山岳小説(国内)・詳細データ 〜あ行〜
 
 
 
作 品 名
「赤いヤッケの男」 (安曇 潤平、2008年)
あらすじ
 親父と久しぶりに酒を酌み交わした時に聞いた、40年以上も前の話だ。親父はいつも谷山とパーティを組んでいたが、ある時親父が急に行けなくなったことがあったそうだ。厳冬期のK岳に一人で向かった谷山は、天候急変により敗退し避難小屋へと逃げ込んだ。ところが、午後5時過ぎ、一人の赤いヤッケを着た男が小屋に倒れこんできて、そのまま力尽きて死んでしまった。谷山は、仕方なくその男の死体と一晩過ごした。
 翌朝、小屋を出て麓を目指したものの、雪は予想以上に深く、風雪も厳しかったことから、谷山は雪洞を掘ってビバークすることにした。さらに翌日の朝目覚めると、谷山の隣には、避難小屋に置いてきたはずの男の死体があった。恐怖の駆られて慌てて山を降りた谷山は、朦朧とした意識のまま歩き続け、なんとか麓まで辿り着いた。次に意識を取り戻した時、担架で病院に運ばれる谷山に対して、救出を手伝った若い男が言った・・・・・。
(表題作「赤いヤッケの男」)
感 想 等
( 評価 : C )
 山に一人で入り、明かりを消してテントの中で寝ていたりすると、そこに超自然的な存在を感じることがある。自分以外の誰かがそこにいるような・・・、暗がりに何かが潜んでいるような・・・、そんな気がして、近くに何か魔物がいるんじゃないか、いつの間にかテントの外が知らない異世界に変わっているんじゃなかいか、そんな恐怖に駆られることがある。山に1人で泊まったことのある人なら、誰しも1度は感じたことがあるだろう。もっとも、私が感じるのはそこまでだ。それ以上のことは経験したことがない。自分には霊感がないのかもしれない。
 本作に出てくる話は、そこから1歩も2歩も踏み込んだ怪談だ。とはいえ、話にもよるが、怖くて仕方がないという感じではない。一部に身の毛もよだつような話もあるが、どこか人間臭さや温かみのあるような幽霊も出てくる。だから読後感も悪くない。不思議な感覚だ。これ以上怖いと、今度山に行った時に思い出してしまうので、止めておこう。
 本書は、ウェブサイト「北アルプスの風」を運営している潤平さんが、自らの体験談や人伝てに聞いた山の怪談を集めた短編集。表題作など、全26編を収めている。
山  度
( 山度 : 100% )
 山度を云々する感じではないが、いずれも山にまつわる話なので、一応100%としておく。

 
 
 
作 品 名
「黒い遭難碑」 (安曇 潤平、2008年)
あらすじ
 筆不精の勝森から久しぶりに手紙が来た。どうしても聞いて欲しい話があるというのだ。それはこんな内容だった。勝森と峰松、小笠原という山のエキスパート3人で、昨年の秋に、T岳に出かけた時のことだった。大きな欅の木の裏に、小さな地蔵が何体も並んでいたという。その地蔵の顔が非常にリアルで、しかも途中から何も彫られていなかったため、3人は不気味な思いをした。
 その翌年2月、峰松が北アで雪庇を踏み抜いて死んだ。翌月、峰松を偲ぶ思いで、勝森と峰松の2人が再度T岳に行くと、欅の裏にあった地蔵の17体目に顔が彫られていた。昨年来た時には何もなかった地蔵に、峰松の顔が・・・。2人は怖くなって、逃げるように山から駆け降りた。
 そのさらに2週間後、小笠原が北アの岩場で滑落死した。それを知った勝森は、確かめずにはいられなかった。1人でT岳に行き、地蔵を見てみると、18体目に小笠原の顔が彫られていた。しかも、19体目には勝森自身の顔が彫られていたのだ。それを見た勝森は、「山」を止めることにした。
 最後まで読んでくれてありがとう。勝森からの手紙には、そう書かれていた。その2日後、勝森はトラックに轢かれ、「街」で死んだ。
(「顔なし地蔵」のあらすじ。その他、全19編を収める)
感 想 等
( 評価 : C )
 前作同様、山にまつわる怪談を、文体や口調を変え、飽きさせない工夫をしながら綴っている短編集。潤平さんの怪談は、不思議なことに怖くない。冷静に考えると怖いはずの内容なのに、なぜか恐怖を感じない。怖くないからつまらないかというとそういうわけではなく、どこか温かかったり、印象的だったりして心に残る。潤平さんの文体なのか、雰囲気の持つ何かが、そうさせているのだろう。
 前作との違いとしては、山名の一部がアルファベットではなく架空の名前だったり、ごく一部に実際の山の名前が出てくることと、潤平さんの山の怪談好きが知れ渡ったのか、潤平さん自身が直接聞いたようなスタイルの話が増えていることの2点くらいだろうか。怪談が苦手な人でも、問題なく読める作品です。
山  度
( 山度 : 100% )
 山が舞台であったり、山男が主人公だったりと、山に関連した怪談集。



 
作 品 名
「霧中の幻影」 (安曇 潤平、2016年)
あらすじ
 久しぶりの登山で、俺は登山口まで車を走らせた。身支度を整えて出発すると、しばらく緩やかな山道を進み、やがて急登へと変わる。息を切らせながら、赤いペンキが示す登山道を辿ってゆく。途中、古い道祖神の前で手を合わせてからさらに登ってゆくと、長さ1mはあろうかという大きな蛇が道を阻んでいた。蛇が大嫌いな俺は、嫌々ながら持っていたステッキで蛇を払い飛ばして、先を急いだ。
 やがて、その日の目的地K岳への登りに差しかかり、快調に高度を稼いでいった。ところが、突然周囲が暗くなり始め、雨具を出す間もなく、大粒の雨が降り始めた。急いで雨具を着込んだものの、急に吹き始めた暴風雨は立って歩けないほどに強く、俺はその場にしゃがみこむしかなかった。さらに、雷が追い討ちをかけてきた。横殴りの暴風雨にさらされ続けて、俺は体の震えが止まらなかった。このままここにいたら死んでしまうのではないか、そう思い始めた頃、上の方から登山者が降りてくるような音が聞こえ始めた。こんな暴風雨の中を歩く登山者の存在に驚きつつも、千載一遇のチャンスを得た思いで、俺は登山者たちを待った。やがて現れた男たちは、全身を白装束で固めた謎の一団だった。まるで、俺の存在を無視するかの如く通り過ぎる男たち。その男の顔を見て、俺は思わず悲鳴をあげた・・・。
(表題作「霧中の幻影」のあらすじ。その他、全16編を収める)
感 想 等
( 評価 : C )
 安曇潤平さんの「山の霊異記」シリーズの第4弾。今回も、山を舞台にしたちょっと不思議な話、ぞっとする話など、怪談を16編収めている。安曇氏の話はなぜそんなに怖くないのだろうか。それは、誰かが死んだり、血だらけになったりというホラー・オカルト的に話が少ないこと。異界の者や霊的な存在に、さほど悪意や憎悪のようなものが感じられず、軽い警告を与える程度だったり、逆に人間との接触を望んでいたりするような、どこか温かみがあるからだろう。怖い話が苦手という方も安心して読める山怪ものです。
山  度
( 山度 : 100% )
 ほぼ山関連のお話です。

 
 
 
作 品 名
「死霊を連れた旅人」 (安曇 潤平、2016年)
あらすじ
 山仲間の金谷が、東北の山に登ったときの話である。その年は例年になく雪が多かったためラッセルに手間取り、予定を大幅に遅れて、夕方6時頃に避難小屋に着いた。山頂まで1時間ほどの場所にある小屋には誰もいなかった。あまりの寒さに避難小屋の中にツェルトを張った金谷は、ラッセルでヘトヘトになっていたこともあり、食事を終えると早々に眠りに着いた。
 ところが、夜10時過ぎのことだった。突然小屋の扉がガタガタと音を立てて開き、雪まみれの男が転がり込んできた。男は「こんばんは」と金谷に声を掛けると、程なくツェルトを張り寝袋に潜り込んだようだった。
 翌朝早く、男は準備を整えると小屋を出て行った。寒くてツェルトから出られなかった金谷も30分後には起き出すと、空身で山頂まで往復した。不思議なことに、先行しているはずの男の足跡はどこにもなかった。小屋に戻って1時間ほど下ったあたりで、金谷は雪面から何かが突き出ているのを見つけた。木の枝か何かかと思ったそれは、なんと人の手だった。「遭難者だ!」金谷は慌てて駆け寄ると、遭難者の周りの雪を掻いた。完全に凍り付いた男の遺体は、昨日今日遭難したものではないようだった。掘り起こした男の顔を見て金谷は声を失った・・・。
(「避難小屋」のあらすじ。その他、全26編を収める)
感 想 等
( 評価 : C )
 今回の作品は、文庫のための書き下ろしとのことだが、昔から書き溜めてきた作品なのか、やや雑多な印象。冒頭に筆者自身が書いているように、「何の結末もなく、放り出されたような気持ちになる話」も含まれているし、作品によりページ数もバラバラ。また読んでいても、「カメラのフィルム」「写真屋から受け取る」といった古くさい表現が時々混ざっている。それでも安心して読めるのは、分かりやすく読みやすくい安曇氏の文体ゆえだろう。
山  度
( 山度 : 70% )
 山関連は、「いわくつきの山」、「バックカントリースキー」「三人の縦走者」「サイレン」「合図」「足」「地蔵の道」「避難小屋」「米を研ぐ」「訪問者」「思い出帳」「Y池の伝説」「死の匂い」「死後の世界」など。
 
 
 
 
作 品 名
「ケルンは語らず」 (安曇 潤平、2018年)
あらすじ
 優香との婚約を控えた野崎は、最後の冬山として鹿島槍ヶ岳、五竜岳、唐松岳と縦走して八方尾根に下る山行へと12月に出かけ、それっきり帰って来なかった。野崎が残した山日記によると、体調不良のなか唐松岳から八方尾根を下ってきた野崎は、霧に包まれて方向がわからなくなったものの何とか八方池山荘近くのケルンに着いたが、そこで力尽きたようだった。
 春になってから、野崎の遺体はケルンの近くで見つかった。野崎の遺品を整理していると、ザックの中から婚約指輪を入れていたと思われる黒いケースが出てきた。ところが、指輪はケースの中に入っていなかった。悪戯好きの野崎がケルンの中に埋めたのか、力尽きた野崎がケルン近くに埋めたのかわからないが、優香は野崎が指輪をケルンに埋めたと思った。
 翌夏、1人で八方尾根のケルンにやってきた優香は、花を添えると、野崎を想って手を合わせ続けた。それから優香は、野崎が埋めたであろう婚約指輪を探したものの、いくら探しても指輪は見つからず、また探しに来ることを誓って優香はケルンを後にした。野崎が遭難したのは雪深い12月のこと。もしかしたら指輪は、ケルンの天辺で小さく光り輝いているのかもしれない。
(表題作「ケルンは語らず」のあらすじ。その他、全21編を収める)
感 想 等
( 評価 : C )
 安曇潤平氏の山の霊異記シリーズ第5弾。例によって、ちょっと怖かったりホッコリさせたり、一人称と三人称を使い分けたり、文体を変えてみたりといろいろなアレンジをして飽きさせない工夫がされている。
 今回、2点感じたことがある。一つは、今までも何作品はあったが、本作では大半が実在の山や地域の名前を使っているということ。その分、取材等が大変かもしれないが、違和感なく作品に入り込めるので、この方が良いと思う。
 もう一つは感覚的な話だが、これまでよりも創作色が強まっているように思う。別に、実話だから怖いとか思っているわけではないので、個人的には面白ければ全然問題ないと思う。
山  度
( 山度 : 90% )
 本作からは、大半の作品で実際の山名が登場。具体的には、八方尾根、鹿島槍ヶ岳、奥又白、鷹取山、高草山ほかが舞台となっている。