山岳小説(国内)・詳細データ 〜や行〜



作 品 名
「山小町 〜恋〜」(やぎた 晴、2014年)
あらすじ
 京都で保育園に勤める佳子は、保母の資格が取れたことから、秋になって久しぶりに山に出かけることにした。高校時代からワンダーフォーゲル部で鍛えてきた佳子だったが、部活時代の仲間は仕事が忙しく、今回は初めての単独行となった。夜行で京都を発ち、二泊三日で憧れの北アルプス奥穂高岳へと出かける計画だった。生憎、台風が発生し始めていることが気がかりといえば気がかりだった。
 社会人一年目として、東京で忙しく働いていた春生は、取り損ねていた夏休みを取って、安曇野に住む叔父の家に出かけ、そのまま奥穂高岳へと登る計画を立てた。高校時代に山岳部で南アルプスを中心に雪山・岩山を登ってきた春生にとって、久しぶりの山行だった。叔父の家で一泊して、早朝絶好の天候のなか上高地を出発した春生だったが、涸沢ヒュッテに到着する頃には雨が降り始めていた。
 春生がヒュッテの談話室でラジオを聴きながら天候の心配をしている時に佳子が到着し、受付の女性に翌日の天候の確認をしていた。談話室に入ってきて佳子に、春生はラジオの天気予報を伝えた。明日の天気はどうか、行程をどうするか、そんな会話をきっかけに、2人の話は自然と盛り上がった。そしてお互い単独行だったことから、2人は翌日も同行することとなった。
 悪天候の中での奥穂高岳までの往復、壊れかけた佳子の山靴を春生が修理してくれたこと、土砂崩れでバスが不通となる中2人で徳本越え。そんな時間を通じて、2人の心の距離はどんどん血近づいていくのだった。
感 想 等
(評価 : C)
 実にストレートな山岳恋愛小説。男性なら一度は妄想したことがあるような山での出会いといった感じで、素朴で温かい恋愛小説。ある意味新鮮です。ただ、文章の雰囲気がちょっと古く、また一文が長いので慣れるまではやや読みにくい。筆者の年齢は公開されていないが、1970年頃という設定の物語なので、恐らくは団塊の世代くらいの人が定年後に書いたのだろう。「ミヤマ・・・」とか「ハルオとヨシコ」などは違う世代には何のことかさっぱりわからないが、逆に同世代には響くのかもしれない。
山  度
(山度 : 90%)
 上高地、涸沢、奥穂高・・・と王道で山度は満点。夜行で山登りに行くあたりも懐かしいというか、味があっていいですね。



作 品 名
「パーティ」(山田 悠介、2007年)
あらすじ
 康太にとって国男、英紀、仁志の3人は、小学1年生からの親友だった。6年生の時、4人がいるクラスに桜田美希という転校生がやってきた。美希の心臓が生まれつき弱いということを知った4人は、担任の先生から美希を守るように頼まれたこともあって、以来いつも美希と一緒にいて、美希の心臓に負担が掛からないように気にかけてあげるようになった。
 中学・高校になってもそれは変わらなかった。中学三年の時に、美希の心臓移植手術に莫大なお金がかかること、美希の身体に合うドナーを見つけることが大変だということを知った彼らは、手術代の足しにしてもらおうとアルバイトを始め、バイト代を美希の母・良子に渡すようになった。しかし、彼らの願いも虚しく、美希の心臓は少しも良くならなかったし、適合するドナーも現れなかった。康太はいつしか美希のことを好きになっていた。
 彼らが高校三年生になった年のとある日、4人と美希が一緒に出かけた際に、道路に飛び出した子どもを美希が助けようとして臓に負担がかかり、美希は入院することとなってしまった。美希の心臓はもう治らないのではないか。途方に暮れる康太に、声を掛けてきたのが加納静香だった。加納は、海外での臓器移植の紹介をしているという。ただ、移植を受けるには2千万円もの莫大な費用がかかる。思い余った康太は、国男が提案した銀行強盗という最後の手段に同意した。4人は銀行に押し入って2千万円を強奪し、その足で加納のもとに向かいお金を手渡した。ところが、それっきり加納からの連絡が途絶えた。騙されたことに彼らが気付いた時にはもう手遅れだった。康太は必死で加納を探したが、見つかるはずもなかった。
 その加納から突然手紙が届き、神獄山で待っているという。何かの罠か、ただ騙されているだけなのか。疑心暗鬼に陥りながらも、手がかりのない4人は神獄山へと向かった。
感 想 等
(評価 : C)
 「リアルおにごっこ」などで若者に人気の作家・山田悠介。なのだが、本作に関してはあまり評判がよくないようだ。話自体は結構いい話なのだが、なんだか浅いというか、リアリティに欠けるとの印象。
 神獄山の頂上をなぜか目指す4人の登山シーンと、過去の物語を交互に展開しながら、4人が神獄山に来るに至った背景を少しずつ解き明かしていく流れなのだが、なぜ山なのか必然性が乏しい。
山  度
(山度 : 20%)
 登山に関してもリアリティは今ひとつ。水も食料もなく登り始め、山小屋らしき小屋がある山で断崖絶壁が500mも続いたり、2000m程度で酸素が薄くて高山病になったりとか、ちょっと極端。



作 品 名
「十五才」(山田 洋次、2000年)
あらすじ
 なぜ勉強しなくちゃいけないのか、なぜ学校に行くのか、わからない。そんな思いで不登校になっていた中学3年生の川島大介は、家出をして、ヒッチハイクで屋久島の縄文杉を目指す旅に出た。
 佐々木という中年男性が運転する大型トラックの乗せてもらって大阪まで行き、荷物運びの手伝いをした。女性ドライバーすみれのトラックに宮崎まで乗り、すみれの家に泊めてもらった。そこで彼女の引きこもりの息子・登と仲良くなり、登からジグソーパズルと素敵な詩をプレゼントされた。息子の気持ちを初めて知ったすみれは、大介に感謝して、鹿児島のフェリー乗り場まで大介を送っていった。屋久島に辿り着いた大介は、島で出会った登山者・真知子にくっついて険しい山道を登り、ついに念願の縄文杉を見ることができたのだった。
 その後、真知子と別れてひとり山を降りた大介は、下山途中で道に迷い、滑落して川に落ちてしまうが、かろうじて麓に辿り着くことができた。疲れきっていた大介は、運良く通りかかった鉄男という老人に拾われ、家に泊めてもらった。鉄男に振り回される大介だったが、翌朝、鉄男の具合が悪くなり、大介は彼の面倒を看るハメに陥ってしまう。自分の家では何もしなかった大介だが、小便をもらしてしまった鉄男のお世話を一生懸命やった。なぜか、嫌だという気持ちは起こらなかった。さらに翌日、博多に暮らす鉄男の息子・満男がやって来た。嫌がる鉄男を無理矢理入院させてしまう満男に、大介はやりきれない思いを感じていた。
 多くの人と出会い、助けられながら、大介は大人になっていくのだった。
感 想 等
(評価 : B)
 山田洋次監督の映画「十五才 学校W」のノベライズ作品。文庫本上の作者は「山田洋次」となっているが、巻末のスタッフ一覧に「ノベライズ・・・百瀬しのぶ」とある。元々脚本が山田洋次なので、ノベライズは文字おこし程度の役割なのだろうか。
 内容的にはほぼ映画と同じ。よくあるノベライズ本だと、作家が脚色したり、小説らしい風景描写や心理描写などを書き込んだりするものだが、本作は表現がシンプルで、シナリオに近いイメージだ。映画の感動そのままと言いたいところだが、シンプル過ぎるので、これなら映画を観た方がいいかもしれない。
 巻末に灰谷健次郎と山田洋次監督の対談が併録されており、映画に込めた思いの一部が語られている。
山  度
(山度 : 20%)
 登山関連は、屋久島・宮之浦岳の部分のみ、割合的には映画とほぼ同じ20%程度といった感じ。



作 品 名
「ザ・クライム」(山野 浩一、1975年)
あらすじ
 私は山へ来ていた。天気は良かったが、ゴールデンウィーク明けということもあり、雪がどの程度残っているかわからず不安だった。途中の小屋で一泊した私は、南尾根を目指した。南尾根はクライマーが目指すCフェイスやFフェイスに比べれば本格的な岩登りとは言えない程度のバリエーション・ルートだ。
 1日で頂上まで行くつもりだったが予想外に時間がかかってしまい、途中のコルでビバークを余儀なくさせられた。翌朝、あっという間に夜が明けたような不思議な感覚を感じながら目を覚ますと悪天の兆しが見え初めていた。10時までには山頂に着くと思ったが、ガスが私を追いかけるように登ってきて頂上を隠してしまった。先に進めないことはないが私は早めのビバークを決めた。まだ昼前のはずなのに時計はもう4時を指していた。本当に時間の進み方が狂ってしまったのだろうか。
 翌朝早く出発した私は頂上近くまで達したが、そこで岩陰で眠っている男に出くわした。男を起こすと、夕方だというのに男は「もう朝ですか?」などと聞く。男の言うことは要領を得ない。私は仕方なく男に付き添ってもう一晩ビバークすることにした。翌朝、もうしばらくそこにいるという男をおいて頂上を目指したが、後ろを振り返ると男が追いかけてくるのが見えた。
感 想 等
(評価 : D)
 ごく普通の登山物語?かと思いきや、次第に不条理な世界へと入り込んでいく。抽象的な世界、不条理な世界というのは、作者が何を言いたいのか正直わからない。だから、そういう作品は好きになれない。どちらかというとSF系の人らしいなので、この作品もそう読むべきなのかもしれない。
 タイトルの意味も不明。このクライム、“climb”ではなくて“Crime”なのだ。単なるゴロ合わせ的ではあるが、そうした意味がわからない。
山  度
(山度 : 100%)
 舞台はずっと山の中だが、なんか変。この作者の山の経験はどの程度なのだろう。結構詳しいようだし、専門用語もちょこちょこ出てくるのだが、時折おかしな描写、不適切な行動があるようだ。


作 品 名
「天国に手が届く」(夕映 月子、2010年)
あらすじ
 著名な登山家である小田切叶を叔父に持ち、若い頃から有名山岳会に所属していた小田切敬介は、佐和俊幸ら同世代の間では、かなり知られた存在だった。その小田切の姿を出向先の社食で見かけた佐和は、驚くと同時に、思わず「一緒に山に登りませんか?」と声を掛けていた。しかし、小田切の反応は冷たかった。複雑な家庭に育ち、親の替わりともいえる叔父の叶が6年前にアラスカで行方を断って以来、小田切にいつも独りで山に登っていたのだ。会社の寮の近くのクライミングジムでも小田切と遭遇したが、つれない反応に変わりはなかった。
 7月の連休、久しぶりに奥秩父の外岩でソロクライミングを楽しんでいた佐和は、先行者が落とした落石に当たって宙吊りになってしまった。その先行者が小田切だった。小田切は佐和の手当てをすると、会社の寮まで車で送ってくれた。その事件のお詫びもあってか、小田切は佐和の要望を受け入れ、前穂四峰正面壁を一緒に登った。以来2人は、時折山行を共にするようになった。小田切と佐和は、歩くペースや呼吸がピッタリ合った。佐和は、小田切との山行を何事にも優先させた。2人は、お盆休みに、西穂から奥穂、槍への長期縦走に出かけた。
 2人で一緒にいる間に佐和は、自分の小田切への思いが、ザイルパートナーとしての居心地の良さではなく、恋情だということに気付き戸惑った。小田切のことが気になって仕方がない一方で、自分の気持ちを隠し通さなければいけないとの思いの狭間で注意力が散漫になり、佐和はミスを連発してしまった。
感 想 等
(評価 : C)
 これまで読んだ数少ないBL小説と比べると、本作にはちょっと異なる点がある。それは、男が男を好きになることが前提になっていないことだ。子孫を残すことが生き物の本能。だから、異性を好きになることが世の中では普通であり、男が男を好きになるのはやっぱり異例。なのに、通常のBL作品ではそこに違和感を感じる登場人物はあまりいない。ところが本作では、小田切を好きだということに気付いた佐和は、自分の気持ちに戸惑い、相手との関係を壊さないために、気持ちを隠そうとする。その辺の自然な感情のお陰で、物語に入りやすくなっている。逆にBL好きにとっては物足りないのかもしれないが。とはいえ、ラストにはやっぱり男性同士のラブシーンになってしまう。
 山の描写も濃いし、一般の方にもお勧めできるBL小説です。
山  度
(山度 : 70%)
 山度は高く、著者の山好きが凄くよく伝わってくる。何より良いのは、山に関する専門用語や固有名詞に余計な説明が付いていないことだ。山好きの勝手な言い分だということは十分承知しているが、文章の合間に用語解説や註が付いたりすると興ざめしてしまう。2人の会話の一部を引用する。「八ヶ岳はどうですか」「ああ、氷瀑もいいな・・・・・でも、正月の大同心は混むだろう」「だったら大谷不動は?」。こんなやりとりが普通に出てくるところがいい。


作 品 名
「恋してる、生きていく」(夕映 月子、2010年)
あらすじ
 北アルプス3000m級の山・弓ヶ岳の山麓、楡生高原で母とともにホテル「ロテル・ドゥ・ラ・モンターニュ」を経営する渡邊梓は、生まれつき心臓が悪いため、登山など激しい運動をすることができなかった。
 2年前、ホテルの常連客である石井穂高に告白された。穂高は、茅野にあるアウトドア用品店の店員で、山岳写真家でもあった。告白された梓は、自分も穂高のことが好きだと気付いたが、心臓病で人よりも寿命が短いであろうこと、セックスもできない身体だということもあって、穂高の気持ちを受け入れることができなかった。それでも穂高は梓のことを諦めず、優しく見守り続けていた。
 そんなある日、弓ヶ岳で滑落事故があり、近くにいた穂高が助けに向かったまま連絡が取れなくなった。自分がいつまで生きられるかわからないと思っていた梓は、穂高がいなくなってしまう可能性に気付き、穂高の気持ちを受け入れなかったことを後悔した。その日の夜遅く、穂高は無事に戻ってきた。穂高を出迎えた梓は、素直な自分の気持ちを伝え、心臓の手術を受ける決心をしたのだった。
感 想 等
(評価 : D)
 梓、穂高ともに、繊細で優しい気持ちの青年で、お互いの気持ちの揺らぎや心のやり取りは自然。上質な恋愛小説といった趣き。ただねぇ、BL(ボーイズラブ)なんですよ。個人的な趣味の問題で申し訳ないけれど、男同士となった時点で気持ち的に入り込めなくなってしまうし、BLファンにとっては萌えの対象であろうイラストは、もはや正視できないのです。BLでなければもう少し高評価なんだけど・・・。ということで、BLファンの方にお勧めの1冊です。
 蛇足ですが、前作の小田切と佐和がちょっとだけ登場します。
山  度
(山度 : 10%)
 あとがきで「私にとってはあまりにも登山要素が薄くて、欲求不満ですね」と著者が書いている通り、同じ著者の「天国に手が届く」と比べると山度は低い。登山シーンはラスト間近の弓ヶ岳登山くらいしかないが、遭難事件をめぐるやりとりや、「山のコンサート」など、山に関連した話は随所に出てくる。



 
作 品 名
「月に呼ばれて海より如来る」(夢枕 獏、1987年)
あらすじ
 麻生誠はマチャプチャレで遭難しかかっていた。アタック隊のもう1人木島は高山病で死亡し、その直後に訪れた晴れ間に麻生は雪崩に巻き込まれた。それでも奇跡的に助かった麻生は、突き動かされるように頂上を目指し、山頂で大きなオウムガイの化石を目にする。
 以来、オウムガイにとりつかれた麻生は、世界が螺旋の運動系で成り立っていることに気付き、未来を予知できるようになり、全てが同じであることに気付くようになる。
感 想 等
(評価 : D)
 「宇宙とは何か」、「螺旋を通じて描いた宇宙論」、とのことだが、正直言って何だかよくわからない。遭難のシーンの描写が壮絶なだけに、何かもったいない気がする。
山  度
(山度 : 30%)
 山岳シーンは序章のマチャプチャレのみ。その部分についてのみ言えば、後の「神々の山嶺」に繋がるようなシーンが描かれており、読み応えは充分。
 
 
 
作 品 名
「神々の山嶺」(夢枕 獏、1997年)
あらすじ
 エヴェレスト登山に失敗してカトマンドゥに残った深町は、たまたま立ち寄った登山店でマロリーのものと思われるカメラを見つけた。調べていくうちにそのカメラはかつて日本有数のクライマーであり、今は行方がわからなくなっていた羽生丈二が持っていたことがわかった。
 深町はマロリーのカメラを手に入れることよりも、次第に羽生という男に惹かれ始めた。羽生という男はどんな男だったのか、ヒマラヤで何をしようとしているのか調べた。そして、羽生がエヴェレスト冬期南西壁無酸素単独登頂を目指している事を知り愕然とする。人生から、また女から逃げかけていた深町は、羽生の登頂をカメラに収めることに答えを求める。
 羽生と深町は、エヴェレストへと向かった。深町は、なぜ山に登るのか、なぜ人は生きるのか、問いかけながらひたすら登っていった。
感 想 等
(評価 : A)
 人はなぜ山に登るのか。「そこに山があるから」と答えたマロリー。「ここに俺がいるから」と答えた羽生。「人はなぜ生きるのか」という永遠に答えの出ない問に等しい命題を掲げながら展開されるドラマ。山を描きながら人生を描いている。「二度と書けない」と著者がいうのも尤もである。
 一方で、本作品について「盗作では」との批判がある。羽生のキャラクターが森田勝そのものだからだ。しかし個人的にはそれは当てはまらないと思う。この物語は、「『もし、森田勝がグランド・ジョラスで死ななかったら』を描いたSF伝記小説」と考えることにしている。
山  度
(山度 : 80%)
 エヴェレスト登山を中心に、生きるということを真正面から描いた力作。山岳小説としても、ここまで「山」を真中に据えた小説は数少ない。
 
 
 
作 品 名
「呼ぶ山」(夢枕 獏、2012年)
あらすじ
 広々とした雪田の左に向かって、雪の斜面が登っている。いいリズムでアイゼンが雪を噛んでいた。とその時、何かを感じて見上げたら、白い雪が迫っていた。きれいだった。雪崩だと理解して走りだしたが間に合わなかった。天地がわからなくなった。
 「山が呼ぶんだよ」そう言ったやつがいた。順番が来ると、山がそいつにだけ声を掛けるのだという。K2の無酸素単独登頂なんて無謀だったのだろうか、いや、まだ6000mにも達していな場所だ。中学時代、独りで山にばかり行っていた頃に、登山道横の30mほどの岩壁をノーザイルで登って落ち、死にかけた。あの時、呼ばれていたのかもしれない。でも、おれがあまりに不満そうにしていたから、山のやつが少しばかり猶予をくれたのかもしれない。それももう終わりだろう・・・・・。
(短編集のうち『呼ぶ山』のあらすじ)
感 想 等
(評価 : C)
 1980年代を中心に、1978〜2011年に夢枕獏が書いた山に関する短編作品を集めた短編集。全体的に幻想小説的なものが多いが、昔はなんだかわからないと思っていた作品も、改めて読むとこれはこれで味がある。
 最新作は雑誌「幽」に掲載された表題作『呼ぶ山』。『神々の山嶺』のスピンオフ作品とのことだが、これを読んだだけではどこがスピンオフなのか分かりにくいが、長谷常雄が主人公だそうだ。ヒントとしては、K2無酸素単独登頂くらいか。内容的には、雪崩に巻き込まれて、死を目前にした男のとりとめもない思考・回想を描いたもので、こういう作品は夢枕獏はうまい。モデルである長谷川恒男が、ウルタルU峰で雪崩に巻き込まれて死んだという事実も取り入れているのであろう。
山  度
(山度 : 100%)
 「呼ぶ山」のい山度は、一応100%とした。それ以外については作品により大きく異なる。収録作品と発表年は次の通り。「深山幻想譚」(1981年)、「呼ぶ山」(2011年)、「山を生んだ男」(1978年)、「ことろの首」(1984年)、「霧幻彷徨記」(1982年)、「鳥葬の山」(1989年)、「髑髏盃」(1987年)、「歓喜月の孔雀舞」(1986年)。
 
 
 
作 品 名
「クラーマーズ・ハイ」(横山 秀夫、2003年)
あらすじ
 17年前、北関東新聞に勤める悠木が山仲間の安西と一ノ倉沢衝立岩に登る約束をしていた前日、御巣鷹山に日航ジャンボ機が墜落するという大惨事が起きた。日航全権デスクを任され慌しい一夜を過ごした悠木のもとに、安西が病院に担ぎ込まれ植物状態だとの情報が入ってきた。しかも衝立岩ではなく、夜の繁華街で倒れたという。安西のことが気に掛かりながらも、次から次へと飛び込んでくるニュースに追いまくられ、充分に眠れぬ夜が続く。
 編集局と販売部・社会部との確執、現場若手記者からの突き上げ、社長派と専務派の諍い、さまざまな事態に直面、乗り越えながら納得のいく紙面を作ることに拘る悠木。かつて衝立岩でパートナーを死なせて以来山に行かなくなった安西は、なぜ悠木を衝立岩に誘ったのか。さらには息子・淳との葛藤。いくつもの悠木の想いを飲み込みながら、史上最大の飛行機事故の取材は続く。
感 想 等
(評価 : B)
 さすが元新聞記者だけあって、現場のリアル感はスゴイ。アクションものやサスペンスならいざ知らず、非常時とはいえ日常的な風景でここまで読ませる筆力はスゴイ!そして、過去と現在をオーバーラップさせながらいくつかの謎を解き、渋い男の生き様を見せつけられる。
 正直、「PEAK」の原作を書いていた頃の著者からは想像できない(失礼!)くらいのうまさである。
山  度
(山度 : 20%)
 山度はあまり高くないが、過去とオーバーラップする形で所々に挿入されている、現在の悠木と安西燐太郎との衝立岩登攀シーンが効果的かつ無理がなく、ラストに向けてこのストーリーを見事に引き締めている。うまい!
 
 
 
作 品 名
「炎の岩壁」(横山 良則、2004年)
あらすじ
 佐々木は久しぶりに故郷である北海道小樽市に帰ってきた。クライマーだった佐々木は、小樽市郊外にある赤岩山でしょっちゅう岩登りをしており、そこにある不動岩西壁には、佐々木と佐々木の兄、そして坂田の3人で初登攀したルートもあった。
 帰省ついでに久しぶりに赤岩山を訪れた佐々木は、そこで小樽岳稜会の後輩高木に出会い、自分が開拓した佐々木ルートがその後誰にも登られていないことを知った。高木と一緒に、秀岳会の佐久間と小川が不動岩を登るのを見ていたところ、突然小川がルートを逸れて佐々木ルートへと向かい始めたかと思うと、しばらくしてヤドカリテラスから登り始めた佐久間が墜落死した。
 一部始終を見ていた佐々木は、佐久間の墜落の仕方、小川の行動に不審を抱いた。それは唯一そのルートを登ったことがある佐々木だからこそ感じた不審だった。佐久間の母・八重子、妻・恵子から依頼を受けた佐々木は、真相解明のため調査に乗り出した。
感 想 等
(評価 : C)
 岩壁で起きた墜落事故に不審を抱き調査に乗り出す主人公。当初直感で動いているため、これで単なる勘違いだったら相当失礼な人になっちゃうなぁとどうでもいい心配をしてしまった。
 出版社が新風舎になっているということは自費出版かもしれないが、展開の回りくどさにやや難があるものの、それなりのドンデン返しが用意されているあたりは評価できる。
山  度
(山度 : 20%)
 クライミングの技術的なことはわからないが、さほど多くないもののそれなりに登攀シーンもあり、ちょっとだけ山岳小説っぽい。
 それにしても、今時死んだ時にデュプラを歌うクライマーなんていないでしょう!、と突っ込みたくなる古めかしさはご愛嬌か。
 
 
 
作 品 名
「高熱随道」(吉村 昭、1967年)
あらすじ
 昭和11年、黒部の豊富な水量を利用した発電所を作るために黒部第3ダムの建設工事が始まった。岩盤温度が最高で165度という高熱に多くの人夫が倒れた。水かけ、送風など工夫を凝らしながらトンネル掘削を続けていくが、今度は珍しい泡雪崩に宿舎が吹き飛ばされ、大勢が犠牲になった。
 あまりの犠牲者に中止の声が強まっていったが、天皇陛下の御下賜金という後ろ盾もあって、工事は続行され、とうとう300数余名の犠牲のもと工事は完成した。
感 想 等
(評価 : C)
 とにかく人間の想像を遥かに超えた黒部の自然の猛威。人間の小ささを感じさせられてしまう。「壮絶」の一語につきる物語である。
山  度
(山度 : 10%)
 登山シーンがあるわけではなく、その意味では山岳小説ではない。が、雪崩など黒部の自然環境がふんだんに描かれており、リストアップした。
 
 
 
作 品 名
「富士山殺人事件」(吉村 達也、1994年)
あらすじ
 富士山頂で殺人事件が起きた。被害者は三杏ボトラーズの今中部長で、部下5人と共に富士山に登っての出来事だった。
 その前の晩、深川で栗原美紀子という女性が殺された。富士登山で事件に遭遇し、また深川の事件を担当することとなった志垣警部と和久井刑事が捜査をしていくうちに、2つの事件が結びついていく。
感 想 等
(評価 : D)
 なぜ富士山頂で殺したのかという点はナルホドと思わせるものがなくもないが、作者が山の素人である点がバレバレだし、設定や風景描写などはいまいち。落ちも途中で見えてきてしまう。
山  度
(山度 : 20%)
 富士登山の様子が描かれている。
 
 
 
作 品 名
「ウイニングボール」(吉村 達也、2011年)
あらすじ
 恋愛小説家として売出中の作家・沢口健太には、思い出したくない過去があった。地元長野での少年野球大会決勝戦での出来事だ。完全試合達成目前にキャッチャーの立花駿介がエラーをしたため、健太は駿介を責めて、ふて腐れた態度を取った。それに怒ったコーチの寺尾が、辛うじて勝ち取った優勝のウイニングボールを遠くに投げ捨て、健太の父・繁は公衆の面前で健太を平手打ちにしたのだ。以来、健太と両親の関係はギクシャクし、健太は大学入学のため上京して以降、地元に全く帰っていなかった。健太との関係を気に病んだ母が自殺を図った時も帰らなかった。
 そんなある日、健太の元に警察から連絡が入った。雪の西穂高岳山中で、霧島沙織が死んだというのだ。沙織は、健太が学生時代から付き合っていた元恋人で、健太のデビュー作「純愛の樹」は沙織との恋愛を描いた作品だった。沙織は、「純愛の樹」の単行本と、小学生時代に無くなったはずのウイニングボールを持っていた。恋愛作家として成長するためには多くの恋をしなければ行かないとの思いから沙織をふってしまった健太だったが、本当に好きだったのは沙織だったことに後から気付いた。健太は、自らの生き方に対する後悔と死への誘惑にかられ、雪の西穂高岳に向かい遭難してしまう。一方、元コーチの寺尾や野球仲間だった駿介らは、地元戸隠や松本で民間の山岳救助隊員となっており、健太の急を知って救助に向かった。
感 想 等
(評価 : C)
 ウイニングボールの謎を絡ませつつ、親子関係や恋人関係など複数の人間ドラマをうまく取り込んだ作品。いわゆる冒険小説のような緊迫の展開やスピード感・スリル感などはないものの、安心して読め進めることができる。
 寺尾の正義感、駿介の爽やかなまでの潔さ、繁の親としての愛情・・・・個々には良いと思うし、読後感も悪くない。にもかかわらず、どこか物語に完全には入り込めない自分がいる。思うに、肝心の主人公である健太のキャラクターの描き方のせいではないかと思う。健太の行動は理解できなくはないものの、共感するにはちょっと問題があるし、その健太が悔い改めていく様が今一つうまく伝わってこない。その辺りが入り込めなかった理由ではないかと思う。
山  度
(山度 : 40%)
 山岳救助関連の描写については、よく調べ取材して書いているようで、リアリティがある。戸隠山を舞台にした山岳小説というのもあまり見たことがない。