(ヴァーチャル マニア)
似非マニアの小部屋
 
 
 
 第6回
                                                 エレジー
サイン本哀歌
 
 
 毎年たくさんの本を買うから、というわけではないが、古本を買うことが多い。最近はネット古書店やAmazonのマーケットプレイスなどもあるので、古書も探しやすくなった。ネットの場合、実物を見ずに買うことになるので、本の状態など多少の不安はある。ところが逆に、ラッキーなこともある。たとえば、ごく稀にサイン本が紛れ込んでいることがあるのだ。
 下の写真左は、K2日本人初登(世界第2登)など輝かしい登攀歴を誇る登山家・重廣恒夫氏の『エベレストから百名山へ』。標題紙の裏側に、サインが書いてあった。右側は、山岳映画「八甲田山」「聖職の碑」でカメラマンを務め、「剱岳点の記」では監督としてメガホンを取った木村大作氏の『誰かが行かねば、道はできない』。こちらは表紙内側、遊び紙と言われる部分にサインがあった。

 

 
 右は、日本人女性として初めて8,000m峰に無酸素登頂した遠藤由加さんの『青春のヒマラヤ』(右)で、これもネットで偶然入手したもの。画像が粗くてわかり難いが、右下に山の絵・日付とともに「y.Endo」と書かれている。
 これらの本を手にしてサインを見つけた時には、「えっ!?本物?」と疑い、思わずネットで画像検索してしまった。一応、そこで見つけたサインと似ていたので、勝手に本物だと思っている。
 ちなみに古書業界では、サイン本・署名本というのは商品価値を上げる要因にはならないとのこと。なぜなら、その真偽の鑑定が難しいからだそうだ。もちろん鑑定できないわけではないが、費用をかけてまで鑑定しても、それに見
合うほど商品の価値が上がるわけではないようだ。そのため、サイン・署名は落書き・書き込み扱いとなり、商品価値を下げることとなる。ましてや「○○様へ」などと宛名の書かれた献呈本は、たとえ本物だとしても、その価値はかなり微妙だ。有名な著者から有名人宛ての献呈本で、
真偽鑑定が可能なら別だが、そうでなければ単なる落書き扱いだ。
 
 古本ではなく新刊等であれば、本物のサインを入手するチャンスがないわけではない。書店などが開催するサイン会や、講演会におけるサイン本即売会などに参加する方法がある。
 私自身、サイン会に行ったことはないのだが、唯一山野井泰史氏の講演会で買ったサイン本が左の写真だ。単行本版の『垂直の記憶』を持っているというのに、サインのために、わざわざ文庫本版を買うというミーハーぶりを発揮してしまった。
 また、サイン会のようなイベントではなくても、集客などのために、書店や山道具店などがサイン本を扱うケースがある。ICI石井スポーツさんがその代表。神保町にある登山本店の山岳書籍コーナーには、常に山岳関係者のサイン本が置いてある。『空白の五マイル』で新田次郎文学賞を受賞した角幡唯介氏の『雪男は向こうからやって来た』のサイン本は、ここで入手したもの。服部文祥氏のサイン本『百年前の山を旅する』もそこで買った。
 こんな感じで、なんとなくサイン本が増えてくると、他にも欲しくなってくるから不思議なものだ。
 他にないかネットでサイン本を探してみたところ、山岳小説関係で笹本稜平氏の『未踏峰』
ヤフオクでゲットできた。サインの真偽のほどは定かでないが、ネットにはこれと似たサインが載っていた。なおこの本は、同じ本が2冊になってしまった。
 左下は、ネットの古書店で買った新田次郎氏の『永遠のためいき』。画像添付のうえ、“署名本”との注記があり、値段も少し高かったので、きっと「本物」なのだろう。文庫本を持っているので、こちらも同じ本が2冊。
 下の夢枕獏氏の『呼ぶ山』は、ネットの本屋で購入。新刊発売時に、「先着10名様」ということで売り出していたものだ。こういう場合、「本物」であろうサイン本を、定価で買えるところがいい。
 
 山行記や山岳小説など文字の本と比べると、山岳マンガは偽造が難しそうだ。なぜなら、マンガ家のサイン本には、イラスト・画が付いているケースが多いからだ。 

 

 
 上の左は、言わずと知れた石塚真一氏の『岳』三歩が満面の笑みで“Good Job!!”と言っている。これはどう見ても本物だろう。
 上の右は、谷口ジロー氏の名作『K』。渋い山男の画の下に、小さく“JiRo”と書かれている。両方ともヤフオクで手に入れた。
 そして右は、鈴木みきさんのコミックエッセイシリーズ。一番上のサインは『悩んだときは山に行け!』に描いてもらったもので、これまで何冊かサイン本を紹介したが、実は目の前でサインしてもらったのは、この1冊だけ。しかも、“GAMOさん”と宛名入りで、私のお気に入りのキャラ・麗子ちゃんまで入れてくれた。みっきー、ありがとう! 他の2冊のサイン本は、石井スポーツさんで買ったものだ。
 
 ところで、阿佐ヶ谷にある山岳書籍専門の古本屋・穂高書房さんでは、サイン本には「サイン本」と表記した帯を付けている。以前、その店に行った時のこと。たまたまその帯が目に付いたので、ちょっとサイン本を買ってみようかという気になった。
 試しに今井通子さんの本を見てみると、サインの横に「○藤△夫さんへ」と宛名が付いていた。宛名
付きはちょっと・・・と思い、近くにあった小西政継さんの本を手に取った。あれれれ?こちらの本にも「○藤△夫さんへ」と書いてある。仕方なく安川茂雄さんの本に変えてみると、ナントまたしても「○藤△夫さんへ」の宛名。
 ・・・・・・・。そっか・・・。事ここに至って、ようやく古本業界の常識に考えが及んだ。昔から、古本屋さんでは「買い一番 売り二番」と言われ、販売以上に仕入れが難しいとされている。持ち込みやゴミ集積所回りなど仕入れルートにはいろいろあるが、希少本・稀覯本を入手する最大のチャンスは、蔵書家が亡くなった時だという。本の価値を知らない、あるいは興味がない遺族が、二束三文で売り払ってしまうのだ。○藤△夫さんは、きっと亡くなられた方なのだろう。
 そう考えるとちょっと淋しい気持ちになる。大事なコレクションも散逸してしまう。でも、古本屋さんを通して、大切な本が、その本を大切にしてくれる人の元に届けられると思うと安心する。こうやって本は次代へと受け継がれていくのだ。それでいいのだ。


『登山の哲学』竹内洋岳

『萌えの死角』今市子
 
(2013年11月17日 記)