山岳小説(国内)・詳細データ
〜樋口明雄〜
 
 
 
作 品 名
「明日なき山河」(樋口 明雄、1996年)
あらすじ
 城東大学ワンゲル部の野原奈津実ら8人は、奥出水山系のテント場で不審な3人組に襲われ、奈津実以外は全員殺されてしまった。3人組は甲府の宝石店で強盗を働き、セスナで逃げる途中で奪ったダイヤを山中に落としてしまい、探しにきた男達だった。
 一方、妻を、そして母親を亡くした篠原亮一、大樹親子は傷を癒すために登山に来て、避難小屋で男3人女1人の一行と出会い不審を抱く。亮一は奈津実を助けるため一行を追い、大樹は警察へ知らせるため下山することにした。しかし、亮一は逆に捕まってしまい、大樹も道が塞がれており戻るはめに。
 奈津実を助けるために身を呈して強盗に立向う亮一、父を助け奈津実とともに逃亡を図る大樹。迫り来る追手、立ちはだかる自然・・・。
感 想 等
(評価:C)
 奥出水山というわかったようなわからないような舞台設定。展開を盛り上げるための地形設定のために実際の場所を使えなかったというのは理解できるが、ちょっと中途半端で気持ち悪い。
 冒険小説、サスペンスとしては決して悪くないが、どこか盛り上がりに欠ける。
山  度
(山度:90%)
 架空の山とはいえ舞台はずっと山中。山度は高い。専門にやっている人からするとクライミング描写が今一との評もあったが、素人の自分としては特に気にはならない。

 
 
 
作 品 名
「狼は瞑らない」(樋口 明雄、2000年)
あらすじ
 大物政治家宗光尚三のSP、警視庁警備部佐伯鷹志は、宗光の盾となって撃たれ瀕死の重傷を負った。しかし佐伯は狙われたのは自分だと感じていた。ヤミ献金など政治の裏を知りすぎたため消そうとしたのではないかと。
 6年後、佐伯は山岳警備隊員となり、秋永隊長や入隊したばかりの杉浦らとともに救助活動を行っていた。ある日、大型台風接近により天候が荒れ始めるなか、佐伯らは遭難者捜索に出かけた。その夜半、警察庁警備局と名乗る4人の男が警備派出所にやってきた。赤革派のメンバーが山中に潜んでおり、SP時代の情報を赤革派に流している佐伯が接触を図ろうとしているというのだ。真偽を確認するために同行を名乗り出た正岡副隊長・倉橋隊員とともに一行は佐伯を追って山に向かう。
 4人の男達は何者なのか、その目的は・・・。暴風雨のなか繰り広げられる謎の男たちとの死闘、佐伯は、杉浦は、正岡は無事生き延びることが出来るのか。
感 想 等
(評価:B)
 次々と襲い来る刺客、仕組まれた罠、裏切り、姿の見えない敵。「ミッドナイト・イーグル」や「ホワイトアウト」にはやや及ばないかもしれないが、スリリングでおもしろい冒険小説である。そして、遭難救助、肉親や仲間の死など、死を見つめることを通して生きることの大切さ、重さを考えさせられる。
 樋口明雄の描く寡黙で無骨ながら温かみのある人物像は、古き良き父親といったところか。個人的には好きである。
 「朽ちた樹々の枝の下で」(真保裕一)などこの手の小説を読むと、警察とか自衛隊とかが信じられなくなる。こういう話は本当にあるのだろうか。ただ、本書では善悪や物事の価値判断がはっきりし過ぎているような気がする。
 「明日なき山河」でも出てきた奥出水という設定。展開上しょうがないのかもしれないが、架空の場所というのは、リアリティの面でちょっとひっかかる。
山  度
(山度:90%)
 主人公が山岳警備隊員、嵐の山中で繰り広げられる死闘、とくれば山岳度濃厚であることは言うまでもない。山岳小説としても、充分堪能できることだろう。

 
 
 
作 品 名
「墓標の森」(樋口 明雄、2001年)
あらすじ
 八ヶ岳山麓に住むログビルダー・進藤光彦は、釣りに出かけた川で親友・城崎忠の死体が流れて行くところを目撃した。なんとか死体を引き上げたものの、たまたま近くにいた少女・板倉有季を追っている間に死体が消えてしまった。その晩、進藤は謎の3人組に襲われた。
 以降、奇怪な事件が多発する。普段は大人しい青年の母親殺し、仕事熱心な酒店主の自殺、17歳の少女による家族惨殺…。そして、事件に引き寄せられるように、夢遊病状態で現場に現れる有季と村の青年・克一。人口わずか4千人の小さな村で一体何が起こっているのか。
 事件の鍵が琴石川上流・黒谷にあると睨んだ進藤は、谷に何度も足を運び何かが起こっていることを直感する。事件を調べる地元のはみだし刑事・雨宮、県警から派遣された宗田警部、進藤の親友で同じく他所から移り住んできた作家の野々村とカレー店主・沢木・・・。
 進藤は事件の核心に迫るが、逆に犯人に仕立て上げられ、有季とともに雪の八ヶ岳越えを余儀なくされる。
感 想 等
(評価:C)
 奇怪な事件、襲い来る謎の敵、ピンチに次ぐピンチ。ちょっとやり過ぎでは、と思うくらいの目まぐるしい展開、攻守の逆転は、冒険小説の王道そのもの。樋口氏が一作ごとにうまくなっている感じがする。ただ、事件の根本となる原因、特に有季や克一の不思議な能力の設定が今いち。前作もそうだが、事件のための設定という印象を受ける。
山  度
(山度:20%)
 事件の舞台は八ヶ岳山麓の小さな村。(架空の存在ではあるが)琴石川や黒谷の沢、森、自然がふんだんに登場する。ピークハントこそないものの、山岳描写、アウトドアの雰囲気は満載。

 
 
 
作 品 名
「光の山脈」(樋口 明雄、2003年)
あらすじ
 六田賢司ことロッタは、甲斐駒ケ岳山麓の小村・菰釣村で土木作業員をしながら猟師として生活していた。純粋で正義感の強いロッタは、人付き合いが苦手で子供の頃は養護学校に入っていたが、山に入ってそこに自分だけの世界を見出してからは、野生児として生き生きと生活していた。ロッタの住む閉鎖的な小村・菰釣は暴力団弓削組が幅を利かせており、弓削組に逆らえる者はいなかった。
 そんなある日、土木作業の手伝いにかり出されたロッタは、弓削組と深く結びついていた玄川工業が産業廃棄物の不法投棄を行っている現場を目撃してしまった。暴力団の不正が許せなかったロッタは、悩んだゆえ山梨日報で記者をしている兄・洋一郎を現場に案内し、山梨日報に記事をきっかけに、玄川工業の不正は糾弾されることとなった。しかし、面子をつぶされて黙っているヤクザではなかった。
 洋一郎とロッタは拉致され、ロッタの目の前で洋一郎が殺された。一方、ロッタが連れ去られている間に、妻・亜希が弓削組組長の1人息子和磨に刺された。ヤクザの手から辛うじて逃げ延びたロッタは、亜希が血だらけで倒れている姿を見てヤクザへの復讐を決意した。
 猛吹雪の山を舞台に、たった1人でヤクザに挑戦状を叩きつけたロッタの死闘が始まった。
感 想 等
(評価:C)
 読んでいる方が切なくやるせなくなってしまうような前半から、ロッタの本領発揮となる雪山での死闘。この辺の冒険小説的な展開のうまさはさすが。
 しかし、冒険小説というもの自体が難しくなってきているのかもしれない。かつての冒険小説は東西冷戦に代表される国家的なスパイ戦的なものが多かったが、樋口氏は企業や暴力団、犯罪者など社会悪を相手にしている。裏の世界の話であれば、ハラハラドキドキだけでも良いが、表の世界では当然ながら殺人は犯罪だ。また、否応無しにトラブルに巻き込まれるのではなく、社会悪に自ら立ち向かうからにはそれなりの理由がいる。それらをどううまく描き込むかが問われてくる。
山  度
(山度:40%)
 舞台は雪山。登山ではないが、過酷な自然状況の中で闘い、生き抜くサバイバル戦。山度はバッチリ。

 
 
 
作 品 名
「クライム」(樋口 明雄、2006年)
あらすじ
 血で血を争う抗争が続く新宿歌舞伎町。そんな歌舞伎町にある新宿署組織犯罪対策課のはみだし刑事・尾方充。難病の一人娘・菜摘の手術代を稼ぐためにヤクザと癒着していた尾方は、2年前にヤクザ同士の抗争に巻き込まれて殺された相棒・高村の仇と思われる功刀智明を探していた。
 功刀智明、中国名・梁智明。中国残留孤児として母とともに日本に来た功刀は、日本社会に馴染めず台湾マフィア・竜幇のメンバーとなったが、組織の金を横領したことがバレて、組織から追われる身となっていた。
 楊烈輝。元台湾特殊部隊に所属していたという竜幇の冷徹な殺し屋。裏切り者の功刀を追っていたが、大虎幇の大老を殺すなどやりすぎたために、自らも組織にいられなくなっていた。
 そんな歌舞伎町に住む韓国人・パクの下に身を寄せていた功刀を、中部航空社長友永が訪ねてきた。友永によると、2ヶ月前に墜落したはずの中部航空のヘリ操縦士・野津田が生きているというのだ。野津田が運んでいたのは、竜幇の金20億円。野津田を探し出した功刀と友永は、ヘリが南ア山中に墜落したことを白状させ、20億円奪取に乗り出すことにした。場所は、功刀の祖父・重爺が小屋番をしていた国領小屋の先。功刀は20年ぶりに山へと向かった。
 功刀を追って山へ入った尾方、野津田の恋人由紀子から真相を知った楊・・・20億円の現金を巡って、厳冬の南アルプスを舞台に死闘が始まった。
感 想 等
(評価:C)
 前半はいわば序章のようなもの。後半の死闘につながる前振りと、主たる登場人物の半生が描かれている。やや長すぎる感はあるものの、前半があるがゆえに物語の深みが増している。後半は厳冬期の南アを舞台に展開する死闘、謀略、ドンデン返し・・・。この辺りは単純に面白い。
 それにしても、メインの3人を始めとして、野津田、友永、由紀子、千晶とよくまぁ悪党ばかり登場するものである。それなのに悪党になりきれていないどころか、妙に人間らしかったり、ラストに至っては格好良過ぎなのだ(ただし、楊や蘇の場合はちょっと微妙。描写も一部はどぎついかも・・・)。
 こんな言い方は作者に失礼だけれど、「明日なき山河」の頃と比較するとうまくなったなぁという感じ。
山  度
(山度:40%)
 山岳描写については、もう安心して読んでいられる。ただ、どうしても架空の山を舞台にするという設定は、ストーリー展開上やむを得ないのかなと思いつつも、違和感が残る。



 
作 品 名
「約束の地」(樋口 明雄、2006年)
あらすじ
 環境省のキャリア官僚・七倉航は、2年ごとに地方自治体などへと出向し、はや40歳近くになっていた。今回の出向先は野生鳥獣保全管理センター、通称WLP(WildLife Patrol)の八ヶ岳支所長だった。2年前に妻を交通事故で亡くし、10歳になる娘の羽純と2人での赴任だ。WLPは、自然による自然の管理、すなわちナチュラル・レギュレーションによる人間と動物の共生を目指しており、クマやイノシシなどをただ駆除するだけでなく、野生動物の生態調査などにも力を入れていた。
 WLPのメンバーは、元猟師でWLPの考え方に理解を示して参加した戸部と黒崎、クマを追い払うベアドッグのダンとハナを訓練するハンドラーの新海と峰、そのトレーナーとして期限付きでアメリカから来ているクレイグ・アスティン、サルの生態調査などを行なっている神永麻耶。いずれも個性派揃いだったが、自然や動物を愛するがゆえに、少ない予算と人員の中での激務にも耐えて、地元のために日々動き回っていた。
 戸惑いながらもとにかく現場に出て身体を動かしていた七倉は、次第にメンバーからも認められ、WLPの一員となっていった。しかし、度重なる獣害から徹底的な害獣駆除を求める地元農家への対応、自由な狩猟を制限されてWLPを敵視する狩猟会とのいざこざ、野生動物駆除に反対する動物愛護団体フレンドリーベアからの批判など、悩みは尽きなかった。さらに、娘の羽純が、猟友会会長の古瀬の孫から苛めにあっていると知り、七倉の苦悩は深まるばかりだった。
 その頃、自然界でも異変が起きはじめていた。戸部の顔に傷を負わせた山の主とも言われた巨クマの“稲妻”や、巨大イノシシの“三本足”などが、環境汚染により出現したと思われる寄生虫に犯されて、死の危機に瀕していた。
感 想 等
(評価:B)
 南アルプスの麓に移住し、犬を飼い、ハンドラーとしての訓練を積み、猟師とも親しく交流してきた樋口氏の実体験に基づいて描かれており、樋口氏だからこそ描くことができた作品。八ヶ岳山麓で活動するWLPの活動を軸に、自然と人間の共生のあり方、自然を破壊してきた人間への警鐘、人としての生き方・親子愛など、いろいろなテーマが込められている。WLPは架空の団体だが、十分リアリティに溢れており、環境問題や自然保護などについていろいろと考えさせられる。
 農家や地元住民の主張も、動物愛護団体の意見も、猟師への反発も、そしてWLPの考えも十分理解できる。ただ、本当のことは何も知らない。ただ、考えるきっかけになる。それを別にしても、物語としても十分面白い。
 余談だが、動物小説としては、クマや狼ものは時々見かけるし、本作でも“稲妻”という巨クマが出てくるが、イノシシは珍しいように思う。
山  度
(山度:10%)
 実際の山のシーンは思ったほど多くないような気がするが、テーマが自然そのもので、クマやイノシシを追って山を駆け巡る猟師たちの様子など山のシーンもある。。

 

 
作 品 名
「標高二八〇〇米」(樋口 明雄、2011年)
あらすじ
 SF作家の滝川康平は、小学校五年生の息子・涼と2人で北岳登山に来ていた。北岳肩の小屋で休んでいると、小屋番が携帯電話が通じないと怪訝な顔をしている。と、そこに、北岳バットレスを登ってきたらしきクライマーが飛び込んできた。聞けば、クライミン中に2800m付近でザイルパートナーの姿が見えなくなったという。滑落した可能性が高かったが、救助を呼ぼうにも携帯電話が通じなかった。小屋にいたのは中年女性の3人組と若い女性2人組だけ。涼が高山病になったため先に下山した滝川親子は、白根御池小屋に辿り着いてさらにおかしな状況に出くわした。小屋の人間も、登山者も誰もいないのだ。中年3人組や救助を求めに降りてきた小屋番・クライマーなど7人もやってきたが、状況は変わらなかった。携帯も相変わらず通じない。小屋に泊まるという中年女性3人組と肩の小屋に戻るという小屋番とクライマーを残し、滝川親子と若い女性2人組は広河原へと向かった。
 女性2人は女子大生で、野崎奈緒と岡島裕美といった。4人は広河原まで降りてみたが、人っ子一人いない状況に変わりはなかった。理由はわからないが、この地上から人間が消えてしまったようだ。4人は乗り捨てられていた車を拾って東京へと向かった。もはや人間が消えてしまったことは疑いようがなかったが、4人は自分たちの目で見ないことには信じられなかった。その時、上空を飛行機が通過した。なぜかはわからないけれど、標高2800m付近を境に人が消えたようだ。しかし生きている人間もいる。飛行機に乗っていた者、標高2800m以上の高地に住んでいる者、滝川たちのように高峰登山をしていた者・・・・・・。滝川は、かすかな希望を胸に、東京を目指した。(表題作)
感 想 等
(評価:C)
 冒険小説の旗手・樋口明雄が描くアウトドア系ホラー&近未来SF短編集。大雑把に言うと、ホラー小説4編、近未来SF小説3編、マタギ小説1編といったところ。それぞれに、濃淡はあれアウトドアの要素が絡められている。表題作の「標高二八〇〇米」とその続編である「リセット」は、東北大震災のあとに起きた福島第一原発事故の影響を色濃く受けた作品。ティム・ヘライの「レフト・ビハインド」を彷彿させる作品だが、根本にある思想が異なる。ティム・ヘライの作品が宗教的なイデオロギーに根ざしているのに対して、樋口作品は反原発。原発の怖さについて、巷で言われているものとは異なる次元で警鐘を鳴らしている。
 これまでの樋口作品とは少しジャンルが異なっており、ホラー小説は個人的にあまり感じるところはないが、近未来SF作品については、いろいろと考えさせられる。この時代ならではの作品と言えよう。
山  度
(山度:20%)
 短編8作品のうち、「モーレン小屋」、「霧が晴れたら」、「標高二八〇〇米」の3つは登山シーンも出てくる作品。「屍山」と「渓にて」は、アウトドア系の作品。残り3作品は、登山はほとんど出てこない。

 
 
 
作 品 名
「天空の犬」(樋口 明雄、2012年)
あらすじ
 山梨県警察甲府警察署の星野夏実巡査は、警察犬の指導手となるため、NPO法人のJRD(ジャパン・レスキュー・ドッグス)に出向していた。出向中に未曽有の大地震・東日本大震災が発生、夏実らJRDメンバー3名が災害救助に派遣された。ボーダーコリーの愛犬メイとともに救助活動に携わった5日間は、夏実にとって地獄のような日々だった。夏実は、人の心や感情を、色として感じる共感覚者だった。被災地で夏実の心に入り込んできた幾多の思いは、夏実に大きな精神的ダメージを与え、半年間は職場に戻ることができなかった。
 職場復帰した夏実は、南アルプス署地域課に異動になり、6月から山岳救助隊の一員となった。北岳中腹の白根御池小屋警備派出所には、6名の隊員と2頭の救助犬が常駐していた。江草隊長、杉坂副隊長、救助犬チーム<K-9>のリーダー進藤巡査長と川上犬のカムイ、そして神崎静奈とシェパードのバロンらだった。山岳救助隊員としての夏実の生活が始まった。登山者の応対、パトロール、犬の世話と訓練、山岳救助訓練、登山道の整備・・・やるべきことは多く、過酷で辛い日々だったが、そうした生活にも次第に慣れていく自分を夏実は感じていた。梅雨のとある日には、メイのお陰で、道迷いの中年女性を助けることができた。夏実とメイにとって、初めての人命救助だった。
 そんな折、物々しい警備体制とともに、自由党総裁の富島孝太郎が北岳を訪れた。山岳救助隊にも協力要請はあったものの、県警から多くの警官が送り込まれており、実際は待機しているしかなかった。そこへ、13歳の少年の捜索依頼が飛び込んできた。天候悪化の兆しが出始めており、視界が極端に利かない中、救助隊は出動した。一方、富島総裁の一行は、メンバーに高山病が続出し、警備が手薄になっていた。夏実は単独で富島総裁一向を追いかけた。
感 想 等
(評価:B)
 山岳救助隊の女性隊員が主人公だが、救助隊の活躍や人命救助物語を描くというより、救助活動や救助犬との心の触れ合いを通じて精神的なダメージから立ち直り、成長していく1人の女性の心の物語といった感じ。
 「標高二八〇〇米」同様に、本作でも東日本大震災が絡んでくるが、樋口明雄氏の作品から受ける印象がこの二作あたりから変わってきたように感じられる。今までは事件・事故でストーリーを盛り上げる山岳冒険小説といったイメージが強かったが、最近は主人公を中心とした登場人物の内面描写に比重が移っている気がする。
 本作では、富島総裁の事件を軸に据えつつも、そこを描き過ぎることなく、また恋愛話なども表面的な程度に留めている。むしろ、夏実や深町らの心にスポットが当っているが、それがごく自然な感じで、爽やかな読後感となっている。ラストはもう少しあっさりでもよかったか・・・。
山  度
(山度:80%)
 東日本大震災の箇所を除けば、ほぼ北岳周辺が舞台で、山度も高い。最近少し増えている感のある山岳救助隊が登場するが、ハンドラーと山岳救助犬というのは新しい。

 
 
 
作 品 名
「ハルカの空」(樋口 明雄、2014年)
あらすじ
 私、天野遥香20才。山ガールデビューして1年になる大学三年生だ。山好きが高じて、今年の夏は、たまたまネットで見つけた、北岳中腹にある白根御池小屋でアルバイトをすることにした。小屋は、管理人の高辻四郎さん・葉子さん夫婦に、ベテランスタッフの大木さん、私同様アルバイトの加代子と綾で切り盛りしている。小屋の定員は150名だが、夏山シーズンには300名を超えるお客さんが泊まることもある。
 朝3時に起きて食事の準備を始め、300名を超えるお客さんに6回に分けて食事を取ってもらう。全員が食事を終える頃にはスタッフはクタクタだ。それから後片付け、トイレ掃除、部屋掃除などをこなす。山小屋スタッフの1日は慌ただしい。それだけの人がやってくると、中にはいろいろな人がいる。小屋のごはんをこっそりオニギリにして持っていく人、夜中までお酒を飲んで騒いでいる人、食べ物を粗末に扱う人・・・。思わず怒りをぶつけてしまいそうになるが、そんな時は、小屋に常駐している山岳救助隊の星野夏実さんに不満を聞いてもらっている。私の憧れの人だ。
 ある日のこと、北岳山頂付近で中高年4人組のうち2人が滑落したとの連絡を受け、江草隊長を除く救助隊6名が出動。その間に、大樺沢付近で登山者が倒れているとの報がもたらされた。急ぎ駆け付けることにした江草隊長と管理人の高辻さんと一緒に、私もAEDを背負って付いていくことにした。バテて息も絶え絶えになって現場に着いた私が目にしたのは、一生懸命に心肺蘇生を図る江草隊長の姿だった。小屋に連絡してきた人は、意識もあって言葉も話せると言っていたのに。私は命の重さを感じていた。
(表題作のあらすじ)
感 想 等
(評価:B)
 「天空の空」の続編とも言える短編連作集。前作同様に星野夏実巡査が主人公の「沈黙の山」「NO WAY OUT」に加え、神埼静奈巡査が主役の「ランナーズハイ」、関真輝雄巡査の活躍を描く「サードマン」、白根御池小屋のアルバイト天野遥香の目線で登山者や山岳救助を描く「ハルカの空」を収録している。タイトルは収録先品の1作「ハルカの空」となっているが、その前に「南アルプス山岳救助隊K-9」とのサブタイトルが付いている。なお「沈黙の山」は、「天空の犬」発売時に文教堂版特別付録として付けられた冊子に収められていた1話。
 前作の感想にも書いたが、樋口明雄氏はサスペンスやミステリー仕立ての山岳冒険ものよりも、こちらの方が良いように思う。山岳救助を題材に、救助隊員の心情や使命感という側面から描いており、心温まる作品となっている。また、前作で大きな要素となっていた共感覚による幻色現象については、やや特殊性が強すぎて共感しにくい部分があったが、本作では自然な感じになっており違和感はない。
山  度
(山度:90%)
 北岳にある白根御池小屋の横にある警備派出所に詰める山岳救助隊と救助犬の活躍を描く物語。山度が低いわけがない。



作 品 名
「ブロッケンの悪魔」(樋口 明雄、2015年)
あらすじ
 さいたま市の陸上自衛隊大宮駐屯地から、現存する毒ガスの中で最強といわれているVXガス8リットルが盗まれた。72万人を殺すことができる量だ。VXガス盗難の報を受けて、首相官邸には閣僚たちが集まっていた。田辺首相はもちろん、茂原官房長官、小田原防衛大臣、伊庭内危機管理監らは、善後策を協議していた。
 同じ頃、南アルプスの広河原と夜叉神峠、北沢峠を結ぶ南アルプス林道の途中で、二箇所同時に大規模崩落事故が起こり、続けて奈良田への道も崩落で通行止めとなった。折りしも大型台風が近づいておりヘリも飛べないことから、広河原や北岳周辺は陸の孤島と化した。そしてついに、テロリストたちが蜂起し、北岳山荘を乗っ取った。
 犯人グループは元陸上自衛隊一等陸佐の鷲尾を首謀者とする、約10人の元自衛隊員。彼らは、米国が開発したSMCMという超小型巡航ミサイルを入手しており、北岳から都内に向けてVXガスをばら撒くとして、田辺首相宛てに声明文を送ってきた。要求は、1億5千万ドルのお金と、自衛隊に係る国家機密の公表だった。その国家機密とは、自衛隊初の本格的な海外派遣であるカンボジアPKOで3名の自衛官が亡くなったこと、東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の際に自衛隊3名が殉職したことの2つ。それは決して公にできない国家機密だ。
 暴風雨に包まれた北岳を舞台に、テロリストたちとの闘いが始まった。。
感 想 等
(評価:A)
 以前から安定感があり、高レベルの作品を発表してきた樋口氏だが、本作は氏の代表作の一つと言えるだろう。冒険小説としての面白さ、うまさもさることながら、内容の良さ・濃さもいい。特に、テロリストたちが単なる“悪”ではなく、共感できる主張を持った人間として描かれていることにより、深みが増している。むろん、反安保・反原発の主張そのものには賛否があるだろうが、それはまた別問題。
 残念なのは、山岳救助隊の面々の活躍場面が限られていること。北岳山荘の松戸くんなんて、ほとんど役に立ってないし。それでも、最後の最後に、夏実とメイがしっかりと活躍。清々しいエンディングです。
山  度
(山度:60%)
 冒頭の山岳救助シーン、神崎静奈による夜の鳳凰三山越えなど登山シーンも随所に出てきて、山度もそこそこ高いのだが、メインストーリーが強烈なので、登山シーンとか愉しんでいる余裕がない感じです。
 


作 品 名
「火竜の山」(樋口 明雄、2016年)
あらすじ
 山梨県警山岳救助隊の星野夏実と神崎静奈は、相棒の山岳救助犬メイとバロンとともに、新羅山麓にある岐阜県警狩場警察署に来ていた。新しく作られた山岳救助隊員とその関係者に対して、講演とデモンストレーションを行うためだった。新羅山は、北信飛騨自動車道ができたお陰で急速に登山者が増えていたのだ。
 小学六年生の大村翔太は学校帰りに突然誘拐され、目隠しをされたまま車に乗せられた。着いた場所は古びたログハウスだった。犯人は桜井直人と杉本佳菜子の2人組。桜井が組の覚醒剤を横流ししていたことがバレて、組に返すお金を作ろうと計画した誘拐だった。翔太は保守系議員の息子で、選挙を控えた今の時期なら、スキャンダルを恐れて警察に言わないだろうと睨んでの犯行だった。監禁場所は、新羅山近くの別荘だった。
 3年ほど前から登山を始めた荻島沙耶は、ネットの登山サイト「やまたび」で新羅山登山の同行者募集の書き込みを見つけ、参加することにした。参加者は、呼びかけ人の尾崎正輝とその恋人・山田美波、愛想の悪い北川、太った中年の角田謙一の5人だった。統率のない集団に何かが足りないものを感じ正直ガッカリしたが、一行は新羅山登山に出掛けた。
 沙耶の母・重美の別れた夫、すなわち沙耶の父・榎田智司は城北大学火山地質学研究室の教授だった。2014年の御嶽山噴火の際に、噴火の兆候を察知して火山噴火予知連絡会に連絡したにも係わらず相手にされなかったが、その時に強く主張しなかったことを後悔していた。その榎田が最近注目しているのが、火山性微動が続いている新羅山一帯だ。たまたま架かってきた元妻からの電話で沙耶が新羅山にいることを知った榎田は、不安を隠せなかった。
 新羅山付近で、比較的大きな火山性の地震が2度起こった。榎田教授は、噴火が近いと直感した。榎田の強い働きかけもあって、新羅山の噴火警戒レベルは3に引き上げられ、入山規制がかけられたら。その日、約100名の登山者が入っていたが、急遽下山が呼びかけられた。無事、講演とデモンストレーションを終えた夏実と静奈は、登山者に下山を呼びかけるため、山に入った。
 沙耶ら5人は、山小屋の管理人から下山を勧められたらにも係わらず、折角ここまで来たのだし、今日噴火するわけじゃないだろう、との思いから頂上を目指した。翔太は隙を見てログハウスから逃げ出したものの、直人と佳菜子に見つかってしまい新羅山へと逃げ込んだ。直人と佳奈子の2人も翔太を追って山に入った。そしてついに、新羅山が噴火した。
感 想 等
(評価:B)
 火山の噴火という自然災害を軸に、お馴染み山岳救助隊2人の活躍、急造ネットパーティへの警鐘、榎田と沙耶の親子関係、誘拐犯の悲哀など、様々な物語を盛り込んでいる。時事問題や世相に敏感な作者らしく、御嶽山噴火の影響を始め、本作でも多くの問題意識を持って書かれていることがよくわかる。
 沙耶の一行が下山の呼びかけを無視して登山を続行してしまうシーンや、翔太が道迷いに陥る場面などは、遭難者の心理パターンを如実に表している。正直ちょっといろんな要素を詰め込み過ぎた感もあり、殺し屋パク・サンウなどは要らないんじゃないかとも思ったが、後半の展開を読むと、エンタメ作品としてのサービスというか、見せ場の1つということなのだろう。山岳救助隊としての活躍の場面は、シリーズの他作品より少なめだが、K-9ファンにとっても安心して読める良質な作品となっている。
山  度
(山度:50%)
 冒頭に北岳での遭難救助シーンが少しで出てくるが、舞台の大半は岐阜県の新羅山という架空の山。火山噴火という題材を考えると、架空の山とするのも致し方のないことだろう。



作 品 名
「レスキュードッグ・ストーリーズ」(樋口 明雄、2017年)
あらすじ
 南アルプス山岳救助隊の隊員である進藤諒太と、救助犬である川上犬のカムイは、10年来の相棒だった。進藤が、あと半年で14才という高齢になるカムイの異変に気付いたのは、10日前のことだ。かかりつけの獣医の所にカムイを連れていくと、余命2か月の末期癌と宣告された。
 途方に暮れる進藤は、2日の休暇を取って、カムイと2人で冬の北岳に出掛けた。山の中にいる方がカムイは元気だった。池山吊尾根を普通の登山者よりもかなり早いペースで登り、あっという間に八本歯のコルを越えていた。大樺沢を見下ろす進藤は、雪の合間に赤い小さな点が見えたような気がした。と、その直後に、大きな雪崩が起き、大樺沢一体は雪崩に襲われた。もしかしたら、登山者が雪崩に巻き込まれたかもしれない・・・。そう思った進藤は、カムイと一緒に現場に急行した。60分後、現場に到着した時カムイは吐血していたが、そんなことすら気にせずカムイは要救を探し出した。生存確率が大きく下がる60分が経過していたにも係わらず、要救は進藤の心肺蘇生で息を吹き返し、県警ヘリ「はやて」で病院へと運ばれていった。ほっと一息ついて、山を降り始めたその時、バットレスの中腹が雪煙に包まれ、新たな雪崩が進藤とカムイを襲った。
 その日、たまたま北岳に登り、白根御池小屋に泊まろうとしていた北岳山荘の従業員・松戸颯一郎は、カムイの到着で異変を察した。先ほど無線連絡を受け、白根御池小屋に向かっているはずの進藤の姿が見えず、カムイだけが到着した。カムイの口元は、血で赤黒く染まっていた。松戸は、カムイに急かされるように、急いで走り出した。
(短編連作集のうち、「相棒」のあらすじ)。
感 想 等
(評価:C)
 南アルプス山岳救助隊K-9シリーズの第4弾は、原点に立ち返り、救助犬の活躍にスポットを当てた短編集。雑誌「山と渓谷」に連載された短編12編が収められている。必ずしもドラマチックな話ばかりではないが、むしろありふれた日常のような自然な雰囲気が、リアリティに繋がっているように感じられる。
 中でも一番感動的な話である「相棒」のあらすじを、上に記載した。この話だけは、ちょっと涙なしには読めない。また、「第4話 神の鳥」では、WLP(ワールド・ライフ・パトロール)の七倉が登場するなど、樋口ファンにとってはたまらない粋な計らいもあり、安心して読める。
山  度
(山度:90%)
 お馴染み北岳を舞台にした山岳救助隊シリーズで、言うまでもなく山度は満点。


 

作 品 名
「白い標的」(樋口 明雄、2017年)
あらすじ
 甲府駅近くの宝石店に3人組の男たちが押し入り、3億7千万円相当の宝石が強奪された。犯人グループは警備員2人を射殺して盗難車で逃走。警察は非常線を張ったが、なかなか犯人グループの行方は掴めなかった。
 犯行のあと、犯人グループの1人、須藤敏人は雪の北岳山麓・嶺朋ルートを、一人黙々と登っていた。ボーコンの沢頭に着くと、携帯で仲間だったの佐竹秀夫に電話をすると、北岳で死ぬつもりだということ、宝石は分けてやれないことを告げた。須藤は真面目に生きてきた。しかし、実家の材木店が潰れ、就職した小さな運送会社の薄給では、娘を大学に行かせることもできなかった。そんな時、妻の美弥子が虚血性心筋症という難病に罹り、手術には億単位の金が必要だと分かった。病状が悪化していく妻を見ていて、須藤は宝石店強盗を計画した。運送会社の元同僚の佐竹と、佐竹の知り合いだという元刑事の諸岡の3人で実行した。
 ところが、人ひとりの命を救うつもりでやった犯罪で、諸岡がいともあっさり警備員を撃ち殺してしまった。しかも、犯行の直後に、美弥子が病気で死んだとの連絡が一人娘から入った。須藤は生きる気力を失い、宝石換金のために向かうはずだった東京にも行かず、仲間を裏切って、妻と最後に登った北岳に向かったのだった。宝石を独り占めされて怒り狂った佐竹と諸岡は、お宝を取り戻すために北岳を目指した。佐竹は就職前に山に凝っていた時期があり、山に詳しかったのだ。
 一方、山梨県警は必死の捜索を続けていたが、犯人の足取りはなかなかつかめなかった。南アルプス山岳救助隊のメンバーで地上勤務中だった星野夏実は、ペアを組む大先輩の堂島警部補と警邏中に犯人グループに遭遇。追い詰めたものの、逆に堂島が撃たれてしまった。堂島は一命を取り留めたものの、犯人グループはそのまま逃走。さらに人の命を奪ってまで警察の目をかいくぐり山に入った。
 山梨県警の永友警部は、小さな手がかりから犯人が北岳に入ったと読み、独断で山に入る決断をした。山岳救助隊の深町、神崎と夏実、そして救助犬のバロンとメイが、永友警部に同行することとなった。しかし、そこには須藤を追って山に入った佐竹と諸岡がいた。
感 想 等
(評価:B)
 樋口明雄氏の代表的な人気作品となっている南アルプス山岳救助隊K-9シリーズ。その第6弾です。シリーズそのもの安心感、樋口氏の筆力など、もはや外れなしの安定感です。
 多少のサスペンス的な要素はあるものの、ミステリーでもアクションでもないのに、物語の魅力だけでぐいぐいと惹きこんでいきます。樋口氏の作品の読後感が爽やかなのは、きっと悪人が登場しないからなんでしょうね。基本的に性善説で、主犯の須藤はもちろん、極悪非道の佐竹や諸岡も、それぞれに理由があって今のようになってしまった。だから、読者もどこかで犯人を憎みきれない部分がある。逆に、そうした犯人たちの心弱さが、夏実の純粋さや心の強さを際立たせているのかもしれません。
 夏実と静奈を中心にお馴染み山岳救助隊の活躍もあり、ファンはもちろん、ファンならずとも納得の作品です。
山  度
(山度:70%)
 舞台はお馴染み北岳。苛酷な冬山を登ってます。