山岳小説(国内)・詳細データ
 〜大倉 崇裕〜
 
 
 
作 品 名
「生還者」 (大倉 崇裕、1998年)
あらすじ
 長野県山岳警備隊長の松山は、北アルプス南部・茂霧岳で遭難者の捜索にあたっていた。同行しているのは、遭難者・弓飼の所属する山岳会「山人会」のリーダー・小倉だった。1月初旬の北アは厳しい。ずっと吹雪が吹き荒れていたこともあって捜索開始が遅れ、弓飼が行方を絶ってから既に10日。生存は絶望的だった。半ばあきらめながら探す松山と小倉の前に、フラフラになりながらも弓飼が姿を現した。奇跡の生還である。
 その1ヵ月半後、今度は小倉が同じ領域で滑落死したとの情報が松山のもとに届いた。小倉の遺体搬出に当った松山は、小倉がアイゼンを付けていなかったことに不審を抱いた。しかも、小倉が滑落した黒神岳は、登山計画書にはなかった予定外のコースだ。あの経験豊富で慎重な小倉がそんなことをするとは思えない。
 事件性を感じた松山は、周囲の反対を押して捜査に乗り出した。
感 想 等
( 評価 : B )
 遭難に擬した殺人事件。梓林太郎や太田蘭三が安易な連続殺人事件を起こしたがために、山での殺人事件というモチーフ自体が陳腐化した感は否めない。しかし、本作品について言えば、しっかりとした山岳描写が力を与えており、安心して読める作品に仕上がっている。本作品は短編だが、氏の長編山岳小説の登場を期待したくなる。
山  度
( 山度 : 100% )
 遭難事件、山岳警備隊・・・ほぼ全編に亘って山に関連している。前述の通りしっかりとした山岳描写がなされているということは、筆者は山にも詳しい人なのであろう。

 
 
 
作 品 名
「幻の夏山」 (大倉 崇裕、2005年)(「丑三つ時から夜明けまで」に所収)
あらすじ
 5年前、警視庁特別研究チームは、この世に「幽霊」が存在することを突き止めた。研究チームによると、未解決事件の約70%もが、生前の恨みなどによる幽霊の仕業であるという。警視庁は社会に与える影響の大きさを考慮し、幽霊の存在を国家機密として封印する一方で、日本の中央に位置する静岡県に、幽霊専門の捜査部隊である捜査五課を設置し、幽霊による犯罪の取り締まり活動を試験運用し始めた。
 捜査五課は、捜査責任者である七種警部補を筆頭に、奇妙な装置で幽霊を追う怒木(いするぎ)、白装束の目(さつか)、2mを超える巨漢の座主坊(ざしゅぼう)など個性的なメンバーばかりだった。捜査五課は秘密組織であるがゆえに単独捜査はできず、常に他課と合同で捜査に当たった。殺人事件においては捜査一課と一緒に動いた。ところが、捜査一課の米田警部補は幽霊の存在など信じておらず、現場では七種警部補と対立してばかり。一課の私は、霊感が強かったこともあって七種警部補に気に入られてしまい、いつも一課と五課の板挟みとなっていた。
 そんな折のことだった。半年間追い続けていた凶悪犯・山寺を追い詰めた米田と私は、山寺と銃撃戦になり、結果米田の発砲によって山寺が危篤状態に陥った。事件が解決したことから、米田は半年ぶりに休暇を取って夏山に出かけることにした。危篤状態の山寺が死んだら復讐に及ぶ恐れがあることから、七種は私に米田の警護として一緒に山に行くよう命じた。生憎の雨の中、八ヶ岳の編笠山に向かった米田と私は、米田の顔馴染みである岸田が管理人を務めている編笠小屋へと辿り着いた。ちょうどその時、七種警部から私に電話連絡が入り、山寺が死んだことが伝えられた。
感 想 等
( 評価 : C )
 短編連作集「丑三つ時から夜明けまで」に、登山を絡めた1編『幻の夏山』が収録されている。幽霊による犯罪という、ある意味何でもアリの世界を題材にしつつも、ミステリーとしてちゃんと成立するように、ある程度の制約を設けてそれなりにちゃんとした世界を構築している。その辺りのバランスはうまいと感じる。大倉氏の山岳ミステリーや山岳冒険もののようなシリアスタッチではなく、コミカル路線(たぶん氏のオチケンシリーズがこんなかんじではないかと想像しますが・・・)にした点も恐らくは功を奏しているのだろう。ミステリーとして凄いというほどではないが、気軽に読めて楽しめる作品となっている。短編連作集だが、ワンパターンに陥ることなくいろいろな捻りが加えられており、連作としてのオチもついているあたりはさすが。何でもありの設定をうまく使った小品。
山  度
( 山度 : 30% )
 「幻の夏山」は、氏が得意とする登山を組みこんだ作品。登山シーンがさほど出て来るわけではないが、珍しく実在の山を舞台にしている。

 
 
 
作 品 名
「捜索者」 (大倉 崇裕、2005年)
あらすじ
 12月の枕木岳で高野という男が遭難したとの報を受け、松山隊長ら長野県警特別山岳警備隊メンバー5人が駆け付けた。たまたま麓の枕木小屋にいた緑山会が協力を申し出てくれた。運悪くインナーシューズを濡らしてしまい身動きの取れないリーダーの白井を連絡係として小屋に残し、一行は直登ルートとバースルートの二手に分かれて高野捜索に向かった。
 松山隊長は、緑山会の3人を連れて直登ルートへ捜索に向かったが手掛かりが見つからない。やがて緑山会の筒井がバテたこともあり、一行は捜索をあきらめ小屋へと戻った。すると、連絡係として残っていたはずの白井が、沢に落ちて溺死していた。
 翌日の捜索で高野は無事救助されたものの、松山の心には自責の念だけが残った。白井を小屋に残した判断に間違いはなかったのか。
 それから6ヵ月後、同じ枕木岳で、高野が遭難死した。白井の死後、山を辞めたと言っていたはずの高野がなぜ山へ向かったのか、白井の死と高野の死は偶然なのか・・・。どうしても疑念を拭い切れない松山は、2つの遭難事件について改めて調査を始めた。
感 想 等
( 評価 : D )
 「生還者」の松山山岳警備隊長が今回も登場。遭難に見せかけた殺人!?しっかりした山岳知識に裏付けられた描写、と言いたい所だが、本作についてはミステリーの部分を中心にかなり無理・矛盾がある(以下ネタバレ注意)。
 茨木が直登ルート捜索に回ることは事前にわからなかったはず、ザックのベルトはそんなに都合の良い時間には切れない、犯罪履歴のない高野の指紋なんて照合できないのでは、雲1つない好天なのになぜヘリで救助に行かないのか、緑山会のメンバーは5人いたはず、バースルートって何?・・・等々。
 氏の文章には安定感を感じるだけに、次回作に期待したい。
山  度
( 山度 : 100% )
 山度はたっぷりながら、本作品についてはやや粗いとの感は否めない。大倉氏は山岳知識をそれなりに持っているのでは、と思っているのだが・・・。

 
 
 
作 品 名
「聖域」 (大倉 崇裕、2008年)
あらすじ
 マッキンリーを制覇し、来年は7000m未踏峰に挑もうという登山家・安西が、八ヶ岳の塩尻岳で滑落死した。学生時代に安西とザイルを組み、つい最近、安西に誘われて3年ぶりに山に登った草庭は、冬とはいえさして難しくない塩尻岳で、安西ほどの男が滑落したことがどうしても納得できなかった。塩尻岳は、安西の恋人・牧野絵里子が1年前に雪崩で死んだ場所でもあった。安西の死の謎を解き明かすために、草庭は再び山へと向かった。
 塩尻小屋で、"山小屋を守ろう"運動を知り、その運動に安西が興味を持っていたことを知った草庭は、その運動を主催しているという著名な登山家・杉山真や、そのマネージャー的存在の高井祐一に接触を図り、手掛りを手繰っていった。その途中、牧野や安西の遭難に疑問を感じて調べているという山岳遭難救助隊・松山隊長に出会って話を聞き、草庭は次第に疑惑を深めていった。
 安西は牧野を追って自殺したのか、それとも杉山たちのグループに殺されたのか・・・?
感 想 等
( 評価 : C )
 大倉氏初の長編山岳小説。暗い過去を背負いながらも必死に生きる主人公のキャラクター、見事なラストのドンデン返し、山に関する描写、いずれも申し分なく、ミステリーとしても山岳小説としても非常に楽しめる内容となっている。
 欲を言えば、安西の死に疑問を感じて山に向かい、"山小屋を守ろう"運動を探っていく流れにおける、草庭のモチベーション的な部分、その疑問だけでそこまでするのかという部分が、少し弱い気がしないでもない。
 とはいえ、山岳小説不毛の時代にあって、数少ない書き手として今後に期待したいと思わせるに十分な力作である。
山  度
( 山度 : 70% )
 塩尻岳、両神岳、桐生池・・・。樋口明雄氏もそうだが、架空の山という設定はストーリー上やむを得ないとわかりつつも、どうしてもリアリティ(?)的なところで引っ掛かってしまう。その点を除けば、しっかりした監修を経ているだけあって、山岳描写も読み応え十分。

 
 
 
作 品 名
「生還」 (大倉 崇裕、2008年)
あらすじ
 4月中旬、まだ雪山の長野県北アルプス・黒門岳で、中村貴代美という若い女性が滑落死した。彼女は、黄色いダウンジャケットをナイフで雪面に突き刺した状態で死んでいた。山岳遭難救助隊の中で、遭難の状況に不審な点があった際に登場する山の特別捜査官,釜谷と原田にお呼びがかかった。
 当日、黒門小屋に泊まっていたのは、テント場の一人を含めて三人だけ。中村さんと付き合っていたという栗野は、小屋で彼女と待ち合わせしていたが来なかったため、小屋の主人と一緒に捜索に来て遺体を見つけた第一発見者だった。最近は、彼女とうまくいっていなかったという。テントに泊まっていた二北は、途中で中村さんと遭遇し、煙草の吸殻を捨てたことを彼女に注意され、ムカッとして先に登り始めたという。ところが、もう一人の宿泊者・倉田の証言で、山小屋には泊まらなかったものの、同じ日に山に入っていた男がもう一人いたことが判明した。それが、隣の横戸山で行方不明になっているという斉藤だった。
感 想 等
( 評価 : C )
 表題作「生還」を始め、「誤解」「捜索」「英雄」と、山の特別捜査官・釜谷の活躍を、その部下・原田の視点を中心に描く短編集。帯には「山の鑑識係」とあるが、鑑識係のみならず「山の刑事」として釜谷が活躍する。
 釜谷の人を寄せ付けない雰囲気や、自分の信じる道を行く頑固さなど特異なキャラクターが、原田の目を通すことで浮き彫りになっており非常に興味深い。釜谷がやや思い込みで走り過ぎている感がなくもないが、山の特別捜査官という設定は面白く、大倉氏の他の作品に登場している松山警部補との絡みなど、さらなるシリーズ展開に期待したい。
山  度
( 山度 : 90% )
 都心での捜査なども一部あるが、基本的には全て山の中、あるいは山の中での出来事に関する話。大倉氏の山岳小説も4作目とあって安定感がある。

 
 
 
作 品 名
「白虹」 (大倉 崇裕、2010年)
あらすじ
 とある事件をきっかけに警察を辞めた五木は、北アルプスの山小屋・神凪沢小屋でアルバイトを始めて3年目を迎えていた。9月半ばのこと、五木はたまたま遭難者を発見し、そのお陰で男は命が助かった。ところが、その翌年5月、小屋が閉まっている間東京で警備のバイトをしていた五木は驚くべきニュースを耳にした。五木が助けた男・名頃が、群馬県の長沢山で恋人の奥村裕恵を殺し自殺したというのだ。
 名頃を病院まで見舞いに行き、どうしようもないダメ男ながらどこか憎めない名頃のことを思い出し、彼の恋人への想いを聞いていた五木には信じられないことだった。と同時に、自分が名頃を助けなければ、との思いがよぎった。警官時代、五木が追いかけた万引き犯のバイクが転倒して2人が死んだ。その時の苦い思いが甦ってきた。さらに、奥村裕恵の父・裕幸に責められ、五木の苦しみは深まる一方だった。
 居場所を無くした五木は、逃げるように例年より早く小屋へと入った。その五木の携帯に裕幸から「すまない」との伝言があり、しかもその直後に裕幸は亡くなったという。さらに裕幸は、娘・裕恵の手帳を五木宛に残していた。それを知った五木は、携帯メッセージが裕幸の遺言のように思えて1週間の休みをもらって東京へと行った。そこではさらなる謎が待っていた。裕恵は、スポーツ用品店「フォーレスト・キャンプ」のオーナー関根貴久の素行調査を探偵社に依頼していたのだ。名頃は本当に殺人犯なのか、裕幸はなぜ死んだのか・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 本書はミステリーとしては正直やや物足りない。殺人に至る動機や必然性の部分が弱いのだ。にも係らず読後感は悪くない。それは、登場人物が魅力的だからであろう。大倉ファンにはお馴染みの長野県警山岳警備隊の米村、山小屋仲間の渡辺や茅原、警察官時代の先輩藤野など、個性溢れる脇役陣はもちろんのこと、主人公五木の泥臭さがいい。
 自分のせいで犯人を死なせてしまったのではないかとの自責の念から警察を辞め、山に逃げ込んだ五木が、自らの過去と対峙するように事件と向き合う。いや、そんな格好良いものではなくて、本当は逃げたくて仕方がないのを辛うじて堪えて、必死にもがいてあがいている。最後までヒーローになれない主人公を見ていると、たとえ前に進めなくても、逃げずに踏ん張っていればいつかは道が見えてくる、そんな気にさせられる。
山  度
( 山度 : 70% )
 前半、裕幸の死を受けて五木が東京に出てくるまでは、ほとんど山が舞台。その後は、都会を中心に、時々山が出てくる程度だが、事件そのものに山が絡んでいるため、山度は高め。
 蛇足ながら、本書の書評を私GAMOが、「山と渓谷」の2011年3月号に執筆しています。

 
 
 
作 品 名
「凍雨」 (大倉 崇裕、2012年)
あらすじ
 福島北部にある嶺雲岳。10月末ともなると、いつ雪が降ってもおかしくなかった。親友・植村がなくなったこの場所・この季節に、嶺雲岳に登りに来た深江だったが、植村の妻で幼馴染の真弓と、植村の愛娘・佳子が来ていると知って、日を改めることにした。真弓と佳子は、ガイド3人とともに、植村の慰霊登山に来たのだった。
 タクシーに乗って狭い山道を引き返す途中、すれ違ったワゴン車が、深江の乗ったタクシーに向かって突然発砲してきた。弾が運転手の岡本に当り、タクシーは斜面を転落した。何者かはわからないが、真弓たちの身に危険が及ぶ可能性がある。しかし、岡本を放っておくわけにもいかない。深江は岡本を担いで山を降り始めたが、そこに今度は2台のライトバンが現れた。乗っていたのは、中国人やタイ人など16人。うち3人が向かってきた。銃やナイフで武装している。深江は岡本を茂みに隠して、山へと逃げ込んだ。元自衛隊の特殊部隊にいた深江にとって3人を倒すことは造作なかった。タクシー運転手の安否が気になったが、深江は謎の集団から真弓らを守るために、上を目指すことにした。植村が生きていた頃の約束を果たすために。
 先に山に入った車には、遠藤をリーダーに、自衛隊あがりで腕の立つ富野辺ら8人の男たちが乗っていた。彼らは、中国系ヤクザの組員と女を殺し、金と薬を奪って逃げてきたところだった。それを追ってきた中国系ヤクザ。ところが、遠藤たちは追手をいとも簡単に一網打尽に殺し、何も知らないガイドたちを襲い、真弓と佳子を人質に取った。彼らの本当の目的は何なのか。嶺雲岳を舞台に、死闘の火ぶたが切って落とされた。
感 想 等
( 評価 : C )
 新宿を仕切るヤクザ同士の抗争に巻き込まれた深江と真弓。そぼ降る雨の中で繰り広げられる激闘・死闘。その辺の緊迫感と、息をもつかせぬサバイバル・アクションはさすが。
 しかし・・・・・である。残念ながら、冒険小説的な要素が強すぎるのだ。晩秋の山を舞台に繰り広げられるアクション、死闘の数々、それがメインになっており肝心のストーリーはおまけ。そんな印象を受けてしまうために、物語としての深みが今ひとつ感じられなくなってしまう。そのために、正義とは言えないものの、感情移入によってある程度の共感を得られるはずの深江の行為が、読者によっては単なる殺人としか映らないだろう。
 また、遠藤らが真弓と佳子を人質に取る必然性がない。深江のモチベーションの描き方も弱い。結果として、アクションシーンや殺戮を描くための作品、という印象が強くなってしまう。残念だ。
山  度
( 山度 : 70% )
 夜ともなれば寒さも厳しい、晩秋の福島県の山。一部の回想シーンなどで、都会が出てくるものの、舞台はずっと山。とはいえ、アクションシーンの場所として設定されているだけであり、いわゆる登山的な要素はさほど強くない。

 
 
 
作 品 名
「夏雷」 (大倉 崇裕、2012年)
あらすじ
 もんじゃ焼屋が軒を並べる月島商店街で、しがない便利屋としてなんとか生きている倉持。商店街で用心棒まがいのことをしながら、ペットの捜索やお年寄りの仏壇に捧げる花の買い出しなど何でも引き受ける。そんな倉持の元に、奇妙な依頼が舞い込んだ。「8月までに槍ヶ岳に登れるように鍛えて欲しい」。痩せた初老の山田という男は、山登りの経験など全くなく、なぜ登りたいのか理由も話さない。それなのに3ヶ月余りで槍ヶ岳に登りたいという。
 倉持はかつて、大学四年生の時の部の山行で、一年生部員の藤原弥生の怪我を防げなかったという負い目を持っていた。それでも山田の依頼を受けることにしたのは、正直なところ報酬に目がくらんだためだった。うつ病が元で介護状態にあった倉持の父。仲たがいしている父の介護をしながら一緒に暮らすことなどできるはずもなく、施設に入れるしか手はなかった。その入居費用と入居場所の確保を、山田が報酬として提示したのだ。
 男2人の奇妙なトレーニングが始まった。山田は毎日月島まで通い、倉持と一緒に荒川沿いをトレーニグして帰った。山田の運動能力は並み以下だったが、精神力だけは凄かった。トレーニングの一環として、丹沢塔ノ岳、奥多摩大岳山と登るうちに、倉持は山田のことを見直すようになった。一方、倉持の身辺には謎の影が迫っていた。チンピラ4人に絡まれ、倉持のことを嗅ぎまわる女性がいた。
 鳳凰山を無事こなし、次はいよいよ槍ヶ岳を目指すという時になって、突然山田が姿を消した。その数日後、長野県山岳警備隊の原田から、山田の遺体が高山で発見されたという知らせがもたらされた。山田は一人で槍ヶ岳に向かおうとしていたようだ。山田はなぜ一人で槍を目指したのか、そもそもなぜ槍に登りたかったのか・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 奇妙な依頼、見えない動機、次々起こる謎の出来事・・・・・いわゆる推理小説ではないものの、ミステリータッチで展開し、惹きつけていくうまさは、今の流行りではあるのだろうが、作者らしい巧さが出ている。一方で、人により感じ方の差はあるのだろうが、本作に関しては、個人的には共感できず表面的な印象を受けた部分が多かった。
 〔一部、プチネタバレです〕倉持の槍ヶ岳でのトラウマは20年経っても夢に見るほど責任を感じるべきことなのか(私が薄情なだけかもしれませんが)、そもそもトラウマのエピソードは要るのか(これがあることで、倉持が依頼を受けないリスク(?)が高くなっている)、山田は依頼理由を隠す必要があったのか・・・。また、優紀さんを殺す必要はなかったのではないか、山田がわざわざ倉持に依頼する理由が弱い(仕向けたとはいえ、山田がその通りにしない、砂本が倉持を紹介しない、倉持が受けない、など不確定要素が多すぎる)など、いろいろ気になる。物語の背景を、かなり複雑に練り込んでいることはわかるが、結果としていろいろな謎が明らかになった際の、読み手としてのカタルシスがなく、単に物語を読ませられたとの印象が残ってしまった。
山  度
( 山度 : 30% )
 山が重要な要素にはなっているが、平地でのトレーニングや揉め事などが多く、山度はさほど高くない。ストーリー展開上の必要性がないこともあるが、登場する山が塔ノ岳や鳳凰山など実在する山となっている点は、大倉氏の他の作品に比べ入りやすい。他作のメインキャラがサブで登場するというパターン(本作では、山岳警備隊原田の登場や釜谷の名前が出てくる)は、大倉氏の作品ならではの楽しみ。

 

 
作 品 名
「未完の頂上」 (大倉 崇裕、2015年)(「福家警部補の追求」に収録)
あらすじ
 未踏峰チャムガランガ。それはエベレストにも登頂した登山家・狩義之の夢であり、今は息子の秋人が受け継いでいる親子二代にわたる夢だった。その夢のスポンサーとなっている中津川不動産の会長中津川威彦がスポンサーを降りるつもりだとの噂を聞き、狩は金曜日の夜遅くに中津川の自宅を訪ねた。狩の説得にもかかわらず、中津川の決意は固かった。翻意させることが無理だと悟った狩は、事前に計画してきた通りに、ウレタンで包んだ大きな石で中津川の後頭部を殴打し、殺害した。
 狩は慎重に事を運んだ。中津川の遺体を登山服に着替えさせて車のトランクに積み、狩自身も中津川と同じ格好に変装し、中津川の車で倉雲岳登山口へと向かった。そこから中津川の遺体を担いで真っ暗闇の中、登山道を1時間半ほど登り、倉雲岳唯一の難所である倉雲岳崩落跡までたどり着くと、崖下に遺体を落とした。狩は急いで登山口まで戻ると、始発バスの到着を待って、登山客にわざと姿を見せてから、再び倉雲岳を登り始めた。今度は山頂まで行き、山小屋の主人にもわざと姿を見せて下山に移った。狩と中津川の背格好がたまたま似ていたからこそ可能となった偽装工作だった。倉雲岳崩落跡で狩は自分の服とザックに着替えた。計画は完璧だった。
 ところが、狩の前に福家と名乗る、どうみても刑事には見えない地味で小柄な女性があらわれた。なぜカーナビの電源がオフになっていたのか、なぜ中津川の手袋が汚れていなかったのか・・・。福家の小さな疑問から、狩の計画がほころび始めた。
感 想 等
( 評価 : C )
 古畑任三郎や刑事コロンボに代表される倒叙ミステリーものである。倒叙ミステリーは最初から犯人が分かっているので、読み手の楽しみは探偵役がどうやって犯行を暴いていくかにある。だが、それだけだと展開がマンネリ化しかねない。そこで重要になってくるのが探偵役のキャラだ。その意味で福家のキャラはなかなか立たっていていい。刑事らしくない冴えない風貌、警察バッヂをすぐにどこかへやってしまう整理下手、なのにスポーツ万能で鋭い観察眼を持っている。大倉氏のとぼけた文体が福家のキャラを際立たせている。大倉氏の作品にはシリアスなものと、コミカルなものとあるが、こちらのタイプの方が個人的には好み。
 内容もしっかりと練られているし、ラストのひとひねり効いた感じもいい。気軽に楽しめるエンタテイメント作品となっている。倉雲岳という都心近郊にある架空の低山が舞台。大倉氏の作品には架空の山が登場することが多いが、殺人の舞台ということを考えればやむを得ないのだろう。
山  度
( 山度 : 60% )
 登山シーンそのものはそれほど多いわけではないが、未踏峰チャレンジという話も絡めており、全体的な山度は60%ほど。。
 

 
作 品 名
「秋霧」 (大倉 崇裕、2017年)
あらすじ
 月島で便利屋をやっている倉持は、天狗岳に登り、その様子をビデオカメラに収めてきて欲しいとの依頼を受けた。依頼人は、精密部品加工で日本トップ企業の会長である上尾誠三。一代で世界的な企業を築き上げたものの、ガンで引退し余命幾ばくもない身。天涯孤独の上尾は、最後に、若い頃に登った天狗岳の景色を見たいという。依頼通りに天狗岳に登ってきた倉持だが、依頼の品を上尾に届けた帰り途、謎の男女3人組に拉致され、なぜ天狗岳に登ったのか聞かれ、拷問を受けた。
 元自衛隊特殊部隊の深江は、人目を忍んで山奥の小屋に住んでいたが、その腕を見込まれて、警視庁の儀藤と名乗る男の手下に無理矢理殺人現場まで連れてこられ、過去の事件をチャラにすることを条件に協力を求められた。目の前には、いとも簡単に首を絞められて殺された、一場というプロの殺し屋の死体が転がっていた。儀藤の依頼は、ここ数年、類似の手口で殺しを行っている、「霧」と言われる殺し屋を捕まえることだった。否応なしに依頼を引き受けることになった深江は、一場殺しの裏にもっと大きな事件があることに気付いた。
 深江を襲ってきた謎の男たちを締め上げて吐かせた雇い主の居場所を訪れると、弁護士の須賀とその私兵たちが皆殺しにされていた。その帰路、男が拉致される現場を目撃した深江は、後を追跡し男を救出した。その救出した男が倉持だった。
 次々と襲ってくる敵を倒しながら真相に近づく深江。その真相は、殺人にも係わらず事故として処理された、6年前に稲子湯付近で起きた事件に繋がっていた。天涯孤独と思われた上尾には、実は息子がいた。殺された息子の恨みを晴らすために「霧」を雇った上尾、「霧」に狙われていると知り私兵を雇って対抗する二世議員とその力を借りて出世街道に乗った警察幹部、警視庁の儀藤に雇われた深江。都心や八ヶ岳を舞台に繰り広げられる三つ巴の死闘、そこに巻き込まれた倉持は・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 大倉氏得意の山岳冒険アクションとも言うべきジャンルの作品で、アクションシーンの上手さは一級品。単純に、気軽に、楽しんで読める娯楽作品となっている。しかも、「凍雨」の深江、「夏雷」の便利屋・倉持、「生還」の山岳警備隊・原田など、大倉作品ではお馴染みのメンバーも登場し、ファンにはたまらないだろう。
 難点としては、ややファンに寄り過ぎて、本作で初めて大倉作品を読む人が、置いてきぼりになる可能性がある点。また、重要なキーマンであるはずの「霧」の人物像に深みがなく、リアリティに欠ける点。さらに言えば、ラストのどんでん返しと終わり方は、評価の分かれるところだろう。
山  度
( 山度 : 20% )
 倉持がビデオ撮影しながら天狗岳を登るシーン、ラスト近くの深江・倉持vs「霧」のシーンあたりが山関連のシーン。

 
 
 

作 品 名
「琴乃木山荘の不思議事件簿」 (大倉 崇裕、2018年)
あらすじ
 標高2750メートルの竜頭岳。その2200メートル地点に建ち、竜頭岳登山の要衝となっている琴乃木山荘が、棚木絵里のバイト先だ。最大収容人数150人の大規模山小屋のオーナー琴乃木正美は63歳で、丸顔の禿げ頭、優しい顔つきたが豊かな顎髭が威厳をもたらしている。見た目30歳くらいのベテランアルバイト石飛匠は、飄々としていて無口ながら頭の回転が早い。このほか、斎藤まゆみ、山城光一、八木など、数人のアルバイトがいる。そんな琴乃木山荘周辺で起こる数々の謎を巡る物語。
 10月ともなると登山客はめっきり少なくなり、その日も宿泊客は一人もいなかった。絵里が酒好きのオーナーの晩酌につき合わされていると、珍しく斎藤まゆみが女子部屋から出てきて話に加わり、変な話を語り出した。まゆみによると、ここ二日間、夜中の2時頃にテント場の先に人魂のような光が浮いて見えるという。また、3日連続で午後2時過ぎに同じ男性が登ってきているのに、小屋にもテント場にも泊まった様子がないという。夜中の人魂や毎日登ってくる男性は、果たして幽霊なのだろうか…。とその時、こんな時間に外に出ていた石飛が小屋に戻ってきた。まゆみの悩みの答は石飛が知っていた・・・(第一話「彷徨う幽霊と消えた登山者」のあらすじ)。
感 想 等
( 評価 : C )
 竜頭岳にある琴乃木山荘という架空の山荘を舞台に、そこで起きた謎を主人公の絵里やベテランアルバイトの石飛らが解き明かしてゆく、一話完結型の連作短編ミステリー。それぞれにちょっと捻ったミステリーとなっているが、第三話や第七話のような殺人を絡めた話は短編だと大げさな感じがするので、第一話や第六話のような何となく温かい身近な話の作品の方が本作には合っているように思う。
 山小屋を舞台にした小説というのは「春を背負って」や「未踏峰」などそんなに多くないが、個人的には好み。ミステリーも良いが、山小屋の日常を描いた小説にも期待したい。
 本作には、お馴染みの山岳救助隊・原田も登場するが、今回は必然性も薄く、ちょっと無理矢理感があるかも。
山  度
( 山度 : 50% )
 山荘を巡る話なので舞台はずっと山なのだが、実際の登山シーンはさほど多くない。竜頭岳は架空の山なのだが、エリアを匂わせる記述もないので、モデルなどがあるのか見当がつかない。標高の割にアプローチが良く雪も多いようなので、北八くらいのイメージだろうか。
 
 
 
 
作 品 名
「冬華」 (大倉 崇裕、2021年)
あらすじ
 相棒の深江がいなくなった。八ヶ岳・天狗岳の事件(「秋霧」参照)を生き延びてから1年、深江と同じ家に住んで一緒に便利屋を続けていた倉持は、深江の失踪には何か裏があると見て、深江を探し始めた。探偵事務所時代の知り合いに調べてもらい、施設にいたマイという深江の知り合いの女性が最近亡くなったことが分かった。また深江の亡き親友の妻・植村真弓から儀藤という男のことを聞いた倉持は儀藤と接触し、マイがいた施設の職員から、マイが死ぬ間際に「あなたの好きな場所に骨をまいて欲しい」と深江に頼んだことを聞き出した。深江が好きな場所、それが穂高岳であることは、植村真弓の娘が覚えていた。
 山麓の小屋で猟師をしながら一人で暮らしていた植草吉三のもとに熊本と名乗る男が現れて、人を殺して欲しいと依頼してきた。交通事故で息子夫婦を無くし、たった一人の孫も施設に引き取られた植草にとって、お金があれば孫と一緒に暮らせる。息子夫婦は、石崎という衆議院議員の放蕩息子に飲酒運転で跳ね飛ばされたが、なぜか石崎は逮捕されなかった。植草は、熊本の所属する組織が連れてきた石崎を撃ち殺し、依頼を引き受けることにした。植草がヘリで熊本に連れて来られた場所は、穂高岳にある山小屋だった。そこに獲物がいるのだという。
 倉持は、自分を奥穂高岳へと向かうように仕向ける深江の意志を感じながらも、そのレールに乗り、儀藤の助けを借りて穂高に向かった。新穂高温泉から、敵の見張りの目をかいくぐって山へ入った倉持は、涸沢岳付近に潜伏しているであろう深江にライフルを届けるためだけに、夜を徹して山を登った。そして、深江の命を狙う熊本たちと、深江・倉持コンビの死闘の火蓋が切って落とされた。
感 想 等
( 評価 : C )
 「凍雨」の深江、「夏雷」の倉持、そして両者が登場した「秋霧」に続く第三弾の山岳アクションもの。お馴染みのメンバー登場、そして緊迫の山岳アクションシーンの連続で、エンタメ作品としては一気読みしてしまう。
 一方で、残念ながらそれしかない。深江はもちろん、彼を狙う熊本や植草にもそれなりの背景・動機はあるが、そのどれもが、読者が共感するほど深くない。特に、マイちゃんのことや、植村親子の話は、過去作品を読んでいない読者を置き去りにしており、大倉作品を読むのは本作が初めてという人にとっては何のことだか分からないだろう。熊本たちはなぜ穂高で深江を狙うのか、深江はなぜわざわざ穂高に行くのか、なぜこのタイミングなのか。決して悪くはないが、2度手に取ることはないであろう作品だった。
山  度
( 山度 : 40% )
 舞台は冬の奥穂高。しかも新穂高温泉から涸沢へと向かうマニアックなルート。登山描写はさすが。