山岳小説(国内)・詳細データ
〜森村誠一〜
 
 
 
作 品 名
「幻の墓」 (森村 誠一、1967年)
あらすじ
 明和化成の品川にある石油化学工場でタンクが爆発し、百数十人の死者が出た。事件は、事故で死んだ明和化成の下請企業・名城建設の社長・名城高光太郎のミスとして処理された。その1カ月後、大和物産の粉乳に含まれたヒ素で、多くの乳幼児患者が出るという事件が起こり、川崎工場の製造部長・美馬竜彦が一存により乳安定剤として使用したことが判明したが、美馬は事件後泥酔運転で事故死した。
 東都大学山岳部でザイルパートナーだった名城健作と美馬慶一郎は、2つの事件に疑問を抱き、その解明のために交換入社した。2人は社内で極秘の調査を続け、明和化成の事故原因となった黒木や美馬の父を殺した松並など次々と復讐を遂げて行った。
 事件の背後に黒幕がいることに気付いた2人は、ついに黒幕まで辿りついたが、黒幕の口から驚くべき事実を明かされた。2人の復讐劇の顛末は・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 森村誠一氏の初期作品。ある意味で最も同氏らしい作品ともいえ、初期からの作品としての完成度の高さ、独自の作品展開のうまさが伺える。
 作品としては悪くないが、社会悪的な部分や美馬が時に見せる冷酷さなど、善悪の描写がやや極端すぎる点が気にかかる。
山  度
( 山度 : 10% )
 山に関する描写は少なめ。登攀シーンも出てくるが、迫力に欠ける感じ。ただ、復讐に燃えて汚れていく2人の心を、山が唯一浄化してくれるような存在として位置付けられており、それが救いとなっている。

 
 
 
作 品 名
「分水嶺」 (森村 誠一、1968年)
あらすじ
 大西安雄と秋田修平は学生時代にザイルパートナーとして命を助け合った仲だった。2人の山仲間旗野祥子は大西にプロポーズされ、自分が秋田を好きであることに気付くが、秋田にふられ大西と結婚した。
 大西は化学会社に勤め毒ガス兵器の開発を行い、秋田は医師になり日本労災防止協会の診療所に勤務。広島の被爆者である秋田は、白血病を引き起こす可能性のある毒ガス製造阻止に命をかける。
感 想 等
( 評価 : C )
 いかにも森村誠一氏らしいの社会派小説。山のシーン自体はわずかしかないが、時代背景の古さを感じさせない展開は見事。
 2人がザイルパートナーである必然性は必ずしもないが、秋田と大西の結びつきの深さを示すとともに、都会と山との対比が、秋田と大西の対比、あるいは大西の心の葛藤を表わしている感じがする。
山  度
( 山度 : 5% )
 冒頭の北ア西穂-奥穂間、後半の八ヶ岳と出てくる程度。

 
 
 
作 品 名
「虚無の道標」 (森村 誠一、1967年)
あらすじ
 大学で同じクラブで所属していた有馬正一と松波俊二は、社会に出てから出世に野心を燃やしていた。松波は菱井銀行頭取の娘百合子を射止め、エリート街道を走っていた。一方の有馬も老舗のデパート都屋に入社し、次期社長と目される三神専務に認められ、娘をもらってほしいと言わせるまでに至った。しかし有馬は、静子という理想の女性を見つけ、あえて静子と結婚した。
 結婚後も三神専務の引きは変わらなかったが、有馬は妻が過去に男に弄ばれたことがあったことを知り、また同じ時期に仕事の関係で老夫婦が有馬を恨んで自殺したことから、有馬は生き方を見失い、自暴自棄に陥ってしまった。
 愛する妻・静子を弄んだ大島という登山家を殺すために、雲の平に入った有馬。その有馬を止めるため静子も山に入ったが、折悪しく山を襲った暴風雨のために命を落としてしまう。さらに、有馬が仇と恨んだ大島も山で死んでしまった。
 全ての希望を失った有馬は、雲の平まで1日で行ける道があれば妻は死なずに済んだことに思い至り、新道建設に命を賭けることにした。三俣山荘の藤井善助と協力し、有馬は新道造りに全力を尽くした。
感 想 等
( 評価 : B )
 森村氏らしい作品であり、その中でも特に秀逸な一作。生きることの意味、難しさ、大切さを教えてくれる奥深い物語であり、「青春の源流」と並ぶ森村氏の代表作ではなかろうか。
山  度
( 山度 : 40% )
 前編が企業編、後編が山岳編となっており、後編は大部分が山が舞台となっており、森村氏の作品としては山度は高め。ちなみに、「新道」とは言うまでもなく伊藤新道のことであり、その意味でも興味深い作品。

 
 
 
作 品 名
「密閉山脈」 (森村 誠一、1971年)
あらすじ
 影山隼人と真柄慎二は冬の八ヶ岳で、失恋のため山で自殺しようとしていた湯浅貴久子を救った。貴久子は若く美しく、2人とも貴久子を好きになるが、彼女は影山を選んだ。
 影山と貴久子はK岳へ婚前旅行に出かけ、影山が山頂に立ち、麓にいる貴久子に合図を送る予定になっていたが、影山から送られてきたのはSOS信号だった。翌朝早く捜索隊が着いた時には、影山は既に死んでいた。熊耳警部補はヘルメットから他殺であることを見破ったが、山頂は密室状態にあり殺人は不可能だ。
 熊耳は真柄が犯人であると確信するが証拠がなかった。一方真柄は、K2登山隊の一員としてヒマラヤへ出かけ、アタック隊として無事登頂を果たしたが・・・。
感 想 等
( 評価 : A )
 山岳ミステリーと呼ばれる作品は数多いが、その大半はミステリーと呼ぶには程遠い。少なくとも推理小説とは言えない代物ばかりだ。そうした中で、本作品はトリックといい、ストーリーといい、ピカ一ではないかと思う。むろん、山の形状などご都合主義的な部分もあるのだが、森村氏特有の濃厚な人間ドラマが展開されており、充分堪能できるものとなっている。
 なお余談ではあるが、本作品に登場する熊耳警部補は、「山の屍」や「悪の山」でも登場する熊耳警部の兄との設定とのこと。
山  度
( 山度 : 60% )
 山を真中に据えた本格ミステリーは、この作品か長井彬の作品くらいだろう。殺人の舞台となるK岳(恐らくは鹿島槍ヶ岳)、赤岳、K2等々山岳描写も豊富。

 
 
 
作 品 名
「腐蝕の構造」 (森村 誠一、1972年)
あらすじ
 高校時代のクラスメートである雨村と土器屋の2人は、白馬から唐松への縦走途中、美しい女性を連れたアベックに出会った。女性のあまりの美しさゆえに嫉妬した土器屋は、途中の指導標の向きを変えるというイタズラをした。そのためにアベックは道を間違え、男性が死亡してしまった。土器屋のイタズラを知った雨村の主張で来た道を戻ったことにより、2人は図らずも生き残った女性・冬子の命の恩人となってしまった。
 冬子は有力政治家名取竜太郎の娘だった。中堅商社・土器屋産業の後継者で政治家とのパイプを求めていた土器屋は、金づるを求めていた名取竜太郎に近づいた。土器屋生来の押しの強さにより、土器屋は冬子と結婚することとなった。
 一方、冬子に思いを寄せつつ、土器屋のイタズラを見逃してしまったという負い目、身分の違いを感じていた雨村は、冬子をあきらめ同じ職場にいた冬子似の久美子という女性と結婚した。
 雨村が結婚して1年ほどしたある日、出張途中に雨村の乗った飛行機が墜落してしまったが、雨村の遺体が見つからない。夫の死を信じられない久美子は夫の足跡を辿り始め、雨村が飛行機に乗っていなかったことを突き止めた。
 濃縮ウランの圧縮に関する画期的発明をしたゆえに多くの企業に目を付けられていた雨村。雨村は殺されたのか、自ら行方をくらましたのか。さらに雨村の発明を狙っていた土器屋産業の実権者・土器屋が都心のホテル、しかも密室状態で殺された。土器屋殺しの犯人と、密室トリックの謎は。
感 想 等
( 評価 : C )
 いかにも森村氏らしい作品。山で結びついた男2人。対照的な性格・生い立ちの2人が同じ女性を好きになり、女性は心ならずも思いを寄せる方とは別の男と結ばれる。随所に盛りこまれる社会派らしい企業批判。悪人描写などに関し、ややプロトタイプ的な部分はあるかもしれないが、ストーリーテラーとしてのうまさや、密室トリックの謎解きなども考え合わせれば補って余りある。十分に楽しめると言えよう。
山  度
( 山度 : 10% )
 冒頭の唐松登山のシーン、針ノ木岳付近での遺体捜索、クライマックスでの八方尾根。随所に山のシーンはあるものの、全体としては少なめ。

 
 
 
作 品 名
「日本アルプス殺人事件」 (森村 誠一、1972年)
あらすじ
 槍ヶ岳の観光開発を巡って、開発業者の担当者である国井、村越、弓場の3人は凌ぎを削っていた。そして、3人が3人とも、認可の鍵を握る福祉省の門脇局長の娘・美紀子にプロポーズしていた。美紀子の気持ちが国井に傾きかけ、門脇局長も国井の西急案を支持した。そんな時国井が殺害され、国井のライバルであり、かつて国井に妹を見殺しにされた弓場に容疑がかかった。
 ところが弓場は、犯行のあった時刻に上司の奥さんと不倫中で、容疑は晴れたものの会社をクビになってしまった。嫌疑は残る村越に向けられたが、村越のアイバイが崩れると同時に村越が殺されてしまった。
 捜査は行き詰まったが、新たに門脇局長がクロースアップされた。しかし、門脇には殺害時刻に鹿島槍ヶ岳を登っていたとい確かなアリバイがあり、そのアリバイは門脇が撮った写真によって証明されていた。
感 想 等
( 評価 : C )
 ストーリーは森村氏得意の人間ドラマで、うまく作ってある。トリックも良く出来ていると言えなくもないが、カメラを使ったトリックがかなり古臭く、またマニアックで説明調であるため、やや冗長な感じがする。
山  度
( 山度 : 20% )
 事件の発端となる槍ヶ岳の観光開発の話は、過去実際にあったと聞いたことがある。が、本作品ではそれ自体は単なる話として出てくるだけ。山岳描写は、鹿島槍ヶ岳へのアリバイ登山を刑事が確認するシーン等で出てくる。

 
 
 
作 品 名
「死道標」 (森村 誠一、1976年)
あらすじ
 帽子デザイナーの井沢節子と香水デザイナー大倉俊郎は、将来を誓いながら交際を続けて2年になるが、お互い仕事がうまくいっていることもあり結婚せずにいた。そんな時、大倉が山で行方不明になった。大倉がいなくなって初めて、節子は自分にとっての大倉の大切さに気付き、仕事も手につかなくなり、虚脱状態に陥っていた。
 そんな時、呆然としたまま車を運転していた節子はバイクにぶつけてしまい、相手を失明させてしまった。被害者の平石はプロカメラマンだった。償いを申し出た節子は、自暴自棄になっていたこともあり平石と結婚した。
 平石は節子に冷たくあたったが、節子はひたすら平石に尽くした。その甲斐あって堅く閉ざされた平石の心もようやく解け始めた。節子は自分が平石の目となって写真を撮ることを提案した。2人で撮った写真による平石の個展は大成功を収めた。
 しかし、その頃から平石は夜中にうなされるようになった。心に重しを抱える平石は、節子に山へ連れて行って欲しいと頼む。平石の抱える秘密とは…。
感 想 等
( 評価 : C )
 運命のイタズラとしか言いようのない展開の妙は、森村氏ならではのうまさ。ラストにもうひとひねりしてあり、最後まで楽しめる。
山  度
( 山度 : 20% )
 ストーリーの軸となる出来事が全て山に絡んでおり、山がひとつのキーになっているが、山の描写そのものは少なめ。

 
 
 
作 品 名
「恐怖の骨格」 (森村 誠一、1976年)
あらすじ
 日本六大財閥の1つに数えられる紀尾井グループのドン椎名禎介、戦後の財閥解体からグループを甦らせた男の最後が近づいており、たった2人だけの肉親である娘、姉の城久子と妹の真知子が富山県から呼び寄せられた。ところが、紀尾井商事の私設飛行場からエアロスバル機に乗って到着するはずの娘2人がいつまでたっても来ない。
 なんと、立山の東面、黒部新山との間にある通称「幻の谷」に墜落していたのだった。時は3月、気流が荒い「幻の谷」にはヘリコプターでも近づくことができない。雪崩の危険を冒して陸路で行くしか手がないのだ。しかも、幻の谷には有毒ガスの吹き出ている温泉もある。
 城久子の婚約者・佐多は、学生時代の友人で幻の谷の数少ない積雪期入山者である高階と医者の内川を伴って救助に駆けつけた。一方、何かにつけて佐多と張り合っている真知子の婚約者・島岡も、村田、木屋という男とともに現場へと向かった。
 いち早く現場に着いた佐多らは、操縦士と真知子の遺体を発見。姉の城久子と付き添いの北越は、幸い軽症だった。が、その頃から天候が急変し、北アルプス一帯は低気圧による猛吹雪に包まれることになってしまった。
 壮絶極まる自然との闘い、遺産を巡る骨肉の争い、さらには男女の愛憎・・・果たして無事脱出することができるのか。
感 想 等
( 評価 : B)
 冒険小説とミステリーを足して2で割ったような盛りだくさんな設定。次々と暴き出される新事実。いやはや見事である。冒険小説としてのスリリングさという点ではやや物足りなさがあるものの、近づくことが困難な山奥に墜落するというこの設定は、その後の冒険小説でもしばしば見られる手法。ある意味、先駆的ということなのだろうか。
 描かれている人間模様の機微はまさに森村氏の独壇場。ちょっとひねりすぎという気がしないでもないが、森村ファンならずとも唸る秀作である。
山  度
( 山度 : 60% )
 黒部の山奥にあるという「幻の谷」。これ自体は架空の設定で、有毒ガス発生といった条件なども盛り上げるためのご都合主義と言われればそうかもしれない。でもまぁ、いいじゃないですか。森村作品にしては高い山度の作品。

 
 
 
作 品 名
「白の十字架」 (森村 誠一、1978年)
あらすじ
 ヒマラヤ・ネパルチュリ初登頂を目指す混成登山隊のアタック隊員津雲は、酸素ボンベの故障で動けなくなった高浜を置いて1人でアタックに出かけたものの、頂上直下で退却を余儀なくされた。しかも、高浜は行方知れずとなってしまった。
 その少し前のこと、刑事の妻・一柳美緒と不倫相手の石崎とが車中で情事に耽っていた時に通りすがりの男に見つかり、石崎は男に殺され、美緒は男に強姦されてしまった。捜査は難航したが、たまたま事件現場に落ちていたコインロッカーの鍵が唯一の手掛りだった。ロッカーの荷物を引き取りに来た男が身分証明代わりに見せた葉書が、高浜正一のすぐ近くに住み、高浜と一字違いの高沢正一だったことから、郵便の誤配を利用した高浜の犯罪の可能性が疑われた。
 一方、日本に戻った津雲は、ネパルチュリ再挑戦を期し、同伴喫茶やホストクラブでバイトをしていた。ホストクラブオーナーの後妻が高浜の母親だったことから、第二次ネパルチュリ登山隊が、高浜の遺体捜索のために組織された。
 高浜にかけられた容疑は薄れ、誤配郵便物を手に入れられる人物として、高浜の登山仲間であり、高沢の中・高の同級生だった村瀬が浮かんできた。
感 想 等
( 評価 : C )
 推理小説としては特に面白いというほどではないが(やや偶然に頼り過ぎた感があるし、葉書など誤配がなくても入手できる人間などいくらでもいると思うが…)、やはり森村氏独特の世界である人間模様、ここにこの物語の良さがある。エンディングがややあっけない感じがして、物足りなかった。
山  度
( 山度 : 30% )
 2度にわたるヒマラヤ遠征シーンは本書の見所の1つ。冬の穂高も登場。

 
 
 
作 品 名
「青春の源流」 (森村 誠一、1984年)
あらすじ
 昭和18年、入隊を前に逢坂慎吉と楯岡正巳は最後の山行に北アルプスへ出かけた。その帰りに2人は日暮山荘に立ち寄り、その娘美穂にどんなことがあっても帰ってくると誓う。
 逢坂は戦争を逃れるために雲の平山ごもりを決意し、なんとか二冬乗り越えて終戦を迎えた。一方楯岡はベトナムに派遣されるが、終戦直前に楯岡小隊はゲリラの捕虜となりそのまま終戦を迎えた。
 逢坂は美穂と結婚し、山荘の主となって新道を開拓。その後ケルン山岳会の先輩山藤の誘いもあって、ヒマラヤ・アグリヒマール登頂に新たな夢を見出す。そしてついに、隊長としてアグリヒマールに挑戦し、メンバーを無事登頂させたものの・・・。
 一方の楯岡はゲリラから軍事顧問を要請され受諾。第1次、第2次インドシナ戦争において、旧日本軍得意の奇襲戦法でフランス軍、アメリカ軍を苦しめ、伝説の楯岡小隊としてベトナム独立に貢献する。その後、32年ぶりに帰国した楯岡は時の人となるが、物が溢れ精神が荒廃した日本人に失望し、自分を失いかける。自らを取り戻すため、青春の源流である北アルプスへと向かうが・・・。
感 想 等
( 評価 : A )
 逢坂編が山、楯岡編が戦争をメインに描かれているが、詰まるところはどちらも戦争によって人生の大切な一時期を失ってしまった若者の生き様を鮮烈に描いている。そして、そうした若者への愛惜以上に、今の若者、あるいは現代という飽食の時代に対する痛烈な警告、警鐘が含まれている。
 特にベトナム戦争に関する記述は、作者の戦争に対する思いがひしひしと伝わってきて迫力がある。間違いなく森村作品を代表する一作と言えよう。
山  度
( 山度 : 40% )
 逢坂ヒマラヤ登山の描写は正直言って谷甲州など実際に経験のある作家にはかなわないかもしれない。また、楯岡編が強烈過ぎて、逢坂編が食われかかっている感もある。とはいえ、上記の通り作品自体は素晴らしく、山度を気にすることは無意味だろう。

 
 
 
作 品 名
「堕ちた山脈」 (森村 誠一、1987年)
あらすじ
 未曾有の低気圧による吹雪で、北アルプスY岳に2つのパーティが閉じ込められた。ヒマラヤ経験もある岩稜登高会の一行は自分たちの力を過信していたため、充分な装備・食糧を持っていなかった。一方、A大学山岳部一行は創部後まもなく、知識・経験とも不足していたが、それだけに充分過ぎるほどの装備・食糧を用意していた。
 2パーティはたまたま同じ場所で停滞することとなり、当初その経験・技術から恩着せがましいことを言って我がもの顔にふるまっていた岩稜登高会のメンバーだったが、長期化するに従いA大学山岳部の不満が募り始め、両者はいがみ合うようになる。
感 想 等
( 評価 : C )
 山という極地における極限状態が舞台。アイディアがおもしろく、人間のエゴイズム、醜さを如実に描き出している。森村氏の小説は善人・悪人がはっきりしているが、こうした悪人に対しては実に辛らつである。
山  度
( 山度 : 90% )
 舞台はずっと山、だけれど・・・。

 
 
 
作 品 名
「雲海の鯱」 (森村 誠一、1987年)
あらすじ
 8月の白馬岳山頂で3人の山男が出会った。金峰、穂高に次いで3度目の偶然に3人は驚いた。白馬岳にある白雲山荘に泊まった3人は、ひょんなことから山荘の売上金が従業員と銀行員、そして犬1匹だけで運ばれていることを知り、1年後の略奪計画を立てた。
 1年後に再会した3人は、見事山荘売上金略奪に成功し、お互い名前を名乗ることもなく、ばらばらの方向へと散っていった。
 20年後、その白雲山荘の主人栗田と、有村という大学生が、白馬岳で落石に巻き込まれて死んだ。2人の死亡は事故として処理されたが、有村と途中まで同行していた中富は不自然さを感じ、殺人の可能性を疑っていた。栗田には絹代という後妻がおり、彼女は暴力団六道会経営の「花梨」というバーの元売れっ子ホステスだった。真相を探るため「花梨」でアルバイトを始めた中富は、絹代に槻村という男がいたことを知り、六道会による白雲山荘乗っ取り計画に気付く。
 一方、息子を六道会系のチンピラに殺された八代と大宮、娘を六道会の組員に陵辱された矢成の3人は、それぞれにガンや緑内障といった重病を抱えていた。病院で出会ったその3人こそが、20年前に山荘売上金略奪をした3匹の鯱だった。再会を喜ぶとともに、お互いの境遇を知った3人は、六道会への復讐を始めた。
感 想 等
( 評価 : C )
 ストーリー展開や設定のうまさは相変わらず、改めて触れるまでもない。明らかな悪と、それに立向う正義という構図を森村氏はよく使うが、正義であるはずの側が、20年前に悪で結びついているといのは、森村氏にしてはちょっと異なるパターンか。とはいえ水戸黄門のように、安心して読めるところが森村作品のまた良いところでもある。
山  度
( 山度 : 20% )
 山で結びついた男たちの話ではあるが、山度は低い。森村作品としては、まぁいつも通りで良しとしましょう。

 
 
 
作 品 名
「終列車」 (森村 誠一、1988年)
あらすじ
 窓際サラリーマン赤阪は、スナックのママ・山添延子と浮気旅行に行く約束をし、新宿発の終列車アルプス号に乗ったものの延子が現れない。延子にだまされたと思った赤阪は、たまたま電車で隣合わせた深草美那子という女性と同行し、信州で2晩一緒に過ごした。美那子は連絡先を教えてくれなかったが、彼女の忘れ物の中にあった大中和幸という名刺が唯一の手掛かりだった。
 赤阪が家に帰ってみると延子が殺されていたことがわかり、赤阪は容疑者となっていた。翌朝、今度は大中が殺されたという新聞記事が出ていた。驚いた赤阪が、美那子に呼び出されて自宅を訪れると、今度は美那子が殺されていた。赤坂への殺人嫌疑は深まるばかりだった。
 赤坂が美那子と信州に向かった終列車には、ヤクザ組織から大中殺害を命じられた北浦良太と、子どもを交通事故で亡くして自暴自棄になっていた塩沼弘子も乗り合わせていた。北浦は、大中殺しに向かったものの誰かに先回りされており、どうしたら良いかわからず逃げ出してアルプス号に乗ったのだが、たまたま大中家のお手伝いさんに顔を見られていたため指名手配されてしまったのだった。そんな北浦と塩沼弘子は行きずりで一緒に行動し、上高地、葛温泉、さらには荷揚げヘリに便乗して三俣山荘へと逃避行を続けていた。
 一方、延子、大中、美那子それぞれの事件を捜査していた警察は、1枚の写真から7ヶ月前の玉突き追突事故へと辿り着いた。その追突事故とその直前に起きたひき逃げ事故に、山添延子、大中和幸、深草美那子、塩沼弘子が関係していたのだった。
感 想 等
( 評価 : C )
 一見無関係な複数の事件が、実は深いつながり・関係を持っていたという、いわゆるミッシング・リンク。ミステリー作家の中にもこの手法を多用する方がいるが、ありがちなのはマンネリズムに陥ってしまうことである。森村氏も、もともと作品数が多いこともあって時々ミッシング・リンクを用いるが、氏の場合は非常によく練られており、偶然は多いものの「またか」といった感想にならないところはさすが。いわゆる謎解き系ミステリーではないものの、先の読めないストーリーは読者を飽きさせることはなく、単純に楽しめる。
山  度
( 山度 : 10% )
 逃避行を続ける北浦と塩沼の不思議なカップルが、上高地や雲の平など散策するあたりで山関係の描写が出てくる。雲の平、三俣蓮華あたりは森村氏の大好きなエリア。登山ではないが、雰囲気は感じられる作品。ただ、山度としては多めに見ても10%程度だろう。

 
 
 
作 品 名
「未踏峰」 (森村 誠一、1989年)
あらすじ
 ヒマラヤ登頂を生涯の夢に据えている雪吹晋平は、大学卒業記念に仲間と共に4人で八ヶ岳登山来て、横岳付近で迷っていた女子大生4人組を助けて下山した。自然と4組のカップルができ、8人は再会を約して別れた。雪吹は、女子大生4人のリーダー格だった面川純子と付き合い始めたが、純子は面川財閥の孫娘で身分の違いはいかんともしがたかった。
 作家を目指しながら心ならずもゴーストライターを務める中里英樹、役者の卵である印東浩、刑事になった恋塚良行、モデルになった牧村梨枝子、雑誌編集者になった真野美紀、銀座のママになった市毛京子。8人はそれぞれの夢を目指して頑張っている。
 純子は親の政略結婚により北上財閥の御曹司と結婚させられそうになっていた。雪吹を愛する純子は両親に反旗を翻し、雪吹と2人での穂高行きを企てるが、不測の事態が発生し、純子は家に連れ戻されてしまった。外堀は次第に埋められていき。とうとう純子は北上栄二と結婚することとなった。
 純子を失った雪吹は、ヒマラヤを人生の第一義に据えた。
感 想 等
( 評価 : B )
 八ヶ岳で出会った男女8人の数奇な運命、巡り合わせに弄ばれる若者達の生き様を描く大河ドラマ的な物語。淡く儚い雪吹と純子の悲恋の一方で、したたかに生きる京子や、自分の信じる道、正義を貫く恋塚など、8人の対照的な生き様が興味深い。
山  度
( 山度 : 30% )
 前半に八ヶ岳のシーンなどもわずかにあるが、山岳描写は後半のジャイアンツドームに集中。

 
 
 
作 品 名
「夢の虐殺」 (森村 誠一、1991年)
あらすじ
 一流商社に勤める勝田慎一は現社長の秘書と結婚し、社長の引きもあって出世するが、会社に飼育された自らに嫌気がさし始め、ノイローゼと偽って長期休暇を取得し、若い頃のめり込んだ山に来た。彼は昔よく通った鬼面岩を登ることを決意する。
 鬼面岩は今でこそ人工登攀具を駆使したクライマーによって征服されていたが、鬼面岩に憧れてそこに山小屋を作った主の深野周作も、また勝田自身もそうした登り方を認めていなかった。勝田は深野とその娘聡子に応援されて鬼面岩に挑戦した。病を押して自らの命を懸けてくれた深野の支援もあって、最後のオーバーハングまで辿りつく。そこで食糧も尽きてしまうが、勝田はなんとか乗り切り、聡子と結婚して自分を取り戻す決意をする。しかし聡子は・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 ある意味潔癖なまでの正義感と、山男という一見下界とは異なる聖人のように見られがちなものを敢えて否定する。その辺がいかにも森村誠一らしいと言える短編。
山  度
( 山度 : 70% )
 森村氏には珍しい岩壁登攀シーンのある作品。

 
 
 
作 品 名
「大都会」 (森村 誠一、1994年)
あらすじ
 帝都大学山岳部の岩村元信、渋谷夏雄、花岡進の3人は、卒業前の最後の山行で永年の目標だった白馬岳不帰第二峰東壁冬期初登をなしとげ、東京・名古屋・大阪へと就職で散っていった。
 岩村は菱井企業グループの菱井電業に入社し、盛川社長から目をかけられるまでになっていった。花岡は関西の勇・協和電機に入社し、社長の遠縁に当ったことから花岡社長の娘婿となり着実に出世街道を歩んで行った。渋谷は、小さいながらも活気あふれる星川電機に入社し、技師としてトランジスターや完全自動洗濯機などの発明を連発し、日本のエジソンと呼ばれるほどになっていった。
 星川電機の画期的な新商品に押されて業況が悪化しつつあった菱井電業と協和電機は、それぞれ岩村、花岡を使い、渋谷のヘッドハンティング、星川電機の買収などを仕掛けてきた。ライバル会社の手段を選ばないあくどい攻勢の結果、ついに星川電機は協和電機の傘下となり、渋谷の妻子は山火事に遭い焼死、渋谷自身も廃人になってしまった。
 しかし、過酷な企業戦争の中では、岩村、花岡の努力も報われることはなかった。そして、廃人となった渋谷は…。
感 想 等
( 評価 : C )
 出版されたのは94年ながら、森村氏がデビュー前に書きためた作品とのことであり、氏らしさが随所に盛り込まれた作品であり、ファンにはうれしい限り。
 企業悪をとことんまで描きながら、最後に一個人においては良心を垣間見せるあたりに救いがあり、個人的には悪一辺倒の登場人物が出てくる他の作品より好感が持てる。
山  度
( 山度 : 10% )
 若い頃の作品だけに、山のシーンが少し多めという点がまたうれしい。森村氏の作品には珍しく登攀描写そのものも出てくる。

 
 
 
作 品 名
「棟居刑事 悪の山」 (森村 誠一、1996年)
あらすじ
 高瀬湖付近で男の白骨死体が発見された。それは5年前に、山荘の売上金を持って銀行に向かったまま行方不明となっていた三俣蓮華岳山荘の従業員・島岡太一の死体であった。
 休暇で雲の平に来た棟居刑事は、アイドルの氏名千尋(うじなちひろ)とその婚約者・中谷雄太に出会った。そこで、氏名千尋から彼女の兄が6年前の12月に単独で北鎌尾根に出かけて遭難したが、遺品に寝袋がなかったことから誰かに奪われたのではないかと考えているという話を聞いた。
そのしばらく後、中谷雄太が殺された。
 棟居刑事は山荘従業員殺害事件と、中西雄太殺害事件とが何か関係があるのではないかと思っていた。中谷は、山荘従業員・島岡が行方不明になる直前まで、山荘でアルバイトをしていた。また島岡は、寝袋を忘れて行った登山者に気付き、後を追いかけたところ、氏名の兄の遺体を発見したという。さらに、中谷と一緒に山荘でアルバイトしていた同じ山岳会の高原恭平が、中谷と2人で行った冬の剣岳登山で遭難死していた。
感 想 等
( 評価 : C )
 複雑な人間関係の入り組んだ山を舞台にしたミステリー。冒頭の一見何の関係もなさそうなエピソードがエンディングに繋がっていく辺りはさすが。
 棟居刑事シリーズ。
山  度
( 山度 : 40% )
 雲の平、北鎌尾根等々。

 
 
 
作 品 名
「雪煙」 (森村 誠一、1996年)
あらすじ
 日本からICOP(国際刑事警察機構)に派遣されていた高木は、パリ勤務中に休暇でオーストラリア最高峰のグロスグロックナー見物に訪れ、そこで池上陽子と名乗る女性と知り合いになった。グロスグロックナーで恋人の矢野を亡くしたという陽子は、「山は嫌い」とつぶやいた。
 翌年、東京に戻った高木は、佐賀に帰省している間に、両親の強い勧めにより仕方なく見合いをしたが、その最中に偶然にも陽子と再会した。そこで始めてフルネームを名乗り合った高木は、陽子から穂高岳を見に連れて行って欲しいと頼まれた。東京に戻り、バグラス(変造旅券)製造団と提携した暴力団捜査に忙しくしていた高木の元に、陽子から連絡が入った。陽子からの連絡はいつも一方的で、高木は陽子が人妻ではないかと思っていた。佐賀での約束通り穂高を見に上高地に来た高木と陽子は、そこで2泊3日を共に過ごし、肉体関係を結んだ。
 上高地から帰った後、高木は忙しくなった。バグラスコネクションを使って日本での売春斡旋を行っていた暴力団を突き止めることに成功したのだ。一誠会直系幹部で風鈴会の組長・清瀬正実に任意同行を求めるという直前に、清瀬が行方不明になった。清瀬の身辺を洗うと、その情婦として浮かんできたのが、なんと池上陽子だった。その半月後、丹沢山中で清瀬の遺体が発見された。そして遺体のすぐそばには、高木のかつての婚約者で、レイプされたうえに殺された松永香保に高木が贈った時計が残されていた。迷宮入りしていた香保殺害事件の犯人と、清瀬の殺害犯とが同一人物である可能性が浮上した。
感 想 等
( 評価 : C )
 壮大な物語と運命的に交錯する登場人物たちの人生。ついつい先を急いで読みたくなってしまう、巧みなストーリー展開。そこに絡んでくる山にまつわる愛憎。いかにも森村誠一らしい作品だが、以前の作品に較べると、巧さはあっても深みが足りないような気がする。
 高木の造形として、陽子との行きずりに近い関係よりも、婚約者だった香保を殺された恨みや執念のようなものを出しても良かったのではないかと思う。
 蛇足ながら、森村作品ではお馴染みの棟居刑事が少しだけ登場する。
山  度
( 山度 : 10% )
 登山シーンそのものはほとんどないものの、オーストラリア最高峰・グロスグロックナー見物や上高地散策、ガイドブック作りをしている男の丹沢行など山の絡んだ話が随所に出てくる、また、主人公の高木をはじめ、陽子の死んだ恋人・矢野や、写真家冬本など山男も多く登場し、山度以上に山の雰囲気に溢れている。

 
 
 
作 品 名
「純白の証明」 (森村 誠一、2004年)
あらすじ
 T省の課長補佐・塩山孝司氏が、T省と関係が深く、塩山氏もいずれ天下りをすると目されていた三栄産業のビルから飛び降り自殺した。本当に自殺なのか、それとも他殺か。自殺にしては不審な点があることから、警視庁の棟居刑事は塩山の死因の捜査を始めた。
 塩山は登山を趣味としていたが、T省の塩山の上司・福田課長も、若い頃に初登攀記録を作ったこともあるほどのクライマーだった。そして、「政談」という政界雑誌の主催者・岩上は、学生時代、福沢のザイルパートナーだった。また、三栄産業の北川社長、T省OBで同社専務の香川氏も、若い頃に山岳会に入っていたという。この他に、塩山の小学校時代のクラスメートで現T省大臣の南野氏、塩山の元部下・遠山、塩山の娘・彩香の婚約者・居石など、山をきっかけに多くの人間関係が浮かびあがってきた。
 そんな時、「政談」の岩上が後立山で転落死したとの連絡が入った。ベテラン登山家である岩上が、11月とはいえ本格的に雪が付く前のハイキングコースで転落するはずがない。事件性を感じ取った棟居は、塩山の事件と平行して、岩上の死因についても調査を始めた。やがて事件は、塩山氏と南野大臣、北川社長ら5人パーティが、若い頃に穂高・滝谷で起こした遭難事故へと結びついてゆく。
感 想 等
( 評価 : C )
 森村誠一氏はこの作品執筆時点で既に70歳という高齢。この年にしてこの執筆意欲は凄いと言わざるを得ない。
 内容的には、山を絡めた人間模様を通じて、官僚という権力機構の腐敗を揶揄するお得意の森村節で安定感がある。もっとも、やや解説調で文章がくどいのは年のせいか。また、真保裕一、高嶋哲夫、笹本稜平等々最近の社会派ミステリー作家(?)は実に文章・描写がうまく、その辺と比べると古臭さは否めない。
山  度
( 山度 : 30% )
 山そのものを登っているシーンはさほど多くないが、山をやる人間が数多く登場し、初登攀を巡る登山界の確執や遭難事件にまで話が及ぶなど、登山関連の雰囲気たっぷり。

 
 
 
作 品 名
「棟居刑事の絆の証明」 (森村 誠一、2005年)
あらすじ
 久しぶりに休暇が取れた棟居刑事は、後立山縦走に出かけた。ちょうど、唐松岳山頂で休んでいると、向こう側から来た7人の男女のグループが目に止まった。どうやら、ガイドとツアー客のようだ。山頂で写真撮影を頼まれた棟居は、その中のひとりの女性に死んだ桐子の面影を見て、何となく忘れ難い思いを感じたのだった。
 ツアー客6人は、下山後連絡先を交換することなく別れたが、偶然に導かれて再会することとなった。蒔田直之は、ツアーでの体験を書いた小説が新人文学賞を受賞し、一躍売れっ子作家になった。それを知った水町藍は、唐松岳で撮った写真を蒔田に送った。一方斎藤加奈絵は、銀行に勤める姉のさやが失踪したため、私立探偵事務所に捜索を依頼をした。依頼した先が、たまたまツアーで一緒に山に登った岡野種男の個人事務所だった。
 その頃、超高級料亭「松千代」の玄関番を勤める辻岡麓は、宗政という会社重役と一緒に来た女性を見て目を見張った。ツアーで一緒になった女性にソックリだったのだ。しかも、宗政とその女性が、料亭の離れで大金を数えているところを、仲居が目撃していた。その数日後、その女性が行方不明だと新聞に出ていたのを見つけた辻岡は、行方不明の届出人である斎藤加奈絵に連絡を取った。さらに、目黒区のアパート管理人から入居者が1ヶ月半も帰ってきていないとの情報が警察に寄せられ、警察が部屋を調べたところ盗品の数々が見つかり、今問題になっている鍵の開き屋だと判明した。その開き屋が最後の1人小金沢悦男だった。
 小金沢の写真が新聞に乗ったことをきっかけに、行方不明中の小金沢を除くツアーメンバー5人が顔を合わせることになった。
感 想 等
( 評価 : C )
 冒頭登場する登山ツアー客6人を軸に、複雑に錯綜する人間関係。よくぞここまで入り組んだ物語を作り上げるなと感心はするが、事件の進展が偶然や驚異的な記憶力などに頼っている部分があまりに大きく、ちょっと現実的ではないかもしれない。また、犯人が出てくるタイミングも問題。これでは、ミステリーとしては反則との誹りを免れ得ない。タイトルに「棟居刑事の・・・」とあるが、棟居刑事の絡み方はちょっと中途半端との印象。
 蛇足ながら、「絆」の文字が使われているが、東日本大震災よりも数年前の作品。うまいタイトルを付けたものだ。
山  度
( 山度 : 5% )
 登山シーンと言えるのは冒頭数ページのみ。ただ、後半山岳ガイドの話や、登攀記録のねつ造といった山に絡んだエピソードなども出てきたりするので、山度は低いながらも一応リストアップした。

 
 
 
作 品 名
「青春の雲海」 (森村 誠一、2006年)
あらすじ
 久しぶりの休暇に後立山連峰を縦走していた棟居は、山に不慣れな若い女性の単独行者と知り合いになった。矢吹勢津子と名乗ったその女性は、GWに後立山に行ったまま行方不明になった夫の跡を追って山に来たのだった。棟末は、縦走途中に膝を悪くした勢津子をエスコートして下山した。
 勢津子の夫・正輝は老舗中堅書店・精華堂の社長だった。正輝が社長業にストレスを感じていたこと、同時期に総務の福山扶佐子もいなくなったことから、勢津子は夫が女と一緒に失踪したのだと思っていた。正輝の代わりに社長代行を務めた勢津子は、本来の仕事であるイベント・プランナーの経験を活かして様々なイベントを仕掛け、精華堂を盛り上げた。
 その頃、目黒区の公園で身元不明のホームレスの死体が発見された。新聞に載った被害者の写真を見て、8年前に目黒区で殺された老女の容疑者であるとの通報があったが、その事件自体は迷宮入りしていた。同じく新聞の写真を見た福山扶佐子は、その男がたった一人の肉親であり、高校の時に家出して以来音信不通になっていた兄・幸治だということに気が付いた。正輝とともに名古屋に身を隠していた扶佐子は、兄になりすますことを正輝に提案した。
 一方、山での恩人である棟末のことが気に掛かっていた勢津子は、人気作家・朝枝美華のサイン会で棟末と再会した。ホームレス殺害事件の捜査を担当する棟末は、家出少女の証言から、被害者と朝枝美華が同郷だったという事実を知り、ようやく被害者の身元が判明した。福山幸治と朝枝美華が目黒区の同じアパート内に住んでいたこと、そのアパートに勢津子の知り合いであり朝枝とシナリオ学校で一緒だったというテレビプロデューサーの湯沢汎子も住んでいたこと、正輝と扶佐子が住む薫風荘にいる七条百合子もそこにいたこと、などが次々と判明した。錯綜した人間関係の糸が、少しずつ見えてきた。
感 想 等
( 評価 : C )
 複雑に入り組んだ人間関係、目まぐるしく急転する事件など、偶然を必然に結びつけていくストーリー展開はさすが。「国賓の性の特殊接待」や「人生のリセットを願う人々のための救援組織」といった、いかにも森村氏らしい言葉の使い方や、作品ごとに大胆で面白い発想を出してくるあたりは、森村誠一健在といったところか。
 一方で、かつての社会性やテーマ性が薄れ、トリックや謎解きの要素が少なくなり、やや偶然に頼った決め打ち的な捜査は、ミステリーとしては今一つ物足りない。本作については、交錯する人間関係が見どころであるものの、やや凝り過ぎているとの印象。
山  度
( 山度 : 10% )
 冒頭15頁ほどが後立山・唐松、鹿島槍近辺での山行シーン。あとは西穂高ロープウェイでの描写がある程度。山度はあまり高くない。

 
 
 
作 品 名
「青春の守護者」 (森村 誠一、2007年)
あらすじ
 元自衛隊の羽月数也はそこで自分の適性を見出したものの、自衛隊のあり方に疑問を感じ脱退、民間警備保障会社勤務を経て、自らボディーガード会社を立ち上げた。そんな羽月のもとに、大学山岳部時代の先輩大町玲の家族から依頼が舞い込んだ。玲は大学のマドンナ的存在で、羽月は彼女と2人で槍ヶ岳山行に出掛け、そこで唇を合わせたという淡い青春の体験の相手だった。
 玲は数ヶ月に静岡県の山中でドライブ中に、夫の古坂直也とともに転落死していた。その死に不審を抱いた玲の父・大町正隆が、玲の妹・藍と玲の娘・鮎のボディーガードを依頼してきたのだった。
 調べてみると、古坂は大手総合精密機器メーカー・アキレスの公認会計士をしており、そこで何らかの裏情報を知ってしまった可能性が高かった。アキレスは政財界や諸外国と係りを持っているとの噂のある会社だった。
 アキレスと深く結びついている、世界的なテロ組織"秘密の花園"、首都圏の有力暴力団である"一誠会"を相手に、羽月らの戦争が始まった。
感 想 等
( 評価 : C )
 森村氏の最新作。勧善懲悪的なストーリー展開には安定感があり、安心して読めるし、全体的なうまさはさすが森村氏である。
 とはいえ、世界的な暗殺組織や構成員8千名を抱える暴力団を、わずか数名しかいない民間ボディーガード会社が殲滅してしまうというのは、いくらなんでも無理が・・・という気もしてしまう。
山  度
( 山度 : 5% )
 冒頭、羽月数也と大町玲の大学時代のエピソードとして、燕岳から槍ヶ岳への縦走山行の思い出が出てくる。山のシーンとしいてはそのわずかな部分しかないが、本作全体の重要なキーとなる部分でもある。

 
 
 
作 品 名
「青春の十字架」 (森村 誠一、2008年)
あらすじ
 夏休みに登る穂高登山だけは毎年欠かさなかった寒川は、ある年、梓川のほとりで沖鮎水紀という女性と知り合いになった。以来2人は、素性を明かさずに年に1度、梓川の畔で会うだけの関係を続けた。何年目かのこと、穂高に一緒に登る約束を交わしたが、寒川が上高地に行ってみると、待っていたのは水紀の双子の妹・香代乃だった。
 その少し前、寒川の身に大きな変化が2つ起きていた。1つは警視庁でSPに命じられたこと、もう1つはたった1人の肉親でフリーライターをしていた妹の加菜が行方不明になったことだった。寒川はSPとしていろいろな要人の警護に付いたが、A国のアブルメール大統領を警護した時に、パーティ会場で香代乃の姿を見かけ、その素性を知ることとなった。彼女は、銀座のクラブ「紅馬車」のママで、政財界の大物がバックに付いているとの噂があった。その後寒川は、国土交通大臣で将来の総裁候補と言われている友信寛道の警護に付くことになった。友信は紅馬車を贔屓にしており、寒川も香代乃と顔を合わせることとなった。
 ちょうどその頃、奥飛騨の山中から加菜の遺体が発見された。加菜はF県における公共工事の談合疑惑を追っていたようだった。F県は友信の地元で、県知事も友信の息がかかっていた。また、友信の息子の恋人で、銀座のクラブにいた三原麗子に、失踪直前の加菜がインタビューしていたこともわかった。寒川の警護対象と、妹・加菜の失踪が密接に結びついてきて、寒川は複雑な思いでSPの仕事を続けていた・・・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 穂高・梓川の畔で出会った謎の女性との邂逅、妹・加菜の失踪、SPとしての警護対象である友信大臣・・・・・いくつも事件や人間関係が錯綜し、絡み合い、偶然と執念に導かれて、真実が明らかになっていく。森村誠一らしい設定の妙とストーリーテラーぶりは本作でも健在だ。水紀と香代乃の双子姉妹の絡みは、物語にとっては正直必須ではない感じなので、そこまで複雑な設定にしなくても良いという気がするし、寒川の2人への対応・行動はSPにしてはあまりに不用意という印象はあるが、まぁその辺のお色気は、物語に花を添えるということでアリとしましょう。
山  度
( 山度 : 10% )
 森村氏の多くの作品同様、本作も山度は低め。森村作品ではお馴染みの山男・棟居刑事が脇役で登場し、主人公の寒川は大学時代に棟居とザイルパートナーだったという設定。山は随所に絡んでくるものの、実際の登山や山が出てくるシーンは、上高地散策と穂高登山が少し描かれている程度。