山岳小説・詳細データ 〜た行〜
 
 
 
作 品 名
「ミッドナイト イーグル」(高嶋 哲夫、2000年)
あらすじ
 フォトジャーナリスト西崎勇次は、常念岳での冬の北アルプス撮影中に、謎の飛行物体が墜落するのを目撃、親友の新聞記者・落合信一郎とともに、その正体を確認するために山に入った。ところが、北ア・天狗原方面への入山は、なぜか自衛隊による厳戒体制下にあった。
 同じ頃、西崎の別居中の妻でフリーライターの松永慶子は、米軍横田基地に潜入してMPと撃ち合いを演じ逃走している平田トシオという男を探していた。平田は何者かに追われており、慶子と相棒のカメラマン・青木は、平田とその恋人・智恵を助けながら真相を探っていた。
 銃撃された自衛隊員・伍島を助けた西崎、平田の怪我を手当てして逃亡に手を貸した慶子は、それぞれ驚愕の事実を耳にする。米軍が北朝鮮を爆撃するために横田基地から最新鋭のステルス機・ミッドナイトイーグルを飛ばしており、それを阻止するために横田基地に潜入した北朝鮮の工作員・平田が仕掛けた爆弾によって、ステルス機が墜落したというのだ。その墜落場所が北アルプスだった。しかも、ステルス機は核弾頭を搭載しているという。
 核を北朝鮮から守るために派遣された自衛隊と北朝鮮との激闘、伍島とともに核死守を図る西崎ら・・・。北朝鮮工作員が始動させたタイマーで核弾頭爆発の時が近づくなか、東京でタイマー解除の暗号を探るために奔走する慶子。日本を被爆から守ることはできるのか。
感 想 等
( 評価 : A )
 「遥かなり神々の座」、「ホワイトアウト」など山岳冒険小説の名作にも勝るとも劣らない傑作。緊迫した展開は、読む者に息をつく暇さえ与えない。特に後半は一気だ。
 家族愛、自己犠牲、そうした見ようによってはクサイとも言えるものが、無理なく自然に描かれている。
 (ネタばれになりますが、)私の安易にして単純な性格上、ラストに向けての大団円を予想していただけに、悲しいエンディングに涙がこぼれ落ちました。最近読んだ中では文句なく一番の傑作である。
山  度
( 山度 : 40% )
 物語は東京と北アルプスで同時進行。冬の北アルプス、吹雪の天狗原とくれば、山岳小説としても読み応え充分。
 
 
 
 
作 品 名
「満天キャンプの謎解きツアー かつてのトム・ソーヤたちへ(高野 結史、2023年)
あらすじ
 札幌伏見署刑事課の霧谷歩子(きりやほこ)は、ポケットに退職届を入れたまま悩んでいた。激務に耐えかねて辞めていく同期も多いなか、生真面目な歩子は、出世や手柄よりも、持ち前の正義感から仕事に邁進していた。ところがある時、署長の記者会見のためというだけの理由で理不尽な扱いを受けた歩子は、警察という組織に対して幻滅していた。30歳を前に刑事を辞める決心もつかず、以前のような仕事への情熱を失ったまま、精細を欠いた日々を送っていた。天幕という男に出会ったのは、そんな時だった。
 キャンプ場でバーベキューをしていた最中に、母親と一緒に参加していた5歳の増田来夢くんが行方不明になった。雨で川が増水しており地域課は水難事故の線で調べていたが、母親は誘拐だと訴え続けていた。その現場で捜査に協力してくれるキャンプガイドとして紹介されたのが天幕だった。誰もが事故だと考えていた中、天幕は不思議な観察眼と推理で来夢くんを見つけ出し、無事、事件を解決に導いたのだった。
 来夢くんを連れ去ったのは実の父・増田孝之だった。最近増えているという、いわゆる実子誘拐だ。夫のDVを主張する妻、母親の育児放棄を主張する父。両者の主張は食い違い、事態は平行線を辿るかと思われた。しかし天幕は、家族3人と歩子をバーベキューに誘い、野菜嫌いの来夢くんの偏食を直しただけでなく、家族を仲直りさせてしまった。謎の多い、掴み所のない男だった。以来、歩子は、天幕がガイドを務める満点キャンプに客として参加するようになったのだった。(第一話「バーベキュー大捜査線」のあらすじ)。
感 想 等
( 評価 : C )
 キャンプや釣り、登山などの最中に起きた事件を、 悩めるアラサー刑事・霧谷歩子がキャンプガイド・天幕の協力とアウトドア知識の助けを得ながら解決するキャンプ推理小説という体の連作短編集。
 前半を読んでいる間はちょっと微妙かなと感じていたが、読み進めるうちに馴染んできて、最終話の意外な展開と、連作短編集らしい繋がりの演出で読後感は良い。各話とも単純な推理小説ではなく、ミステリーとしての一捻りとに加えて叙情譚的な深みも盛り込まれており楽しめる。ただ残念ながら、歩子がどこまで刑事としての矜持を取り戻したのかまではうまく伝わってこなかった。
 「かつてのトムソーヤたちへ」という副題は作者の思い入れの表れだろうと思うが、トムソーヤとハックルベリーフィンの話をあまり覚えていない身としては、その思い入れは理解できなかった。もっとも、分からなくても作品を楽しむのに影響はない。気楽に楽しめる作品。
山  度
( 山度 : 10% )
 キャンプ、釣り、キャンプ飯、ハイキング、登山・・・とアウトドア要素は色々と盛り込まれているが、実際のアウトドアシーンの描写、特に登山感は低い。舞台として八槍山という山が出てくる、モデルは八剣山だろうか。
 
 
 
 
作 品 名
「青春登山大学」(高野 亮、2003年)
あらすじ
 中学卒業後、叔父のつてを頼って日本鉄鋼株式会社に養成工として入社した天馬和義は、真面目に仕事に取組む一方で、日本鉄鋼の相撲部と夜学の柔道部に席を置くスポーツマンだったが、養成工同期の友人に連れられて丹沢の沢登りに行って以降、山登りに惹かれるようになっていった。夜学卒業を機に相撲部も辞め山岳部に入部した天馬だったが、岩壁登攀にのめり込むに従ってパートナーがいなくなり、より高度な登攀を求めて青春登山大学へ入学した。
 天馬は同期の堀内とともにガムシャラにあちこちの岩壁を登攀、わすか1年半で準学士から学士に進級。そんな折、たまたま募集していた大学のグランドジョラス北壁登攀に堀内とともに参加、そこで学部長の蜂須賀政男に認められ、青春登山大学の「飛竜」と呼ばれるまでに成長していった。
 グランドジョラスで5本の指を凍傷で失い、それが回復した直後に福山へ転勤、さらにビールスに感染しての入院と不遇が続いたが、退院後に大学をあげて実施されたジャヌー北壁登攀に参加し活躍。ついには青春登山大学のチーフリーダーにまでなった。しかし、天馬はそれで満足することなく、新たな登山スタイルの確立を目指し、グランドジョラス北壁ソロへと挑戦していった。
感 想 等
( 評価 : C )
 山学同志会の今野和義をモデルにした小説であるが、途中から、すなわち実際には谷川岳で亡くなっている今野氏が生きていたら…という想定のもとに、その後の登山界の潮流を描いている。
 今野和義という人物にノンフィクションも含めてここまで焦点を絞った本は読んだことがなかったのでそれなりに楽しめた。山にドップリという雰囲気もうれしい。
 が、なぜ大学というスタイルにしたのかよくわからない(もともと山学同志会のシステムが独特のもので、その点数制が大学の単位に似ていることから、山岳会ではなく大学にしただけという感じですが…)。また、1つ1つの登攀についてはあまり描写されていないためやや迫力に欠ける。敢えて実在の人物をモデルにして何を訴えるかという点から考えると、比較して失礼であるが、新田次郎のモデル小説より物足りなさを感じる。
山  度
( 山度 : 90% )
 前記の通り今野和義をモデルにした小説であり、普段のトレーンングぶりから青春登山大学(山学同志会)の描写等々山度は極めて高いが、その割に実際の登攀シーンがあまり登場しないのが残念。



作 品 名
「分水嶺」(高橋 玄洋、1977年)
あらすじ
  北西建設の設計課に勤める井沢良介は、義父から課長昇進内定を聞かされてほくそ笑んだ。大学時代の恩師で北西建設の顧問も務める義父・榊原教授の引きもあったが、何よりも元上司の宇野木常務に仕事振りを認められたからだ。にも係わらず、井沢の心はなぜか晴れなかった。そんな時、いくらでもツケで酒を飲ませてくれる取引先の橘土木・橘社長に飲みに誘われ、梯子酒の挙げ句に、最近情婦に持たせたというバーに連れて行かれた。そこで見掛けた橋本芳江というホステスを見て、井沢は驚きを隠せなかった。井沢のかつての婚約者で、甲武信岳で亡くなった瀬川阿紀にソックリだったのだ。
 阿紀との出会いは10年以上前。学生だった井沢が、中央線で偶々見掛けた阿紀に一目惚れしたのだった。阿紀がT女子大の学生だと知った井沢は、藁にもすがる思いで、榊原教授の娘でT女子大に通う佐智子に仲介役をお願いした。偶然にも阿紀と佐智子が親友だったことから、井沢と阿紀はデートするようになった。そして、次第に愛を深め、ついには結婚の約束をするに至ったのだった。結婚間近のある日、井沢と阿紀、そして佐智子の3人は、甲武信岳登山に出かけることになった。ところが、その途中で阿紀が崖から転落してしまい、2泊3日の捜索にもかかわらず阿紀は見つからず、遭難死として処理された。大切な人を失った井沢と佐智子はいつしか付き合うようになり、阿紀の死の1年後に2人は結婚したのだった。
 かつての恋人とソックリの橋本芳江が気になって仕方がなかった井沢は、芳江にホステスを止めさせて、広尾のマンションに住まわせた。井沢は橋本芳江の過去を調べたが、彼女は記憶喪失で、どこの誰かは分からなかった。しかし、阿紀を知る人を訪ね歩き、ホクロの位置から、死んだとばかり思っていた阿紀と橋本芳江が同一人物だと判明した。それからというもの井沢と阿紀は、記憶を取り戻すために2人の思い出の場所は歩き回ったが、阿紀の記憶はなかなか戻らなかった。
感 想 等
( 評価 : B )
 なんともやるせない話である。最初、井沢良介や橋本芳江の自堕落な生活振りを見た時は、「何だろう、この人たちは」くらいにしか思わなかったが、そこに至る背景や経緯が明らかになるつれ、やるせなさが募ってくる。誰もが幸せを望み、そこに向かって真面目に生きてきたはずなのに、ちょっとしたボタンの掛け違いで、人生という川は分水嶺のこちら側とあちら側のように、全然違う方向へと流れて行ってしまう。
 記憶喪失という設定は、今はあまり見かけないが、当時は恐らく時々用いられた手法だろう。「男女の愛憎のもつれ」などと言ってしまうと三流メロドラマのようだが、もしかしたら起こるかも、とも思わせられる。良介、阿紀そして佐智子のキャラも上手く、また湯佐平九郎がいい味を出している。
 高橋玄洋という作家さんの存在は知らなかったが、テレビの脚本家としてはかなり有名で売れっ子だったそう。ちょっとした拾いものをした気分だ。
山  度
( 山度 : 10% )
 登山のシーンは、前半阿紀が遭難するシーンと、後半、井沢が阿紀の記憶を取り戻すために同じ道を辿るシーンの2箇所のみ。



作 品 名
「ぐるぐる登山」(高橋 陽子、2014年)
あらすじ
  500人に1人現れるという特異体質・ケンゲン(顕現)。そんな特異体質を持つ少女が、たまたま同じ小学校に4人も在籍したことで4人は強い絆で結ばれ、小学校の遠足で扁平山に来て以来、卒業や誰かの誕生日など事あるごとに扁平山登山に出かけるようになった。29歳になる今も、4人は扁平山を訪れていた。
 ときどき顔が変形してしまうという「風の顕現」を持つ井刈は、カメラマン志望で同業の大谷くんのことが気になっている。自分に冷たく接する母親との関係が悩み。
 身体の一部が光る「火の顕現」を持つ苺(まい)は、勤務先の妻帯者と不倫関係にあったが、社内の女性にバレてしまったことであっさりと男に捨てられてしまう。
 水に触れると身体が透明になりふやけてしまうという「水の顕現」を持つ水奈は、お菓子やケーキを作ることが好きで、カフェを開くことが夢。中学校の同級生だった長谷川にずっと付きまとわれ、引っ込み思案になっていたが、新しい出会いが水奈を変えつつあった。
 頭の中に土地があり雨が降ったり草が生えたりするという「土の顕現」を持つ香音(かのん)は、頭の中に未来の映像が見えるという特技を活かして、占い師として生計を立てていた。29年間、1度も男性と付き合ったことがないのが悩み。
 4人は扁平山を登りながら、お互いの近況やそれぞれの悩みを語り合うのだった。
感 想 等
( 評価 : C )
 アラサー女性4人それぞれが、恋にときめき、そして傷つき、親との関係に悩みながらも、夢に向かって一歩踏み出していく。そんな4人の人生ストーリーを描いた連作短編集。
 男性が読んでも共感できる部分はいろいろある。が、どうしても気になってしまうのが「顕現」という設定。小説でもマンガでも、特殊能力・特異体質を持つ人物が登場するものはたくさんあるが、個人的な印象としては、エンタテイメント系作品が多いのではないかと思う。その世界観に入ってしまえば何の違和感もなく楽しむことができるのだが、身の回りの出来事を描き、特異体質以外は普通の世界となると、どうしても違和感が抜けない。感じ方は人それぞれかもしれないが、普通の世界を描くのであれば、悩みや劣等感のようなものも、身近なものにしてほしかったと思う。
山  度
( 山度 : 10% )
 4人それぞれの話の前と後に、「ぐるぐる登山」と「ぐるぐる下山」という話が配置されているが、4人の会話が中心ということもあり、風景描写は少なめ。扁平山という山は架空の山だと思うが、イメージ的には高尾山。
 
 
 
作 品 名
「ななかまどの紅に魅せられて」(隆林 徹廣、2002年)
あらすじ
 河村千太郎は、昼食を食べに入った会社近くの食堂「一心」で、壁に飾ってあった1枚の写真を見かけ心惹かれた。それは北穂から撮った槍ヶ岳の写真で、「一心」の主人によると郷田好則という人が置いていったという。千太郎に登山経験はなかったが、どうしてもその写真と同じ景色を見てみたくなった千太郎は、ガイドブックと山道具を買いそろえた。
 秋のとある日、上高地から北穂を目指した千太郎は、途中でバカでかいリュックを背負った坂井直樹というカメラマンと知り合いになった。直樹はイヌワシの写真が撮れるまで、来春まで北穂にいるつもりだという。初めての登山で経験と体力のない千太郎は涸沢ヒュッテで1泊して引き返すことにしたが、元来引っ込み思案だった自分が、山を介することで「一心」の主人や直樹と仲良くなれたことに不思議な思いを抱いていた。
 山行から諏訪の家に帰った千太郎は、体力をつけるために近隣の山に登り始め、山道具店の店長・原田に連れられて雪山の練習も行った。一方、直樹の恋人・世津子は湯沢でスキーのインストラクターをしていたが、直樹が穂高に行くようになってから直樹の自分に対する態度がどこか変わったように感じていた。
 2月、久しぶりに下界に降りてきた直樹を迎えた千太郎は、直樹について北穂まで行こうと心に決めていた。と、そこに世津子が現れた。直樹、千太郎、世津子の3人は、それぞれの思いを胸に秘め、冬の北穂へと向かった。
感 想 等
( 評価 : B )
 たまたま見つけた本書、出版社も聞いたことないし恐らく自費出版だろう。一人よがりの展開の小説でなければいいけれど・・・くらいの気持ちで手に取った本書だったが、予想に反してなかなか良かったです。千ちゃんや直樹、世津子のキャラがそれぞれしっかり描かれているし、イヌワシの生態観察や登山の知識などもしっかりしていて、千ちゃんの気持ちにとてもシンクロしてしまいました。
 タイトルと中身が必ずしも合ってない気もしますが、それでもこのタイトルは惹きつけるものがあってGoodだと思います。ということで、少し甘めですが、評価も「B」にしちゃいました。
 ミステリーや冒険小説でもなく、純粋に山を舞台に人間を描くこういう小説がもっと増えてくれればうれしく思います。
山  度
( 山度 : 80% )
 山のシーンは北穂がメインですが、八ヶ岳や谷川岳なども少し出てきます。
 
 
 
作 品 名
「マークスの山」(高村 薫、1993年)
あらすじ
 昭和51年秋、北岳麓の飯場で登山者が撲殺され、岩田幸平という作業員が逮捕された。同じ頃、すぐ近くで一家心中があり、子供だけがかろうじて脱出して助かったものの、精神障害が残った。
 平成元年、同じ現場で白骨死体が発見され、これも自白により岩田の犯行とされた。同じ時、強盗障害でマークスも逮捕された。
 そして平成4年。、弁護士の林原、暴力団員の畠山、と一見無縁に思える連続殺人が起こった。さらに、林原の仲間である松井、同じく仲間である木原の夫人と連続殺人が進むに連れ、事件は意外な結びつきを見せ始める。
 殺人犯マークス。マークスが獄中で掴んだ秘密とは。彼を追い詰める警視庁捜査一課合田刑事。ついにマークスは何かを求めて吹雪の北岳山頂を目指す。
感 想 等
( 評価 : D )
 緊迫な展開と見事な心理描写、さすがと言わざるを得ない。ただ、筆者が鋭すぎるのか、私の頭の回転が鈍いのか、時々主人公の思考回路について行けないことがある。
 第109回直木賞受賞。94年版「このミステリーがすごい!」第1位。映画化もされた名作・・・もう一回読み直してみようかなぁ・・・。
山  度
( 山度 : 5% )
 山というものが一つの重要な要素になってはいるものの、実際の山岳描写は少ない。
 
 
 
作 品 名
「富士山」(田口 ランディ、2004年)
あらすじ
 医学生として勉強していたが、生きることの意味を見いだせずに宗教団体に入信した岡野。富士山麓の研鑽所で修行をしたがやはり同じだった。体調を崩し、ボランティア団体の支援もあって脱退した岡野は、感情という磁場のないコンビニを好み、そこでチーフとして働いていた。一方、家族の中で自分の居場所を見出せずに、自殺未遂を繰り返すバイトのこずえ。そんな2人の心の交流物語「青い峰」。
 この他に、中学卒業記念に樹海で一晩過ごそうとやってきた少年3人組の心象を描いた「樹海」。富士山麓のゴミ屋敷と呼ばれる家で1人暮らしをする老婆と、それを見守る市役所環境課職員の不思議な関係を描く「ジャミラ」。妊娠中絶が許せずに看護婦を辞めようと考えている女性、事故で子どもを流産した中年女性、末期がんに冒された老女らが参加した富士登山ツアー物語「ひかりの子」、の4編を収める。
感 想 等
( 評価 : C )
 生きることに苦しみ、生きることの意味を見出せず、生きる意味を探してもがいている。そんな人たちを、いつも富士山は母親のような愛情で包み、励まし、勇気付けてくれる。
 富士山を絡めた人間模様4編。その1つ1つが、誰しもが心のどこかで感じている矛盾や苦しさを代弁してくれている気がする。私も富士山は大好き。富士山は何とも言えずいい。日本の象徴だ。これを読んで自分を見つめなおし、そして富士山の勇姿を見て新たな気持で出発して欲しい。
山  度
( 山度 : 10% )
 実際の登山シーンがあるのは「ひかりの子」のみ。でも、富士山をいつもそばに感じることができる。それがこの作品のいい所です。
 
 
 
作 品 名
「ワンダー・ドッグ」(竹内 真、2008年)
あらすじ
 1989年、空沢高校入学式に、一人の少年が遅刻してきた。少年の服はボロボロに破けており、胸元には子犬がすっぽりとおさまっていた。自転車で登校中に車と接触事故に遭い、幸い怪我はなかったものの、歩いて登校することになって遅刻してしまったのだった。その途中で、捨てられていた子犬を拾ってきた。それが、甲町源太郎と犬のワンダーの出会いだった。
 マンション暮らしのため家で犬を飼えない源太郎は、犬を泊めてくれる人を探しているうちに、中庭にテントを張っているワンダーフォーゲル部に辿り着いた。部員数はわずかに3人。新入部員が入らなければ潰れかねないワンゲル部は、犬を預かることを条件に甲町を入部させた。子犬は、部名にちなんでワンダーと名付けられた。そこからワンゲル部とワンダーの交流、空沢高校でのワンダーの生活が始まった。
 ワンゲル部が面倒をみることを条件に、犬を飼うことを学校側に認めさせた部員たち。部員犬となったワンダーは学校の生徒たちからも愛された。代々、ワンダーを育てていくことが、空沢高校ワンゲル部の伝統となった。
 甲町が卒業した年に、初めての女子部員として知草由貴が入部した。由貴はワンダー目的でワンゲル部に入部し、登山には興味がなかった。しかし顧問の大地先生の策略もあって知草はクライミングを始め、まだまだ競技人口が少なかったクライミングの世界で入賞を果たした。
 その後、源太郎が空沢高校に教育実習に訪れ、ワンダーに関するテレビ番組製作と本が出版され、ワンゲル部OB会が開催された。
感 想 等
( 評価 : B )
 空沢高校ワンダーフォーゲル部の一員となった犬のワンダーを軸に描かれる短編連作集。文学的な表現をあまり用いないで平易な文章で書かれているため、あたかも児童書を読んでいるような感じだが、ストーリーも素直でストレートで好印象。いわゆる悪人が一人も出てこないのもいい。
 もの凄い盛り上がりを見せるわけではないが、爽やかな学園ものといった感じで、読んでいて楽しい気持ちになる。きっとこうなるに違いない、そうなって欲しいと思う通りに展開する気持ち良さがある。
山  度
( 山度 : 40% )
 ハードな山行シーンが出てくるわけではないが、ワンゲル部ということで総体での登山競技の話が出てきたり、クライミングコンペの話があったりと、今までの山岳小説にはあまりでてこなかった類の内容で、これはこれで面白い。
 
 
 
作 品 名
「日高」(立松 和平、2001年)
あらすじ
 4年生の小田切昇をリーダーとする大学山岳部男女6人のパーティは、北海道ではまだ真冬とも言える3月に、日高山脈最高峰幌尻岳への14日間山行に臨んでいた。
 昇は2年の長谷川裕子に思いを寄せていたが、彼の親友柳沢健も裕子が好きなようだった。この山行中に裕子の気持ちを確かめたいと思っていた昇は、思いもかけず裕子から気持ちを打ち明けられ、幸せに浸っていた。
 遭難しそうな猛吹雪を乗り越え、一行は十の沢出会いで雪洞を掘って泊った。その晩、雪崩が彼らを襲った。昇はデブリに閉じ込められながら夢を見ていた。大学山岳部OBの赤坂さんから聞いた遭難の話、裕子と2人で山行に出かける夢、裕子と結婚し、子供が生まれ…。
感 想 等
( 評価 : C )
 所々にある用語説明調の部分がやや気になるものの、雪山での遭難、そしてそこから生き延びようとする思いに、真正面から取り組んだ力作。ただ、ちょっと分かり難い。夢の中身はアイヌの言い伝え、神のもとへと帰っていくということなのか…?
山  度
( 山度 : 90% )
 合間合間に夢という形で様々なエピソードが挿入されているが、ずっと雪山を舞台に、山男と山女の生と死、愛を描いており、山度は満点。その意味ではなかなか浸れるのではないでしょうか。
 
 
 
作 品 名
「白き神々の座にて」(田中 光ニ、1978年)
あらすじ
 私、長田治はテレビディレクターという職を投げうち、私財をはたいてイエティと呼ばれる雪男探しに人生を賭けていた。しかし、これまで2回の遠征は見事に失敗に終わっていた。
 3度目の今回は、テレビとのタイアップによる探検で、イエティを目撃したというイギリス人アルピニストのスコット、私の大学山岳部後輩である木俣に、テレビクルー2人を加えた5人で、ナンダ・デヴィ南方のジョシマ氷河に来ていた。
 4日目のこと、囮として仕掛けた肉を味見した痕が見つかり、スコットは肉に強力な麻酔薬を仕込んだ。その翌日、悪天を突いて囮を見に行くと、そこにイエティらしき足跡が残されていた。しかも麻酔がきいてるらしくよろけているようだ。天候は最悪だが、スコットは猛然と足跡を追い始めた。危険を感じた私は、スコットを連れ戻そうと彼の後を追った。突然、スコットの銃声がした。急いでスコットの元へ向かおうとした私は雪庇を踏みぬいてしまった。
感 想 等
( 評価 : C )
 短編ながらしっかりとした構成、背景設定、意外な結末とよくできている。逆に短編だからこそ面白いとも言える。この作家の作品は初めてだが、他も読んで見たい気にさせる良品である。
 「雪男」が出てくるこの展開は、ちょっと「エサウ」(フィリップ・カー)を思い出すが、本作品の方が1978年とずっと前。しかも古さを全く感じさせない。
山  度
( 山度 : 80% )
 山については、あくまで舞台としての山なのでこと細かに描かれているわけではないが、無理なく自然に描かれていると思う。
 
 
 
 
作 品 名
「山によみがえる」(田中 澄江、1971年)
あらすじ
 信州の旅館"片おか"の一人娘・てるみは、看護婦になるため東京の聖マリア短期大学に通うことになった。信州の高校の1年先輩で仲良しの島崎はるえが通っていたからということもあるが、てるみは信州の実家が嫌でしょうがなかったのだ。父と母は仲が悪く別々に暮らしており、てるみは母と一緒に暮らしていた。てるみは母のことは好きだったが、何かと言うとてるみを自分の思い通りにしようとするのが嫌だった。東京行きも大反対されたが、学校の先生の口添えもあって、渋々了解したのだった。
 東京に来てから、熱海の十国峠で、また高尾山から陣馬山への道で、遭難しそうになったところを、聖マリア短期大学付きの病院に勤める小池先生に助けられたてるみは、はるえや母に小池先生との関係を誤解されたことにうんざりした。そのことを、小池先生にいろいろと相談しているうちに、てるみは本当に小池先生のことが好きになってしまった。しかし、小池先生は下宿先の吉本病院の女医・ちず子のことが好きだった。
 てるみの小池先生への思慕、母との確執、自分の儚い過去ゆえにてるみを男性から遠ざけようとする母・たつのの思い、片おか旅館の女中・せいどんの息子・雪雄のてるみへの思い、父・信次の気持ち・・・そんな人々の思いが交錯する。
感 想 等
( 評価 : D )
 「花の百名山」で有名な田中澄江氏の青春恋愛小説。深田久弥氏同様に田中氏も本職は劇作家・小説家でありながら、副業の山に関する随筆で有名だが、本書を読むとそれもむべなるかなという感じがする。
 本作品は、多感でナイーブな乙女・てるみの恋や家族への思いを瑞々しく描いた青春小説。そういうと爽やかな感じなのだが、主人公の揺れ動く繊細な気持ちと多感さは、ともすると周囲が見えていない自分勝手で一人よがりとの印象があり、やや辟易する感はぬぐえない。まぁ、よくある少女マンガ的な展開・設定といえばそれまでなのだが・・・。もう少し共感できるような流れが欲しい。
山  度
( 山度 : 10% )
 山についてはポイントポイントでアクセントとして登場。小池先生とちず子先生が信州に来る場面では、槍や燕など山のシーンが描かれている。
 
 
 
 
作 品 名
「K2」(田中 良彦、2013年)
あらすじ
 内田和夫は穂高から長崎に帰ると、安井由佳に連絡して、駅前のNホテルで会った。内田は、長崎の名門高校山岳部を卒業して福岡の警備会社に就職したものの、山に行く時間が取れないことを理由に1年3か月で会社を辞め、1年のうちで半年間アルバイトをしたら、残りの半年は山に行くという生活に入った。安井由佳は高校山岳部の同級生で、長崎の病院でレントゲン技師をしていた。内田が警備会社にいた時に、福岡の医療技術短大に通う彼女と再会し、半同棲の生活を送るようになった。安井由佳が就職で長崎に戻ってからも2人の関係は続いたが、45歳になる今もお互い独身のままだった。一緒になろうと言った時もあったが、いつも内田が山に行ってしまうため、話がまとまらなかった。
 穂高から戻った内田は、ホテルに2泊した。安井由佳は被爆者である年老いた両親を原爆記念式典に連れていくために外出した後、夕方また戻ってきた。そう言えば、内田の父も被爆した経験があると、最近突然言われた。穂高から戻ると、内田は宅配弁当屋で配達のアルバイトを始めた。毎日昼前と夕方、決まった時間にお弁当を配達 して回るのが仕事だ。
 ある雨の日のことだった。山根という高齢男性の家に30分も遅れて配達に行くと、奥から山根さんのうめき声が聞こえてきた。急いで中に入り、救急車を呼んだ。タイミングが良かった。2週間後、退院した山根老人と再会。その老人は1956年マナスル登山隊の一員で、今でも山岳会に顔が利くと言う。しかも、内田がK2に憧れていると聞いて、お礼にスポンサーを探してくれるという。内田は半信半疑ながらK2に向けてトレーニングをすることを決め、弁当宅配屋を辞めて老人ホームに転職した。
 1年経っても、山根老人からは何の連絡もなかった。その間、安井由佳から別れを切り出されたが、内田は何も言えなかった。ある日、施設に来た新規入所者の中に山根老人がいるのを見て内田は言葉を失った。しかも、認知症が入っているという。目の前が真っ暗になった内田は、安井由佳に相談することもできず、佐世保に暮らす母親に電話した。父の具合が悪いと聞き、内田は実家に帰ることを考え始めていた。ところが・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 2012年の九州芸術文学賞で長崎地区優秀作を取った短編。九州文化協会が出している「九州芸術祭文学賞作品集 2012」に収録されている。
 主人公は、人生の折り返し地点を過ぎた45歳の独身男性。海外の山に挑戦したいという夢を追いつつも、年老いた両親と、20年間もズルズル付き合ってきた彼女を前に、人生に悩んでいる。そんな男の優柔不断で中途半端な薄曇りの人生の雰囲気がよく出ている。おそらく著者自身の人生を描いているのであろう。年齢が近い人ほど共感できるに違いない。
 ラストは想像していた展開とちょっと違ったが、そうであれば余計に、男の苦悩とか葛藤をもっと深く書き込んでも良かったのではないかと思う。被爆者にまつわる話は、広島や長崎など被爆地ならではの話で考えさせられる。
山  度
( 山度 : 20% )
 山に関していえば、話の本筋には影響しないものの、ちょっと引っ掛かる部分がある。K2を目指し、1年の半分も山に入り浸っているような男が、穂高には10回しか行ってなかったり、岩場に通っている様子が無かったり、冬の大キレットで怖くなったという話などが出てくる。そして、8000m峰はおろかヨーロッパアルプスの登攀経験も、国内での目ぼしい記録も持っていないような男が、K2登山隊に招待されるなんてあり得るだろうか。年齢から逆算すると、2010年代前半の話となるので、いっそう信じられない。
 
 
 
  
作 品 名
「エベレストの虹」(谷 恒生、1987年)
あらすじ
 女優松原悠子は、一度対談しただけの登山家・風間剣策の持つ強烈なパーソナリティに惹かれ体を許した。悠子は風間のことが気になって仕方ないものの、仕事で八木沢監督の映画撮影に入った。
 風間は厳冬期エベレスト初登頂という名誉と、女優松原悠子を射止めたという話題性でマスコミの寵児となる野心を持っていた。風間は自らの野心を達成すべく、風間隊ともいうべき少数精鋭の隊で、エベレストへと出かけていった。
 監督の八木沢は所詮二流に過ぎなかったが、松原悠子を見て脚本の着想を得、登山界の若きエースと女優の恋愛映画を撮ろうとしていた。そして、この映画を興行的に成功させるために、風間の遭難死を密かに期待していた。
 天才風間はスピード登山を試み、一気に7900mにアタック・キャンプを設営。単独でアタックをかけるが、天候に阻まれた。続いて加賀島と出かけた2回目の挑戦で、風間は遅れる加賀島を残して1人登頂を目指した・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 売れっ子女優と登山界のエースという華やかな人物を中心に据える一方で、二流監督やサポート隊など野心を抱きつつもそれを果たせない男たち。そこに渦巻くエゴイズムの浮き立たせ方は心憎いばかりだ。
 ただ、風間の天才ぶり、鉄人ぶりを際立たせるためか、前半部分のうち高所登山の描写が甘い感じがしてリアル感に欠けた。物語も全体的には何を言いたいのか今ひとつかわからず、苦心の登攀シーンのわりに報われない感じがした。
山  度
( 山度 : 50% )
 エベレスト登山、その迫力は伝わってくる。ただ、ここまでの極限になると、もはや文章でいかに表現しても表現できるものではないのだろう。後半は山度も濃く、読み応えあり。
 
 
 
作 品 名
「鎮魂花」(谷山 稜、2001年)
あらすじ
 谷川恒次は、大学山岳部の先輩・高木と、同期の平岩の3人で冬の鹿島槍に挑んだ。途中、平岩が落石の直撃を受けるというアクシデントがあったものの、3人は鹿島槍登頂を果した。「山は男だけの孤独な世界」「男だけの純化された世界」と信じる谷川にとっても、最高の山行だった。
 鹿島槍以来山にも行けずにいるうちに初夏になってしまった。製薬会社の研究所で働く谷川が休日出勤したとある日、食堂で落田香子という女性と出会った。どこか高山植物に似た雰囲気を持つ香子は、谷川に山に連れていってほしいという。香子に惹かれつつも、山は男の世界と信じる谷川にとって、香子と山へ行くことは山への冒涜でしかなかった。
 香子にせがまれるまま霧ヶ峰、八ヶ岳、五竜と山行を供にするにつれ、山と香子という谷川の中の自己矛盾は大きくなっていった。谷川は答えを求め、山と会話するために単独で裏銀座へと出かけた。嵐の鷲羽岳で生死を賭けて山と対峙し、山の声を聞いた谷川は、山に導かれるように雲の平、高天原へと踏み入っていった。そこで谷川が見たものとは…。
感 想 等
( 評価 : C )
 タイトルがいい。「鎮魂歌」の「歌」を敢えて「花」としたのは、「花=香子」であり、「香子=山」ということだろう。本書のタイトルはすなわち「鎮魂山」であり、命の源、存在そのものである山への尊敬・憧憬が込められているのではなかろうか。
 ただ、そうした山への思いの表現として、後半部分はやや精神世界に入りこみ過ぎていてわかりにくい。文章が非常に読み易いだけに、最後まで現実世界の中で書いて欲しかった。
山  度
( 山度 : 90% )
 久しぶりの本格山岳小説というのがうれしい限り。冬の鹿島槍に始まって、霧が峰、八ヶ岳、五竜、槍、鷲羽、雲の平・・・と多くの山が登場する。
 
 
 
作 品 名
「ガラスの塔」(千坂 正郎、1959年)
あらすじ
 小塚義明は田崎とともに冬の八ヶ岳に来て吹雪に閉じ込められ、田崎が死亡。小塚自身も辛うじて命は助かったものの、凍傷で足の指を切断し、びっこをひくようになってしまった。
 その少し前、スキー場で最愛の婚約者・栗原加津子を亡くした小塚は、事件後勤めていた大手製作所を退職し、小さな鉄工所に勤めるようになった。小塚は常に暗い陰をまとい、変人と呼ばれていた。しかし、彼が自らの手で作ったハーケンは、いつしか若いクライマーの間で一種のステータスとなっていた。
 加津子の従兄弟・恵子は、妻子を亡くして元気のない実業家の叔父・栗原のために、事業としての山荘経営をしたいと考えていた。山を知るために親友・康絵に連れてこられた穂高で、恵子は遭難救助の現場に出くわした。遭難者の大学生が使っていたのが小塚のハーケンだった。死んだ大学生の先輩鮎川は、若者を危険な登攀に引きずりこむ小塚を憎んでいたが、恵子は小塚の話を聞くうちに人間としての魅力に惹かれ、小塚を立ち直らせるととができるのは自分しかいないと思うようになった。
 恵子の山荘は剣岳・三ノ窓に建てられた。頑丈に作られたものの、例年にない大雪のせいで危険にさらされていた。小屋の様子を見に出かけた小塚は、恵子達が来るまでの間、剣岳八ツ峰登攀に出かけ吹雪に閉じ込められた。一方、小屋の倒壊を防ぐために現地に来た恵子は、小屋のことよりも小塚の方が気になっていた。
感 想 等
( 評価 : B )
 ガラスの塔=氷をまとった剣岳として描かれているが、それは小塚の、あるいは恵子の心象風景のかもしれない。過去を引きずりながら生きる小塚、山から離れられない小塚の姿は、当時に相当数いたであろう山好きの若者達のプロトタイプにように見える。
 格段、明るいわけでも、情熱的なわけでもないこの小説には、なぜか人を惹きつけるものがある。それは、どこか自分自身の中にもある心の葛藤ゆえではないだろうか。
山  度
( 山度 : 80% )
 冬の八ヶ岳、早朝の穂高、雪に閉ざされた剣、山が次々と登場するだけでなく、何より山の雰囲気がふんだんなのがうれしい限り。小塚という人間は、当時よくいた山ヤの典型ではないだろうか。その意味で、その頃を知る人にとっては、郷愁を感じる作品であろう。
 
 
 
 
作 品 名
「赤石岳 謎の遭難 リニア中央新幹線建設計画の隠された真実(出利葉 義次、2022年)
あらすじ
 日本レールウェイ東海梶iJTW東海)によるリニア中央新幹線建設が決まり、そのトンネル工事に向けた地質調査が始まった。JRW東海から地質調査を受注した大手コンサル会社の東亜地質鰍ヘ、特に困難が予想された静岡地区のボーリング調査を、名古屋の中堅地質会社・名古屋地質鰍ノ委託した。南アルプスを横断し、大井川上流域の地下を貫くトンネル工事は、大井川の流水量変化など自然環境への影響が懸念され、その地質調査は極めて重要だった。同時に名古屋地質にとっても、自社の業績を左右する大事な案件だった。
 7年前の4月、名古屋地質の森田係長ら4人は、南アルプス南部登山の玄関口である椹島に入った。森田らは現地作業員10数名とともに椹島ロッジに宿泊し、ここを拠点に調査を行った。途中、梅雨の長雨を挟んで12月上旬まで調査は続き、分析を経て3月末に報告書が完成した。調査内容が堅く口止めされていたこと、JRW東海の意向でボーリング調査方法が途中で変更されたことなど腑に落ちない点はあったものの、そのことを松田社長も承知していることを知り、森田らは従うしかなかった。
 一方、静岡日報の記者で、登山を趣味とする30代半ばの高木は、リニア中央新幹線の地質調査で不都合な事実が隠蔽されることを懸念していた。現地取材を断られた高木は、登山者のフリをして椹島ロッジや二軒小屋に泊まり、そこで湧水量調査には不向きな先進工法によりボーリング調査が行われていることを知り、疑念を深めた。
 その後、調査結果が公表され、国土交通省の専門家会議なども開催されたが、静岡工区のトンネル工事はなかなか開始されなかった。背景には、ボーリング調査が不十分だとして、大井川への影響を懸念する静岡県の反対などがあった。静岡日報の高木は丹念な取材を続け、トンネル工事に関する記事を書き続けた。
 一方、JRW東海が公表したボーリング調査報告書をネットで見た名古屋地質の森田は、数字に誤りがあることに気付き上司に報告した。ところが、その数字は間違えたのではなく、東亜地質からの圧力により改竄されたものだった。東亜地質からの仕事がなくなると会社が立ち行かなくなることから、名古屋地質の松田社長が下した苦渋の決断だった。しかし、マスコミ等で地質調査のことが取り上げられる度に、松田社長は良心の呵責に苛まされ、体調を崩して自宅療養となってしまった。そんなある日、気分転換のため赤石岳登山に出かけた松田社長が行方不明となった。静岡県警山岳遭難救助隊の必死の捜索にも関わらず行方へ分からなかったが。名古屋地質では、自殺の可能性も含めて捜索したが、行方は分からず仕舞いだった。
感 想 等
( 評価 : C )
 リニア中央新幹線を巡るJR東海と静岡県の対立や、トンネル工事の自然環境や大井川水量への影響は、極めて重大な問題であるにも関わらず一般にはあまり知られていない。これを、小説という形を取って問題提起した作品。本作が、リニア問題を知らしめる一つのきっかけになればと思う。その意味で意欲作と言えよう。
 一方で、目的はよく分かるものの、手段として小説という形が良かったのかはやや疑問。小説だと何が真実で何が創作なのかが曖昧になってしまい、逆にミスリードが懸念される。ノンフィクションでも良かったのではないかと思うが、環境等への影響は本当の所はまだ分からないし、本作の中身に相当のフィクションを混ぜているので、この形となったのだろう。
 内容的には、松田社長と記者の高木が、赤石岳登山で偶然一緒になり、同好の者同士交流を深めるエピソードがうまく効いており、物語に温かみを添えていると思う一方で、聖岳東尾根での遭難事故の話は必然性が低く蛇足感がある。
山  度
( 山度 : 30% )
 評価C。赤石岳を舞台にした作品というのはほとんど聞いたことがなくレアな作品。著者の登山経験、知識の深さも伺える。
 椹島や二軒小屋、大倉尾根など、登山や地名に関するエピソード、うんちくは、一般の人にとっては微妙だが、山好きにはなかなか面白い。
 
 
 
 
 
作 品 名
「天空の祝宴」(堂場 瞬一、2008年)
あらすじ
 岩本空のもとに、旧友の夏海が、相談があると言ってきた。岩本はフリークライマーで、義父の経営するナガサワスポーツの専務兼クライミングジム・コーチだった。夏海は旧友であると同時に、岩本の大親友・クライミングの師だった江藤の奥さんでもあった。プロのクライマーだった江藤は、1年前にヨセミテの「ザ・ウォール」に挑戦して墜死した。夏海が持ってきたノート、そこには江藤が高校の頃から憧れてきた「ザ・ウォール」への想いが書き綴られていたのだ。
 しかし、「ザ・ウォール」は20年前に大崩落があって登攀不能といわれており、江藤もノートの中で『できない』と書いていた。にもかかわらず、なぜ江藤は無謀な挑戦をしたのか。江藤の死から1年経って初めてノートを開いた夏海は、その理由を知りたがった。江藤の死以来、壁が怖くなって山を降りた岩本は、それを乗り越えるためにも江藤が「ザ・ウォール」に挑戦した理由を調べ始めた。
 江藤が墜死した際にたまたまヨセミテにいた江藤の後輩・和田や、クライミング誌「オン・サイト」の江藤番だった永田に話を聞いたが、真相はさっぱりわからなかった。鍵を握っているのは、江藤が墜死していた際にビレイヤーを務めていた長尾だった。長尾は旅行会社のサンフランシスコ支店に勤務していた。長尾に会うためサンフランシスコまで足を運んだ。しかし長尾の反応は冷たかった。いくら説いても真相を語ろうとしない長尾を見て、岩本は「ザ・ウォール」に挑戦することを決意した。
感 想 等
( 評価 : B )
 日本初の本格クライミング小説、しかも「クリフハンガー」(ジェフ・ロヴィン)や「復讐渓谷」(ジェフ・ロング)のように冒険小説や犯罪小説的な要素を絡めない、純粋なクライミング小説を送り出したことにまず拍手したい。
 内容的には、江藤の死から1年経っているというのに今さらここまでする動機として果たして納得性があるのか、前半の和田や永田との話は果たして必要か、1年ものブランクを経ていきなり挑戦する無謀さ、など引っ掛かる点はある(クライミング描写については、私自身が評するだけの知識を持っていないので控えさせて頂きます)。
 それでも、ラストの真相が明らかになるシーンでは、これまた人によって考え方そのものに賛否はあるかもしれないが、男の生き様として個人的には十分打たれるものがあり、多少甘めながら「B」評価とした。
山  度
( 山度 : 70% )
 前半は、足で情報を稼いでいくミステリータッチの展開で、クライミングを謳いつつも周辺描写で終わってしまうのかという危惧を抱かせるが、後半ヨセミテに行って、「ザ・ウォール」を登攀するシーンからはクライミング一色。
 
 
 
 
作 品 名
「幽山鬼談」(戸神 重明、2023年)
あらすじ
 群馬県中央部には、利根川を挟んで東に赤城山、西に榛名山が並んでいる。渋川市在住のDさんが、ある秋の晴れた日に、両親と一緒に榛名山登山に出かけた時のことだ。駐車場には他に車が1台も停まっていなかった。何度も来たことのある山なので、Dさん親子は紅葉を眺めつつ、談笑しながら登っていた。すると、どこからか、カァン!カァン!と木に硬いものを打ち付けるような音が響いてくる。工事の音でも、キツツキでもなさそうだ。音は次第に大きくなっていった。
 大音響のために母親の気分が悪くなり、少し休憩することになった。父親が、「俺はちっとんべえ、様子を見てくらあ」と物音の原因を突き止めに行くというので、Dさんも一緒に行くことにした。物音のする辺りで周囲を見回したが、何も見当たらない。ふと、Dさんが上に目を向けると、何か大きなものが木の梢にいて、他の木に飛び移るのが見えた。それは赤い着物を来た女だった。「お父さん!あれ・・・」と父親に知らせたが、「なんだ、何かいるんきゃあ?」と言う。なぜか父親には見えのていないらしい。女は木の間を自在に飛び移りながら、やがて登山道から外れて森の中に消えてしまった。それを見てDさんも急に気分が悪くなり、その日は登山を中断し3人で下山することにした。
 後日確認したところ、その日、山で工事は行われていなかったという。Dさんはその後も何度か同じ山に登っているが、これといって変わった現象は起きていないそうだ。。
感 想 等
( 評価 : C )
 ここ数年流行っている山系の怪談もの。他にも色々出ている感があるが、この手のものはバリエーションがいくらでもあるのか、他で読んだという印象の話は特にない。
 一般的に怪談ものは、固有名詞を匿名にするケースが多い印象があり、本作も登場人物の名前はイニシャルまたはペンネームだが、赤城山や榛名山など山名については明示されているものが多く、その分、リアリティが増す。同様の目的があるのかどうか知らないが、誰それから聞いた話とか、お世話になった何々さんの話などという情報ソースを入れることで、架空の話ではないという雰囲気をだしている。
 話の展開のさせ方、読ませ方は、色々工夫をしている印象。山の概要紹介とか、昔は今と違ってこうだったとか、概論を述べてから具体的な話に入ってみたり、拙著の前作にも登場した○○さんとか、自分も行った時の話を入れたりしている。
 話自体は少し古いものが多い気がするが、日本中に街頭が灯り、どこにいてもスマホで繋がることの出来る時代だからこそ、怪談が流行っているのかもしれない、そんな思いがした。
山  度
( 山度 : 50% )
 第一部は群馬県の山ということで、赤木山、榛名山、妙義山、谷川岳などが登場。後半の第二部は全国の山ということで、高尾山、富士山、六甲山などが出てくる。