山岳小説・詳細データ 〜た行〜
 
 
 
作 品 名
「ミッドナイト イーグル」(高嶋 哲夫、2000年)
あらすじ
 フォトジャーナリスト西崎勇次は、常念岳での冬の北アルプス撮影中に、謎の飛行物体が墜落するのを目撃、親友の新聞記者・落合信一郎とともに、その正体を確認するために山に入った。ところが、北ア・天狗原方面への入山は、なぜか自衛隊による厳戒体制下にあった。
 同じ頃、西崎の別居中の妻でフリーライターの松永慶子は、米軍横田基地に潜入してMPと撃ち合いを演じ逃走している平田トシオという男を探していた。平田は何者かに追われており、慶子と相棒のカメラマン・青木は、平田とその恋人・智恵を助けながら真相を探っていた。
 銃撃された自衛隊員・伍島を助けた西崎、平田の怪我を手当てして逃亡に手を貸した慶子は、それぞれ驚愕の事実を耳にする。米軍が北朝鮮を爆撃するために横田基地から最新鋭のステルス機・ミッドナイトイーグルを飛ばしており、それを阻止するために横田基地に潜入した北朝鮮の工作員・平田が仕掛けた爆弾によって、ステルス機が墜落したというのだ。その墜落場所が北アルプスだった。しかも、ステルス機は核弾頭を搭載しているという。
 核を北朝鮮から守るために派遣された自衛隊と北朝鮮との激闘、伍島とともに核死守を図る西崎ら・・・。北朝鮮工作員が始動させたタイマーで核弾頭爆発の時が近づくなか、東京でタイマー解除の暗号を探るために奔走する慶子。日本を被爆から守ることはできるのか。
感 想 等
( 評価 : A )
 「遥かなり神々の座」、「ホワイトアウト」など山岳冒険小説の名作にも勝るとも劣らない傑作。緊迫した展開は、読む者に息をつく暇さえ与えない。特に後半は一気だ。
 家族愛、自己犠牲、そうした見ようによってはクサイとも言えるものが、無理なく自然に描かれている。
 (ネタばれになりますが、)私の安易にして単純な性格上、ラストに向けての大団円を予想していただけに、悲しいエンディングに涙がこぼれ落ちました。最近読んだ中では文句なく一番の傑作である。
山  度
( 山度 : 40% )
 物語は東京と北アルプスで同時進行。冬の北アルプス、吹雪の天狗原とくれば、山岳小説としても読み応え充分。

 
 
 
作 品 名
「青春登山大学」(高野 亮、2003年)
あらすじ
 中学卒業後、叔父のつてを頼って日本鉄鋼株式会社に養成工として入社した天馬和義は、真面目に仕事に取組む一方で、日本鉄鋼の相撲部と夜学の柔道部に席を置くスポーツマンだったが、養成工同期の友人に連れられて丹沢の沢登りに行って以降、山登りに惹かれるようになっていった。夜学卒業を機に相撲部も辞め山岳部に入部した天馬だったが、岩壁登攀にのめり込むに従ってパートナーがいなくなり、より高度な登攀を求めて青春登山大学へ入学した。
 天馬は同期の堀内とともにガムシャラにあちこちの岩壁を登攀、わすか1年半で準学士から学士に進級。そんな折、たまたま募集していた大学のグランドジョラス北壁登攀に堀内とともに参加、そこで学部長の蜂須賀政男に認められ、青春登山大学の「飛竜」と呼ばれるまでに成長していった。
 グランドジョラスで5本の指を凍傷で失い、それが回復した直後に福山へ転勤、さらにビールスに感染しての入院と不遇が続いたが、退院後に大学をあげて実施されたジャヌー北壁登攀に参加し活躍。ついには青春登山大学のチーフリーダーにまでなった。しかし、天馬はそれで満足することなく、新たな登山スタイルの確立を目指し、グランドジョラス北壁ソロへと挑戦していった。
感 想 等
( 評価 : C )
 山学同志会の今野和義をモデルにした小説であるが、途中から、すなわち実際には谷川岳で亡くなっている今野氏が生きていたら…という想定のもとに、その後の登山界の潮流を描いている。
 今野和義という人物にノンフィクションも含めてここまで焦点を絞った本は読んだことがなかったのでそれなりに楽しめた。山にドップリという雰囲気もうれしい。
 が、なぜ大学というスタイルにしたのかよくわからない(もともと山学同志会のシステムが独特のもので、その点数制が大学の単位に似ていることから、山岳会ではなく大学にしただけという感じですが…)。また、1つ1つの登攀についてはあまり描写されていないためやや迫力に欠ける。敢えて実在の人物をモデルにして何を訴えるかという点から考えると、比較して失礼であるが、新田次郎のモデル小説より物足りなさを感じる。
山  度
( 山度 : 90% )
 前記の通り今野和義をモデルにした小説であり、普段のトレーンングぶりから青春登山大学(山学同志会)の描写等々山度は極めて高いが、その割に実際の登攀シーンがあまり登場しないのが残念。


作 品 名
「ぐるぐる登山」(高橋 陽子、2014年)
あらすじ
  500人に1人現れるという特異体質・ケンゲン(顕現)。そんな特異体質を持つ少女が、たまたま同じ小学校に4人も在籍したことで4人は強い絆で結ばれ、小学校の遠足で扁平山に来て以来、卒業や誰かの誕生日など事あるごとに扁平山登山に出かけるようになった。29歳になる今も、4人は扁平山を訪れていた。
 ときどき顔が変形してしまうという「風の顕現」を持つ井刈は、カメラマン志望で同業の大谷くんのことが気になっている。自分に冷たく接する母親との関係が悩み。
 身体の一部が光る「火の顕現」を持つ苺(まい)は、勤務先の妻帯者と不倫関係にあったが、社内の女性にバレてしまったことであっさりと男に捨てられてしまう。
 水に触れると身体が透明になりふやけてしまうという「水の顕現」を持つ水奈は、お菓子やケーキを作ることが好きで、カフェを開くことが夢。中学校の同級生だった長谷川にずっと付きまとわれ、引っ込み思案になっていたが、新しい出会いが水奈を変えつつあった。
 頭の中に土地があり雨が降ったり草が生えたりするという「土の顕現」を持つ香音(かのん)は、頭の中に未来の映像が見えるという特技を活かして、占い師として生計を立てていた。29年間、1度も男性と付き合ったことがないのが悩み。
 4人は扁平山を登りながら、お互いの近況やそれぞれの悩みを語り合うのだった。
感 想 等
( 評価 : C )
 アラサー女性4人それぞれが、恋にときめき、そして傷つき、親との関係に悩みながらも、夢に向かって一歩踏み出していく。そんな4人の人生ストーリーを描いた連作短編集。
 男性が読んでも共感できる部分はいろいろある。が、どうしても気になってしまうのが「顕現」という設定。小説でもマンガでも、特殊能力・特異体質を持つ人物が登場するものはたくさんあるが、個人的な印象としては、エンタテイメント系作品が多いのではないかと思う。その世界観に入ってしまえば何の違和感もなく楽しむことができるのだが、身の回りの出来事を描き、特異体質以外は普通の世界となると、どうしても違和感が抜けない。感じ方は人それぞれかもしれないが、普通の世界を描くのであれば、悩みや劣等感のようなものも、身近なものにしてほしかったと思う。
山  度
( 山度 : 10% )
 4人それぞれの話の前と後に、「ぐるぐる登山」と「ぐるぐる下山」という話が配置されているが、4人の会話が中心ということもあり、風景描写は少なめ。扁平山という山は架空の山だと思うが、イメージ的には高尾山。

 
作 品 名
「ななかまどの紅に魅せられて」(隆林 徹廣、2002年)
あらすじ
 河村千太郎は、昼食を食べに入った会社近くの食堂「一心」で、壁に飾ってあった1枚の写真を見かけ心惹かれた。それは北穂から撮った槍ヶ岳の写真で、「一心」の主人によると郷田好則という人が置いていったという。千太郎に登山経験はなかったが、どうしてもその写真と同じ景色を見てみたくなった千太郎は、ガイドブックと山道具を買いそろえた。
 秋のとある日、上高地から北穂を目指した千太郎は、途中でバカでかいリュックを背負った坂井直樹というカメラマンと知り合いになった。直樹はイヌワシの写真が撮れるまで、来春まで北穂にいるつもりだという。初めての登山で経験と体力のない千太郎は涸沢ヒュッテで1泊して引き返すことにしたが、元来引っ込み思案だった自分が、山を介することで「一心」の主人や直樹と仲良くなれたことに不思議な思いを抱いていた。
 山行から諏訪の家に帰った千太郎は、体力をつけるために近隣の山に登り始め、山道具店の店長・原田に連れられて雪山の練習も行った。一方、直樹の恋人・世津子は湯沢でスキーのインストラクターをしていたが、直樹が穂高に行くようになってから直樹の自分に対する態度がどこか変わったように感じていた。
 2月、久しぶりに下界に降りてきた直樹を迎えた千太郎は、直樹について北穂まで行こうと心に決めていた。と、そこに世津子が現れた。直樹、千太郎、世津子の3人は、それぞれの思いを胸に秘め、冬の北穂へと向かった。
感 想 等
( 評価 : B )
 たまたま見つけた本書、出版社も聞いたことないし恐らく自費出版だろう。一人よがりの展開の小説でなければいいけれど・・・くらいの気持ちで手に取った本書だったが、予想に反してなかなか良かったです。千ちゃんや直樹、世津子のキャラがそれぞれしっかり描かれているし、イヌワシの生態観察や登山の知識などもしっかりしていて、千ちゃんの気持ちにとてもシンクロしてしまいました。
 タイトルと中身が必ずしも合ってない気もしますが、それでもこのタイトルは惹きつけるものがあってGoodだと思います。ということで、少し甘めですが、評価も「B」にしちゃいました。
 ミステリーや冒険小説でもなく、純粋に山を舞台に人間を描くこういう小説がもっと増えてくれればうれしく思います。
山  度
( 山度 : 80% )
 山のシーンは北穂がメインですが、八ヶ岳や谷川岳なども少し出てきます。

 
 
 
作 品 名
「マークスの山」(高村 薫、1993年)
あらすじ
 昭和51年秋、北岳麓の飯場で登山者が撲殺され、岩田幸平という作業員が逮捕された。同じ頃、すぐ近くで一家心中があり、子供だけがかろうじて脱出して助かったものの、精神障害が残った。
 平成元年、同じ現場で白骨死体が発見され、これも自白により岩田の犯行とされた。同じ時、強盗障害でマークスも逮捕された。
 そして平成4年。、弁護士の林原、暴力団員の畠山、と一見無縁に思える連続殺人が起こった。さらに、林原の仲間である松井、同じく仲間である木原の夫人と連続殺人が進むに連れ、事件は意外な結びつきを見せ始める。
 殺人犯マークス。マークスが獄中で掴んだ秘密とは。彼を追い詰める警視庁捜査一課合田刑事。ついにマークスは何かを求めて吹雪の北岳山頂を目指す。
感 想 等
( 評価 : D )
 緊迫な展開と見事な心理描写、さすがと言わざるを得ない。ただ、筆者が鋭すぎるのか、私の頭の回転が鈍いのか、時々主人公の思考回路について行けないことがある。
 第109回直木賞受賞。94年版「このミステリーがすごい!」第1位。映画化もされた名作・・・もう一回読み直してみようかなぁ・・・。
山  度
( 山度 : 5% )
 山というものが一つの重要な要素になってはいるものの、実際の山岳描写は少ない。

 
 
 
作 品 名
「富士山」(田口 ランディ、2004年)
あらすじ
 医学生として勉強していたが、生きることの意味を見いだせずに宗教団体に入信した岡野。富士山麓の研鑽所で修行をしたがやはり同じだった。体調を崩し、ボランティア団体の支援もあって脱退した岡野は、感情という磁場のないコンビニを好み、そこでチーフとして働いていた。一方、家族の中で自分の居場所を見出せずに、自殺未遂を繰り返すバイトのこずえ。そんな2人の心の交流物語「青い峰」。
 この他に、中学卒業記念に樹海で一晩過ごそうとやってきた少年3人組の心象を描いた「樹海」。富士山麓のゴミ屋敷と呼ばれる家で1人暮らしをする老婆と、それを見守る市役所環境課職員の不思議な関係を描く「ジャミラ」。妊娠中絶が許せずに看護婦を辞めようと考えている女性、事故で子どもを流産した中年女性、末期がんに冒された老女らが参加した富士登山ツアー物語「ひかりの子」、の4編を収める。
感 想 等
( 評価 : C )
 生きることに苦しみ、生きることの意味を見出せず、生きる意味を探してもがいている。そんな人たちを、いつも富士山は母親のような愛情で包み、励まし、勇気付けてくれる。
 富士山を絡めて人間模様4編。その1つ1つが、誰しもが心のどこかで感じている矛盾や苦しさを代弁してくれている気がする。私も富士山は大好きだ。富士山は何とも言えずいい。日本の象徴だ。これを読んで自分を見つめなおし、そして富士山の勇姿を見て新たな気持で出発して欲しい。
山  度
( 山度 : 10% )
 実際の登山シーンがあるのは「ひかりの子」のみ。でも、富士山をいつもそばに感じることができる。それがこの作品のいい所です。

 
 
 
作 品 名
「ワンダー・ドッグ」(竹内 真、2008年)
あらすじ
 1989年、空沢高校入学式に、一人の少年が遅刻してきた。少年の服はボロボロに破けており、胸元には子犬がすっぽりとおさまっていた。自転車で登校中に車と接触事故に遭い、幸い怪我はなかったものの、歩いて登校することになって遅刻してしまったのだった。その途中で、捨てられていた子犬を拾ってきたのだった。それが、甲町源太郎と犬のワンダーの出会いだった。
 マンション暮らしのため家で犬を飼えない源太郎は、犬を泊めてくれる人を探しているうちに、中庭にテントを張っているワンダーフォーゲル部に辿り着いた。部員数はわずかに3人。新入部員が入らなければ潰れかねないワンゲル部は、犬を預かることを条件に甲町を入部させた。子犬は、部名にちなんでワンダーと名付けられた。そこからワンゲル部とワンダーの交流、空沢高校でのワンダーの生活が始まった。
 ワンゲル部が面倒をみることを条件に、犬を飼うことを学校側に認めさせた部員たち。部員犬となったワンダーは学校の生徒たちからも愛された。代々、ワンダーを育てていくことが、空沢高校ワンゲル部の伝統となった。
 甲町が卒業した年に、初めての女子部員として知草由貴が入部した。由貴はワンダー目的でワンゲル部に入部し、登山には興味がなかった。しかし顧問の大地先生の策略もあって知草はクライミングを始め、まだまだ競技人口が少なかったクライミングの世界で入賞を果たした。
 その後、源太郎が空沢高校に教育実習に訪れ、ワンダーに関するテレビ番組製作と本が出版され、ワンゲル部OB会が開催された。
感 想 等
( 評価 : B )
 空沢高校ワンダーフォーゲル部の一員となった犬のワンダーを軸に描かれる短編連作集。文学的な表現をあまり用いないで平易な文章で書かれているため、あたかも児童書を読んでいるような感じだが、ストーリーも素直でストレートで好印象。いわゆる悪人が一人も出てこないのもいい。
 もの凄い盛り上がりを見せるわけではないが、爽やかな学園ものといった感じで、読んでいて楽しい気持ちになる。きっとこうなるに違いない、そうなって欲しいと思う通りに展開する気持ち良さがある。
山  度
( 山度 : 40% )
 ハードな山行シーンが出てくるわけではないが、ワンゲル部ということで総体での登山競技の話が出てきたり、クライミングコンペの話があったりと、今までの山岳小説にはあまりでてこなかった類の内容で、これはこれで面白い。

 
 
 
作 品 名
「日高」(立松 和平、2001年)
あらすじ
 4年生の小田切昇をリーダーとする大学山岳部男女6人のパーティは、北海道ではまだ真冬とも言える3月に、日高山脈最高峰幌尻岳への14日間山行に望んでいた。
 昇は2年の長谷川裕子に思いを寄せていたが、彼の親友柳沢健も裕子が好きなようだった。この山行中に裕子の気持ちを確かめたいと思っていた昇は、思いもかけず裕子から気持ちを打ち明けられ、幸せに浸っていた。
 遭難しそうな猛吹雪を乗り越え、一行は十の沢出会いで雪洞を掘って泊った。その晩、雪崩が彼らを襲った。昇はデブリに閉じ込められながら夢を見ていた。大学山岳部OBの赤坂さんから聞いた遭難の話、裕子と2人で山行に出かける夢、裕子と結婚し、子供が生まれ…。
感 想 等
( 評価 : C )
 所々にある用語説明調の部分がやや気になるものの、雪山での遭難に、生きようとする思いに、真正面から取り組んだ力作。ただ、ちょっと分かり難い。夢の中身はアイヌの言い伝え、神のもとへと帰っていくということなのか…?
山  度
( 山度 : 90% )
 合間合間に夢という形で様々なエピソードが挿入されているが、ずっと雪山を舞台に、山男と山女の生と死、愛を描いており、山度は満点。その意味ではなかなか浸れるのではないでしょうか。

 
 
 
作 品 名
「白き神々の座にて」(田中 光ニ、1978年)
あらすじ
 私、長田治はテレビディレクターという職を投げうち、私財をはたいてイエティと呼ばれる雪男探しに人生を賭けていた。しかし、これまで2回の遠征は見事に失敗に終わっていた。
 3度目の今回は、テレビとのタイアップによる探検で、イエティを目撃したというイギリス人アルピニストのスコット、私の大学山岳部後輩である木俣に、テレビクルー2人を加えた5人で、ナンダデヴィ南方のジョシマ氷河に来ていた。
 4日目のこと、囮として仕掛けた肉を味見した痕が見つかり、スコットは肉に強力な麻酔薬を仕込んだ。その翌日、悪天を突いて囮を見に行くと、そこにイエティらしき足跡が残されていた。しかも麻酔がきいてるらしくよろけているようだ。天候は最悪だが、スコットは猛然と足跡を追い始めた。危険を感じた私は、スコットを連れ戻そうと彼の後を追った。突然、スコットの銃声がした。急いでスコットの元へ向かおうとした私は雪庇を踏みぬいてしまった。
感 想 等
( 評価 : C )
 短編ながらしっかりとした構成、背景設定、意外な結末とよくできている。逆に短編だからこそ面白いとも言える。この作家の作品は初めてだが、他も読んで見たい気にさせる良品である。
 「雪男」が出てくるこの展開は、ちょっと「エサウ」(フィリップ・カー)を思い出すが、本作品の方が1978年とずっと前。しかも古さを全く感じさせない。
山  度
( 山度 : 80% )
 山については、あくまで舞台としての山なのでこと細かに描かれているわけではないが、無理なく自然に描かれていると思う。

 
 
 
作 品 名
「山によみがえる」(田中 澄江、1971年)
あらすじ
 信州の旅館"片おか"の一人娘・てるみは、看護婦になるため東京の聖マリア短期大学に通うことになった。信州の高校の1年先輩で仲良しの島崎はるえが通っていたからということもあるが、てるみは信州の実家が嫌でしょうがなかったのだ。父と母は仲が悪く別々に暮らしており、てるみは母を一緒に暮らしていた。てるみは母のことは好きだったが、何かと言うとてるみを自分の思い通りにしようとするのが嫌だった。東京行きも大反対されたが、学校の先生の口添えもあって、渋々了解したのだった。
 東京に来てから、熱海の十国峠で、また高尾山から陣馬山への道で、遭難しそうになったところを、聖マリア短期大学付きの病院に勤める小池先生に助けられたてるみは、はるえや母に小池先生との関係を誤解されたことにうんざりした。そのことを、小池先生にいろいろと相談しているうちに、てるみは本当に小池先生のことが好きになってしまった。しかし、小池先生は下宿先の吉本病院の女医・ちず子のことが好きだった。
 てるみの小池先生への思慕、母との確執、自分の儚い過去ゆえにてるみを男性から遠ざけようとする母・たつのの思い、片おか旅館の女中・せいどんの息子・雪雄のてるみへの思い、父・信次の気持ち・・・そんな人々の思いが交錯する。
感 想 等
( 評価 : D )
 「花の百名山」で有名な田中澄江氏の青春恋愛小説。深田久弥氏同様に田中氏も本職は劇作家・小説家でありながら、副業の山に関する随筆で有名だが、本書を読むとそれもむべなるかなという感じがする。
 本作品は、多感でナイーブな乙女・てるみの恋や家族への思いを瑞々しく描いた青春小説。そういうと爽やかな感じなのだが、主人公の揺れ動く繊細な気持ちと多感さは、ともすると周囲が見えていない自分勝手で一人よがりとの印象があり、やや辟易する感はぬぐえない。まぁ、よくある少女マンガ的な展開・設定といえばそれまでなのだが・・・。もう少し共感できるような流れが欲しい。
山  度
( 山度 : 10% )
 山についてはポイントポイントでアクセントとして登場。小池先生とちず子先生が信州に来る場面では、槍や燕など山のシーンが描かれている。。

 
 
 
作 品 名
「エベレストの虹」(谷 恒生、1987年)
あらすじ
 女優松原悠子は、一度対談しただけの登山家・風間剣策の持つ強烈なパーソナリティに惹かれ体を許した。悠子は風間のことが気になって仕方ないものの、仕事で八木沢監督の映画撮影に入った。
 風間は厳冬期エベレスト初登頂という名誉と、女優松原悠子を射止めたという話題性でマスコミの寵児となる野心を持っていた。風間は自らの野心を達成すべく、風間隊ともいうべき少数精鋭の隊で、エベレストへと出かけていった。
 監督の八木沢は所詮二流に過ぎなかったが、松原悠子を見て脚本の着想を得、登山界の若きエースと女優の恋愛映画を撮ろうとしていた。そして、この映画を興行的に成功させるために、風間の遭難死を密かに期待していた。
 天才風間はスピード登山を試み、一気に7900mにアタック・キャンプを設営。単独でアタックをかけるが、天候に阻まれた。続いて加賀島と出かけた2回目の挑戦で、風間は遅れる加賀島を残して1人登頂を目指した・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 売れっ子女優と登山界のエースという華やかな人物を中心に据える一方で、二流監督やサポート隊など野心を抱きつつもそれを果たせない男たち。そこに渦巻くエゴイズムの浮き立たせ方は心憎いばかりだ。
 ただ、風間の天才ぶり、鉄人ぶりを際立たせるためか、前半部分のうち高所登山描写が甘い感じがしてリアル感に欠けた。物語も全体的には何を言いたいのか今ひとつかわからず、苦心の登攀シーンのわりに報われない感じがした。
山  度
( 山度 : 50% )
 エベレスト登山、その迫力は伝わってくる。ただ、ここまでの極限になると、もはや文章でいかに表現しても表現できるものではないのだろう。後半は山度も濃く、読み応えあり。

 
 
 
作 品 名
「鎮魂花」(谷山 稜、2001年)
あらすじ
 谷川恒次は、大学山岳部の先輩・高木と、同期の平岩の3人で冬の鹿島槍に挑んだ。途中、平岩が落石の直撃を受けるというアクシデントがあったものの、3人は鹿島槍登頂を果した。「山は男だけの孤独な世界」「男だけの純化された世界」と信じる谷川にとっても最高の山行だった。
 鹿島槍以来山にも行けずにいるうちに初夏になってしまった。製薬会社の研究所で働く谷川が休日出勤したとある日、食堂で落田香子という女性と出会った。どこか高山植物に似た雰囲気を持つ香子は、谷川に山に連れていってほしいという。香子に惹かれつつも、山は男の世界と信じる谷川にとって、香子と山へ行くことは山へ冒涜でしかなかった。
 香子にせがまれるまま霧ヶ峰、八ヶ岳、五竜と山行を供にするにつれ、山と香子という谷川の中の自己矛盾は大きくなっていった。谷川は答えを求め、山と会話するために単独で裏銀座へと出かけた。嵐の鷲羽岳で生死を賭けて山と対峙し、山の声を聞いた谷川は、山に導かれるように雲の平、高天原へと踏み入っていった。そこで谷川が見たものは…
感 想 等
( 評価 : C )
 タイトルがいい。「鎮魂歌」の「歌」を敢えて「花」としたのは、「花=香子」であり、「香子=山」ということだろう。本書のタイトルはすなわち「鎮魂山」であり、命の源、存在そのものである山への尊敬・憧憬が込められているのではなかろうか。
 ただ、そうした山への思いの表現として、後半部分はやや精神世界に入りこみ過ぎていてわかりにくい。文章が非常に読み易いだけに、最後まで現実世界の中で書いて欲しかった。
山  度
( 山度 : 90% )
 久しぶりの本格山岳小説というのがうれしい限り。冬の鹿島槍に始まって、霧が峰、八ヶ岳、五竜、槍、鷲羽、雲の平・・・と多くの山が登場する。

 
 
 
作 品 名
「ガラスの塔」(千坂 正郎、1959年)
あらすじ
 小塚義明は田崎とともに冬の八ヶ岳に来て吹雪に閉じ込められ、田崎が死亡。小塚自身も辛うじて命は助かったものの、凍傷で足の指を切断し、びっこをひくようになってしまった。
 その少し前、スキー場で最愛の婚約者・栗原加津子を亡くした小塚は、事件後勤めていた大手製作所を退職し、小さな鉄工所に勤めるようになった。小塚は常に暗い陰をまとい、変人と呼ばれていた。しかし、彼が自らの手で作ったハーケンは、いつしか若いクライマーの間で一種のステータスとなっていた。
 加津子の従兄弟・恵子は、妻子を亡くして元気のない実業家の叔父・栗原のために、事業としての山荘経営をしたいと考えていた。山を知るために親友・康絵に連れてこられた穂高で、恵子は遭難救助の現場に出くわした。遭難者の大学生が使っていたのが小塚のハーケンだった。死んだ大学生の先輩鮎川は、若者を危険な登攀に引きずりこむ小塚を憎んでいたが、恵子は小塚の話を聞くうちに人間としての魅力に惹かれ、小塚を立ち直らせるととができるのは自分しかいないと思うようになった。
 恵子の山荘は剣岳・三ノ窓に建てられた。頑丈に作られたものの、例年にない大雪のせいで危険にさらされていた。小屋の様子を見に出かけた小塚は、恵子達が来るまでの間、剣岳八ツ峰登攀に出かけ吹雪に閉じ込められた。一方、小屋の倒壊を防ぐために現地に来た恵子は、小屋のことよりも小塚の方が気になっていた。
感 想 等
( 評価 : B )
 ガラスの塔=氷をまとった剣岳として描かれているが、それは小塚の、あるいは恵子の心象風景のかもしれない。過去を引きずりながら生きる小塚、山から離れられない小塚の姿は、当時に相当数いたであろう山好きの若者達のプロトタイプにように見える。
 格段、明るいわけでも、情熱的なわけでもないこの小説には、なぜか人を惹きつけるものがある。それは、どこか自分自身の中にもある心の葛藤ゆえではないだろうか。
山  度
( 山度 : 80% )
 冬の八ヶ岳、早朝の穂高、雪に閉ざされた剣、山が次々と登場するだけでなく、何より山の雰囲気がふんだんなのがうれしい限り。小塚という人間は、当時よくいた山ヤの典型ではないだろうか。その意味で、その頃を知る人にとっては、郷愁を感じる作品であろう。

 
 
 
作 品 名
「天空の祝宴」(堂場 瞬一、2008年)
あらすじ
 岩本空のもとに、旧友の夏海が、相談があると言ってきた。岩本はフリークライマーで、義父の経営するナガサワスポーツの専務兼クライミングジム・コーチだった。夏海は旧友であると同時に、岩本の大親友・クライミングの師だった江藤の奥さんでもあった。プロのクライマーだった江藤は、1年前にヨセミテの「ザ・ウォール」に挑戦して墜死した。夏海が持ってきたノート、そこには江藤が高校の頃から憧れてきた「ザ・ウォール」への想いが書き綴られていたのだ。
 しかし、「ザ・ウォール」は20年前に大崩落があって登攀不能といわれており、江藤もノートの中で『できない』と書いていた。にもかかわらず、なぜ江藤は無謀な挑戦をしたのか。江藤の死から1年経って初めてノートを開いた夏海は、その理由を知りたがった。江藤の死以来、壁が怖くなって山を降りた岩本は、それを乗り越えるためにも江藤が「ザ・ウォール」に挑戦した理由を調べ始めた。
 江藤が墜死した際にたまたまヨセミテにいた江藤の後輩・和田や、クライミング誌「オン・サイト」の江藤番だった永田に話を聞いたが、真相はさっぱりわからなかった。鍵を握っているのは、江藤が墜死していた際にビレイヤーを務めていた長尾だった。長尾は旅行会社のサンフランシスコ支店に勤務していた。長尾に会うためサンフランシスコまで足を運んだ。しかし長尾の反応は冷たかった。いくら説いても真相を語ろうとしない長尾を見て、岩本は「ザ・ウォール」に挑戦することを決意した。
感 想 等
( 評価 : B )
 日本初の本格クライミング小説、しかも「クリフハンガー」(ジェフ・ロヴィン)や「復讐渓谷」(ジェフ・ロング)のように冒険小説や犯罪小説的な要素を絡めない、純粋なクライミング小説を送り出したことにまず拍手したい。
 内容的には、江藤の死から1年経っているというのに今さらここまでする動機として果たして納得性があるのか、前半の和田や永田との話は果たして必要か、1年ものブランクを経ていきなり挑戦する無謀さ、など引っ掛かる点はある(クライミング描写については、私自身が評するだけの知識を持っていないので控えさせて頂きます)。
 それでも、ラストの真相が明らかになるシーンでは、これまた人によって考え方そのものに賛否はあるかもしれないが、男の生き様として個人的には十分打たれるものがあり、多少甘めながら「B」評価とした。
山  度
( 山度 : 70% )
 前半は、足で情報を稼いでいくミステリータッチな展開で、クライミングを謳いつつも周辺描写で終わってしまうのかという危惧を抱かせるが、後半ヨセミテに行って、「ザ・ウォール」を登攀するシーンからはクライミング一色。