by 「ヴァーチャル クライマー」GAMO
【 プロローグ 】
 
つれずれなるままに・・・
 
 「夢」というものは、恋心にも似て、ふとした瞬間に芽生えるものらしい。そして、知らず知らずのうちに大きくなり、気付いた時にはそのことで頭が一杯になってしまう。そんなものなのかもしれない。
 
TV番組に触発されたアホな男1人
 「ウリナリ」という番組を覚えておいでだろうか。ウッチャンナンチャンやキャイーン、K2などが、社交ダンス、ドーバー海峡横断などさまざまなことにチャレンジするというバラエティ番組だ。その番組の中で、2000年5月に「マッターホルン登頂部」というコーナーが始まった。その名の通りマッターホルンに登ることを目的に、内村部長を始めとする登山素人の面々が、高尾山登山からスタートして、岩登り、雪山と訓練を重ねていくというものだ。
 当然、こりゃ見にゃイカン!とばかりに毎週欠かさず見るわけである。毎回見せられる面々の馬鹿っぷりに大笑いしながら、「クソーッ、そんならオレに行かせろー」と訳のわからない叫びを発する。「オレだって行けるものなら行きたいんだ」「彼らが行くのなら、オレだって・・・」アホはすぐムキになる。「いいなー」という羨望が、いつしか自分も行きたいという欲望に変わる。
 マッターホルン登頂部は結局その目標を諦め、赤岳登頂で幕を閉じた。が、1度膨らんだ夢は、そう簡単にはしぼまない。行きたい、行きたい、行きたい・・・
そもそも自分にそれだけの実力も勇気もないのに、行けもしないのに大きな夢だけ持つというのはナンセンス。でも、本当に無理なのか?行けないのか?そこで出した答えはある意味安直。マッターホルンは無理でもモンブランなら・・・。その時のアホは、答えの矛盾に気付いていない。だって、夢変わってるやん(なぜ関西弁?みたいな)。
 
雪山訓練にいそしむハイカー
 今だから白状すれば、当時の自分は岩登りはおろか雪山もやらないハイカーに毛が生えた程度だった(ちなみに、毛の生えたハイカーではない)。別にハイキングを馬鹿にしているわけではない。楽しみ方は人それぞれで、ハイキングにはハイキングの楽しさがある。ただ、ハイカーにはマッターホルンもモンブランも登れない。
 で、自分はと言えば、夏から秋にかけてはテントを担いであちこちの稜線を歩き回っていたものの、冬は2000m以下の低山を歩くくらい。雪があってもたいしたことはないし、アイゼンは6本歯しか持っていなかった。ピッケルなんて持っていない。そんな自分にとっては、モンブランでもかなり無謀な夢だったのだ。
 加えて、これから勉強しようにも、山友達もいなければ、山岳会に入っているわけでもない自分にできることは限られている。そこで、目標を3年後の2003年に据え、じっくりと取り組むことにした。
 とりあえずハウツー本で多少の知識を仕入れた後、まずは雪山を体験すべく2001年3月アルパインツアーサービス社の雪山入門ツアーで蓼科山へ。ナルホド、これが雪山かぁ・・・、最初のシーズンはそれだけで終わってしまった。2年目の冬は、東京都山岳連盟の雪山教室に参加。ここで1シーズンかけて、8回の机上講習と6回の実技講習で、雪山の基礎を勉強。拙いながらも一通りの勉強をする。そして3年目の2002〜2003年のシーズン、あとは行くしかない。単独で安達太良山、鳳凰山、御岳、富士山等々に出掛け経験を積むとともに、長野県の山岳総合センターの3泊4日の合宿にも参加。一応、それっぽい程度になってきた次第である。この結果が、モンブランを登るのに相応しいかどうかは、正直わからなかった。
 
目指せ!脱ヴァーチャルクライマー
 さて、その間、都岳連の講習会で知り合った人から、アトラストレック社でモンブランとマッタ−ホルンの両方を目指すツアーがあるとの情報を耳にした。1度は諦めてモンブランにした夢だったが、マッターホルンと聞いてまたムズムズしてくる。行ってみたい、でも行けっこない。もしかしたら・・・。どうせヨーロッパまで行くのなら、ダメもとでマッターホルンにも・・・。そんな逡巡を繰り返す。本当の夢が改めて頭をもたげてくる。それが2002年春の話。
 アトラストレック社からパンフレットを取り寄せ、また電話で話を聞いたりして、マッターホルンのレベルを確認。結局、とりあえず岩登りの練習だけしてみようと決心。ちなみに、自分のレベルはといえば、日和田山1回と沢登4回(関係ないけど)というだけのほぼ素人。つまり、ヴァーチャルクライマーである。
 そこで、都岳連で知り合った友人2人と一緒に、これまた都岳連で講師に来ていた某有名クライマーK氏に講師をお願いした。が、結果的には、自分が不注意にも足を怪我したり、仲間内の都合が合わなかったりで日和田山と氷川屏風の2回しか行けなかった。クライミングに関しては、この2回と勝手に行ったインドア3回、それにアトラスさんの三ツ峠講習会に行っただけ。とても充分と言えるレベルには達していない。でも今さら引き返せるか!一度夢に向かい始めたら、もう行くっきゃないでしょう。
 
あとはやるだけ
 一応、三ツ峠でアトラスのK氏からは「マッターホルン問題なし」とのお墨付きを頂戴した。あとは体力作りだけ。
 3月頃から毎日会社から帰った後にランニング。雨の日と飲み会の日以外はランニング。走って走って雨降って・・・。走って走って酒飲んで・・・。それから岩に備えて、土日は筋トレ。時には富士山頂で高所順化。走って、筋トレ、富士山へ・・・。そんな日々が約4ヶ月。
 そしてついに出発の日がやってきた。