山岳小説(国内)・詳細データ
〜長井 彬〜
 
 
作 品 名
「北アルプス殺人組曲」(長井 彬、1983年)
あらすじ
 藤原美佐は北ノ俣岳で出会った画家・植垣達雄と南岳山行へと出掛けた。植垣の親友竜泉寺純はその南岳で、植垣と会う約束をしていた。竜泉寺が南岳小屋へ着くと、植垣が行方不明になっており、彼は翌朝死体で発見された。
 死因に不信を抱いた竜泉寺は、植垣と親交のあるGBAL極東支社長エリクソンが同じ時に上高地に現れたことを突きとめ、エリクソンに疑いをかけた。
 美佐が証拠となり得るカメラを南岳小屋に忘れており、エリクソンがそれを取りにいくことをキャッチした竜泉寺と植垣夫人・悠子、植垣の弟子・五井はエリクソンを尾行し、そこで美佐の死体を発見する。さらに同じ3人で出掛けた植垣の追悼山行で悠子夫人が殺害されるに及んで、エリクソンの存在を知らない警察は竜泉寺に疑いをかける。
感 想 等
( 評価 : C )
 ストーリーの肝となるトリックを始め、南岳小屋での密室トリックなど随所に出てくる様々な謎がよく練られており、伏線の張り方といい優れたミステリーとなっている。ただ、犯行が綱渡りで、偶然に期待するところが大きく、その点では今イチの感もある。
山  度
( 山度 : 30% )
 長井彬の山岳ミステリーには、北アルプス南部、上高地を中心とした穂高一帯が出てくる。これもまた、長井彬の魅力である。
 
 
 
 
作 品 名
「奥穂高殺人事件」(長井 彬、1984年)
あらすじ
 3月の奥穂高岳山行で、伊東広が雪庇を踏み抜いて転落死した。先に下山していた綿貫リーダー、江藤弘ら残りのメンバーが、涸沢から見守る中での転落であり、事故として処理された。しかし、同行していた赤坂美知が転落寸前に「ワナか?これは」という伊東の言葉を聞いたこと、最近伊東に不審な手紙が来ていたこと、穂高岳山荘でなぜか全員が寝過ごしたこと、などおかしなことが多く、私は他殺ではないかと疑っていた。
 4ヵ月前、会の山行で薬師岳へ出かけ牧田が遭難死していたが、牧田の婚約者・美知がその時の同行者であった伊東・綿貫・蒲田らを恨んで犯行に及んだのではないかと疑われた。伊東には身寄りがないもののかなりの資産家で、その遺産を狙った犯行も疑われたが、腹違いの妹・石井麻衣子が現れ、遺産は麻衣子が受け継ぐことになった。
 伊東の追悼山行で、今度は綿貫が同じ場所で墜落死した。今度もアリバイがないのは美知だけ。しかも綿貫の死体のそばに女物の手袋が落ちていたことから美知への疑惑が高まったが、美知と直接話をして、私は美知が犯人ではないと思うようになった。
 そして7月。江藤が突然麻衣子と結婚すると言い出し、その結婚式場から江藤が突然姿を消したことから、一連の事件の背景が明らかになっていった。
感 想 等
( 評価 : B )
 長井彬氏のミステリーは、いつもながら手の混んだ、よく練られたストーリーで感心してしまう。本作品では、「北アルプス…」や「槍ヶ岳…」のような綱渡りトリックもないという点でも他作品よりも優れていると思われるが、住民票トリックはちょっといただけない。そう考えると、やはり偶然に頼っている部分が長井氏のミステリーでちょっと引っ掛かると言わざるを得ないが、全体によくできているのでまぁ良しとしよう。
山  度
( 山度 : 60% )
 3月、雪の奥穂高山行。6月、初夏の奥穂高岳。そして11月、初冬の薬師岳。いろんなタイプの山行の模様も楽しめるミステリーとなってます。
 
 
 
 
作 品 名
「槍ヶ岳殺人行」(長井 彬、1985年)
あらすじ
 別れた彼女・冴子と、「毎年6/28には槍ヶ岳に来よう」という約束をした秋元は、その言葉に期待して槍ヶ岳に来ていた。そこで、行方不明の兄を探しに来た宇井篤子、妻の浮気を疑って槍へと来た立花とたまたま上高地の宿で一緒になり、揃って槍を目指した。殺生ヒュッテに着くと、立花の妻・由美の行方不明騒動が起き、由美と一緒に山崎という男と冴子が来ていた。同じ日に槍ヶ岳山荘、ヒュッテ大槍でも行方不明の女性が出ていた。
 数日後、由美が槍ヶ岳から転落した形で死体で見つかった、絞殺した跡があり、顔はぐちゃぐちゃにされていた。さらに2週間ほど後、夫の立花が由美と同じ場所で、同じように顔をぐちゃぐちゃはにされて殺されていた。しかも、現場のすぐ近くに、山崎と冴子がいた。
 事件を探っていた秋元と篤子は、なぜか隠し事をする冴子に疑いの目を向けた。なぜ顔をぐちゃぐちゃにしたのか、槍ヶ岳密室の謎は、由美が行方不明になる直前にいたアベックは何者か、行方不明の2人はどこへ行ったのか。謎は解けかけたものの証拠がない秋元は、山崎の提案で冴子を罠にかけることにした。
感 想 等
( 評価 : C )
(以下、ネタばれです。ご注意を)
 次から次へと湧きあがる謎。犯人は誰なのか。ラストに向けて全ての謎が一気に解決するようになっており、その展開は見事。ただ、「北アルプス殺人組曲」もそうだったが、トリックが綱渡り過ぎる点が問題。
 あと、長井彬という作家は、密室とすり替えが好きらしい。
山  度
( 山度 : 50% )
 槍ヶ岳付近で繰り返し起こる殺人。これだけ槍ヶ岳が登場すれば、山度が高いことは言うまでもない。
 
 
 
 
作 品 名
「ピッケルと幽霊」(長井 彬、1988年)
あらすじ
 田村は従兄弟の亜耶子から相談を受けていた。1年前に亡くなった夫・服部健二の霊が出るというのだ。健二は、正木竜哉というパートナーと冬の後立山を縦走中に八峰のキレットで足を滑らせてしんでしまったが、その正木が健二の形見であるベントのピッケルを持っているときに限って霊が出るらしい。
 正木は健二の死後、遺体収容やその後のこまごましたことで亜耶子に尽くしていたが、彼は亜耶子のことが好きなようだった。それを好ましく思っていない男がいた。須藤邦彦である。彼は健二が遭難した時に近くに居合わせて、正木の知らせを受けて遭難現場に駆けつけた男だが、遭難者の妻に会ううちに、すっかり亜耶子に惹かれてしまったらしい。
 証拠はないが健二は遭難ではなく正木が殺したのだ、と須藤は田村に言った。そして、それを暴くために、近いうちに正木と2人で遭難現場を訪れるという。
 しばらくして後、田村のもとに遭難の知らせが入った。転落死したのは正木ではなく須藤だった。田村は話を聞くうちにひっかかるものを感じ、事件を調べ始めた。事件の真相は。そして幽霊の正体は。
感 想 等
( 評価 : D )
 短編ながら長井氏らしいトリックや伏線をきちんと張り巡らせたミステリーに仕上がっている。とはいうものの、やや安易な感じは否めない。悪くはないが、「推理小説代表作選集」というのはいささか言い過ぎか。
山  度
( 山度 : 50% )
 山での話は随所に出てくるが、いわゆる登山シーンという部分は少ない。
 
 
 
 
作 品 名
「白馬岳の失踪」(長井 彬、1990年)
あらすじ
 真由子の恋人で、A大学講師の井村幸雄が行方不明になった。真由子の叔父で新聞記者の曾我明は、真由子から相談を受け捜索を手伝うことにした。方々に電話するうちに、井村の後輩で大学助手の清川からの情報により、井村が白馬岳に出かけたことがわかった。
 調べて見ると、確かに井村は白馬岳山荘に泊っていたが、翌日の宿泊予定地である朝日小屋に泊っておらず、その途中で遭難したのではないかと考えられた。しかし、普段の井村らしくない白馬小屋での無愛想な態度、何も記入されていない山日記、妙に大きな宿泊カードの文字など不自然な点がいくつもあった。
 井村の不可解な行動の理由は。井村は遭難したのか、それとも・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
(以下、ネタばれです。ご注意を)
 長井彬という作家はよくよく摩り替え、なりすましが好きらしい。本短編に収められている「遠見二人山行」「北アルプス殺人組曲」「槍ヶ岳殺人山行」いずれもすり替えが出てくる。ここまで多用されると、さすがに鼻につく。
 また、最後の自白に追い込む展開も、あまりにイージーな犯人のミス。陳腐と言わざるを得ない。しかも同じ展開を「ある遭難美談」でも使っている。もうひと工夫欲しいところ。
山  度
( 山度 : 30% )
 実際の山のシーン自体はさほど多くないが、話は終始山に絡んでいる。短編集の他の作品も全て山に関連したもの。
 
 
 
作 品 名
「悪女の谷」(長井 彬、1990年)
あらすじ
 菊田泰彦は、同じ役所に勤める恋人・馬場敏子に強引に誘われて、鈴鹿山脈北部・青川渓谷銚子谷に沢登りに来ていた。敏子は短大の頃から登山に嵌まっており中でも沢登りが好きだったが、菊田は特に山が好きというわけではなかった。菊田が前に付き合っていた佐川光江もやはり山好きの女だった。しかも、敏子と光江は、一緒に山に登ったこともあるという。菊田は、よくよく山好きな女と縁があるものだと苦笑せざるを得なかった。
 敏子に連れて来られた銚子谷は、沢登りというよりロッククライミングのようだった。菊田は誘いに乗ったことを後悔し始めていた。高さ18mもある銚子大滝を苦労して超えたところで、敏子が突然、銚子岳から縦走した先の竜ヶ岳で、反対側から登ってくる光江と待ち合わせしていると言い出した。菊田の気持ちは重くなるばかりだった。沢登りに不慣れな菊田が手間取ったこともあり、結局2人は待ち合わせ場所に間に合わず、銚子岳で引き返すことにした。
 翌日、光江の死体が竜ヶ岳山頂付近で見つかった。銚子岳から竜ヶ岳まで2時間かかることから、敏子にも菊田にも犯行が不可能なことは明らかだったが、菊田は不安を隠せなかった。
感 想 等
( 評価 : C )
 短編集「白馬岳の失踪」に収録されている作品だが、山前譲氏選によるアンソロジー「山岳迷宮」にも再録された。
 珍しく、沢登りを描いた作品。沢ならではといった感のあるトリックも使われているが、このトリックにはちょっと無理があるように思われる。思いついたトリックを活かす所から発想がスタートしている感じで、犯行の裏にある動機や、犯行場所に選んだ理由など、全体的にもう少し踏み込みが欲しい。
山  度
( 山度 : 100% )
 
 
 
 
作 品 名
「登山靴の謎」(長井 彬、1991年)
あらすじ
 梅雨末期の7月1日、会社の同僚である桂木幸彦と原田多喜は北アルプス登山に来ていた。新宿初の夜行に乗り豊科駅で降りた2人はタクシーで登山口まで行き、一ノ沢を登り始めた。夜行で疲れた身体に急登はきつく、多喜が遅れがちとなった。それでも昼過ぎには常念乗越に着き、槍・穂高連峰の展望を堪能することができた。ところが、弁当を食べている間に天候が悪化してきた。翌日の天気予報が雨ということもあり、2人は常念小屋に泊まらず、3時間かけて一ノ俣谷を槍沢まで下ることにした。
 しかし、2人はすぐに後悔することとなった。雨は激しくなり、急降下する沢沿いの道は滑って危険だった。多喜は丸木橋を渡る時には、滑らないように登山靴を脱いで渡った。七段ノ滝をへつって渡った時だった。幸彦は後ろから来ているはずの多喜がいないことに気付いた。豪雨で探すことなどとてもできない。幸彦は急いで下山すると、横尾山荘に駆け込み救助を求めた。
 翌早朝、長野県警山岳救助隊の久居副隊長らが現場に駆け付けると、七段ノ滝の一番下の滝壺から遺体が見つかった。遺体は回収され、幸彦と東京から駆け付けた多喜の妹・由美により身元が確認された。
 事件から2か月。久居副隊長は釈然としないものを感じていた。幸彦や由美が妙に淡白だったこと、幸彦が聞いたというラジオの雨予報を流した放送局がなかったこと、多喜が脱いでいた登山靴がバラバラの場所から見つかったこと。危険な丸木橋を渡る時に、脱いだ靴を手に持って渡るはずがない。幸彦が持ってあげるのが普通だろう。久居は、県警捜査一課に相談することにした。
感 想 等
( 評価 : C )
 雑誌「コットン」の1991年10月号に掲載され、翌年出版されたミステリー評論家・中島河太郎氏が編者を務めた「トラベル推理傑作選 日本列島殺人」に収録された作品。
 この短編作品だけ読むと、決して悪くはない。ヒネリの効いた面白い短編と言ってもいいかもしれない。疑惑のきっかけとなった登山靴の謎も、登山家ならではの着眼点で面白い。ただ、長井彬の山岳ミステリーを何作品か読んだことのある読者からすると、「またあれか」とすぐに気付いてしまうのが残念。あと、妹・由美という設定は、あまりに杜撰。
山  度
( 山度 : 100% )
一ノ沢から常念乗越経由一ノ俣沢を下山。一ノ俣沢を歩く人は,
今ではいないだろう。