山岳小説(国内)・詳細データ
〜笹本稜平〜
 
 
作 品 名
「天空への回廊」 (笹本 稜平、2002年)
あらすじ
 日本人アルピニスト真木郷司は厳冬期のエベレスト単独登頂を果し、ノースコルへと下る途中だった。突然、オレンジ色の火の玉が飛来し、エベレスト山頂直下に激突した。激突の衝撃で起きた雪崩を郷司はかろうじて避けることができたが、アメリカ隊は雪崩に巻き込まれ、郷司の親友、マルク・ジャナンが行方不明になった。
 墜落したのは、80年代後半に打ち上げられた軍事偵察衛星だったが、問題はその動力源がプルトニウムということだった。郷司は親友マルクを捜索するために、「天空への回廊作戦」と名付けられた米国による衛星回収作戦にに参加することにした。
 数日後、マルクはネパール側で救出され、そのまま意識不明の状態に陥った。ところが、そのマルクが正体不明の男に殺されかけた。マルクは「ブラックフット」という謎の言葉をうわ言のように言っている。事件を察知したWP通信のマイケル・ウェストンは、事件の背後にもっと大きな秘密があると感じ、ブラックフットについて探り始めた。
 事件を秘密裏に片付けようとする米国政府、ブラックフット略奪を狙う米国政府軍内部に巣食う武器横流しグループ<イタチの息子>、暗躍する共産ゲリラ・マオイスト・・・。そして否応無しに事件に巻き込まれ命を削る郷司と郷司を思うマルクの妹・クロディーヌ。犯人グループの真の狙いは何か、郷司は世界を救えるのか…。
感 想 等
( 評価 : A)
 これでもかこれでもかと言わんばかりに勃発する危機、難題、緊急事態。持てる能力全てを出してぶつかって行く主人公郷司、地球の危機、友情・恋愛、ドンデン返し…もう冒険小説の全てを注ぎ込んだような内容には誰しもが満足し、読み終わった後にはため息しか出ないことだろう。
 欲を言えば、背景をやや複雑にし過ぎではないかとか、マオイストの位置付けがやや微妙といった問題はある。ある意味、冒険小説の王道を行くようなおなじみの展開でありながら、泣かせる場面では思わず作者の意図通り涙してしまう自分がちょっぴり恥ずかしい。それでも、なかなかの大作だと認めないわけにはいかないだろう。
山  度
( 山度 : 80% )
 舞台は終始冬のエベレスト。もはや人知を超えた、素人にはわからない世界だけに、7000m、いや8000mを越える高所での登攀シーンも本書の見所のひとつ。

 
 
 
作 品 名
「グリズリー」 (笹本 稜平、2004年)
あらすじ
 札幌にある消費者金融会社に2人組の男が押し入り、店員を人質に立てこもった。男の一人が銃を持っている。北海道SAT(特殊急襲部隊)の城戸口道彦は、命令により銃を持っていた男を射殺した。ところがその銃がモデルガンだったことから、城戸口らは特別公務員暴行陵虐致死罪で告発された。人命救助の観点から城戸口は無罪となったものの、事件は城戸口の心に傷を残し、城戸口は斜里警察署に転属を申し出た。しかし、これは事件の発端に過ぎなかった。
 5年後、斜里署に移って登山を始めた城戸口は、羅臼岳山頂で折本と名乗る男に遭遇した。熊のような男である。折本は5年前の事件で城戸口が射殺した犯人の相方だった。その1週間後、斜里署管轄内で自衛隊の車両が襲われ、武器の一部が盗まれた。同じ年の8月、東京王子の革労同連帯派のアジトで爆発事件があり、3人が死亡した。さらに革労同連帯派の別のアジトでも爆発があり、幹部の香川が大怪我を負った。
 公安の船井参事官と清宮主任、王子署捜査一課の石野係長、柳原は異例の共同体制を組み事件の捜査に当たった。警察が名付けた犯人のコードネームは“グリズリー”。警察をあざ笑うかのように計画を進めていくグリズリー。たった1人の軍隊と大国・アメリカの闘い。城戸口は、清宮は、グリズリーを止められるのか。
感 想 等
( 評価 : B)
 冒険小説というべきかミステリーというべきか、ジャンルはやや曖昧だが、そんなことはまぁどうでもいい。城戸口道彦、フィービ・クロフォード、清宮弘樹。一見何の関係もない3人の物語が、グリズリーによって一つの糸へと紡がれていく。その構成の見事さ、中盤以降のスリリングで大胆な展開、確かな描写、どれを取っても一級の作品。
 大勢の人を殺し、世界をも破滅に導こうという極悪人であるはずのグリズリーなのに、読み進めていくうちに共感を覚え始める。何が正義で何が悪なのかわからなくなってくる。ある意味、それこそが著者が問い掛けたかったことなのかもしれない。
山  度
( 山度 : 5% )
 冬の知床半島。人を寄せ付けない自然の宝庫。その知床が舞台であり、羅臼岳登山のシーンなども出てくるが、山度は意外とあまり高くない。しかし、山岳小説云々と関係なく、是非読んでほしい1冊だ。

 
 
 
作 品 名
「駐在刑事」 (笹本 稜平、2006年)
あらすじ
 奥多摩・青梅警察署水根駐在所の所長・江波淳史。彼は以前警視庁捜査一課にいたが、取調べ中の被疑者が自殺をするという事件の責任を取らされて、駐在所へ左遷されたのだった。
 江波は奥多摩に来てから休日には山歩きをするようになり、その日もうっすらと雪が積もった初冬の水根沢林道を歩いていた。すると、地元の池原旅館の主から携帯に電話が入った。昨日旅館に泊まった竹田千恵子という女性が、鷹ノ巣山に向かったきり帰ってこないのだという。江波と旅館の主人・池原健市、その息子・孝夫は登山道沿いに行方不明者を探したが見つからない。念のため水根沢谷を下ることにした3人は、その途中で千恵子の遺体を発見した。
 翌日、江波は、警視庁から派遣されてきた警視庁時代の後輩・南村と一緒に現場へ向かうと、そこに津山と名のる山岳ガイドがいた。親しい知り合いが死んだと知ってやってきたのだという。千恵子の死は事故かそれとも他殺なのか。(以上は「終わりなき悲鳴」)
感 想 等
( 評価 : B)
  「天空への回廊」、「グリズリー」と山岳冒険小説、山岳ミステリー作家として定着しつつある笹本稜平氏の新作。今回は奥多摩の派出所長が主人公。元警視庁捜査第一課、すなわち桜田門の花形刑事、そのエリート刑事が田舎の派出所長となり、地元の人々との交流、奥多摩の自然に囲まれて人間らしさを取り戻していく一話完結型の短編集。
 短編集ながらその一つ一つの物語に、江波の暖かさが溢れており、読む人を優しい気持ちにさせてくれる。エリートからのドロップアウトという江波の設定は、「グリズリー」の城戸口や「時の渚」の茜沢とも共通しており、人の幸せとは何なのかということを改めて考えさせられる。
山  度
( 山度 : 30% )
 山のシーンとしては、初冬の奥多摩登山、水根沢下り、さらには北鎌尾根登攀などいろいろと登場しており、ドラマを盛り上げている。

 
 
 
作 品 名
「還るべき場所」 (笹本 稜平、2008年)
あらすじ
 八代翔平のもとに、昔からの山仲間である板倉亮太から電話が掛かってきた。亮太が経営するコンコルディアツアーズが主催するブロードピーク公募登山へのスタッフとしての参加の誘い、そしてその後のK2未踏の東壁への挑戦の誘いだった。K2東壁は、翔平の最愛の人・栗本聖美と2人で4年前に挑み、そして聖美を失った場所だった。聖美を失って以来山から遠ざかっていた翔平は、つい先日、久しぶりに冬の赤岳に登ったばかりだったが、聖美への想いにケリを付けるという気持ちもあって参加を決めた。
 ブロードピークは、温暖化の影響か珍しいくらいの好天続きだった。コンコルディアツアーズより一足先に挑んでいたニュージーランドのアグレッシブ2007隊は予定通りにルート工作を終え、アタック体勢に入った。その最中に天候が急変し、ブロードビークは未曾有の嵐に包まれた。
 日本エレクトロメディカルの会長で自社製品の心臓ペースメーカーと供に挑戦している神津邦正、その秘書でかつてK2に敗れた竹原充明らの協力を得て、翔平はニュージーランド隊の救出に向かった。
感 想 等
( 評価 : A)
 あの笹平氏が、「天空への回廊」以来のヒマラヤを舞台にした小説。しかも今回は、サスペンスやミステリー、冒険ものではない純然たる山岳小説。もうそれだけでたまらないほどゾクゾクしてきます。
 登攀中のパートナーの墜死、雪崩によるパーティの全滅、そんなトラウマを抱えながらも山へと戻ってきてしまった男。世の中で言うところの成功を収めつつも、山で本当の生き方に気付いてしまった男。そんな様々な男たちの生き様がカラコルムの極限で交錯する。
 笹平稜平、今最も熱い山岳小説家の一人だ!
山  度
( 山度 : 100% )
 マッキンリー、K2、ブロードピーク・・・。国内のみならず海外の名山を舞台にした山岳シーンも迫力満点。やっぱいいなぁ、山岳小説は。

 
 
 
作 品 名
「未踏峰」 (笹本 稜平、2009年)
あらすじ
 多忙な仕事のために精神的に病んで精神安定剤に頼るようになり、ついには衝動的にスーパーで万引きをして、人生の落後者となってしまった裕也。天才的な料理の才能を持ちながら、アスペルガー症候群であるために人間関係に苦しみ、自殺をも考えていたサヤカ。力持ちで絵がうまいが知的障害を持つ慎二。そんな3人が、かつては世界的クライマーとして鳴らし、今は南八ヶ岳にあるビンティ・ヒュッテのオーナーであるパウロさんと出会い、山小屋で働くようになって生まれ変わった。
 裕也たち3人とパウロさんは、いつしかヒマラヤにある未踏峰ビンティ・チュリへの初登頂を夢見るようになり、その実現に向けて動き始めた。ところが、ビンティ・チュリへの遠征直前になって、不慮の火事でパウロさんが亡くなってしまった。
 3人は途方に暮れたが、未踏峰挑戦という夢を実現させることこそが、パウロさんにとっても夢であり自分たちが本当の意味で生まれ変わるための道なのだと思い直し、3人だけでビンティ・チュリ遠征へと向かった。
感 想 等
( 評価 : C)
 ミステリーでもなく冒険小説でもない純粋な山岳小説。その意味で、最近では稀有な、登山というものに真正面から取り組んだ作品でありとても清々しい。ストーリー自体はベタと言えばベタだが、それでも素直にいいなぁと思える。
 一方で人間とは贅沢なもので(というか私が贅沢なのかな?)、姿の見えない敵との戦い、これでもかと襲いかかる自然現象、予想だにしない障害の勃発、といった目まぐるしい展開やドンデン返しのない素直な展開に拍子抜けし、物足りなさを感じてしまったりもする。
山  度
( 山度 : 80% )
 ヒマラヤ山脈の北東部、カンティ・ヒマール山域にある未踏峰が舞台。ビンティ・チュリという名称自体、名前のない山ということで作中で命名された名称だが、その存在自体も架空のものとのこと。しかしもうここまでくると、元々知らない場所なので架空かどうかの判断もできない。
 作品の半分以上が、ビンティ・チュリの登山シーンで占められており、山度も抜群!

 
 
 
作 品 名
「春を背負って」 (笹本 稜平、2011年)
あらすじ
 決して好立地とは言いがたい奥秩父にある山小屋・梓小屋。小屋主の長嶺亨は、4年前に父の跡を継いで小屋を切り盛りしている。亨は大学院を出て電子機器メーカーに勤めており、小屋を継ぐ気なんて全くなかった。ところが、仕事上で悩んでいた時に父の訃報を聞き、父の夢だった山小屋を継ぐ気になった。
 一緒に小屋で働いているのは、ゴロさんと美由紀。ゴロさんは父のワンゲル部の後輩で、夏の間だけ小屋を手伝い、冬は東京でホームレスをしている。ゴロさんがいなかったらこれまで小屋を守ることはできなかっただろうと亨は思う。美由紀はシャクナゲを一目見て死のうと奥秩父までやってきて、亨に助けられて小屋で働くことになった。美由紀と亨を結びつけたのは、父が撮った写真だった。美由紀が来てから小屋の食事が美味しくなり、リピーターも増えた。
 そんな3人が働く梓小屋と、麓で民宿兼松を営む母の周囲で起こる出来事を描いた連作短編集。
感 想 等
( 評価 : B)
 殺人事件も謎解きもない、冒険もなければアクションもない、8000m峰でも未踏峰でもない。奥秩父の、普通の山小屋における、普通の人々の日常生活のなかで起こる出来事だけで、しっかり読ませる山岳小説になっている。
 ハラハラドキドキはしないけれど、どこか爽やかな心暖まる感じ。ああいいなぁこういうの、そんな気持ちにさせられる。『還るべき場所』の神津や『未踏峰』のパウロさんが語ったように、今回も含蓄ある言葉がちりばめられているが、それがお押し付けがましくない所がいい。雪が融けたら山に行こう、山小屋に行こう、そんな気持ちになります。
山  度
( 山度 : 90% )
 山小屋の名前は梓小屋。地図を見ると、甲武信ヶ岳と国師岳の間に、明確なピークではないものの梓山という地名が見える。恐らくそこから取った名前であろう。苦心の跡が伺える。山小屋を舞台にした物語で山度も十分。

 
 
 
作 品 名
「南極風」 (笹本 稜平、2012年)
あらすじ
 ニュージーランド南島のサザンアルプスに位置する標高3033mのアスパイアリング。南半球のマッターホルンの異名を持つ秀峰が、森尾の仕事場だった。大学山岳部の2年先輩で、ザイルパートナーだった藤木が起こした会社アスパイアリング・ツアーズに転職した森尾は、ガイドとしての仕事に喜びを見出していた。
 今回のツアー参加者は、年齢・職業・性別もまちまちながら最高のメンバーだった。参加者は、宮田、勝田、川井、伊川、篠原の5人。ガイドは森尾のほか、ヒマラヤ経験もある現地契約社員のケビン、今回初参加の大学の後輩・内村、さらに社長の藤木も忙しい営業の合間をぬって参加していた。アスパイアリング登頂までは順調そのものだったが、バットレスで不可抗力の落石を受けてから、全てがおかしくなった。藤木と伊川が墜落死し、ツアーメンバーは不運が重なり、氷河へと迷い込んだ。ヒドンクレバスに落ちて腰を痛めた勝田、落石のせいで脳障害を起こしていたケビン・・・・・。最後は森尾一人が救助を呼びに小屋へと向かい、メンバーもなんとか助け出されたが、多くの犠牲が払われた。そして事故を受けて、アスパイアリング・ツアーズも会社を清算することとなった。
 失意のうちに日本に戻った森尾は、未必の故意により顧客を至らしめたとして告発された。嵐の夜を上回る、森尾の過酷な闘いが始まった。検察の罠にからめとられる森尾は、両親が付けてくれた私選弁護士・岸田の協力のもと、ツアー生存者に助けられながら、無実を勝ち取るための闘いを続けた。
感 想 等
( 評価 : B)
 ここ数年、毎年のように山岳小説を出している笹本稜平氏。しかも作品の質は常に一定レベル以上。それだけに読者としては、楽しみであると同時についつい高望みをしてしまう。本作もB評価でもいいくらいの良作だが、期待の高さゆえに厳し目の評価になってしまった。
 本作では、ニュージーランドの秀峰を舞台に、自らの命を投げ打ってでも顧客を助けようとする登山ガイドの奮闘を描いており、山岳シーンは文句なしに素晴らしい。一方で、ここで描かれているような検察の陰謀のようなものが本当に存在するのか(実際の事件としても確かに大問題になったものの、ちょっと背景が軽いように感じがします。また、殺す理由もないのに未必の故意に問われるというのも理解し難いのでは・・・)といった部分が引っ掛かってしまったり、笹本氏のヒロイックな名文が時にくどいように感じられることがあった。まさに高望みで、良い作品であることは間違いない。
 最近の小説は、敢えてミステリー的な展開をすることで、読者の興味・関心を引っ張る構成が多いように思う。本作では、別にその手法がマイナスに働いたわけではないので、特に問題視することでもないのかもしれないが、普通に時系列に展開しても良かったような気がする。
山  度
( 山度 : 80% )
 ニュージーランドのアスパイアリング、知りませんでした。写真を見ると、すごくそそられます。ここまでリアルに描写されると、笹本氏は実際にツアーにでも参加して登ったのかな・・・と別の興味が湧いてきます。

 
 
 
作 品 名
「尾根を渡る風 駐在刑事」 (笹本 稜平、2013年)
あらすじ
 元は警視庁捜査一課の敏腕刑事だったが、取調べ中の被疑者自殺という事件をきっかけに、奥多摩の水根駐在所所長に左遷された江波淳史。彼は、奥多摩に来てから地元・池原旅館の池原健市とその一人息子・孝夫の手ほどきで登山を始め、休日には奥多摩の山々を歩き回るようになっていた。江波は、ある事件をきっかけに一緒に暮らすようになった愛犬プールとの日々や、父親の冤罪を救ってやったことで仲良くなった図書館司書・内田遼子との交流を通じて、人間性を取り戻しつつある自分に気付くのだった。
 そんなある日、江波は遼子から相談を持ちかけられた。通勤の行き帰りに、同じ車に付けられている気がするというのだ。特に迷惑行為を受けているわけではなかったので取り締まることはできない。遼子と孝夫の協力のもと調べてみると、遼子の後を付けていた男は河野弘樹という名前だと判明した。河野は、遼子が勤める図書館に本を借りに来たことがあったし、孝夫も参加した昨年の地元トレイルランニング大会で5位に入賞していた。上位入賞による記念写真には、孝夫と一緒に気弱そうな河野が写っていた。
 孝夫に誘われて最近トレランを始めた江波と遼子は、練習中に河野とすれ違い、河野が犯人だと確信した。河野はなぜ遼子の後をつけるのか、河野の目的は一体何なのか・・・・・。(表題作「尾根を渡る風」のあらすじ)
感 想 等
( 評価 : C)
 青梅警察署水根駐在所に左遷された元警視庁捜査一課の刑事・江波が、奥多摩で遭遇する事件の数々。短編連作集「駐在刑事」の続編で、本作には表題作の「尾根を渡る風」のほか、「花曇りの朝」「仙人の消息」「冬の序章」「十年後のメール」の5編が収められている。
 それぞれの事件は"ミステリー"と呼ぶには小粒の感もあるが、そんな田舎で起きた出来事を通じて、人の温かさを描く人情譚。前作同様、笹本節満載の良作。笹本ファンなら裏切られることはないだろう。
山  度
( 山度 : 60% )
 舞台は、御前山、鷹ノ巣山など奥多摩湖周辺の山々。前作に比べると山度が高いように感じる。

 
 
 
作 品 名
「その峰の彼方」 (笹本 稜平、2014年)
あらすじ
 津田悟と吉沢國人は、城北大学山岳部でたった2人だけの同期だった。かつては名門山岳部として名を馳せた大学だったが、今は見る陰もないほど衰退していた。高校時代ワンゲル部で無雪期の尾根歩きしかしてこなかった吉沢と違って、津田は社会人山岳部に所属し雪山やクライミングなどを経験していた。津田に教わりながら技術を身に付けた吉沢は、山にのめりこんだ。
 津田と吉沢が2年生になる頃には、2人の実力は部内でも抜きん出たものとなっていた。津田は大学山岳部の伝統を利用して自分の名前をあげ、プロの登山ガイドとして生きていこうとしていた。3年になると津田は大学山岳部による海外遠征を企画し、南米最高峰アコンカグアの南壁未踏バリエーションルートの全員登頂を成し遂げた。さらにチョー・オユー南西壁バットレス登攀をぶち上げた。その挑戦は雪崩で3人の死者を出すという悲劇に終わったが、津田自身は単身バリエーションルートからの登攀に成功した。しかし、この時に津田と吉沢が取った行動が批判の的になり、津田は大学卒業を待たずにアラスカへと旅立った。
 津田はアラスカでガイドとなり、吉沢は大学院に進み雪氷学の研究に携わることとなった。津田と吉沢はその後もザイルを組んで世界各国の難ルートを征服し、2人の名前は世界的に知れ渡るようになっていった。
 そんなある日、津田の妻・祥子から吉沢に、津田がアラスカで消息を絶ったとの連絡が入った。厳冬期未踏のカシンリッジに単身で挑んだまま帰ってこないというのだ。吉沢は急いでアラスカに飛び、ハロルドやクラークら地元ガイドとともに、津田の捜索に向かった。
 津田はカシンリッジの初登攀に成功したのか。愛する妻は子供を身ごもり、アラスカを舞台にした大きなビジネスプランも進行中だというのに、なぜ津田はそんな危険なチャレンジを行ったのか。悪天候が続くなか、無線が偶然津田の声を拾った。そして、一瞬の晴れ間には捜索機が津田の姿をとらえた。津田は生きている。再び悪化した天候のなか、吉沢らの決死の捜索が続いた。
感 想 等
( 評価 : A)
 登山に人生をかけた男の生き様と、彼を愛する人々の心模様を、遭難救出劇を通じて描く本格山岳小説。読み応え十分の力作。笹本氏の代表作の一つと言っていいだろう。
 ネタバレになってもいけないのであらすじの記載は前半だけにしたが、ここに書いた部分は全体からすると1/4か1/3程度。この後、救出劇がさらに続く。正直、ちょっと長すぎるかなとも思うが、登山シーンの描写のうまさもあり冗長な感じはない。
 本作に限らず、笹本氏が一貫して問い続けているのは"生きることの意味"。人生を登山に投影し、人は何のために生きるのか、生きることにはどんな意味があるのか、ひたすら問いかける。そして本書では、従来の作品以上にも、明確な言葉にして提示しているように思われる。
 笹本氏の作品は、いろいろな困難や厳しい状況に追い込まれつつも、最後には明るさや希望がある。この辺は好みの問題だが、個人的にはお陰で安心して読むことができるので、それも笹本氏の作品が好きな理由のひとつとなっている。
山  度
( 山度 : 90% )
 アナスカのデナリ峰を舞台にした遭難救出劇。全編ほぼ登山に関連した本格山岳小説。

 
 
 
作 品 名
「分水嶺」 (笹本 稜平、2014年)
あらすじ
 風間健介は亡き父の跡を継いで山岳写真家になった。もともとコマーシャルフォトの世界ではちょっとした売れっ子だったが、メインのクライアントからダメ出しされたことをきっかけに風間はスランプに陥った。仕事は激減し、オフィスの賃料や助手の給料支払いにも窮するようになった。そんな頃に父が亡くなり、父が遺した写真を見て、風間は自分の写真に欠けているものに気付いた。そして、父がやりかけていた写真集を完成させるために山岳写真家となる決意を固めた。風間が35歳の時のことだった。
 父は、大雪山系の石狩岳付近を舞台に、良い写真が撮れるまで、何日も山に籠もるような生活を送っていたという。風間は、父の長年の山仲間であり、ニペソツ山麓でペンションを営む仲上に山の手ほどきを受け、父と親交のあった旅行代理店やガイドブックの仕事をこなしながら、山に籠もる生活するようになった。風間は、山に登るようになって初めて、父の目指していた生活がいかに喜びに満ちたものかを知ったのだった。
 ある日、石狩岳がよく見える小ピークで撮影していると、田沢という奇妙な男と知り合いになった。仲上から聞いたところによると、田沢は絶滅したと言われるエゾオオカミ探しに夢中になっていたが、10年前にオオカミの生息地と目されるエリアでリゾート開発しようとしていた会社社長を殺した罪で逮捕されたのだという。しかし、田沢は無罪を主張しており、そこには何かリゾート開発に絡んだ政治的な圧力があったのではないか、と仲上はいう。何より風間を驚かせたのは、死んだ父が田沢と親しく交流していたという事実だった。
 田沢の冤罪疑惑、エゾオオカミ探し、またしても起こった田沢を罠にはめようとする事件の数々……。風間は否応なしに事件に巻き込まれていった。
感 想 等
( 評価 : C)
 新田次郎や森村誠一の山岳小説が厳しい自然・山の中であぶり出される人間のエゴイズムを描いているのに対して、笹本作品では人と自然の共生、あるいは同化がテーマになっている。人間の描き方が大きく異なるのだ(作品の善し悪しはまた別の話です)。
 個人的には、笹本作品はミステリーではないと思っている。主人公が山の中でもがき、悩み、必死になってぶつかっていく姿を描きながら、生きることの意味や目的を問いかけてくる。最近の笹本作品には、冒険小説のようなドキドキ感や、ミステリーのようなワクワク感はないが、性善説に基づく安心感があり、悲劇的な結末を想像しないで済む。それでいて、しっかり考えさせられる内容となっている。
 ただ、本作に関しては、ひとつ引っ掛かる点がある。キーポイントとも言える、風間や仲上、平川が田沢に寄せる全幅の信頼、田沢の人間的な魅力が伝わりきっていないのではないかと思う。なぜこんな短時間で、これだけの接点でここまで信じられるのかが、少し足りない気がした。ここで登場人物と同じ思いにまで至らないと、ラストの感動も置いていかれてしまう。そこが残念。笹本作品の熱は十分伝わった。
山  度
( 山度 : 80% )
 北海道石狩岳を舞台に、夏・冬の山が描かれている。笹本氏は想像で山を描く。行ったことがない自分も想像で読むしかないが、笹本氏の山岳描写は巧みとしか言いようがない。



作 品 名
「大岩壁」 (笹本 稜平、2016年)
あらすじ
 5年前の冬、ナンガパルバット冬季初登を狙った立原祐二、木塚、倉本の3人は、デイアミール壁7500m付近で、嵐でテント内に閉じ込められていた。高所に3日間停滞している間に、高山病で倉本の様子がおかしくなっていた。天候回復を待つべきか迷ったが、これ以上高所に留まっていると危ないと判断した立原は、弱っていた倉本を促し、風が弱まった隙を付いて懸垂下降で下山し始めた。しかしその途中、強風に煽られた倉本が転落死した。辛うじて生還した立原は凍傷で手足の指8本を、木塚は5本を失った。
 あれから5年。自分の判断ミスで倉本を死なせたのではないかとの思いに悩み続けた立原だったが、木塚から、倉本を迎えに行ってやろうと言われ、立原は冬のナンガパルバットにルパール壁から登る決心をしたのだった。ナンガパルバット行きの準備を始めた立原の下に、ある日、倉本の弟だという晴彦から電話がかかってきた。晴彦は、ナンガパルバットに一緒に連れて行って欲しいと言う。気持ちはわかるが、一緒に登ったことのない人間とザイルは組めない。そう思った立原は、木塚、晴彦の3人で、穂高の屏風岩へ、そしてアマダブラム南壁を登った。その登攀を通じて、晴彦のミックスクライミング技術への信頼を深めた立原は、一緒にナンガパルバットに挑戦することを決めたのだった。
 晴彦は長年ソロで登ってきたせいか、自信家である上に、性格的にやや難があった。しかし彼の技術は本物で、立原たちにとっても大きな武器になると思われた。何より倉本の弟だけに、無碍にもできない。
 3人は世界初のナンガパルバット冬季初登攀を目指して出発した。ところが、一足先にロシア隊がベースキャンプに着いていた。しかも、こちらが先に名乗りをあげていたメスナールートで登るという。おまけに、夏の間に固定ロープを張って、細工をしておいた様子が伺える。競合を避けるため、急遽中央ピラーに転身した立原たちだったが、ロシア隊の細工を知った晴彦が登頂を焦って暴走し始めた。晴彦に翻弄される立原と木塚、ロシア隊との初登攀争い、崩壊したセラックの直撃を受けた木塚、悪化する天候・・・。果たして登頂できるのか。
感 想 等
( 評価 : C)
 海外の高所登山を書かせたら右に出るものがいない笹本稜平氏の新作。今度は8000m峰、ナンガパルバットが舞台だ。テーマはいつも通り「人はなぜ山に登るのか」「人はなぜ生きるのか」という壮大なものだが、毎回、新しい設定、展開を用意しており、都度、ドキドキしながら読んでしまう。しかも今回は、ナンガパルバットの先人たち、すなわちヘルマン・ブールやラインホルト・メスナーのように、期せずして単独で8000m峰に挑むことになった人間が味わう極限登山における「生」の実感。さすがとしか言いようがないうまさです。
 ちょっと引っ掛かるのは、笹本作品には珍しく悪人が登場すること。ロシア隊に関しては、ちゃんと救いが用意されている辺りはさすがだが、晴彦のやや極端すぎる性格は、もう少し書きようはなかったのかなぁと思う。そこはちょっと残念。
山  度
( 山度 : 100% )
 本作はほぼ全般が山。登山に興味のない人からするとややマニアックな感はあるかもしれないが、山好きにとってはたまらない表現が盛りだくさん。いいですよ。