声にピタリと立ち止まる。
 次の瞬間。
 火村は声のした方向に、脱兎のごとく駆け出していた。
 後に残された船曳警部は、その後ろ姿をただ呆然と見送るのみ
であった・・・。





「アリスっ。どうした?」
 悲鳴の主―アリス―のところに駆け寄った火村は、その表情に
驚く。
 アリスは、今にも泣き出しそうだったのだ。
「アリス?」
 もう1度促すと、アリスは震えた声でこう言った。
「ひっ、火村・・・。か、た・・・肩に何かおんねん。」
「肩?」
 火村が訝しそうにアリスの肩を見やると―――
 そこにはなんと・・・ちょこーんとカマキリが乗っかっていた。
 火村は、おや?と目を細める。
「アリス・・・。」
「な、なに?」
「・・・カマキリだ。」
 冷静な火村とは裏腹に、アリスは口の中で、ひいっと声になら
ない悲鳴を上げた。
「うーん。カマキリが肩に乗るなんて・・・珍しいな。」
 すっかり感心して見とれている火村に、アリスがたまらず声を上
げる。
「ひっ、ひひ火村っ。のん気なことゆーてんと、はよ取ってーやっ。」
 火村が苦笑しながら、ヒョイとカマキリをつかみ上げる。
 アリスはホッとして気が抜けたのか、その場にペタンとへたり込
んだ。
「大丈夫か?アリス。」
 優しく問いかける火村に、
「へ、平気やっ。」
 そう答えつつも、アリスはまだ胸に手をあてて、乱れる呼吸を懸
命に整えていた。
「うそつけっ。さっきまで泣きそうな顔してたじゃねーか。」
 火村のからかうような口調に、
「してへんもん。」
 口を尖らせて否定するアリス。
 火村はプッと吹き出して、
「まあそういうことにしておきましょう。」
 アリスの髪をくしゃりと撫でた。
『また子ども扱いしてー』と怒るかと思いきや、アリスは火村の耳
元に唇を寄せて、囁いた。
「火村・・・手、貸して。立てへんねん。」
 火村は仕方ないなという顔をして・・・次の瞬間、ニヤリと口端に
いやーな笑いを浮かべる。
「・・・・・・火村?」
 問いかけたときには、アリスはもう火村の腕の中にいた。
 火村がアリスを抱き上げたのである。
「うわっ。火村、何すんねん!?」
 驚いて暴れるアリスをなんなく押さえ込む火村。
「だって、立てないんだろ?」
「もう立てる。立てるから下ろしてくれっ!!」
「まあまあ、遠慮するな。このまま部屋まで連れてってやるよ。」
 ちなみにここは現場の庭先である。
 数メートル先には窓があり、中に入ればすぐそこにソファセット
が置いてある。
 どうやら火村は、そこまでアリスを抱きかかえたまま連れて行く
つもりらしい。
「いいっ。恥ずかしーやんか。」
 アリスは顔を真っ赤にしている。
 それもそのはずで、普通に抱き上げられているだけでも十分恥
ずかしいというのに、アリスは今、お姫さま抱っこ(横抱き)されて
いる状態なのである。
 アリスの願いは聞き届けられなかったようで、火村は『ちゃんと
つかまってろよ』と言うと、そのままさっさと歩き出す。
 アリスも諦めたのか急におとなしくなって、火村の首にぎゅっと
しがみつくのだった・・・。





 そんな2人の様子を遠まきに見ていた捜査員たちは、それぞれ
に思うところがあったようで―――
 ある者は、「そうかー。有栖川さんの弱点は虫なんだな。さっそ
く例のノートにつけておかなくちゃ。」とか(←例のノートって一体
・・・?)、またある者は、「有栖川さんってば虫が怖いなんて、や
っぱり可愛いなーvv」とか、そしてまたある者は、「火村先生、お
いしすぎる・・・。」とか・・・etc。とにかくロクでもないことばかり考
えていた・・・。





 そしてさらに―――
 部屋の中から外のそんな2人の様子を見ていた鮫山警部補と
森下刑事は、多少冷静に(?)分析していた。
「あれって・・・火村先生、明らかにわざと見せつけてますよね?」
 森下が問えば、
「ああ。『こいつは俺のだから手を出すな』と、そう周りの人間にわ
からせるために、狙ってやっているのは間違いないな。」
 鮫山も頷く。
「でも有栖川さんの方は・・・」
 森下が言いかけると、
「『天然』だろうな。」
 鮫山が答える。
「やっぱりそう思います?」
「ああ。」
「まあ、ある意味・・いいコンビなんでしょうかねぇ・・・。」
 森下は、アリスを抱きかかえながらこっちにやって来る火村に
軽く会釈しながら、内心深い深いため息をつくのであった・・・。






                                    【END】






[後書き]
バカップルを通りこして・・・公衆の面前で何やってるよ?2人とも
・・・(爆)。実は、この話も実体験なのですよ(笑)。
そう。ある日、私が洗濯物を取り込んで部屋に入ると、肩に何か
が・・・!?ってもちろんお話でアリスの肩に乗っていたのと同じ
アレですよ(笑)。ちなみに私のパニックぶりは、アリスの比では
なかったです(爆)。だって私、虫全般大の苦手なんですものー
・・・ってなんか話それちゃってますね。
最初このお話は、「小話その3」のつもりだったのですが、書いて
いるうちに長くなっちゃったので、通常のお話に変更しました。タ
イトルとかも小話のつもりだったので・・・なんか浮いちゃったかも
です(苦笑)。

↑うわーっ、コレ・・・(二の句が告げない)。見せ付ける火村と何
もわかってないアリス=狙いと天然?(笑) いいですね!公衆の
面前でお姫様抱っこ(ヤケクソ)。とりあえず、ほんとうに怖かった
んですよー、カ○キリ(苦笑)。




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