山岳小説(国内)・詳細データ
〜真保裕一〜
  
 
作 品 名
「ホワイトアウト」 (真保 裕一、1995年)
あらすじ
 雪に閉ざされ日本最大の奥遠和ダムの11月。その裏山を登る2人の登山者を発見し、遭難を心配したダムの運転員富樫と吉岡は救助に出かけた。無事遭難者を救助したものの、吉岡が足を挫き、1人救助を求めに降りた富樫は途中で道を見失いビバーク。そのために吉岡を死なせることになってしまった。
 その3カ月後、吉岡の恋人千晶がダムを訪れた日に、ダムが武装グループに占拠された。偶然人質となることを逃れた富樫は、吉岡への贖罪の思いで千晶を救うことを誓う。雪に閉ざされ、外界からの救助が期待できないなか、富樫はたった1人で武装グループに立ち向かう。
 ダム施設内での犯人グループとの死闘、自然の猛威、身代金50億円の要求…。富樫は千晶を救うことができるのか、死地から脱出できるのか!?
感 想 等
( 評価 : A)
 山岳小説ではないが、ハードボイルドミステリーとしては圧巻としか言いようがない。繊細な筆致、巧みなディテール描写は見事で、ラストに向けてのドンデン返し、読後の爽やかさ、これはもう山岳冒険小説の最高峰と言ってもいいかもしれない。
 2000年に、織田裕二、松嶋奈々子主演で映画化。
山  度
( 山度 : 20% )
 いわゆる登山シーンはほとんどないものの、猛吹雪のなかのラッセルは雪山を彷彿させる。それにしても、数キロに及ぶラッセルに次ぐラッセルは、スーパーマンとしか言いようがない離れ技である。

 
 
 
作 品 名
「ストロボ」 (真保 裕一、2000年)
あらすじ
 プロカメラマン喜多川光司。
 50歳の時、それなりに有名になり、なんとなくシャッターを押すだけで成り立つまでになっていた。そんな時、かつて彼のモデルをしたことがあるという女性に遺影の撮影を依頼され、何ヶ月もかけて撮影した。彼は昔の自分に恥じないよう、何度も何度も撮りなおした。
 42歳、ようやく自分のスタジオを持ち、ローン支払いに追われる頃。かつて彼の下でアシスタントをし、また彼と特別な関係にあった晴美がマナスルで遭難したとのニュースが飛びこんできた。喜多川と仁科は、晴美が登山隊の足手まといになったわけではないことを証明するために、晴美の最後の写真を焼き付けた。そこには晴美のカメラマンとしての誇りが写っていた。
 37歳の時、有名になり始めた喜多川。彼の下には、槙野という才能のあるアシスタントがいた。そんな頃、かつての師・黒部に再会した。喜多川は槙野が自分を見る視線を見て、かつて自分が黒部に向けた眼差しを思い出していた。
 27歳の時、出版社で組んだ契約ライター美佐子と付き合い、美佐子から写真家としての刺激を受けていた。その頃、大学病院で闘病を続ける千鶴という女性に出会い、彼女の写真を撮り続けた。彼女の写真が、彼を世に送り出してくれたのだった。
 大学時代、喜多川は写真科に所属しながら、大学紛争に明け暮れる学校を見切ってスタジオでアルバイトをしていた。紛争にのめり込んでいた葛原という親友が、喜多川にローライフレックスというカメラを残し、あの世へ先立った。葛原の故郷で葛原の彼女・真希の写真を撮りながら、喜多川は自分の将来を見据えていた。
感 想 等
( 評価 : B )
 1人の男の人生をオムニバス形式で、若い頃へと遡って行く。斬新な表現方法と、描写のうまさ。やはり真保裕一はただものではないという感じだろうか。
 近作は読んでいないが、かつての小役人シリーズ、ミステリータッチの作品と比べると盛り上がりには欠けるものの、実に味わい深い濃厚な作品に仕上がっている。
山  度
( 山度 : 5% )
 第三章「暗室」は、主人公のかつての愛人がマナスルで遭難する話。登山シーンは全くと言っていいほどない。山岳小説と思って読まれると期待ハズレとなるが、小説そのものはよくできており裏切られることはないと思う。

 
 
 
作 品 名
「黒部の羆」 (真保 裕一、2004年)
あらすじ
 富山県山岳警備隊を辞めて劔岳の外れにある山小屋の主人になった"黒部の羆"こと樋沼は、11月初旬になり小屋閉めの準備をしていた。そこに、山岳救助隊のかつての部下・伊勢から、救助の協力を求める無線が入った。源次郎尾根を登攀中の大学生パーティ2名のうち1名が滑落し宙吊りになったという。
 馬場島の山岳救助隊ベースキャンプから向かっても、その日のうちには着かない。樋沼は単身遭難者のもとへと急いだ。滑落したのは、成稜大学山岳部長の瀬戸口で、パートナーは同じく山岳部の矢上だった。成稜大学では、大学OBらが中心となってヒマラヤ遠征を計画していたが、瀬戸口だけがそのメンバーに選ばれていた。矢上は、去年の冬合宿で後輩たちの疲労度を見誤って遭難させそうになったことが響いて選から漏れたと思われた。その後、彼女の心変わり、父親の急死と痛手が続いた矢上は、大学も辞めざるを得なくなっており、その最後にと瀬戸口を誘って初冬の劔に来たのだった。
 瀬戸口を妬み実力では負けないと対抗心を燃やす矢上。2人のパーティの心はバラバラだった。遭難した2人の下に辿り着いた樋沼は、下の岩棚でビバークをすることにした。
感 想 等
( 評価 : A)
 さすが真保裕一氏、ディテール描写のうまさはピカ一。ストーリーも味があり、ラストも心憎いばかり。次は是非、長編をお願いしたいところだろう。
 ただ、このストーリーには、続編というか別編があるような気がしてならない。 (以下、読んでいない人は飛ばして下さい)ラストに登場する伊勢は誰なのか(同じ人物だとちょっとおかしい)、美保はどうしたのか、ジャンダルムの小関佐知子は・・・ラストに詰まっているある意味不要な情報、曖昧で性急なバックボーンの展開は、その予感と期待を抱かせてくれる。
山  度
( 山度 : 100% )
 舞台は初冬の劔、源次郎尾根。登攀、遭難、山岳救助、海外遠征、恋、・・・いろんな要素を盛り込み、しっかりとした描き込まれた背景に裏打ちされた良質の山岳小説だ。

 
 
 
作 品 名
「灰色の北壁」 (真保 裕一、2005年)
あらすじ
 世界的に有名な名クライマー・刈谷修が、カンチェンジュンガを単独登攀中に落石に当って死んだ。彼は「20世紀の課題のひとつ」と言われたヒマラヤのカスール・ベーラ北壁を、世界で初めて、しかも単独で登攀した男だった。しかし、彼の北壁登攀には1つの疑惑があった。山岳冒険小説家であるわたしは、「灰色の北壁」というフィクションでその疑惑を指摘したが、刈谷修は疑惑には自らの行動で答える、と言うだけだった。
 ホワイトタワーと呼ばれるカスール・ベーラを世界で初めて征したのは御田村良弘だった。1980年、南東稜からの登頂である。刈谷は、その御田村と同じ成陵大学山岳部出身で、17歳の年の差はあったものの、御田村のカンチェンジュンガやナンガ・パルバット挑戦にサポート隊として参加しており、御田村の愛弟子とも言える存在だった。だがある時、刈谷は御田村のもとを離れ、ヨセミテへと向かった。その後、御田村の妻・ゆきえが、御田村と離婚してから3年後に再婚した相手が刈谷だった。
 刈谷の北壁登頂写真の背景は、季節・時刻が異なるはずの御田村の登頂写真と酷似していた。匿名で指摘を受けたわたしは、その疑惑をフィクションという形で提示した。刈谷は、カスール・ベーラ初登頂を果たした御田村良弘を、クライマーとしてではなく男として越えるために北壁に挑戦した、と考えていたわたしは、刈谷の登攀を信じていた。なのに刈谷はなぜ疑惑を晴らそうとしなかったのか、御田村が刈谷の死後トレーニングを開始したのはなぜか。
感 想 等
( 評価 : A)
 カスール・ベーラという架空の山を舞台にしていることに最初こそ違和感を感じたものの、そんなことを忘れさせるほど真保氏の筆致に引き込まれていく。疑惑を仄めかしつつ、核心の部分を見せないストーリー展開がとにかくうまいのだ。
 初登攀を巡る疑惑は「密閉山脈」や「地図のない山」などにも出てくるが、どちらかというと陰湿な展開になりがちなテーマを、見事に逆転の発想で描いている。そこがまた心憎いのだ。
 真保氏の山岳小説は、「赤の謎」に収められていた「黒部の羆」に次いで、今年2作目。そのどちらも秀作だ。氏がこの分野に強い関心を示しているのは間違いないだろう。今後の真保氏の作品にも期待したい。
山  度
( 山度 : 100% )
 いやもう山度満載。「黒部の羆」に比べると、冒頭のシーンを除けば、登攀シーンそのものの描写がやや少ないのが残念だが、今回はメスナーやトモ・チェセン、禿博信などいろいろなクライマーの話が出てくるで、山好きにとってはこれまたうれしい。
 なお、途中で、「そこに山があるから」という言葉をヒラリーのセリフとしている箇所があるが、おそらく単なる勘違いだろう。

 
 
 
作 品 名
「雪の慰霊碑」 (真保 裕一、2005年)
あらすじ
 坂入慎作は残雪の残る初春の北笠山へと向かっていた。そこは三年前の今頃の季節に、息子の譲が後輩たちと雪上訓練に来て遭難死した山だった。妻に先立たれ、1人息子を失った慎作は1人きりになった。旅行会社の雪山入門コースのツアーにも参加し訓練を積んだ慎作は、亡き息子とゆっくり語らうためにここへ来たのだった。
 坂入譲の従弟で山の先輩でもあった野々垣雅司は、譲の婚約者だった岡上多映子から電話で呼び出しを受けた。坂入家が変だというのだ。坂入の家に駆け付けてみると、身辺整理でもしたかのように家はきれいになっていた。息子の命日を前に、家中がきれいに掃除され、ゴミが片付けられ、遺品も整理されていた。坂入慎作は息子の元へ行こうとしているのではないか。そんな胸騒ぎを抑えきれず、野々垣雅司は慎作の後を追って北笠山へと向かった。
感 想 等
( 評価 : C)
 ある意味、山を舞台に用意する必要はない、と言ってしまえばそれまでだが、息子の遭難死、山仲間で恋のライバルでもあった雅司の存在など、設定や動機面に全く無理がないのも、雪山における遭難をテーマにしているせいかもしれない。
 展開や筆致のうまさは言わずもがな。今年に入って3作目の山岳小説ということもあり、真保氏の山岳小説家としての地歩も固まりつつあるというところか。
山  度
( 山度 : 90% )
 全編話としては山に関連しているが、坂入家や旅行会社などのシーンもあるので90%ということで。
(どうでもいい細かい話としては、「アイゼンの爪を土間に引っかけ」という表現がちょっと引っ掛かるのですが・・・)