山岳小説・詳細データ
〜谷甲州〜
  
 
作 品 名
「遥かなり神々の座」(谷 甲州、1990年)
あらすじ
 ガルワール・ヒマラヤ登頂に失敗し2人の仲間を失った滝沢は、帰国早々恋人の君子にも振られ途方に暮れていた。そんな時、林と名乗る男が現れ、滝沢らのマナスル遠征の権利を買い取りたいと申し出た。男はテムジン派のカムパ・ゲリラで、中国国境を越えて、イシラマ派を後方から攻撃するのだという。断れば、新しい生活に踏み出そうとしている君子の幸せを保証しないと脅迫され、滝沢はしぶしぶ承知した。
 遠征隊を偽装してマナスルに入り込んだ滝沢は兵士とともに国境を越えるが、そこには中国正規軍が待ち構えており、兵士は次々と殺されてしまう。実は中国の工作員だった林らが、カムパにわざと越境させ掃討するという既成事実を作ろうとしたのだった。
 滝沢はポーターのニマとともに中国軍から逃げ、雪山を越えてネパールを目指した。滝沢の安否を気遣いネパールまでやってきた君子、馴染みの登山店で滝沢と知り合い同じくチベットまで来た摩耶。ポーターを装って潜入したテムジン派の参謀・ニマの正体は・・・。
 生きるために人殺しまで平気でできるようになった滝沢は必死の逃亡を続ける。
感 想 等
( 評価 : B )
 複雑な時代背景とイメージしにくいネパール国境の地形という問題はあるが、谷甲州の見事な筆致とストーリー展開に、思わず一気に読ませられてしまう。チベットに通じた谷ならではの秀作といえよう。
山  度
( 山度 : 60% )
 チベットの広大な大地、過酷な自然。チベット人の文化、生活。それら全ては、チベットで3年間暮らした谷ならではの知識と経験に裏打ちされたものであろう。それ以上にすごいのは、迫真の登攀シーン。これこそ谷の真骨頂という感じ。。

 
 
 
作 品 名
「天を越える旅人」(谷 甲州、1993年)
あらすじ
 17歳のラマ、ミグマ・サンゲは雪山で死ぬ悪夢に悩まされていた。その夢は彼の前世でシェルパをしていたナムギャルの記憶だった。ミグマは自らの前世を知るための旅に出る。
 ミグマは、とあるゴンパ(寺)でダンズンという老僧に出会い、夢見による瞑想法を体得した。それは覚醒したままで夢を見て、夢の中で過去を体験する方法だった。しかし、ミグマが過去を知るには、現実世界での経験が不足していた。
 旅を再開したミグマは、ウォンディというシェルパ・サーダーに出会い、夢見の瞑想法で2人のシェルパの命を助けたことから、ウォンディのもとで高所登山の技術を磨きながら経験を積んで行くこととなった。ミグマは修行を続けながら、ナムギャルの足跡を追っていった。
感 想 等
( 評価 : D )
 仏教による世界観、宇宙観を描いた物語。個人的な資質・興味による問題だとは思うが、壮大かつ深淵で独特な世界を築いているものの、その本質がなんとなくしかわからない。
山  度
( 山度 : 40% )
 ヒマラヤのヤシュティ・ヒマール(雪山)が舞台。物語の主題とは関係ないものの、本格的な登山シーンが随所に登場する。

 
 
 
作 品 名
「凍樹の森」(谷 甲州、1994年)
あらすじ
 日露戦争黒溝台を生き延びた美川は、生活の為に猟師になり、猟師の間で神聖視されていた巨大熊ミナシロを追い続けていた。佐七の協力の下ミナシロを仕留めたが、佐七は殺されてしまい、美川は佐七の孫庄蔵から仇にされてしまう。
 陸軍時代の元上官岩沼に誘われて美川は大陸に渡ったがうまくいかず、工事現場で仕事をしてなんとか食いつなぐしかない生活に陥っていた。そんな折、明石大佐の命により満州での反ロシア勢力の動向を探っていた元上官の武藤が訪れ、黒溝台で死んだと思われていた加瀬らとともにロシアの活動家ソコロフを救出する計画に参加することになった。
 ソコロフを救出し、ウラジオストックへの逃避行。過酷なロシアの自然に打ち勝ち、山賊フンフーズや庄蔵からの執拗な追跡からのがれることはできるのか。
感 想 等
( 評価 : B )
 ロシア戦争直後の日本、満州を舞台にした物語。壮大なドラマは圧巻で、読み応え充分。
山  度
( 山度 : 30% )
 山岳小説というよりも戦争小説といった感じであるが、導入部分のミナシロとの死闘、過酷なロシアの雪山における逃避行などサバイバル的要素はふんだんに盛り込まれている。

 
 
 
作 品 名
「白き嶺の男」(谷 甲州、1995年)
あらすじ
 我流で単独行を行っていた加藤武郎は山岳会に入会。山岳会のベテラン田嶋と2人で冬の八ヶ岳に新人訓練に来ていた。何かと口答えする加藤の態度や、草木を手で掴みながら下る歩き方などに田嶋は苛立ちを覚えたが、天候の読みや体力には確かなものがあった。
 アクシデントは2日目に起こった。途中で天候が悪化し、田嶋が足を踏み外したのだ。救助する加藤を見ながら、田嶋は次第に加藤の実力を認めざるを得なかった。
(表題作「白き嶺の男」のあらすじ)
感 想 等
( 評価 : A )
 我流ながらも山と親しみ、一見傍若無人のようでありながら人を惹きつけて離さない加藤の人柄がいい。無口だけれども行動力があり、我流ながらも天性の嗅覚を持った男。そこには確かに谷甲州言うところのもう一人の加藤文太郎がいる気がする。
 谷甲州の実力が如何なく発揮されているうえ、近年滅多に見かけなくなった、ミステリーでも冒険ものでもない純粋な山岳小説。谷先生には是非このタイプの山岳小説を書いて頂きたい。
 新田次郎文学賞受賞作。表題作の他、加藤と久住の出会いを描いた「沢の音」、ヒマラヤへの挑戦を描いた「アタック」「頂稜」など6編を収めた短編集。
山  度
( 山度 : 100% )
 八ヶ岳で、南アルプスで、またヒマラヤで、雪と格闘し、沢と戯れる。始めから終わりまで全て山また山。これぞ山岳小説の王道と言えよう。

 
 
 
作 品 名
「ジャンキー・ジャンクション」(谷 甲州、1996年)
あらすじ
 俺(筧井宏)は初のヒマラヤ遠征の帰りに、マックスという不思議な男に出会い、ヴァジュラカン登攀を狙う国際登山隊に誘われた。俺は当初全く相手にしていなかったが、運命に導かれるように参加することになってしまった。俺は日本人クライマー由紀、イギリス人のジョージとデニス、それにマックスの5人で隊を組んだ。
 ノーマルルートである北東陵をマックスが、俺と由紀が北壁ルートを、イギリス組が未踏の西陵をアタック。国際登山隊は始めからうまくいかなかったが、特に由紀とジョージがうまが合わなかった。
 由紀はジョージのルート選定に対して文句を言った。マックスの麻薬の煙を吸ってから、ジョージが遭難する幻覚を見るようになった俺は、由紀にシャーマンとして予知能力があることに気付き、先回りしてジョージ救出を考えた。
 予知通りスリップして墜落したジョージ。俺と由紀はジョージ救出に向かった。
感 想 等
( 評価 : C )
 なんと表現したらいいのだろうか。この話が一体何なのか。何を言いたいのかよくわからない。神がかり的な不可思議な現象、能力はこのストーリーに必要なのだろうかと思ってしまう。
山  度
( 山度 : 100% )
 山の描写、登攀シーンは、文句なく良い。さすが谷甲州としか言いようがない。ただ、その筆力にストーリーがマッチしていないような、そんな不安定感を感じてしまう。

 
 
 
作 品 名
「神々の座を越えて」(谷 甲州、1996年)
あらすじ
 ヒマラヤを避け何となくヨーロッパ・アルプスを登攀しながら過ごしていた滝沢は、アイガー北壁でパートナー蔵間を死なせ、アルプスにも居辛くなってしまった。そんな時ヒマラヤにいる川原摩耶から助けを求めていると察っせられる手紙を受け取った。しかも、ニマが消息を絶ったという。滝沢はヒマラヤ行きを決意する。
 摩耶を追って中国領ラサに入った滝沢は、チベット解放を目指すテムジン隊長の仲間でチュデン・リンポチェという活仏に会いに行った。しかし、滝沢のミスで中国軍に追跡されることとなり、リンポシェが捕まってしまった。
 ネパールに国外追放された滝沢は、テムジン隊長の下へ出向き、リンポチェ奪還に加わる。無事奪還したものの中国軍に追われる退路を断たれ、ナンパ・ラからついにはチョモランマを越えてネパールへの脱出を図ることとなった。
感 想 等
( 評価 : C )
 冒険小説、山岳小説としてのおもしろさは随一。ただ、前作同様チベット・中国情勢やヒマラヤ周辺の地理関係がマニアック過ぎるため、その分読む者に分かり難くなってしまう点が惜しまれる。
山  度
( 山度 : 50% )
 何度も同じことを言うようだが、アイガーやチョモランマでの登攀シーンは、7000m峰を登頂した谷甲州にしか描けない世界であり、その迫力には圧倒されるとしか言いようがない。

 
 
 
作 品 名
「背筋が冷たくなる話」(谷 甲州、1996年)
あらすじ
 上崎と私は吹雪に会い、雪洞での一泊を余儀なくされていた。雪の天井に誰かのアイゼンの忘れ物があるのを見て、上崎は怪談を始めた。
 先輩の友達が雪山で人を殺した話だった。その時の死体がいまだに見つかっておらず、それがこのアイゼンの上にいるというオチで恐がらそうとしているのが見え見えだったので、私はそれを利用して逆に上崎を怖がらせることにした。見事に上崎は驚いた顔をして、雪洞から逃げ出して行ってしまったが・・・。
感 想 等
( 評価 : D )
 山を舞台にした一種の怪談。話自体はどうということない。でも、雪洞で夜を過ごそうという時にこの話を思い出したら恐いだろうなぁ。
山  度
( 山度 : 50% )
 登山シーンではないが、舞台はずっと雪洞の中。

 
 
 
作 品 名
「遠き雪嶺」(谷 甲州、2002年)
あらすじ
 時は昭和11年。立教大学山岳部隊はガルワール・ヒマラヤの未踏峰ナンダ・コートを目指していた。立教大学山岳部は創部が遅く、積雪期初登頂争いに加わることができなかったが、逆に後発ゆえに未知の領域に奥深く分け入って積雪期初登頂を勝ち取り、「冬山の王者立教」と呼ばれるほどになっていった。そして、長大なアプローチを克服し前進基地を設営するという手法や、芦峅寺のガイドや人夫を雇うという方法が、ヒマラヤへの布石となっていった。
 現役山岳部員、OBなど多くのメンバーの協力のもと進められていったが、寄付金集めや遠征隊員選抜が難航したことに加え、二・二六事件が勃発するなど、実現すら危ぶまれる状況となっていた。
 遠征費用などの関係から、隊員は最終的に5人となった。隊長は、立教大学山岳部の基礎を築いた堀田弥一。隊員は、立教大学の伝統を受け継ぎ発展させていった山縣一雄と湯浅巖、山岳部現役リーダーの浜野正男、そして後援会社である毎日新聞社社員であり、自らも3千円もの大金を負担して参加した竹節作太。
 多くの困難を伴いながらも、日本人初のヒマラヤ挑戦がスタートした…。
感 想 等
( 評価 : B )
 戦前に、日本人として初めてヒマラヤに登頂した立教大学山岳部のナンダ・コート遠征を描いた作品。登山というものを題材に真正面から取り組んだ正真正銘の山岳小説、登攀シーンの迫力やヒマラヤの事情など随所に見られる谷甲州らしさ、などなど読み応えは十二分。
 史実を背景に描くという点で、新田次郎の一連の作品と共通する部分がないでもないが、新田次郎が「人」を中心に据えるのに対して、本作品は浜野の視点で描かれているものの、メインはあくまで事実、出来事の方に置かれている。その良し悪しは判断しかねるが、個人的感想として、出来事を中心にした結果、ノンフィクションとの差別化が難しくなっている気がする。
山  度
( 山度 : 100% )
 山度100%。それ以上の説明は必要ない。思う存分味わって頂きたい。

 
 
 
作 品 名
「単独行者 新・加藤文太郎伝」(谷 甲州、2010年)
あらすじ
 加藤文太郎は歩くのが好きで、ひたすら全力・高速で歩いていたが、そのせいで街中ではよく人とぶつかった。だから郊外を歩いた。大正13年、文太郎は兵庫県内の国道・県道全てを歩き尽くそうと、高速で歩き続けた。ところが、感覚的に速度が分かるほどになった文太郎も、坂道や峠で予想外に時間が掛かり疲れることに気付いた。そこで、坂道で使う筋肉を鍛えるために、高取山への早朝登山を始めた。山登りでも文太郎の足の速さは頭抜けていた。高取山に何度も登るうちに、山登りが楽しくて仕方なくなった。北アルプスから御岳、南アルプスと文太郎は貪欲に登った。休暇の全てを使い、長い日は12時間でも15時間でも歩き続け、山登りを初めて3年もする頃には、主な山は登りつくしていた。昭和3年から文太郎は冬山への足を向けるようになった。冬山に入った文太郎は、自分が求めていたものはこれだと思った。しかし一方で、周囲の反応に割り切れないものを感じた。ガイドレスでは駄目なのか、単独行は危険なのか。文太郎はとにかく実績を作るしかないと思った。正月の八ヶ岳、乗鞍、2月の槍ヶ岳と単独で登った。
 昭和5年正月、文太郎は劔岳を目指したが、厳冬期の劔岳とあってさすがに不安は隠せなかった。弘法小屋に4人組パーティが案内人を連れて入っていると聞いて、劔岳に同行させてもらえるかもしれないと思って4人を追ってしまったことが文太郎の運命を変えた。自分の気持ちの弱さから4人パーティと一緒に行こうとした文太郎は、生来の口下手もあってうまく仲間に加わることができず、一人立山へと転進することとなったが、文太郎がいたことで劔岳小屋に泊まることになった4人パーティとガイド2人は、小屋もろとも雪崩に埋もれて死んでしまったのだ。文太郎はその時から単独行というスタイルに、より拘りを持った。薬師岳から水晶岳を経て烏帽子岳への冬期縦走、鹿島槍ヶ岳・劔岳・槍ヶ岳などの冬期単独登頂などを果たすうちに、文太郎は自らのスタイルへの自信を深め、同時に文太郎の名前も世に知れ渡っていった。一方、文太郎の会社での責任も次第に重くなり、また下山が遅れたことによる度重なる無断欠勤で休暇が取り難くなっていたこともあり、以前のように危険を承知で冬山に突っ込んでいくことのできなくなった自分に忸怩たる思いを抱いていた。文太郎は目標を見失っていた。
 そんな時、夜行日帰で冬山訓練のできる伊吹山に出掛けた文太郎は、そこで昔の自分にそっくりな若者、関西徒歩会の吉田富美久に出会った。初めて自分とザイルを結べる男を見つけた思いから、その場で前穂北尾根から槍ヶ岳北鎌尾根への縦走に誘った。それは、いつか行きたいと考えていたヒマラヤへの序章だった。昭和9年春、文太郎と吉田富美久は穂高小屋をベースに前穂北尾根踏破に挑んだ。岩登りの苦手な文太郎が遅れたことと吉田の装備不足もあり、2人は途中のチムニーでビバークせざるを得なくなった。北尾根踏破には成功したものの、吉田の手は凍傷になり、1ヶ月の入院を余儀なくされた。それから1年半後の暮れ、文太郎と吉田は、かねてからの課題だった槍ヶ岳北鎌尾根に向かうため、槍平小屋に入った。しかし、それは2人だけのパーティではなく、関西徒歩会の山行としてであり、他に大久保や濱という冬山に不慣れなメンバーも一緒だった。そのことが文太郎を予期せぬ運命に巻き込んだ。昭和11年の正月、山は荒れていた。1月1日、4人は悪天を押して午後遅くに槍ヶ岳肩の小屋に入り、翌朝大久保と濱を大槍に登頂させてから、文太郎と吉田の2人で北鎌尾根へと足を踏み入れた。
感 想 等
( 評価 : B )
 谷甲州が「いつか書きたい」と言っていた加藤文太郎の物語が、『白き嶺の男』から15年ほどの歳月を経てついに登場。500頁ほどもある分厚い単行本だが、読み進めるうちにどんどん惹き込まれてしまう。大半が山のシーン、登山のシーンばかりで、しかも吉田登美久や花子、加藤の親兄弟など他の登場人物がいるにはいるものの大半が文太郎ただ一人。自問自答のような世界が続く。にも関わらずこれだけ読ませることができるのは、さすが谷甲州としか言いようがない。
 文太郎の超人のような山での強さに唸りつつも、人を相手にした時の精神的な弱さに、もどかしさを感じると同時に「わかるなぁ」と共感してしまう自分がいる。ただ、読み終えて見て「結局、文太郎とはどんな人物だったんだろう」と考えると、未だイメージがあやふやな感じがするのはなぜなんだろう?所々に文太郎の『単独行』の文章と似た感じが出てくるあたりに、谷氏の文太郎像への拘りが感じられる。
 新田次郎の「孤高の人」はそれはそれで面白いし、谷甲州の文太郎もまた興味深い。『単独行』と3冊読み比べたら面白いかもしれない。
山  度
( 山度 : 100% )
 ほぼ全編山のシーン。が、登場する山も多い。一つの山で記述が長めなのは、八ヶ岳、氷ノ山、劔岳(ただし、登っているシーンは多くない)、前穂北尾根、槍ヶ岳あたりだろうか。