089.マニキュア

サブタイトル 『解けない謎―Birthday Night―』

有栖川有栖 : ヒムアリ


「アリス、誕生日おめで・・・・」
 ガチャリと合鍵でアリスの自宅兼職場に入って来た火村は、かなりの高テンションであったにも
かかわらず、最後まで祝いの言葉を述べることが出来ずに終わった。
 それというのも、せっかくのめでたい日(なのか?)だというのに、アリスが難しい顔で床に座り
込んでいたからである。
「アリス・・・どっ、どうした!?」
 火村が慌てて駆け寄る。
 どうやら具合が悪くてヘタリ込んでいると思ったらしい。
「・・・へ?」
 くるりと首だけで火村の方に顔を向けたアリスは、今ようやく火村の存在に気付いたとばかりに
目を丸くし、「あっ、火村・・・。」と見当外れな答えを返した。
 火村はとりあえずアリスの様子から病気ではないと判断し、ホッと息を吐いた。
「とにかくそんなところに座ってたら風邪引くぞ。――ほら。」
 腕を引いて、なんとか立たせる。
 そのままソファに移動し、火村は勝手知ったるアリスの家・・・とばかりに、さっさと台所に行き、2
人分のインスタントコーヒーを淹れてから、アリスの隣りに腰掛けた。
「あっ・・・ありがと。」
 アリスがマグカップを受け取り、一口すする。
「おいしい・・・vv」
 さらに2口・3口とすすると、アリスもだいぶ落ち着いてきたようで、
「さっきは・・・ちょっとびっくりしただけや。」
 と照れ隠しからか、少し怒ったように言う。
「びっくりって・・・誕生日に不幸の手紙でも届いたか?」
 火村が軽くジョークを飛ばすと、意外にもアリスは真面目な顔で肯定した。
「まあ、そんなところかもしれん・・・。」
「はあ?」
 逆に火村の方が面食らう。
「それが・・・送って来たのは、これやねんけど・・・。」
 とアリスが差し出したのは―――
 淡いピンク色の『マニキュア』。
「はあぁ?」
 さらに間抜けな声を出す火村の前で、
「アハハハ・・・」
 アリスは諦めたように乾いた笑いを洩らすのだった・・・。



「で、まさか有栖川センセのファンが、『アリス』っていう名前に女性だと勘違いして送って来た・・・
なーんてオチじゃねぇだろうな?」
「んなわけあるかい!本にはちゃーんと『著者近影』ってもんが付いとるんやからな。」
(いや、でもおまえの場合、その『著者近影』が既に性別不明だろ!)
 火村は心の中だけでそっとツッコミを入れた。
 口に出してしまえば、言い合いに発展し、本題から逸れまくって戻って来れないことは、既にわ
かり切っていたからである。
 今の重要な問題は、マニキュアの送り主・・・それだけだ。
「で、じゃあそのマニキュアを送って来たのは、一体誰なんだ?」
「それがその・・・朝か夜かはっきりしない名前の・・・・」
「オイオイ、めちゃくちゃ顔見知りだろ、それ。」
「そうやねん。」
「何でおまえのことを『男』だと認識してる奴が、マニキュアなんてもんを送ってくるんだ?おかしい
じゃねぇか。」
「せやろ?俺も何でかわからんくて、さっきちょっと考え込んでたってわけや。」
 それが先程の『アリス床に座り込み事件』の真相だったらしい。
「手紙とかは入ってなかったのか?」
「いや、それはない。けどかわりに・・・」
「かわりに?」
「一緒にインスタントカメラが入ってたりなんかして。」
「はあ?」
 火村は今日3度目となる間抜けな声を発するのだった・・・。



「フフフ。私の問いに正しく答えられるかしら?あの2人は・・・。」
 朝井小夜子女史は、独り自宅でクツクツとお世辞にも品が良いとは言えない笑みを浮かべて
いた。

 アリスの誕生日→火村助教授がやって来る→2人きり→そこに届くマニキュア&カメラ→女装
(イメクラ)→記念(証拠)写真→盛り上がるバースデイ・ナイトvv

 朝井女史の頭の中は、こーんなかんじに出来上がっていた。
 このところどころ無理のある『解答』は、たとえ名探偵火村英生をもってしても解けることはある
まい。
 しかし彼女は自分の考えに酔い痴れていた。
 後日、アリスから手つかずのマニキュアとカメラを返されたときの女史の落胆ぶりは、いかばか
りのものか。
 それは、永遠の謎である。
 そして―――
 アリスと火村がどんなバースデイ・ナイトを過ごしたのか、それもまた永遠の謎なのであった。





                                                      【END】








引き続き、以前お題で書いたSSを拾って来よう企画第3弾でした(乾笑)。これで一応、有栖川
のお題SSは全てアップ完了でございます。今回のSSは、朝井女史に振り回される2人…という
かんじでしょうか。私的な朝井女史のイメージは、2人(火村とアリス)の仲を知ってて、無駄にち
ょっかい出してる…みたいな(苦笑)。朝井女史ファンの皆様、申し訳ございません。とりあえずこ
れだけは言えます!朝井女史の手を借りなくても、2人がラブラブなバースデイ・ナイトを過ごした
ことだけは間違いありません(笑)。




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