(ヴァーチャル マニア)
似非マニアの小部屋
 
 
 
 第1回
『孤高の人』のあとがき
 
 


 小説であれノンフィクションであれ、本を読むと、著者による「あとがき」なるものが付いていることがある。作家により好き嫌いがあるようで、まったく書かない人がいるかと思えば、単行本出版時以外に「文庫版のあとがき」を書く人もいる。あとがきだけをまとめて本にした、夢枕獏『あとがき大全』という本を見た時は吃驚仰天したが、夢枕の場合、あとがきだけで読み物として成立しており、エッセイ集の感覚で読める。あとがきを読むと素の作者がわかって面白いし、そこに作品執筆の背景や裏話などが書かれていたら作品への興味もひとしおで、個人的には非常に楽しみにしている。
 新田次郎という山岳小説家は、律義で生真面目な人物だったらしく、あとがきも非常に丁寧だ。たとえば、『剱岳<点の記>』には「越中剱岳を見詰めながら」と題する36頁ものあとがきが付されており、執筆に至る経緯や剱岳での取材山行、柴崎芳太郎を知る人物への取材の様子などが書かれている。また『聖職の碑』では、取材山行や資料収集、関係者へのインタビューなど緻密な準備の過程が、「取材記・筆を執るまで」のタイトルで64頁にわたって記されている。新田ファンにとっては、「一粒で二度おいしい」あとがきである。新田次郎の自伝、エッセイ集である『小説に書けなかった自伝』『小説に書かなかった話』と合わせて読むと、より一層作品を楽しむことができるだろう。
 ところで、新田次郎の代表作のひとつに『孤高の人』という作品がある。昭和初期の社会人登山家・加藤文太郎をモデルにした大作で、今なお多くの人に読まれている名作だ。もちろん私も何度も読み返した。実は、文庫本と単行本と両方とも持っている。というのも、当初文庫本で読んだが、後から単行本で買い直したからだ。


 別に本物のマニアではないので、初版本を手に入れたいとかそういうこだわりはない。では、なぜわざわざ買い直したかというと、単に「単行本を欲しかったから」というのも確かにあるのだが、もうひとつ理由がある。それは、あとがきが読みたかったからだ。

 全ての文庫本が同じかどうかはわからないが、GAMOの持っている新潮文庫「昭和四十八年二月二十七日発行 昭和六十三年十一月十五日改版 平成五年八月十日四十五刷」のバージョンには、「あとがき」がない。本編のあとに、ただ3行だけ次のように記されている。
加藤文太郎は実名である。未亡人の花子さんからぜひ実名にと言われたのでそのようにした。本人とは富士山観測所に勤務中に一度会ったことがある。参考文献としては加藤文太郎著「単独行」を使わせていただいた。

 確かに重要な情報が凝縮されているが、極めて断片的だ。ところが、単行本の方には、2頁と少々の「あとがき」が付いている。そこにはさらに重要な情報が書かれている。一部を抜粋して紹介しよう。まず、新田次郎加藤文太郎と会った時の話。
加藤文太郎氏には富士山観測所勤務のころ、一度だけ会ったことがある。厳冬期の富士山をまるで平地を歩くような速さで登ってくるのを見てひどく驚いた。その時の彼の歩きっぷりや、表情や、アルコールバーナーを使ってコッフェルに湯を沸かし、その中にポケットからひとつかみの甘納豆を出して投げ込む動作まで、きのうのことのように私の脳裏に刻みつけられている。
 この一文を読むと、『孤高の人』における加藤文太郎の造形において、新田自身の経験に基づくイメージが強く影響していたことがよくわかる。

 さらに、花子夫人とのやりとりについて。
加藤文太郎氏をモデルに小説を書きたいと思ったのは、十数年前からであった。書くならば長編にしようと構想を練っていた。数年前にいよいよその気になって、神戸に加藤文太郎氏の未亡人の花子夫人を訪問して、その話をすると、是非実名で書いて下さいと言われた。実名で小説を書くことは、いろいろの点で制約を受けるのでずいぶん迷ったが、ぜひにというので、実名で書くことにした。
 言うまでもないことだが、“小説”はフィクションである。作家による創作だ。その特性を考えると、モデル小説において実名を使用することは読者に誤解を与えるものであり、極力避けるべきであろう。それをあえて実名とした理由が、花子夫人の依頼によるということは、文庫版を読んでわかっていたが、単行本のあとがきを読むと、実名で書くことのリスクについて新田次郎自身も十分承知していたこと、そのためにずいぶんと悩んだことがわかる。興味深い一節だ。結果として、実名を用いたことが、本作のマイナスポイントになってしまったように思う。

 最後に、新田次郎の取材方法について。
加藤氏の友人や知人が神戸にたくさんいるから、一堂に会して話を聞いたらどうかと遠山さん(※GAMO注 外山三郎のモデルである遠山豊三郎氏)にすすめられたが、私はそれを拒った。遠山さんと花子夫人の話を聞いたら、他の人の話は聞かないでもいいように思われた。多くの人の話を聞くよりも加藤氏を熟知している、この二人から、より深く加藤氏の人間性を掘り出した方がよいと思った。結果的には、成功だったと思っている。
 新田次郎だからこのやり方でも問題ないが、佐瀬稔だったらそういうわけにはいかない。なぜなら、新田次郎は小説家であり、佐瀬稔はノンフィクションライターだからだ。ノンフィクションの場合、できるだけ多くの文献にあたり、多くの関係者から取材することで、人物像をできるだけ客観的に浮き彫りにすることが求められる(『ソロ』(丸山直樹)のような例外もあるが・・・)。しかし、小説は創作なのだから、どういう人物に創り上げようとも、それは作家の自由だ。新田の作品を読んで、事実と違うとか、イメージが違うという読者がいることは確かだ。それは小説の何たるかを理解していないからだ、と言ってしまえばそれまでなのだが、作家の立場でそう言えないところが辛いところだろう。
 かくして『孤高の人』は、文学史上に今なお燦然と輝く名作でありながら、実名ゆえに加藤文太郎の人物像が加藤自身による『単独行』とイメージ違うという声や、吉田富久(小説の中では宮村健)を不当に貶めたという批判がついてまわる。残念なことである。
 
 ちなみに、GAMOの本棚には、『孤高の人』以外に、『栄光の岩壁』『銀嶺の人』も、文庫本と単行本の両方が揃っている。『栄光の岩壁』の文庫本にはやはりあとがきがなく、3行のコメントが付されているだけだが、単行本には3ページのあとがきが付いている。『銀嶺の人』は、文庫本、単行本ともに2ページのあとがきがついている。その意味では、『銀嶺の人』の単行本を買う必要がなかったのだが、三部作が単行本で揃うので、これはこれでなんだか嬉しい。


(2012年3月4日 記)