山岳小説(国内)・詳細データ 〜な行〜
 

 
 

作 品 名
「岩壁に舞う」(内藤 康生、2015年)
あらすじ
 月刊誌「歴史と古道」の駆け出しライター三木奈津子は、取材で上高地へ向かう途中で風岡俊介という若者と知り合い、上高地が一望できる霞沢岳へと案内してもらった。俊介は岳陽山岳会という先鋭的な山岳会のメンバーで、1964年当時珍しかったヨーロッパアルプスの岩壁登攀、さらにはK2遠征を狙うほどの登山家だった。
 俊介のお陰もあり、奈津子が書いた記事と写真は好評だった。奈津子は、次の企画も山の古道にしようと考えていた。俊介にも雑誌を送ると、折り返し「剣が峰」という会報が送られてきた。そこには、天城峠や針の木峠など、奈津子が企画として考えていた場所を通っている記録も載っていた。
 翌年4月、奈津子は、武田氏を滅ぼした後に織田信長が通ったという中道往還の取材に出かけた。甲府から静岡へとつながる道を取材した奈津子は、静岡が地元だという俊介と富士宮駅で待ち合せ、一緒に浅間神社の取材に出かけた。そこで俊介から、ヨーロッパアルプスへ行くことを聞かされた。
 翌月の出発の日、奈津子は横浜港まで俊介を見送りに出かけた。岳陽山岳会のメンバーが大勢見送りに来るなか、奈津子の他にもう1人で女性が来ていた。その女性は、山田千代という俊介が勤めていた会社の事務員だった。結婚願望のない奈津子と、結婚して田舎で農業をしたいという俊介。合わないことはわかっていたのに、奈津子は俊介のことが気になって仕方なかった。奈津子は、自分の気持ちを確かめるため、俊介を追って単身スイスへと向かった。
(表題作のあらすじ)
感 想 等
( 評価 : C )
 「市民文芸ふじのみや」に入選した3作と、雑誌「山の本」に掲載された3作の、短編計6作を収録した短編集。定年後に登山を再開し、紀行文代わりに小説の形で文章にし、「市民文芸ふじのみや」に応募したところ佳作に入選し、その後の作品も雑誌「山の本」に送ったところ運よく掲載されたのだという。
 こう書くと、素人に毛が生えた程度に感じるかもしれないが、作品を読むと、どこか新田次郎を彷彿させるような雰囲気があり、しっかりと描かれている。それぞれの主人公の生き様を軸に、要所要所で登山が良いアクセントとして使われており、個人的には結構好きです。特に、「ケルンの墓」と「雁坂峠」は、味わいがあって良い。
山  度
( 山度 : 80% )
 山度は作品により異なり、「残照」などは少し低いが、総じて高め。表題作では、ヨーロッパアルプスでの岩壁登攀の話も描かれており、若い頃にはかなり山をやった方なのだろう。



 

作 品 名
「忘我の記」(中原 恒子、1987年)
あらすじ
 伊豆の素封家に生まれた辻村伊助は、若い頃から山登りに打ち込み、また植物の研究を行っていた。
 伊助はヨーロッパ・アルプスへ山と植物の研究に出かけ、ユングフラウ、メンヒなどを次々と登頂していったが、グローセ・シュレックホルンで雪崩に遭い、入院を余儀なくされてしまう。そこで、ローザと出会い、彼女と結婚して日本に連れて帰ることにした。
 日本に戻った伊助は、ヨーロッパで採取・購入した種子を小田原に作った農園に植え、移植に務めた。ようやく軌道に乗り始めた頃・・・。
感 想 等
( 評価 : D )
 はっきり言って、この小説を読む限りでは、辻村伊助のどこが魅力的なのか、筆者がどこに惹かれたのかさっぱりわからない。ただの道楽息子、金持ちの家に生まれた放蕩息子のわがまま程度にしか思えない。面白みのない中途半端な作品だ。
山  度
( 山度 : 20% )
 登山シーンもある程度あるが、山の素人が描いているせいか全く迫力がなくどうということはない。

 
 
 
作 品 名
『「金太郎伝説」追跡ルート 警視庁山遭対・梓穂の登山手帳
(中野 順一、2014年)
あらすじ
 警視庁山岳遭難対策課に勤務する片桐梓穂。普段は山岳遭難に関する情報収集業務などをしている彼女だが、上司の命令で、パソコン遠隔操作事件の捜査応援に借り出されることになった。警察をあざ笑うかの如く、犯行に関するクイズやヒントを出してくる犯人。そのひとつに「金太郎ゆかりの山に犯罪に関する記憶媒体を埋めた」というものがあり、梓穂が手伝うことになったのだった。
 「金太郎ゆかりの山」と言えば金時山だろうと思った梓穂は、幼馴染で同じく警視庁のサイバー犯罪対策課に勤める朝比奈和巳を巻き込んで、金時山登山に出かけた。しかし、金時山山頂付近からは、それらしき物は何も見つからなかった。上司に報告すると、最初からアテにしていなかったような答えが返ってきた。
 上司の醒めた反応が逆に、梓穂の気持ちに火を付けた。犯人からのヒントを見つけることが、自分にとってのヤマだと感じた。警察官のはしくれとして、梓穂は真実を突き止めたいと思っていた。金太郎ゆかりの山と言えば、他にも長野の南木曽岳や京都の大江山もある。上司を説得した梓穂は、真相を求めて、犯人がいうところの「金太郎ゆかりの山」を探す捜査を始めた。
感 想 等
( 評価 : C )
 パソコン遠隔操作事件という旬の題材を取り込んでいること(とはいえ、あっという間に事件は忘れ去られつつあるが・・・)。主人公梓穂の幼馴染で、博学だけど空気の読めない和己というキャラ設定。(好みは分かれるだろうが)金太郎伝説を解き明かす歴史ミステリー的な展開。そして箱根から木曽、京都と各地を飛び回る旅行的要素と、軽妙な会話のやりとり。2時間ドラマにした面白そうな、気軽に楽しめる作品。
 ただ、犯人の動機の弱さは否めないし(事件を起こしたらマイナスイメージが大きくて目的は達成できないことくらい、すぐにわかりそうなもの)、作中で「梓穂は胸の奥が熱くなるのを感じた」といった表現があるが、その辺りの熱量が今ひとつ読者に伝わって来ないのが残念。ラストの終わり方は、続編が決まっているということなのだろうか? そうだとしても、本作自体は完結しているので、前振りは余計ではないかと思う。サブタイトルの「登山手帳」も、入れた意味がよくわからなかった。
山  度
( 山度 : 40% )
 主人公が、警視庁の山岳遭難対策課(実在?)に勤務しているだけあって、そこそこ山が出てくる。プロローグの伊豆ヶ岳に始まり、金時山、南木曽岳と、登山シーンもそれなりに登場する。

 

 
作 品 名
「鹿島槍幻影」(中原 行夫、1996年)
あらすじ
 私、吉沢は登山教室を開く傍ら、私立探偵のような仕事をしていた。ある時、阿部智美という女性が、鹿島槍ヶ岳で行方を絶った同じ山岳会の中村降一を探して欲しいと依頼してきた。同会会長石岡、行方不明となった中村の妻もなぜか積極的に探そうとしていない。結局中村の遺体は見つからなかった。
 翌春、私は捜索を再開しようとして、依頼者の阿部智美が轢き逃げで殺されたことを知った。すると今後は、阿部の元夫が、中村の捜索に加えて、阿部がかつて酒田市にいた頃に一緒に居た前野という男とその甥を探して欲しいと言って来た。
感 想 等
( 評価 : D )
 どうも文章に飛躍があるようで、わかりにくい。ストーリーも結局何がいいたい話なのかわからないし、物語がきちんと解決したのかもよくわからない。巧妙な話っぷりの描写からは鋭さが垣間見えるだけに惜しい気がする。
山  度
( 山度 : 10% )
 山に絡んだ事件であるが、実際の山のシーンはわずか。

 
 
 
作 品 名
「草すべり その他の短編(南木 佳士、2008年)
あらすじ
(以下は「穂高山」のあらすじ)
 東信州に住んでいながら山登りなどしたことのなかった「わたし」は、50歳になって心身不調を感じたことから軽い気持ちで山登りを始めた。しかし、近場の山を登り尽くし、体力も付いてくると欲が出て、一度穂高の山々を見てみたいと思うようになり、初めて上高地を経て涸沢へとやってきた。
 小屋のテラスでビールを飲んでいた男に声を掛け、そこから見える山の名前を教えてもらった。男に勧められるまま1杯だけビールを付き合っているうちに、男は次第に饒舌になり、身の上話を始めた。
 男は学校の教師で3年前に妻を亡くしていた。妻を亡くした翌年の人間ドックの時に、CTで肺に影が見つかり、定期的にCTを受けることとなった。妻の死後、自分の存在にあいまいさを感じ、コンピュータに管理されて癌に怯える生活に嫌気を感じた男は、手術を受けることにした。手術の結果、早期の肺癌で転移の可能性は小さいとわかり、男は山歩きを始めた。体の五感をフルに動員して登っていく。こんなことでしか、自分の存在を確認できないと男はいう。
 「わたし」は涸沢で泊まって帰るつもりだったが、翌朝、なんとなく足は穂高へと向っていた。
感 想 等
( 評価 : C )
(以下は「穂高山」の感想)
 初老になって山登りを始めた男。父親が脳梗塞で倒れた年と同じ年になっており、死を意識し始める。そんな「わたし」が涸沢で出会った同年輩の男。妻を亡くし、体を悪くし、自分という存在のあいまいさを感じている。そうしたある意味似た者同士が、山という大自然を前にして語り合い、存在の不安感を感じ合う。そんな男たちの不安感を、一時でも拭い去ってくれるものが登山だったのかもしれない。人が生きていくうえでの漠然とした不安感を描いた作品。
 「穂高山」のほか、「草すべり」、「旧盆」「バカ尾根」の4作品を収めた『草すべり その他の短編』で、第36回泉鏡花賞と芸術選奨文部科学大臣賞をダブル受賞。
山  度
( 山度 : 60% )
 登山そのものは、ごく普通の山登りシーンが出てくる程度だが、山という存在が、登山という忘我の行為が、物語の核として、重要なキーになっている。

 
 
 
作 品 名
「熊出没注意」(南木 佳士、2010年)
あらすじ
 末期癌患者を診る総合病院で病棟責任者を務めて7年、突然神経衰弱に陥った。その後任となった後輩は、激務に耐えかねたのか、7年後に悪性腫瘍で逝った。以降毎年、年に一度は彼の墓参りをするようにしている。
 生き残った「わたし」は、7年前から登山を始め、いつの間にか山行記まで出すようになっていた。取材に来た新聞記者が帰った直後、叔父の訃報を知らせる電話が鳴った。葬儀は来週半ばだという。あれあれ、と妻が言う。今年は、妻の父もなくなるなどいろいろとあった。明るさが取り柄だった妻が、「夕方になると妙にさびしくなる」というのを聞いて、2人して北八ヶ岳の天狗岳に出かけることにした。天狗岳は、7年前に登山を始めた時に当面の目標にした山であり、2人で何回か登った山だった。
 叔父の葬儀には、近くの温泉旅館に2泊で出かけた。新館、最新館と建て増しをした老舗旅館だった。和室の座卓の上には、「熊出没注意」と書かれたA4版の書類が置かれていた。
感 想 等
( 評価 : C )
 本作は、当初「先生のあさがお」に収録され、その後「熊出没注意 南木佳士自選短篇小説集」に再録された。後者の方で読んだので、ここでの感想は後者全体の感想として書く。
 南木佳士自選短篇小説集は、作家生活30周年を記念して出版された作品集。南木作品は私小説だが、久しぶりに私小説を読んだ気がした。謎解きもドンデン返しもなければ、スリリングなアクションシーンもない。あらすじを見ればわかるように、話自体とりとめもない。でも、なんだか心に沁みてくる。学生の頃、夏目漱石や森鴎外など古典とも言える作品をよく読んだが、そんな昔を少し思い出した。私小説が心に沁みるのは、年をとったせいかもしれない。
 作中のインタビューで、「原稿用紙に向かっているときだけしかじぶんが生きていると感じられなかったのが小説を書き始めた理由です。」と述べる件がある。「すでに色あせてきた雛形として喉のあたりに保存されている一節」と断っているが嘘ではないのだろう。その表現が、登山家やクライマーのそれと似ていて、何か面白かった。
山  度
( 山度 : 10% )
 短篇小説集に収められている作品のうち登山が出てくるのは本作だけで、あとは「神かくし」にキノコ採りのために山に入るシーンがあるくらい。「熊出没注意」の中でも登山シーンも少ない。

 
 
 
作 品 名
「冬山記」(夏川 草介、2015年)(「神様のカルテ0」に収録)
あらすじ
 結婚して20数年、50歳の誕生日に妻から離婚届を渡された健三は、数日考え事をするつもりで、大学時代に慣れ親しんだ縦走路に向かった。ところが、常念岳の冬季小屋を出て、蝶ヶ岳へ向かう尾根の途中で突風に煽られ、滑落してしまった。健三が意識を取り戻すと、頭から血が流れ、左足が折れていた。半ば自暴自棄に陥っていた健三は、生きるための努力を諦めていた。
 浩二郎・那智子夫婦にとって、常念から蝶、上高地への縦走は、3年前に亡くなった息子・浩介の弔い登山だった。まだ明るいうちに蝶ヶ岳ヒュッテに到着した2人は、常念冬季小屋に一緒に泊まり、先に出発したはずの男性がいないことに気づいたが、途中で横尾にエスケープしたか、一気に上高地まで降りただろう、くらいに考えていた。そこに、小さな身体に大きなリュックを背負った女性が到着した。彼女は、困難な登山を忍耐力と決断力でこなしてきたことで有名な山岳写真家・片島榛名だった。先行していたはずの男性がいないことを知った彼女は、それまでの疲れも見せずに、男性を探しに戻っていった。
 天候は悪化し始めていた。女性1人で救助などできるはずがない。だが浩二郎は、その女性が片島榛名だと知って、捜索を彼女に任せることにした。そして夜半。榛名は瀕死の男性を抱えて小屋に戻ってきた。
感 想 等
( 評価 : B )
 「神様のカルテ」シリーズ4作目。4作目ではあるが、これまでの話よりも前のエピソードであることから、「0(ゼロ)」となっている。そこに収められている短編「冬山記」は、主人公イチの妻で山岳写真家であるハルが、イチと出会った頃の山岳救助譚。「神様のカルテ」のスピンオフ作品である。
 本作は冬山での山岳救助を描いたものであるが、人命救助という点で救急医療と共通しており、命の重さ、大切さを想う作者の気持ちがここでもしっかりと伝わってくる。そして、山岳救助でも医療でも、自ら生きようとする意思のない者を救うことはできないのだ。
 本作だけでも十分良い作品なのだが、是非シリーズの他の作品も読んで欲しい。もちろん、本作がイチさんとハルのエピソードとして、「神カル」ファンにとってもたまらない作品であることは言うまでもない。お勧めです。
山  度
( 山度 : 100% )
 山度はほぼ100%と言っていいだろう。作者の山の経験は知らないが、素人ではないようで、特に違和感はないだ。ただ、ミスも犯している。ハルが凄い登山家であることを表す例えとして、「キリマンジャロ単独行をやるような人だ」と言っている。これは頂けない。
 

 
 

作 品 名
「冷たいホットライン」(七河迦南、2012年)(「空耳の森」に収録)
あらすじ
 正彦と尚子は、同じ総合病院に勤務する医者と看護士だった。3年前から付き合い始めた2人の関係は院内でもまだ内緒だったが、休暇をうまく合わせて一緒に登山に来ていた。尚子はあまり登山に慣れていなかったが、アウトドア派で野鳥の観察と撮影が好きな正彦に合わせて、何度か正彦任せの登山に出かけたことがあった。今回も、野鳥の見られる絶好のポイントがあるという正彦の希望で、まだ残雪が残る県境の山に来ていた。
 2人は一緒に山頂に登り、そこから野鳥の見られるポイントまで少し下ってゆく計画だったが、山頂近くで尚子が足を捻挫してしまったため、近くの朽ちかけた避難小屋に入り休憩することにした。正彦は、「鳥を観に行ってきて」という尚子の勧めもあり、1人で鳥を見に行くことにした。しかし、正彦が出かけてしばらくしてから、天候が悪化し始めた。初めは風が出てきて雪が舞う程度だったが、やがて振り返っても小屋が見えない程になり、正彦が鳥を見ているうちに天候はますます悪化していった。天候悪化が気になった正彦は、急いで戻ることにしたものの、急斜面と積もり始めた雪に足を取られ、思うように進めなかった。吹きすさぶ吹雪の音に不安を感じ始めた尚子だったが、1人正彦を信じて待つしかなかった。携帯を持っていなかった正彦は、無線機で尚子を励まし続けるが・・・。
感 想 等
( 評価 : B )
 この展開で一体どういう落ちをつけるのだろう、あの不気味な黒い影は一体何なの誰なの?くらいの感じで読んでいたが、ラスト近くで見事にしてやられました。ラスト10ページはもう少しスッキリさせても良いように思うが、単純にミステリーとして楽しめる作品。
 感の良い人なら気付くのだろうが、何の予備知識もなく普通にぼーっと読んでいたら、突然の展開に「あっ!」となった。まんまと騙されてしまったようだ。
 余談ながら、2011年発表作品なのに、なんだかんだと理由を付けて登場人物にスマホも携帯も持たせておらず、トランシーバー(無線機)のみでの会話となっている。だからこそ成立するトリックなのだが、ミステリー的には形態やスマホはトンデモナイ代物としか言いようがないだろう。 
山  度
( 山度 : 100% )
 舞台はずっと山なのだが、どこの山とは明示されていない。

 

 
作 品 名
巨大開発山岳遭難事件(楢山 岳洋、2003年)
あらすじ
 北海道南部の開発を行う第三セクター・道南開発の吉田常務が、五月初旬の八ヶ岳で滑落死した。道南開発はバブル崩壊以降事業に行き詰まり、吉田常務はリストラ、人員整理を担当していた。警察は事故死と判断したが、総務課の高村は、吉田に登山の趣味がなかったこと、5月の八ヶ岳に行くにはあまりに軽装だったことから、吉田の遭難には何か裏があるのではないかと思っていた。
 残務整理の合間に高村は八ヶ岳に登ったり、吉田が登山靴を買ったと思われる店を訪ねたりした。雲表山岳会の山城を名乗る男が会社にやって来て、八ヶ岳で吉田らしき男が2人でいる所を見たとの情報をもたらしたが、転職の準備で忙しい高村はなかなか時間が取れなかった。総務課員女性社員の安西さちえや若手の兄貴分格の浜島源一などが次々と会社を去り、高村も健康食品販売会社へと移った。
 会社を変わってしばらくはあまり時間がなかったが、仕事が軌道に乗るに連れ、高村は調査を再開した。そこにかつての部下で、転職後も情報交換していた安西さちえの訃報が届いた。北海道でフェリーに乗っていて海に落ちたのだという。高村は仕事にかこつけて北海道へと向かった。
感 想 等
( 評価 : D )
 いわゆる山岳ミステリーに属する作品だが、これと言ってトリックがあるわけでもなく、ドラマ性という意味での盛り上がりにも欠ける。山岳小説としてどうかと言えば、山に係る部分のウェイトはそれなりにあるものの、実際の登山シーンの描写は妙に淡々としていて正直物足りない。
 本作品が収められている「掠奪航路」にはもう1つ「羅臼岳夢幻」という作品も収録されているが、こちらも同様。こう書いては作者に申し訳ないが、素人の自費出版に毛が生えた程度の作品と言わざるを得ない。
山  度
( 山度 : 50% )


作 品 名
「血脈」(新津 きよみ、2015年)(「父娘の絆」に収録)
あらすじ
 東京の大学で勤務医として勤めていた望月美並は、安曇野で開業医をしている祖父の龍太郎が足を怪我したことをきっかけに信州に戻り、望月内科医院を継ぐとともに大町警察署の警察嘱託医を引き受けた。
 そんな美並の元に、三俣蓮華岳で滑落したという男性の遭難遺体の検死依頼が入った。遭難者は、東京の病院に勤務する高岡という医師で、高瀬ダムから入山して裏銀座ルートを3泊4日の予定で縦走する途中で滑落死したとのことだった。遺体に不審な点はなく、事故死として処理されるはずだったが、大町警察署に「生前、高岡さんが、『誰かに命を狙われている』と言っていた」との謎の電話が入ったことから、検視をやり直すこととなった。
 神谷真弓は、3年前に死んだ父が自分の本当の父親でないと母から聞かされて、ショックを受けていた。結婚を考えていた相手の家族から、真弓の父の色覚異常が遺伝することを理由に反対されていることを母に相談したら、突然父のことを告白されたのだった。真弓は、突然のことに戸惑い、今まで隠されていたことに腹を立てるとともに、自分の本当の父親のことを知りたいと思った。独自に父親探しを始めた真弓が、自分と似て長身で山好きだという医師の高岡に辿り着いた時、その男性が遭難死したというニュースを耳にした。
感 想 等
( 評価 : C )
 祖父の跡を継いで、長野県大町市で警察嘱託医を勤めることになった望月美並が、持ち前の好奇心と鋭い勘で事件解決の糸口を探っていく「三世代警察医物語」。その第二弾「父娘の絆」に収められた一編が本作となる。一応ミステリー仕立てになっているが、謎解きを楽しむというより、物語を楽しむ内容となっている。本作では人工授精や親子関係がテーマとなっているが、シリーズを通して、空家問題や高齢化、地方の過疎化などさまざまな社会問題を取り上げている。いわゆる推理もの好きには物足りないかもしれないが、テーマはともかく、気軽に楽しめる作品。なんとなく、TVの2時間ドラマ向きな感じだ。
山  度
( 山度 : 20% )
 舞台が大町市ということもあって、鹿島槍ヶ岳や爺が岳の遠景描写が出てきたり、大町署の大久保刑事の兄が山で亡くなっていたりと、シリーズを通して山に近い雰囲気はある。しかし、話自体に登山が絡んでいるのは本作だけ(これを書いている2015年時点では、2冊4話しかありませんが)。著者自身、大町出身で山に馴染みはあるものの、登山はしないそう。ちなみに、文庫の表紙には槍ヶ岳が使われている。


 

作 品 名
「ナンダ・デヴィ」(西木 正明、1989年)
あらすじ
 東北地方の小さな港町・汐入町で、かつて名クライマーとして名を馳せた大泉久が死んだ。彼は死の直前まで何かに怯え逃げていたと言う。その死に不信を抱いた東日新聞の記者は大泉の手記を手に入れ、その死因を調べ始めた。
 大泉は公式記録では、ガルワール・ヒマラヤのナンダ・デヴィに2回登っていたが、実は3回登っているという。実は、カンチェンジュンガ主脈縦走の際にポーターの手当てがつかずにモンスーンに突入してしまい、モンスーン終了を待つ間に、入山禁止となっていたナンダ・デヴィに登頂していたのだ。しかも、インド政府の依頼で気象観測機設置のため登っていた。
 大泉や高見らナンダ・デヴィに関わった人間が最近死んでいるのは何故か、ガンジス川で発生している不可解な事件の背景には何があるのか、気象観測機と言われていた機械は本当は何だったのか・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 題材は悪くない、展開もそこそこいい、にも係らず引きこまれるような面白さがない。こういう言い方は失礼以外の何物でもないが、もし、谷甲州のような山岳シーン描写、真保裕一のようなディテール描写、東野圭吾のような構成力・展開力があれば、もっと面白いものになったのではないかという気がする。惜しまれる。
山  度
( 山度 : 40% )
 山岳小説としても物足りない。登山シーンは単なる記録、山日記風に事実のみが書いてあるだけで、登頂への苦労とか、苦しさ、辛さなどというものは全く伝わってこない。登山のリアルさは本作品にとっておまけみたいなものということかもしれないが、あまりに面白みがない。

 
 
 
作 品 名
「夢幻の山旅」(西木 正明、1994年)
あらすじ
 まことの母、女性解放家の伊藤野枝は、まことが3歳になる前に夫と息子を捨てて、大杉栄のもとに走った。まことは、父であるダダイズムの巨匠・辻潤と同居を始めた。
 父の渡仏に同行したまことは、そこでイヴォンヌと知り合いになった。パリで人間としても成長したまことは、雑誌社でカットを描く仕事を始めた。
 義妹との触れ合い、イヴォンヌとの結婚生活、天津での仕事・・・。まことは、放浪癖・奇癖のある父に反発し、自分を捨てた母に憧憬を抱きながらも、自由を求めてさまよい続ける。
感 想 等
( 評価 : D )
 山を愛した自由人・辻まことの伝記小説。これは作者のせいではないが、自由という名のもとに他人に迷惑をかけ、勝手に振る舞う生き方に自分は共感できない。まことの悲しみ、苦しさ、淋しさは理解できないことはないが、だからと言ってその生き方を肯定する気にはなれない。主人公の生き方に共感できない以上、この小説は自分にとって魅力的なものとは写らない。
山  度
( 山度 : 5% )
 山岳描写は巻頭部分のみ。山岳小説としても物足りない。

 
 
作 品 名
「炎」(西原 健次、2001年)
あらすじ
 赤松好夫は、仙丈岳山麓にある総合病院で焼却炉の焼場職員として働きながら、遭難が起きた際にはレスキューの手伝いをしていた。著名な山岳写真家・黒沼武志が遭難事件を起こしたのは12月のことだった。黒沼は過去何度も救助隊の世話になっており、好夫は自業自得だと思ったが、女性の助手が一緒だと聞き、渋々救助に出かけた。他の救助隊メンバーは猟師が多く、二重遭難の危険がある中での出動を嫌がったが、仕事も技術もある好夫は、1人で救助に出かけた。
 仙丈岳南東の断崖、雪に埋もれたテントの中に2人はいた。1度に2人を助けることはできない。凍死寸前の黒沼と、いくらか動けそうな助手・綾美の様子を見た好夫は、綾美を助けることにした。結果、黒沼は遭難死した。綾美は、好夫が勤める病院に入院したが、時々好夫の所にやってきては、「あなたは黒沼さんを見殺しにした」「自殺してやる」と好夫を責めた。
 好夫は、退院した綾美を連れて、黒沼の遺体捜索に出かけた。遺体は無事見つかったが、勝手に仕事を休んで捜索に出かけた好夫は、仕事をクビになってしまった。
 好夫は実家に戻った。そこは、既に亡くなったろくでなしの父親と、その保険金を持ち逃げした後妻とが住んでいた場所で、好夫は炭焼きと猟師をして暮らしていくことにした。黒沼が亡くなった冬に自殺をするという綾美は、やることがないという理由で好夫の家に転がり込んできた。やがて、炭焼きの興味を覚え、好夫の人柄に触れた綾美の心境に変化が現れ始めた。
感 想 等
( 評価 : C )
 あだち区民文学賞を受賞したという作品。同じ文学賞の佳作を受賞した作品「Silent Death森と死と風と」(荻野智美)を併録している。ラストを含めおおよそ展開が想像できてしまうが、ベースは恋愛小説なのでそれは問題ない。また、恐らくは著者の職歴に基づくであろう焼却炉等に関する専門的な記述や、登場人物の生い立ち・キャラもしっかりと描かれている。奇想天外な展開もなく、感動的というほどではないが、安定感がある。
山  度
( 山度 : 20% )
 冬の仙丈岳登山シーンあり。山頂までは登りません。


 
作 品 名
「冬のデナリ」(西前 四郎、1996年)
あらすじ
 1964年、仲間とともにアラスカのセント・エライアス峰に登頂したジローは、そのままアラスカに残りメソディスト大学に留学することにした。ある日ジローはアーサーの訪問を受け、2人はすっかり意気投合し、あちこちの山を一緒に登るようになる。
 アーサーはジローと過ごすうちに「冬のデナリ」登頂という野心的な計画を思いつくが、メンバーが集まらない。ようやく集まったグレッグ、ジョージ、ファリーン、ジェネ、デイブ、ジョンにアーサーとジローの8人は、デナリへと向かう。いきなりファリーンがクレバスに落ち死亡するというアクシデントに見まわれるものの、7人は登山を続行した。4週間かけて第4キャンプに辿りつき、ついにアーサー、デイブ、ジェネの3人がアタックに向かった。吹き荒れる猛吹雪、アタックに向かった3人は・・・?
感 想 等
( 評価 : A )
 小説と言うべきか、記録文学というべきか。事実ゆえの重み、リアルさが伝わってくる。、3人が無事生還したシーンでは思わずこちらも一緒になって喜んでしまう。小説の良さと記録もののリアルさをうまくミックスさせたなんとも言えない作品。
 後日談の部分は、あとがきのような位置付けでも良かったのではないかという気もするが、ラストの一言がいい。"It was a fun."蓋し名言である。
山  度
( 山度 : 90% )
 デナリの過酷な自然、雪洞での生へのあがき、ブリザード、凍傷、・・・。山岳小説、山行記録そのもので、迫力も満点。

 

 
作 品 名
「荒涼山河風ありて」(西村 寿行、1978年)
あらすじ
 磐梯朝日連峰の五色沼で巨大な土石流が起こり、気象庁技官・河北央ニの妻と娘を含む40人が生き埋めとなった。同じ時刻、山形日報の記者寺本徹は怪光を目撃した。
 怪光に疑問を抱いた寺本はその原因を探り始めた。しかし、そのために警察に目を付けられ、罠に嵌って売春婦殺しの汚名を着せられることとなり、逃亡生活を余儀なくされる。
 一方、寺本の話を聞いた河北は人為的な土石流発生を疑い始め調査を開始する。その結果、自衛隊による地震兵器開発の事実を知るが、2人は自衛隊から何度も命を狙われることになる。
 2人に協力して真相を探る能取教授。巨大組織に立向う河北と寺本。
感 想 等
( 評価 : D )
 一見ハードボイルド風なのだが、その中に戦う男の正義感や信念、情熱のようなものが感じられず、ただのドロドロした復讐劇となっている。後半からラストに向けては特に頂けない。風景描写も雑で、リアル感のない物語に終わっている。
山  度
( 山度 : 10% )
 磐梯朝日連峰に発生する土石流、離森山での自衛隊との死闘、などで山のシーンがあるが、山度は低い。

 
 
 
作 品 名
「魔の山」(西村 寿行、1987年)
あらすじ
 警視庁捜査一課の刑事・遊佐大吾が何者かに命を狙われた。遊佐を狙ったダーツが逸れて、近くにいた若者が巻き添えで死んだ。
 同じ頃、戸隠山に登山に出掛けた遊佐の弟・純二が帰ってこない。遭難を心配する一方で、自分を狙う犯人に襲われたのではないかと心配した遊佐は、捜索に出掛けたが行方は掴めない。
 ダーツ犯はつかまらず、また戸隠山ではその後もなぜか失踪が続発していた。魔物の仕業かどうか確かめるため、遊佐は戸隠山で一夜を明かすことにした。
 事件の犯人は?戸隠山神隠しの謎は?
感 想 等
( 評価 : E )
 さっぱりわけがわからん。何の為の戸隠山の神隠しなのか、事件との関連が見えない。文章も話の展開も下手だし、西村寿行という作家はこれほど有名なのに、こんなものしか書けないのだろうか。
山  度
( 山度 : 10% )
 戸隠山が舞台として登場するが、実際に登っているシーンはほとんどない。

 
 
 
作 品 名
「アルプスの見える庭」(野村 尚吾、1958年)
あらすじ
 温厚な父・宏一、優しい母・孝子と一緒に暮らすごく普通のOL・三重子は、昨年父に連れられて穂高岳に登って以来山に魅せられていた。何不自由ない生活だったが、定職にもつかずいい加減な性格の叔父・章二が嫌いだった。
 ある時友人と4人で尾瀬に登山に出かけ、途中出会った男性3人組と行動を共にして、至仏山へと登ったが、帰路道に迷い遭難してしまった。リーダーの京田淳が単身助けを呼びに降り、なんとか助かったが、それ以来女性4人、男性3人の交流が始まった。
 三重子はリーダーの京田に心惹かれていた。内藤喜代も京田のことが好きなようだった。京田、喜代らと出かけた八ヶ岳山行でギクシャクしてしまった喜代との関係、父の叔父・満次郎の葬儀に伴う帰郷を通じて感じた立山芦峅寺で坊を営んでいたという自分の祖先の血、立山で行方不明になった叔父・章二の捜索など様々な事件を通して、三重子は自分が変わりつつあることを感じていた。
感 想 等
( 評価 : C )
 山を軸にした1人の女性の青春の記、といった感じ。三重子と京田のさわやかな恋。悪くはない。悪くはないけれど、何か盛り上がりに欠け、言いたいことが今ひとつ伝わってこない作品。漠然とした感じになってしまったのではないか。
山  度
( 山度 : 60% )
 至仏山登山と遭難、八ヶ岳山行、立山と山が物語にとって重要なキーになっている作品。ただ、迫力ある登山描写という感じではない。


 
作 品 名
「私たち登山部」(野村 尚吾、1964年)
あらすじ
 西南高校の3年生になった牧野宏子は、登山部のリーダーを2年生に譲り、身軽な立場で新人歓迎山行の大菩薩嶺登山に参加していた。引率の渡利先生、OBの郷誠之、同級生で仲良しの林加津子、宏子に懐いていた愛嬌のある新人部員・岡部利子ことトン子らが一緒だった。帰路雨に降られたものの、これから受験勉強に専念する宏子たち3年生にとっては思い出深い山行となった。
 山から戻って数日後、宏子は同級生の男子生徒・熊谷たちが、何か悪巧みを計画しているらしいことに気付いたが、誰にも相談することができずにいた。一方、以前から具合の悪かった加津子の父が亡くなったことから、加津子が大学に進学できるかどうかわからなくなり、加津子は情緒不安定になっていた。
 登山部の夏山登山は穂高だった。一時は参加が危ぶまれた加津子や、親に嘘がばれて行けなくなりそうだったトン子も加わり、総勢17名のパーティとなった。上高地から横尾で一泊し、奥穂高岳を往復した。途中、まだまだ精神的に不安定だった加津子が雪渓でスリップしたり、雨で丸木橋が流されて停滞したりといったアクシンデントもあったが、宏子は加津子との友情を誓いあったのだった。
 熊谷たちの悪巧みはその後も続いており、宏子はクラスメートの久世幸治に相談し、事態の打開を図った。
感 想 等
( 評価 : D )
 女子中学生・高校生を対象にした少女小説を、月に2回発行していた秋元書房のジュニアシリーズの1冊。登山部である必然性は特にないのだが、登山ブーム真っ只中の1960年代の本なので、世相を反映しているということなのだろう。
 少女小説とはこういうものだと言われればそれまでだが、高校生活の中で起きている事件がかなりショボくて、何をそんなに大げさに考えているのだろうとの印象を受ける。少女小説を大人が読むと・・・という部分もあろうが、恐らくは時代の変遷も影響しているのだろう。
山  度
( 山度 : 30% )
 野村尚吾氏は登山好きなのか、氏の作品にはしばしば登山シーンが出てくる。本作でも大菩薩嶺と奥穂高岳登山が描かれる。大菩薩へ夜行で行ったりと、今とのギャップも楽しめる。