赤木沢遡行
 
 北アルプスの最深部にある赤木沢。詰めのあたりは標高2500m近くと森林限界を超えているため、沢筋に陽光が直接降り注ぎ、明るく美しい沢だ。もう8年も前になるが、一度出かけたものの雨で断念した曰くつきの沢。
 無精なのでいつもは簡単な山行記録しか作成しない自分だが、赤木沢はやはり気持ちよかった、楽しかった。だから、少しだけ詳しい記録を残すことにしたい。
 
 2012年8月17日金曜日の夜、高速バスで新宿を23時過ぎに出発し、富山駅、折立経由で入山。太郎平で突然の雨に降られたが、なんとか初日に薬師沢小屋まで辿りついた。その日は、黒部源流を眺めながら軽くビールを飲み、いつも通り19時過ぎには就寝体制に入った。
 
 隣に寝ていた方が、高天原で温泉に浸かり、雲ノ平山荘まで行くという意欲的な計画とのことで、翌朝3時にはゴソゴソやっていたが、気にせず爆睡。
 薬師沢小屋の朝食は朝5時から。朝食のテーブルで一緒になった方は、どう見ても50代なのに10年前に仕事を引退し、年に2ヶ月は山を放浪しているという。その方が言うには、朝早く赤木沢に向けて出発したパーティが2組いたそうだ。
 食後、受付で昼食のお弁当を受け取り、小屋前のテラスで身支度。ちなみにお弁当はちまきだった。食べやすいからか、お弁当がちまきという山小屋は結構あるような気がする。テラスでは他の登山者も身支度をしていたが、その中にメットを被っている5〜6人のパーティがいた。こちらも赤木沢かもしれない。5時40分、準備を終えて出発。天気は良さそうだ。

薬師沢小屋テラスからアルミの梯子を伝って
黒部源流へと降りる。いざ、出発!

朝靄にけむる黒部川
 黒部源流に降りてしばらくは、高低差の少ない河原を歩いていく。昨日、1時間ほど集中的に雨が降ったが、小屋の方に聞くと水量はいつもと変わらないと言う。まだ早朝とあって、陽光は河原まで差し込んでこない。朝靄けむる中を、淡々と河原を歩いていく。
 1つ意外だったことがある。沢用のガイドブックなどを読むと、薬師沢小屋から赤木沢出合までは、「特段難しいところはない」などとなっており、詳しい説明は書かれていない。確かに技術的にはたいしたことないのだろうが、トロ・淵は思ったよりも深く、胸まで浸かってへつるか、泳いで行くしかない場所がいくつもある。今年あるいは今日の水量の関係で、たまたまそうだったのかはわからない。ただ、高地とあって真夏でも水は冷たいし、ザックの防水にやや不安があった自分は、巻き道を辿ることにした。
 いくつ目の巻き道を辿っていた時だろうか、降りようと下を見たら男女4人パーティがザイルを出して渡渉している様子が見えた。結構水量が多く、スピードも早い。確かに1人ではやや危険かもしれない。そこで、巻き道をさらに高く巻いて、もうひとつ先まで行くことにした。すると、渡渉を終えた4人パーティの後ろにちょうど降り立った。しんがりの男性と話をしてみると、彼らも赤木沢に入ると言う。男性2人はかなりのベテランの模様。4人のスピードもそれなりだったので、そのまま後ろに付かさせて頂くことにした。
 4人パーティの後を歩くこと10数分、彼らが休憩に入った。しんがりの男性から「ここが出合ですね」と声を掛けられてミスに気付いた。先行者の後を辿ることで安心して、自分でちゃんと地形を見ていなかったのだ・・・・・(^^;。言われて見回してみても、ガイドブックで見る赤木沢出合のトロの様子と違う。時刻は7時15分。薬師沢小屋から1時間半というガイドブックのコースタイムとほぼ一致する。
 小屋からノンストップだったのでここらで休憩したいところだが、いつまでも後ろに付いているのも失礼なので、ここで先行することにした。お互いこの先の無事を祈って声を掛け合い、改めて単独行として出発!

ナメを歩く先行の4人パーティ

 ←赤木沢に入って最初の滝がこの写真。う〜ん、美しい、明るい。木々はまだ多少の高さを持っているが、沢にしては空が広くて気持ちいい。
 ここで「単独行だし・・・」と少し弱気になり、直登せずに滝つぼ右側の巻き道を行くことにした。ところが、この巻き道がわかりにくい。まっすぐ上に登ったものの、そこから左へと向かう踏み跡がいくつもあるようで、そのどれもが途中で消えかかっている。巻き道で難攻しているうちに、どれが踏み跡なのかわからなくなり、一旦、沢まで戻ることにした。
 結果的には巻き道に失敗したことが良かった。左岸から滝に
近寄ってみると、岩はほとんど滑らないし、ホールドがいくつもあってしっかりしている。いわゆる3級程度か、それ以下程度の簡単な岩だ。ここで巻かなかったお陰で、赤木沢が基本的に直登できることがよくわかり、一層、沢を楽しむことができた。
 次々と、こーんな感じの気持ちのいいナメ↓や、こーんな滝↓が出て来るが、ラクチンなのだ。
冷たいアルプスの水を、足元や指先に感じながら、気持ち良く登ることができる。少し巻き気味に登る場合でも、沢沿いに草原風の道が付いているので、これまた気持ちいい。

 出合から1時間も遡行すると、右岸からウマ沢が流入してくるはず。次の目印はウマ沢、と思いながら進んでいたが、それらしき支流が一向に現れない。どこかでルートを間違えたのだろうか、あるいはいつの間にかウマ沢に入ってしまったのだろうかと不安を感じ始めた頃、前方に大きな岩壁が立ちはだかっているのが見えた(→)。「なんだろう、あれ。あんな岩壁があるなんてガイドブックには書いてないし、いよいよルートを間違えたか・・・・」と思いながらさらに進んでみると、右手に滝が見えた(↓)。なんと、これが赤木沢一の大滝だった。時間は8時半。出合から大滝まで1時間半もかかっていない。すいぶんと早く着いたことになる。

 

巻き道の木々の隙間から大滝落ち口を撮影
 大滝の巻き道は左岸。左の写真の右側、木が生えているところが巻き道となる。見上げると、上の方の木が揺れていた。誰か先行者がいるのかもしれないが、下からは見えない。
 大滝の巻き道に取り付いてみると、傾斜は急だが、木の根や草付きなどつかめるものは多く、多少力まかせという部分はあるものの、さほど苦労することなく滝を越えることができた。

 15分弱で大滝を越えると、すぐに二股にぶつかる。右へ行くと赤木岳と北ノ俣岳の間へと向かい、左へ行くと赤木岳と黒部五郎岳の間、中俣乗越の方へ向かうことになる。今回は、稜線に出たら黒部五郎岳へと行く予定なので、左のルートを選択。が、その前にようやく休憩。お弁当のちまきをいただいてから、9時ちょうどに出発した。
 大滝より上は樹高も低く、渓相がさらに明るくなり、緩やかなナメ滝が続く。歩いていて思わず笑みがこぼれてしまう。いくつか支流が現れるが、都度左のルートを選択する。

 赤木沢は、どの支流を詰めても藪漕ぎはなく、草原を詰めて稜線に達する。確かガイドブックにはそんな感じの説明が書いてあったはずだが、左へ左へとルートを取った結果、最後は藪になってしまった。これは失敗!と思い、開けている方を探し、一つ右の支流へと方向転換した。
 わずかの藪漕ぎで隣の支流へと達した。そちらは、まだ少し水流が残っていた。そこを辿って行くと、やがて涸れ沢となり、明るく開けた草原風の道を登っていくこととなった(→)。この辺りまで来ると、もう周囲の山を見渡すことができる。北アルプス然とした山並みを眺めながら登っていく。赤木沢ならではの楽しみだ。
 涸れ沢を詰めていくと、最後は雪渓にぶつかった。8月中下旬だというのに、北アルプスにはまだまだ雪渓が残っている。赤木沢の源流は雪渓。なんともロマンチックだ。折角なので、したたり落ちる水を掬い集めて、北アルプス天然水を飲んでみた。うまい!
 雪渓をくぐりながら後ろを振り返ると、薬師岳がデンと構えている。詰めもあとわずかだ。
 雪渓を越えたあたりから急に傾斜が緩やかになり、わずか5分ほど歩くと登山道に到達した。少し離れた場所で、休憩を取っている5〜6人のパーティが見える。近付いて確認すると、そこは中俣乗越とのこと。10時ちょうど、赤木沢遡行完了!
 予定よりもだいぶ早く到着したが、期待を裏切らない爽やかな沢だった。中俣乗越で沢靴、靴下などを替え、ズボンや下着は自然乾燥ということで、10時半、黒部五郎岳に向かって出発した。