山岳ノンフィクション(山行記)
〜詳細データ・な行〜
 
 
 
作  品 名
「山でお泊まり手帳」 (仲川 希良、2018年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
山小屋に泊まったり、テント泊をしたり――日帰りハイキングから一歩ふみだして、山で「お泊まり」する経験は、楽しみの幅をぐっと広げてくれます。このムックは、日本全国、ときには海外の山でも山登りを重ねてきた仲川希良さんが、気負わず自分のペースで「お泊まり」を楽しむために役立つノウハウを紹介する一冊です。体力を補ってくれるウエアや道具の選び方や、女性ならではの悩みを解消するコツを解説。ビギナーにおすすめの山小屋やテント場の数々と、そこへアクセスするためのルートも掲載しています。老若男女問わず、お役立て頂ける一冊です。
感 想 等
( 評価 : B)
 ファッションモデル仲川希良さんによる山行ノウハウ本。正直、可愛いモデルさん程度のイメージしか持ってなかったが、読み始めてすぐに、この人は本物だと気付く。山好きが仕事に繋がればいいなぁみたいな邪心は全くなく、純粋に山が好きで、自然に溶け込みたくて山に行っていることがよく分かる。
 本書は、山小屋泊・テント泊のノウハウ、服装や道具選び、お勧めの小屋・テント場などについて、エッセイ風に解説する。これはこれで、初心者にも分かりやすく参考になる。特に、服装や道具、お化粧などに関する女性ならではのアドバイスは、役に立つだろう。そして、合間合間に出て来るエッセイ、山行記の部分は、文章も優しく、溢れる山への愛が伝わってきて素敵。共感できるフレーズが随所に散りばめられています。山の初心者に役立つのはもちろん、経験者も楽しめるノウハウ本・エッセイ集です。
名 言 等
私は山に行くのが好きです。そしてそこで一晩を過ごす……そう、『お泊り』するのが大好き。」
自然のなかを1日歩いたあとにたどり着く山小屋は、その日の我が家。たとえ初めて行く場所でも、『ホッ!』とします。」
山の夜の暗さにも、初めはとても驚きました。しかし静かなのかというと意外とそうでもなく、風が揺らす木々のざわめきのなかに動物の気配を感じたりすることもあります。それなのに、私には何も見えないほど夜というものは暗いのだと知ったとき、これは人間が活動していい時間ではないなと、しみじみ思いました。」
テント泊の良いところ!何といっても、自分の衣食住すべてを、自分の力で背負って動く潔さ!」
山でお泊まりをするといつも、『生き物として正しいこと』をしているような気持ちになります。(中略)山で『正しいこと』をするのは、そこが、日常よりも少しハードな環境だから。生き物として弱くなるぶん、必然的に正しく過ごすことに集中するのだと思います。結果的に体がリセットされ、とても気持ちが良いのです。」
私にとって、山でお泊まりする一番の魅力はじつは、『家に帰りたくなること』です。大好きな山でのお泊まりの時間を過ごしていると、いつも必ず、自分の家に帰りたくなってきます。私の日常がいかに恵まれたものであるのか。たくさんの人やものに守られて生活していることが、いかにありがたいことなのか。あんなに山に行きたがっていたのに、帰宅して自分のお布団に潜り込む瞬間は、もっと幸せに思えてくるのです。」
 
 
 
 
作 品 名
「ザイルをかついだお巡りさん」
 〜アルプスに賭ける警察官 喜びと悲しみのドラマ〜
 (長野県警察山岳救助隊 編、1995年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
日本の山岳遭難の約7割を扱う長野警察山岳遭難救助隊。その厳しい救助活動の数々を綴った、山男たちの汗と涙の手記。救助活動の現場の緊張感を通して、山のすばらしさと恐ろしさ、そして、命の尊さを伝える。
内容・感想等
 もはや「お馴染み」と言ってもいい山岳警備隊シリーズの第3弾として、長野県警察山岳遭難救助隊の登場である。
 北アルプスを始め多くの山々を抱える長野県だけに歴史も古く、実績も素晴らしい。それらを踏まえた数々の遭難事例にまつわるエピソードが紹介されている。前2作同様、救助隊の方々への感謝の思いと、自らの山行に対する戒めを新たにした1冊だった。
 山岳警備隊シリーズは全部読む必要はないかもしれないが、1つは読んでおきたいものである。
 
 
 
 
作  品 名
「「おかえり」と言える、その日まで
 山岳遭難捜索の現場から(中村富士美、2023年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
のこされた家族のために
私が見つけ出す

いくら捜索しても見つからない―
「せめてお別れだけでもしたい」
丹念なプロファイリングで消えた登山者の足跡を辿る。
感 想 等
( 評価 : C)
 自ら立ち上げた山岳遭難捜索チームLiSS(リス、Mountain Life Search Support)で活動する、元・救急救命センター看護師で国際山岳看護師の資格を持つ中村さんによる遭難(捜索)事例本。遭難救助の本も色々出ているが、中村さんの活動は遭難者の家族のケアにも心を砕いており、本書の内容も過酷な現場でのハードな救助活動というよりも、家族と密にコミュニケーションを取りながら、遭難者の性格をプロファイリングすることにより遭難者を見つけ出す様子が描かれている。遭難者の家族に寄り添う中村さんの思いは、「遺族」という言葉を使わない所にも表れている。
 どの事例も家族の心痛や、生きたいと思う遭難者の願いがひしひしと伝わり、読んでいて心が苦しくなる。以前はこの手の本を読んで自戒し、山への準備・山での行動により慎重になったものだが、今回はちょっと山に行くことが少し怖くなった。自分の年齢のせいと、最近何気ない里山で道迷いを経験したせいかもしれない。
 また、遭難捜索の手法も変わってきていることがよく分かる。登山届を基に遭難者をすれ違った人を探す方法は今もやっているのであろうが、ヤマレコやYAMAPなどネットの山行記録から遭難者の情報を探したり、ココヘリと使った捜索なども出てくる。こんな所にも、時代の変化は起きているのだなぁと感心。
名 言 等
いつだって、「えっ、たったそれだけのことで?」と思ってしまうほど、本当に小さなきっかけから遭難は起きる。」
依頼を受けた捜索について、LiSSの方から打ち切りの判断をすることは決してない。なぜならこれまでも、もう探すところはないというほど捜索を行い、次の策が見つからないと思わされるところから遭難者を発見したこともあるからだ。どんなに時間がかかっても私たちは諦めない。」
遭難者を発見することが捜索隊の役割ではあるが、ご家族が「大切な人の死」を受け入れ、私たちを必要としなくなるその日まで、LiSSの役割は終わりにはならない。」
 
 
 
   
作  品 名
「山行記」 (南木 佳士、2010年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
芥川賞受賞の翌年に心身を病み、山歩きで新境地を得た作家兼医師が、とことん「わたし」にこだわった風変わりな山の紀行文集。
 
月刊誌「山と渓谷」に掲載され、多くの読者の共感を得た、北アルプス、浅間山、南アルプスの山行記三篇に、書き下ろし作品一篇を加えた、著者はじめての紀行文集。
感 想 等
( 評価 : C)
 ハードなクライミングや高所登山ではない。初老男性が息も絶え絶えに登る縦走登山が描かれているに過ぎない。それを読ませる作品に仕上げるあたり、さすが純文学作家である。とはいえ、山行記でも「わたし」が登場し、人としての赤裸々な思いを吐露されると、エッセイと私小説の境目が微妙に思えてくる。エッセイの方がいくらか茶目っ毛がある気がする。
名 言 等
山は制覇するものではなく、ただひたすら驚かせていただくものなのだとの感想を新たにした。」
ハードな山行では、歩いているうちに、ふだんの生活ではある程度確実に把握できていたはずの『わたし』の輪郭が次第におぼろげになってくる。息を荒くし、汗をしたたらせているこのからだこそが『わたし』であり、それは休憩時に小さなおにぎりを口にしたときのうれしさは忘れないが、それ以上に酷使されたからだは次第に山の気のなかに溶け出してゆく。この、山に向かって開かれた『わたし』が実在感を失い、かぎりなく無になってゆく感覚が『悟りの境地』に似るゆえ、山は古くから修行の場でもあったのだろう。」
小説もそうだけれど、企みは企んでいるときがいちばん楽しく、実行に移すとおおむね苦行だけがまっている。」
 
 

 
作  品 名
「俺は沢ヤだ!」 (成瀬 陽一、2009年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
V字渓谷から見上げる狭い空に黒い雲が広がっている。いまここでまとまった雨が降ってきても、増水から逃げる術はない。曲がりくねった谷の先から腹に響く水音。飛沫が宙を漂ってくる。・・・・・大滝の予感。逃げ出したい。
 でも猛烈にこの先を覗いてみたい。
21世紀初頭において、人生をかけて沢登りを極めようとする沢ヤの冒険譚。
感 想 等
( 評価 : B)
 20歳を過ぎてから沢にのめり込み、以来25年、今なお沢三昧の生活を送っているという成瀬氏の山行記であり、半生記である。
 ピーターパンシンドロームだろうがなんだろうが、これだけ自分の好きなことに没頭し、自分のしていること、自分の人生を、面白いと言える人間がいるだろうか。それを羨ましいと言ってしまってはあまりに自分がミジメなので、敢えてスゴイ!と評しておこう。成瀬氏は自由に今を生きているのだ。
 日々の生活に、目の前のことに汲々としている自分にとっては、少し勇気と元気をもらった一冊だった。
名 言 等
危険な要素を全て取り除きたいなら、山には、まして沢になんか行かないほうがいい。だが僕らは、未知未踏の谷に行きたいのだ。予想を上回る大自然の姿やパワーに、圧倒され、恐怖し、打ちのめされ、そしてなんとか乗り越えたい。あるいはその懐に抱きしめられたいと思っている。それを望む以上、常に危険がついて回るということも、受け入れねばならないだろう。」
日本の沢登りは行き詰まっているとよく聞く。確かに未知の沢は少なくなった。けれど、課題はいくらでも見つけ出せる気がする。僕は今も面白くて仕方がない。」
未知への探求こそが沢登りの本質だと僕は思っている。誰も知らない世界を覗き込み、こわごわ足を踏み入れていく。あの時の恐怖と甘い誘惑。倒錯を陶酔。絶品とも毒とも噂されるキノコをこわごわ一切れ、二切れ口に運んだあの時の、しびれるような感覚が未知の沢の遡行にはある。」
近代装備で身を固めた高所登山も、アクアラングを背負って潜るダイビングもどうやら自分のやりたいことと違っている。僕はこの星のこの山のこの川のあるがままになりたかった。中国に来たなら中国の人に。中国の沢に来たなら中国の渓流に棲む生き物に。そのための一番の方法は、そこの空気を深く吸い込み、川の流れをたらふく飲み、そこに生きる動物や植物を取り込むこと。そして血液を渓流に変え、肉も思考もその地の獣へと転換していきたかった。」
一万年後、十万年後、百万年後、地球は姿を変えていくだろう。世界最高峰のエベレストもまたプレート運動の停止とともに風化侵食により、高度を下げていく日が来る。渓谷の姿も同様に移り変わっていくだろう。称名滝の大風景も、三棧渓の大回廊も不動のものではなく、地球の歴史の中では一瞬の姿に過ぎない。なのになぜ僕は、そんな束の間の輝きをこの目に収めたかったのか?命をかけてでも、激烈な空間に身を晒したかったのか?それは、この地球がまぎれもなく「生きている星」だという証拠を捜し求めていたからではないだろうか。言い換えれば、自分が、今この時を、精一杯生きているのだと実感したかったからに他ならない。」
 
 

作  品 名
「山の博物誌」 (西丸 震哉、1966年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
山では、花が咲き鳥がいてケモノが歩く・・・・・
山には、沼があり魚がいて虫がウヨウヨ・・・・・
突風が吹き、霜柱がたち、雪崩だって起る。
地形・気象など科学的知識に裏付けられ、モロモロの生物界の仲間たちへの愛情にあふれた、軽妙な筆致のホントの自然界入門。
感 想 等
( 評価 : D)
 動物、鳥、魚、植物、山の気象、自然現象・・・etc. 我々が山で目にするもの全て、山や自然を形作るもの全てに、西丸流の解説を加えていく。
 やや堅苦しい、図鑑的な部分がちょっと・・・と思いきや、もともとはブルーガイドブックスで出版されたものとのこと。逆に言えば、本来図鑑であるはずのものをここまでにしてしまう西丸氏の個性が凄いと言うべきか。そんじょそこらの図鑑にはない面白さです。
名 言 等
山が好きで、山へ入って行く人たちのうちで、山があるから行くんだというのは、最低の人種に属する。なぜなれば、本能のままに動けばそうなるわけだから。うそだと思ったら、子供を見たまえ。道ばたにジャリが積んであれば、わざわざ登ってみなければ気がすまない。水たまりがあれば、ザボザボはいってよろこんでいる。しかし、ジャリどもがジャリ山へ登るのと、いっしょにされておこる必要はない。知らないところへ行ってみたい、知りたいという、純粋な欲望があってはじめて、人類は進歩してきたのだから。その気持ちを持ち合わせていない人は、今後、向上していくことは望めない。パイオニアに精神は、山登りという行動にすんなりとつながるものなのだ」
自然を、山を愛する人は、出先から、わが家へ帰っていく気持ちで山にはいる。こういう人には、無茶な行動による遭難など起こるはずがない。故郷に帰るのに、ヨロイカブトで身を固め、武器をかざしてキョロキョロ歩くバカがどこにいる。通りすがりの鳥や虫やケモノたちは、みんなむかしなじみの友だちでなければならない。こちらが愛情あるまなざしで見れば、野生のものほど敏感にキャッチして、安心してむかえ入れてくれるものだ。自然界にはニッコリ笑って非とを斬るような裏切り者はいないものだ。」
自然の生活の環のどこかひとつをぶちこわすだけで、全部がメチャメチャに狂ってしまうものだ。人間自体も自然の中でおだやかにくらすべき運命を背負っているのに、人間とほかの動植物の共存共栄を考えないで勝手にふるまっていると、人間も全く孤独になったあげく、滅びてしまう時がいつかくるはずだ。」
自然というものは、当たり前の話だが、決して不自然なことはやらかさないものだ。だから天文でも気象でも、理にかなった動きしかしないのに、自然の暴威に圧倒されたというのは、知識と心がまえと準備とが不足だったということで、決して仕方のないことではない。」
もともと山へ入るのは自分の気ままな生活がしたいからで、山小屋なんかに制約を受けるなんておよそつまらない。荷物がふえることはうれしくないが、好きなところで寝られて、気に入ったら何時間でもそこにいられるような旅をするには、やはりテントをかついでというのがいちばんだ。」
 
 

 
作  品 名
「山歩き山暮し」 (西丸 震哉、1974年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
 大賑わいの登山コースには見向きもせずに、何やら怪し気な山々を探し出しては踏み込んでゆく西丸式登山術。山中滞在のさまざまな創意が人生の知恵にもるながるユニークな山のエッセイ。
感 想 等
( 評価 : C)
 人のいない山。地図で見つけた山、藪こぎ等々、他人とは一風変わった西丸式登山術が詰め込まれた愉快なエッセイ集。人によって好きずきはあるかもしれないが、このハチャメチャぶりがすごい(おそらく本人に言わせれば至極当然のこと、となるのだろうが…)。
 登山そのものもさることながら、西丸式の発想転換、柔軟な物の見方・考え方、何事も楽しむ気持ち等々見習いらいものである。
 本書自体は、かなり前に書かれ、しかも過去の回想が結構多いが、おもしろさは色褪せるものではない。
名 言 等
われわれの科学の領域は自然界の中のごく一部分をようやく解明したにすぎないということをまず認識していなくてはならない。調べもしないうちからそんなものはありえないなどといってしまうことがいちばんの非科学的見解になってしまうのだ」
山があるから行くんではなくて、たとえ山がなくても、何かだれも知らない地があればノコノコでかけずにはいられないのだ」
 
 
 

 
作  品 名
「郷愁の八ヶ岳」 (新田 次郎、1997年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
 信州・八ヶ岳のふもと、「標高千メートルの家」に生まれ育った新田次郎は、中央気象台に職を得、富士山観測所で6年間、山岳気象観測に従事した。 その体験から山岳小説を書き、『強力伝』によって直木賞を受賞した。のちの作品『八甲田山死の彷徨』はドキュメント文学の傑作であり、ミリオンセラーとなった『武田信玄』など、歴史小説にも記念碑的作品を残した。剛直な性格を映した男性的な文体と、科学者の眼による観察に裏うちされた描写が、新田文学の魅力である。 峰をなす山岳小説や歴史小説の谷間に、自分の心情を直接吐露した数多くのエッセイが、高山植物のように色とりどりに咲いている。 このシリーズでは、それらのエッセイを山・旅・歴史という三つの分野に仕分けして編成した。第1冊の『山のエッセイ』では、「郷愁の八ヶ岳」 を巻頭に、「富岳三十六景」など富士山にまつわるエッセイ、奥多摩のこと、なんども登ったヨーロッパ・アルプスのことなど15編を収録した。どの一編も、それぞれの山の姿とともに、生涯山を愛し続けた新田次郎その人の風貌姿勢が、くっきりと現われている作品ばかりである。
感 想 等
( 評価 : C)
 山岳小説家として著名な新田次郎氏のエッセイ集。60年代前半に書かれたものと70年代中頃のものが混在している。気象庁での経験や小説の題材に関するちょっとした裏話、富士さんにまつわる四方山話などが盛り込まれていて楽しめる。
 後半1/3強は、新田氏のアルプス体験記(漫遊記?)のようなもので占められている。あの新田氏も初めての地では我々と同じようにドキドキしたり、ソワソワしたりするらしい。新田氏のちょっと子供のような一面を垣間見ることができてとてもほほえましい。でも、やはり新田次郎という作家は、小説という作品を通した形で味わいたい。
 
 
 
 
作  品 名
「私とクライミング」 (野口 啓代、2021年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
壁に挑み続けた21年、集大成の五輪へ
クライミング界の女王、初の自伝

「唯一無二のクライマー
彼女の背中を追いかけて
僕は世界王者になった」(楢崎智亜選手)
感 想 等
( 評価 : C)
 日本の、いや世界の女子クライミング界をリードし続けた野口啓代さんの半生記・自伝。32才で自伝とは早すぎる気もするが、東京オリンピックに出場する直前までの、彼女のクライミング人生が全て詰まっている。
 ワールドカップ通算21勝、ボルダリングワールドカップ 年間総合1位4回。その凄すぎる戦績に比して、気さくで飾らない人柄から多くの後輩からも慕われている野口さんの競技への思い、苦しみ、葛藤が余すことなく吐露されている。その力強い言葉の中に、優しさと謙虚さが込められている。改めて、野口さんが努力の人なのだということがよく分かる。努力し続け、何かをなし遂げた人だけが語れる言葉、その言葉の重みをヒシヒシと感じます。野口さんの父親が言う「どうしたら上手くなれるのか。それを愚直に追い求め、努力し続けられること。それが啓代の持っている一番の才能」ということが、いかに凄い才能か・・・。
 本書が書かれたのは2021年6月、出版は7月9日。色々な大人の事情で東京オリンピック開催前での出版となったことは容易に想像出来る。東京オリンピックで、苦しみながらも銅メダルを獲得した彼女のクライミングは素晴らしかったし、見ていて感動しました。東京オリンピック当日までを記した増補改訂版、是非出して欲しいものです。
名 言 等
登るという行為は私の本能の一部なのかもしれない。」
結果が出るたびにトレーニングを頑張るようになり、新しいもっと大きな目標を見ることができた。結果が私をここまで導いてくれたのだ。だから結果にはそのアスリートのすべてが集約されているのだと私は思っている。」
私にとって「気持ちを切り替える」というのは、目の前にある受け入れたくない現実を深堀りせず、違うことにフォーカスすることで自分を紛らわせるイメージなのだ。それはどうも私にはしっくりとこないやり方だった。。」
プレッシャーがつらくて逃げ出したいときは、自分と向き合うことがたくさんある。自分の弱さや足りないもの、成長するために必要な自分のことがわかるチャンスでもあるのだ。そしてそのプレッシャーを乗り越え、受け入れて成長でいたとき、次に同じ程度のプレッシャー下では動じなくなっているものである。そうした精神的な強さというのは、大きなプレッシャーの中でしか成長できないと思っている。」
人は強くなろうと思って強くなるのではなく、弱さと向き合い、それを認めて受け入れ、一つひとつクリアしていくことで結果的に強くなるのだと思う。」
歓声と一体になる、お客さんと一つになれるこの瞬間が、最高に気持ちが良かった。私はこの瞬間のためにクライミングをしているんだ。そんな感情が体からあふれ出てくるような思いだった。」
私はどんなにつらいときでも、最後はクライミングが大好きで、自分が登りたくて自分のために登っているんだという、子どもの頃から変わらない思いが支えとなった。」
苦しんで、悩んで、挫折して、そのたびに試行錯誤したり、周りの人に相談したり、自分自身と向き合ってきました。その苦難を自分の力ではなく、様々な方々の支えや協力によって乗り越えたことが、自分をより成長させてくれました。だからうまくいったことよりも、苦しんだことのほうが、私の人生にとってプラスの経験だったのだと今では思っています。」
 
 
 
作  品 名
「落ちこぼれてエベレスト」 (野口 健、1999年)
紹 介 文
(帯、裏表紙等)
「いい大学に行って、一流会社に入るだけが人生じゃない!」落ちこぼれだった著者は、植村直己の著書と出会い、人生の目標を見つける。波乱の少年時代から、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を樹立した1999年5月のエベレスト登頂までを綴った、若きアルピニストの軌跡。夢を持ち、挑戦することの素晴らしさを伝える熱き自伝。
感 想 等
( 評価 : C)
 野口健という登山家は、名の知れた登山家としてはかなり異例の経歴と言えるだろう。少なくてもクライマーではないのかもしれない。七大陸最高峰を登ったとはいえ、それ自体を目標にして登ったのであり、山歴はさほど豊富なわけではない。それゆえに、彼の登山を一種邪道のように言う人もいう。
 しかし、それは所詮ひがみだ。人には人それぞれの目標、生き方がある。彼は登山に、いや七大陸最高峰登頂に自分の生き方を見つけ、ひたすらそのために努力してきた。マスコミ等を利用したのも目標達成のための手段に過ぎない。彼の登山を批判することは簡単だが、生き方そのものは立派だと思う。ここまで植村直己に導かれるようにして歩んできた彼がこれからの人生をどう生きていくのか。清掃登山やシェルパ基金といった活動に注目したい。
名 言 等
成功ばかりしている人の言うことには、真実味がない。失敗もしている人の言葉の方が信頼できる。」
僕が山に登る原点は、自分のためなのだ。自分のためにエベレストに登るのだ。」