山岳小説(国内)・詳細データ 〜あ行〜
 
 
 
作 品 名
「プリズンホテル3 冬」 (浅田 次郎、1995年)
あらすじ
 極道小説で一躍売れっ子になった小説家・木戸孝之助は、編集者から逃れるために情婦の清子を連れて、伯父が経営する山奥にあるプリズンホテルへと出掛けた。孝之助は、小さい頃に愛する母親が駆け落ちしたために、精神の成長が止まってしまったような男だった。プリズンホテルには、関東桜組木戸会の初代組長であり、孝之助の母の駆け落ちを手助けした仲蔵叔父がおり、彼の母とその相手・黒田がいた。そのプリズンホテルに、いろいろな事情を抱えた者たちがやってきた。
 救命救急センターで20年以上も働くマリアは、その間に5千人以上の人間が死ぬのを見てきたが、それでも一つの命の死に慣れることができず、疲れてプリズンホテルにやってきた。そこにいたのは、かつてマリアの恋人だった平岡医師だった。彼は仲蔵親分の主治医であり、患者を安楽死させたことで世間を騒がせていた。
 そのほかに、イジメを苦にして死ぬために雪山に来た所を助けられた太郎。その太郎を助けた、エベレストを制した有名なアルピニスト武藤嶽男。さらには木戸を追って原稿を取りに来たリストラ間近の編集者・萩原みどりなど、個性溢れる男と女がプリズンホテルへとやってきた・・・。
感 想 等
( 評価 : B )
 プリズンホテルにたまたま集まって来たのは、一癖も二癖もある曰くつきの人間ばかり。その誰もが生と死を見つめ続けている。命を助ける者、終わらせる者、死のうとする者、死の恐怖に怯える者・・・。それを堅苦しく、重々しく語るのではなく、面白可笑しく、軽妙に描きながら、時にホロリとさせる。
 その中でアルピニスト武藤の存在は、全くの脇役でありながら、ワンポイントで大事な役割を演じている。プリズンホテルの順番を無視して読んでしまったが、他のシリーズも読んでみたくなる。
山  度
( 山度 : 20% )
 ちなみに、この話に出てくる山関連の部分は、山を知らない人にとっては「ふーん、そうなんだ」という程度の印象かもしれないが、山好きにとっては何気にベタな感じばかり。それがまた、本作のコミカルな感じと合っていて面白い。ロジェ・デュプラの「いつかある日」が使われてるのもベタでいい。あじさい山岳会が笑える。。。

 
 
 
作 品 名
「山がわたしを呼んでいる!」 (浅葉 なつ、2011年)
あらすじ
 親友の逢衣に半ばだまされる形で、菊原山荘という山小屋でアルバイトをすることになった女子大生の遠坂あきら。草原でくつろぐ馬や羊、暖炉、ロッキングチェア・・・そんな優雅な高原を夢見てやってきたあきらにとって、オンボロ小屋で週に1回しかお風呂に入れないような生活は全くの想定外だった。しかも、山小屋にいるのは変人ばかり。口も態度も悪くあきらと犬猿の仲の山猿こと大樹(ヒロキ)、セクハラまがいの発言をするオーナーの武雄、マニュアルを手に持っていないと話せない同僚の曽我部、いつも山伏の格好をしている診療所の医師・宮澤、イケメンなのに服装に無頓着な福山・・・。そんなメンバーに囲まれ、山小屋という慣れない異世界に戸惑いながらも、体当たりでぶつかってゆくあきら。
 大好きだった彼氏にふられ、少しでも理想の女性に近付けるようにと、女の子らしいモデルの雪乃の真似をしていたあきら。ガサツで大雑把な自分を変えようとするうちに、自分を見失っていたあきら。慣れない山小屋での生活は大変だったが、個性的な仲間との交流や登山の厳しさや楽しさの一端に触れていくうちに、あきらは自分らしさを見つめ直していく。
感 想 等
( 評価 : B )
 表紙を見ればわかる通りライトノベルである。若者の活字離れや電子化の波など理由はいろいろあるのだろうが、不況と言われる出版業界にあって、数少ない成長分野と言われているのがライトノベルだ。ライトノベルと山ガールに代表される登山ブームの融合。ついに来たか、といったところだろう。
 とはいえ、普通の小説とライトノベルの境目がどこにあるのかはよくわからない。アニメ調のイラストの使用、ストーリーよりキャラクター重視、平易な文章、若者向け・・・と言われればそんな気もするが、あまり意識する必要はないのだろう。実際、本作を読むと、そんな定義が少しも気にならないくらい、しっかりとした作品に仕上がっている。電撃小説大賞を受賞した著者の2作品目とのこと。
 読み始めこそ、旅行用のトランク持って8時間も歩いて山小屋に来ちゃうなんてありえないと思ったし、1週間という短さで人が変われるのかという設定の強引さに違和感を覚えていたものの、読み進めていくうちに自然に引き込まれていってしまった。爽やかな青春小説だ。惜しむらくはラストがちょっとくさい。もっと自然に、主人公にタイトル通りの言葉を言わせて終わるくらいでよかったように思う。
山  度
( 山度 : 90% )
 冒頭の山小屋から始まり、舞台はほとんど山の中。山小屋の中のシーンなどもあるが、山度は高い。山ガールブームゆえなのであろうが、山の素人が山に放り込まれ、ある意味驚愕の、逆に言えば新鮮な山での生活に、時に戸惑いつつも、次第に馴染んでいき、山の良さ・楽しさ・厳しさを体験・経験していく。今ならではのパターンとして、「アリ」だろう。

 
 
 
作 品 名
「赤いヤッケの男」 (安曇 潤平、2008年)
あらすじ
 親父と久しぶりに酒を酌み交わした時に聞いた、40年以上も前の話だ。親父はいつも谷山とパーティを組んでいたが、ある時親父が急に行けなくなったことがあったそうだ。厳冬期のK岳に一人で向かった谷山は、天候急変により敗退し避難小屋へと逃げ込んだ。ところが、午後5時過ぎ、一人の赤いヤッケを着た男が小屋に倒れこんできて、そのまま力尽きて死んでしまった。谷山は、仕方なくその男の死体と一晩過ごした。
 翌朝、小屋を出て麓を目指したものの、雪は予想以上に深く、風雪も厳しかったことから、谷山は雪洞を掘ってビバークすることにした。さらに翌日の朝目覚めると、谷山の隣には、避難小屋に置いてきたはずの男の死体があった。恐怖の駆られて慌てて山を降りた谷山は、朦朧とした意識のまま歩き続け、なんとか麓まで辿り着いた。次に意識を取り戻した時、担架で病院に運ばれる谷山に対して、救出を手伝った若い男が言った・・・・・。
(表題作「赤いヤッケの男」)
感 想 等
( 評価 : C )
 山に一人で入り、明かりを消してテントの中で寝ていたりすると、そこに超自然的な存在を感じることがある。自分以外の誰かがそこにいるような・・・、暗がりに何かが潜んでいるような・・・、そんな気がして、近くに何か魔物がいるんじゃないか、いつの間にかテントの外が知らない異世界に変わっているんじゃなかいか、そんな恐怖に駆られることがある。山に1人で泊まったことのある人なら、誰しも1度は感じたことがあるだろう。もっとも、私が感じるのはそこまでだ。それ以上のことは経験したことがない。自分には霊感がないのかもしれない。
 本作に出てくる話は、そこから1歩も2歩も踏み込んだ怪談だ。とはいえ、話にもよるが、怖くて仕方がないという感じではない。一部に身の毛もよだつような話もあるが、どこか人間臭さや温かみのあるような幽霊も出てくる。だから読後感も悪くない。不思議な感覚だ。これ以上怖いと、今度山に行った時に思い出してしまうので、止めておこう。
 本書は、ウェブサイト「北アルプスの風」を運営している潤平さんが、自らの体験談や人伝てに聞いた山の怪談を集めた短編集。表題作など、全26編を収めている。
山  度
( 山度 : 100% )
 山度を云々する感じではないが、いずれも山にまつわる話なので、一応100%としておく。

 
 
 
作 品 名
「黒い遭難碑」 (安曇 潤平、2008年)
あらすじ
 筆不精の勝森から久しぶりに手紙が来た。どうしても聞いて欲しい話があるというのだ。それはこんな内容だった。勝森と峰松、小笠原という山のエキスパート3人で、昨年の秋に、T岳に出かけた時のことだった。大きな欅の木の裏に、小さな地蔵が何体も並んでいたという。その地蔵の顔が非常にリアルで、しかも途中から何も彫られていなかったため、3人は不気味な思いをした。
 その翌年2月、峰松が北アで雪庇を踏み抜いて死んだ。翌月、峰松を偲ぶ思いで、勝森と峰松の2人が再度T岳に行くと、欅の裏にあった地蔵の17体目に顔が彫られていた。昨年来た時には何もなかった地蔵に、峰松の顔が・・・。2人は怖くなって、逃げるように山から駆け降りた。
 そのさらに2週間後、小笠原が北アの岩場で滑落死した。それを知った勝森は、確かめずにはいられなかった。1人でT岳に行き、地蔵を見てみると、18体目に小笠原の顔が彫られていた。しかも、19体目には勝森自身の顔が彫られていたのだ。それを見た勝森は、「山」を止めることにした。
 最後まで読んでくれてありがとう。勝森からの手紙には、そう書かれていた。その2日後、勝森はトラックに轢かれ、「街」で死んだ。
(「顔なし地蔵」のあらすじ。その他、全19編を収める)
感 想 等
( 評価 : C )
 前作同様、山にまつわる怪談を、文体や口調を変え、飽きさせない工夫をしながら綴っている短編集。潤平さんの怪談は、不思議なことに怖くない。冷静に考えると怖いはずの内容なのに、なぜか恐怖を感じない。怖くないからつまらないかというとそういうわけではなく、どこか温かかったり、印象的だったりして心に残る。潤平さんの文体なのか、雰囲気の持つ何かが、そうさせているのだろう。
 前作との違いとしては、山名の一部がアルファベットではなく架空の名前だったり、ごく一部に実際の山の名前が出てくることと、潤平さんの山の怪談好きが知れ渡ったのか、潤平さん自身が直接聞いたようなスタイルの話が増えていることの2点くらいだろうか。怪談が苦手な人でも、問題なく読める作品です。
山  度
( 山度 : 100% )
 山が舞台であったり、山男が主人公だったりと、山に関連した怪談集。



 
作 品 名
「霧中の幻影」 (安曇 潤平、2016年)
あらすじ
 久しぶりの登山で、俺は登山口まで車を走らせた。身支度を整えて出発すると、しばらく緩やかな山道を進み、やがて急登へと変わる。息を切らせながら、赤いペンキが示す登山道を辿ってゆく。途中、古い道祖神の前で手を合わせてからさらに登ってゆくと、長さ1mはあろうかという大きな蛇が道を阻んでいた。蛇が大嫌いな俺は、嫌々ながら持っていたステッキで蛇を払い飛ばして、先を急いだ。
 やがて、その日の目的地K岳への登りに差しかかり、快調に高度を稼いでいった。ところが、突然周囲が暗くなり始め、雨具を出す間もなく、大粒の雨が降り始めた。急いで雨具を着込んだものの、急に吹き始めた暴風雨は立って歩けないほどに強く、俺はその場にしゃがみこむしかなかった。さらに、雷が追い討ちをかけてきた。横殴りの暴風雨にさらされ続けて、俺は体の震えが止まらなかった。このままここにいたら死んでしまうのではないか、そう思い始めた頃、上の方から登山者が降りてくるような音が聞こえ始めた。こんな暴風雨の中を歩く登山者の存在に驚きつつも、千載一遇のチャンスを得た思いで、俺は登山者たちを待った。やがて現れた男たちは、全身を白装束で固めた謎の一団だった。まるで、俺の存在を無視するかの如く通り過ぎる男たち。その男の顔を見て、俺は思わず悲鳴をあげた・・・。
(表題作「霧中の幻影」のあらすじ。その他、全16編を収める)
感 想 等
( 評価 : C )
 安曇潤平さんの「山の霊異記」シリーズの第4弾。今回も、山を舞台にしたちょっと不思議な話、ぞっとする話など、怪談を16編収めている。安曇氏の話はなぜそんなに怖くないのだろうか。それは、誰かが死んだり、血だらけになったりというホラー・オカルト的に話が少ないこと。異界の者や霊的な存在に、さほど悪意や憎悪のようなものが感じられず、軽い警告を与える程度だったり、逆に人間との接触を望んでいたりするような、どこか温かみがあるからだろう。怖い話が苦手という方も安心して読める山怪ものです。
山  度
( 山度 : 100% )
 ほぼ山関連のお話です。



 
作 品 名
「死霊を連れた旅人」 (安曇 潤平、2016年)
あらすじ
 山仲間の金谷が、東北の山に登ったときの話である。その年は例年になく雪が多かったためラッセルに手間取り、予定を大幅に遅れて、夕方6時頃に避難小屋に着いた。山頂まで1時間ほどの場所にある小屋には誰もいなかった。あまりの寒さに避難小屋の中にツェルトを張った金谷は、ラッセルでヘトヘトになっていたこともあり、食事を終えると早々に眠りに着いた。
 ところが、夜10時過ぎのことだった。突然小屋の扉がガタガタと音を立てて開き、雪まみれの男が転がり込んできた。男は「こんばんは」と金谷に声を掛けると、程なくツェルトを張り寝袋に潜り込んだようだった。
 翌朝早く、男は準備を整えると小屋を出て行った。寒くてツェルトから出られなかった金谷も30分後には起き出すと、空身で山頂まで往復した。不思議なことに、先行しているはずの男の足跡はどこにもなかった。小屋に戻って1時間ほど下ったあたりで、金谷は雪面から何かが突き出ているのを見つけた。木の枝か何かかと思ったそれは、なんと人の手だった。「遭難者だ!」金谷は慌てて駆け寄ると、遭難者の周りの雪を掻いた。完全に凍り付いた男の遺体は、昨日今日遭難したものではないようだった。掘り起こした男の顔を見て金谷は声を失った・・・。
(「避難小屋」のあらすじ。その他、全26編を収める)
感 想 等
( 評価 : C )
 今回の作品は、文庫のための書き下ろしとのことだが、昔から書き溜めてきた作品なのか、やや雑多な印象。冒頭に筆者自身が書いているように、「何の結末もなく、放り出されたような気持ちになる話」も含まれているし、作品によりページ数もバラバラ。また読んでいても、「カメラのフィルム」「写真屋から受け取る」といった古くさい表現が時々混ざっている。それでも安心して読めるのは、分かりやすく読みやすくい安曇氏の文体ゆえだろう。
山  度
( 山度 : 70% )
 山関連は、「いわくつきの山」、「バックカントリースキー」「三人の縦走者」「サイレン」「合図」「足」「地蔵の道」「避難小屋」「米を研ぐ」「訪問者」「思い出帳」「Y池の伝説」「死の匂い」「死後の世界」など。


 
 
作 品 名
「雲にうそぶく」 (甘利 雅彦、2011年)
あらすじ
 1965年、学生運動華やかなりし時代に旧制松本高校(現信州大学)に入学した吉川元信は、友人たちの政治談議について行けず、ただ山に登りたくて山岳部に入部した。4月下旬から5月にかけて行われた新人合宿で18人いた新入部員は7人に減り、6月に鹿島槍カクネ里で行われた強化合宿、北と南から縦走して剱岳を目指す夏山合宿を経て、新人たちは立派な山屋へと成長していった。豪快な野人・下山、反骨心ある田村、関西弁の藤内、どこか陰のある井谷などが元信の同期部員だった。
 大学では、七村や平山とはなぜかウマが合った。ラグビーで花園まで行ったものの、大学では何か違うものを見つけたいという七村。在日韓国人で、過去の辛い経験から、知識を吸収し他の人間を見返してやりたいという平山。政治談議は好まなかったが、彼らと酒を飲んで話すのは楽しかった。また西谷佳代子という彼女もできたが、山にのめり込むばかりの元信とは、次第にすれ違っていった。
 二年、三年と進級しても、元信の山一色の生活は相変わらずだったが、山や山岳部に対する同期の思いは少しずつずれていった。ヒマラヤを目指したいという田村、冒険がしたいという井谷、基本技術の習得が山岳部の目的だと考える元信。そんな生活を5年続けて、元信は大学を卒業した。
感 想 等
( 評価 : C )
 出版社が東京図書出版となっているので、恐らく自費出版だろう。小説としては確かに物足りない部分はある。一つ一つのエピソードが短く、ちょっと掘り下げ不足の印象。そのためこれといった盛り上がりもなく、山中心の大学生活が淡々と語られていく。またページ数の割に登場人物が多いので、それぞれのキャラがつかめないうちに話が進んでいってしまう。
 でも、この作品は、この時代の空気を吸い、山に入れ込んだ生活を送っていた作者にしか書けない物語ではないかと思う。定年退職後に、自らが一番輝いていた時代を振り返って書いた、回顧的な自伝小説かもしれない(勝手な憶測です)。それでも、同時代を生きた人々にとっては、たまらない作品、共感できる作品ではないかと思う。人は誰でも、生涯に一編は小説を書けるという。筆者にとっては、本作がそれなのではないだろうか。
山  度
( 山度 : 90% )
 新入部員が多く、シゴキで有名だった時代の山岳部の物語。1つ1つのシーンは短いが、穂高周辺、鹿島槍、剱岳、中央アルプス縦走、明神岳のクライミングなど、いろいろなエリア、いろいろなスタイルの山行が出てくる。

 
 
 
作 品 名
「尾瀬 至仏山殺人事件」 (新井 幸人、2010年)
あらすじ
 剣平四郎は、尾瀬を中心に全国の自然を撮り続けている写真家だった。剣がいつものように至仏山で撮影していると突然雨が降り始めので、仕方なく鳩待峠へと下って行った。すると、その途中で若い女性が足を挫いて歩けなくなっている所に出くわした。剣が鳩待山荘に連絡を入れたことで、女性は事なきを得た。
 後日、剣が東京で写真展をやっていると、その女性が訪ねてきた。夏目雅子似の美しい女性は竹内純子と名乗った。聞くと、純子が怪我をした日は、彼女の恋人・小早川拳が1年前に至仏山で事故死した日だという。尾瀬の東電小屋でアルバイトをし、長いこと登山に親しんだ彼が、どうということのない場所で死んだことがどうしても信じられないと純子が言う。
 小早川と面識があった剣は、純子の思いに動かされて至仏山に出掛け、不自然なものを感じた。知り合いの群馬県警察本部刑事部長の脇田を通じて遭難の事情を聴いた剣は、雑誌の政治記者だった小早川が調べていたことにきな臭さを感じた。
 取材日誌には秋田県選出の大島衆議院議員、国交省秋田河川国道事務所長の白川氏、地元の秋北建設などの名前がよく出てくる。小早川が秋田にいた頃の同僚で、今は引退している元東日新聞秋田支局の記者・山根の協力を得て、剣は取材日誌に出てくる人物に当っていった。すると、大島議員の元秘書の橘が、剣と山根に会った翌日、死体となって発見された。さらに、一緒に探っていた山根が交通事故に遭ってしまった。剣の身にも危険が迫っていた。
感 想 等
( 評価 : D )
 元警察キャリアで、今は自然を愛する写真家・剣平四郎が、日本全国を股にかけて事件に挑む。なんとなく太田蘭三の釣部渓三郎シリーズを彷彿とさせる展開、観光名所あり美女ありグルメありのストーリーは、2時間ドラマには良いかもしれない。
 でも、明確な根拠もなく犯人の目星を付け、勘で警察まで巻きこんで動き、挙句は百年前の方法で犯人を自白に追い込む。推理小説としてはちょっと頂けないかもしれない。変な色恋を入れなかったのは救いではあるが、国会議員と地元建設会社の癒着というテーマもあまりに古すぎる。
 一部に新しい試みが見られる。随所に写真を入れて雰囲気を出しているあたりはいかにも写真家らしい趣向。「あとがき」も演出の一部に使っている模様だが、個人的には「あとがき」では作者の本音を聞きたいところだ。
 余談であるが、作中に出てくる「竹内純子」の名前は、東電の永年尾瀬保護活動担当者の竹内さんから取ったのだろうか?面識はあるようなので、恐らくそうなのだろう。
山  度
( 山度 : 10% )
 剣平四郎の職業柄、尾瀬はもちろん白神山地や見附島など自然が絡んだシーンはふんだんにあり、それはそれで興味深い。だが、こと登山となると、至仏山登山が3回に分けて少しずつ出てくる程度。

 
 
 
作 品 名
「標高八八四〇メートル」 (石 一郎、1960年)
あらすじ
 私、モーリス・ウィルソンは、フランダース戦線で左腕に貫通銃創を負ったものの、辛うじて死地から脱出した。たまたま隣にいた男が盾になったために死ななかった。戦争から戻った私はぶらぶらして過ごした。死んだ男の影から、なかなか逃れることができなかったのだ。
 孤独に耐えかねた私は、ある日私は旅に出た。ロンドンを出てひたすら南を目指した私は、ニュージーランドに辿り着き、そこで牧夫の仕事に就いた。牧夫として決まりきった仕事を忠実にこなすだけだったが、やがて小さな牧場を借りて独立し、大牧場主となっていった。それでも男の影から逃れることはできなかった。求めても得られぬ何かを女に求めたが無駄だった。私は牧場を売り払って、十数年ぶりに実家へと戻ることにした。
 幸いかなりの現金を手にしていた私は、またぶらぶらして過ごした。そんな折、スイスに近い南独を訪れた私は、滞在したホテルの安部屋で登山に関するスクラップブックを見つけた。そこには、3回にわたって挑戦して失敗した、英国隊によるエヴェレスト挑戦の記事が載っていた。その記事が、私をエヴェレストへと惹きつけた。
 急ぎロンドンに戻った私は、エヴェレストについて研究するとともに、パイロット訓練に努め、飛行機でエヴェレスト山麓へと向かう計画を立てた。そしてついに、私は飛行機を購入し、装備一式を揃え、愛機「エヴァ・レスト」に乗ってエヴェレストへと向かった。
感 想 等
( 評価 : A )
 エヴェレストがまだ未踏だった時代に、わずかのシェルパだけを連れて単身世界最高峰に挑み、二度と還らなかった男・モーリス・ウィルソン。確か日記か何かは見つかったと思うが、モーリス・ウィルソンについてわかっている事実は少なかったと思う。題材が心憎い。自分がもし小説家だったら、描いてみたいと思っていた男である。
 実在の人物をモデルにしつつも、エヴェレストに挑んだという事実を除けば、かなりの部分がフィクションではないかと思う。そういう男を、石氏はなぜ彼がエベレストに向かったのかという内面から描いている。ある意味虚無的であり、一方で自分の存在の証を立てようとする男のヒロイックな心象を映し出すことで、後半の登攀シーンが数倍にも活きている。
 やられたなぁ・・・。なにぶん古い本で文庫にもなっていないので、なかなか見つけるのは難しいかもしれないが、読んで損のない1冊である。
山  度
( 山度 : 60% )
 著者の山歴は知らないが、深田久弥氏が序文で山の友と言っており、それなりに山をやる人のようだ。何より石氏は、「山の魂」(スマイス)をはじめ、海外の山岳ものノンフィクションを数多く翻訳している人。後半のエヴェレスト登攀シーンも、文句のない迫力。Good Job!

 
 
 
作 品 名
「蒼い岩壁」 (石 一郎、1964年)
あらすじ
 東都大学助教授の野上賢作は、学会のついでに羅臼岳、十勝岳に登り、その帰りの電車で1人の女性と隣合わせになった。話をしてみると、彼女は大学山岳部時代の野上のザイルパートナー・西田の妹・桂子だった。2人で出かけた冬の奥又白で、西田は雪崩に巻き込まれ遭難死していた。桂子は野上の大学山岳部先輩であり、野上も参加している「白樺山荘友の会」の会長・山川鉄平の姪で、秘書もしているという。
 5月の例会に、世話人・小安の誘いにより、女流クライマーで最近ヨーロッパアルプスから帰ってきたばかりの森口京子夫人が参加した。野上は、西田桂子にはない魅力を森口夫人に感じていた。
 山川会長が立山に建てた山荘・ベルクハウス訪問のついでに、剣岳まで森口夫人と出かけた野上は、夫人の求めに応じて奥又白へも出かけた。穂高でかつての恋人を亡くし、失意のまま結婚した森口夫人は、「山へ登ることが幸せなのか、不幸だから山へ登るのか」と問う。
 しかし、森口夫人も西田桂子も野上の下から去って行った。。
感 想 等
( 評価 : D )
 山のある風景、山のある日常、当時はよ良く見かけたであろうそんな雰囲気が伝わってくる作品。ただ、野上の心象がどうも分かり難く、今ひとつ何を言いたいのかわからない。そこはかとなく漂う虚無感のようなもの、やるせなさがこの物語なのかもしれない。
山  度
( 山度 : 70% )
 ずっと山に関連する物語となっているが、実際の登山・登攀シーンはさほど多くない。

 
 
 
作 品 名
「求菩提行」 (石沢 英太郎、1972年)
あらすじ
 書きかけの長編推理小説に行き詰まった私は、お気に入りの山・求菩提(くぼて)山の麓にある宿に出かけ、そこで執筆することにした。
 ある日、隣室に投宿した女性の1人客が、以前私が書いた求菩提山の山行記を読んでおり、是非案内して欲しいと言って来た。私はつい快諾し、翌日彼女を案内した。彼女は私の山行記を暗記するほど熟読していたが、不思議なことに折に触れては山行記の記述内容を確認してきた。そして、下山後すぐに彼女は宿を立ってしまった。
 どことない違和感を覚えた私は、彼女の名前も住所も嘘だったことを知り、彼女のことを調べる気になった。彼女が忘れたコンパクトを頼りに探って行くと、彼女は某大学の野中助教授の夫人だった。数ヶ月前に野中夫人の愛人が殺されていたのだが、彼女はその犯人が野中助教授ではないかと疑っていた。そして、野中助教授には同日同時刻に求菩提山を登っていたというアリバイがあったのだ。
 私との求菩提行で彼女は何に気がついたのか、野中助教授のアリバイは・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 求菩提山というマイナーな山を舞台にしたミステリー。さすがに古臭い感じは否めない。短編ということもあり、ミステリー自体もたいしたことはないが、導入から謎解きへの展開は悪くない。
山  度
( 山度 : 40% )
 山度40%とはいうものの、山にまつわる故事紹介が出てくるなど、山行というよりも観光ガイドに近いような感じ。山岳小説として期待することは禁物である。

 
 
 
作 品 名
「北壁」 (石原 慎太郎、1956年)
あらすじ
 ウェスリングら4人は未踏のアイガー北壁登攀を目指していた。4人は順調に登攀を続けていたが、天候の悪化や落石でプロネが怪我をしたこともあり、撤退を余儀なくされた。
 ウェスリングの妻クリスは、ウェスリングが金策の為に女流室内装飾家のマリウと浮気したことを知り、夫の遭難を聞いてどこか安堵する一方で、北壁の近くまで駆けつけることで夫を取り戻せると感じていた。退却の途中でレッタアホーゼは落石に遭い墜死、ワルドマンはザイルに絡まり死に、プロネは疲労から凍死した。
 クリスは一心に北壁を見つめていた。ウェスリングはかろうじてアイガーグレッチャー駅手前まで辿りつき、救援隊の側まで来たものの、最後の最後にザイルの結び目がカラビナを通らずに身動きできなくなってしまった。
感 想 等
( 評価 : B )
 アイガーで起きた実際の遭難事件を元に書かれた小説。「北壁の死闘」などでも使われており、かなり有名な事件らしい。まだアイガー北壁が未踏だった頃の話であり、実に壮絶としか言いようがない。
 筆者も言うように、確かに小説は事実にはかなわないのかもしれないが、迫力は満点で、緊迫感の良く伝わってくる作品。多少の脚色はあるにせよ、こういった形で事実を残すことにも意味はあるのではないだろうか。
山  度
( 山度 : 90% )
 説明不要であるが出だしから山、途中も山。山の、特に登攀の雰囲気をたっぷり味わえる。



作 品 名
「さいはての雪」 (いちか 凛、2015年)
あらすじ
 10年前、8歳の時に両親をヒマラヤで亡くした柏木渓は、北アルプスの山小屋「さわの小屋」を経営する祖父の敏男に引き取られた。渓が思いを寄せる貴さんこと真鍋貴之と初めて出会ったのがその山小屋だった。当時大学生だった貴之と親友の上原祐一郎は山小屋でアルバイトをしており、渓のことを弟のように可愛がってくれた。
 貴之と祐一郎は、その後長野県警の山岳救助隊員となってからも、休日ごとに山小屋の手伝いに来ていた。ところが3年前、貴之が突然警察を辞め、スイスへと旅立ってしまった。渓は、自分が思いを隠せなかったせいで、貴之が離れて行ったのだと思った。
 今年の3月半ば、渓の大学入学直前に敏男が急性心不全で倒れたことをきっかけに、渓は山小屋を継ぐ決心をした。大学進学に未練のなかった渓は、山小屋を継いで貴之の帰国を待とうと決めたのだった。そして、小屋明けの準備のために雪掻きに来てみると、そこに貴之が待っていた。戸惑いながらも、渓は喜びを隠せなかった。
 渓は、近くで山荘を複数経営している叔父・竜三の番頭とも言える菊池の指導を受けながら、小屋主としてのイロハを勉強した。従来通り小屋を手伝ってくれる祐一郎、その後輩の山岳救助隊員・星野源太、そして山荘で働くことになった貴之。皆の助けを借りながら、渓の新しい生活が始まった。
感 想 等
( 評価 : C )
 BL作品である。が、とりあえずBLということを横に置いてみると、結構良い作品いいかもしれない。祖父の急病をきっかけに山小屋を継ぐ決心をした渓の山小屋での奮闘、冬の穂高で行方不明になった友人を探し続ける設楽、いろいろな人々の想いや優しさが伝わってくる。ただ欲を言えば、もう少し山小屋経営の大変さや登山の苛酷さが描かれていてもよかったかなぁと思う。
 BL的には、もしかしたらファンには物足りないかもしれないが、一方で一般の方にとってはあまりディープなシーンもないので安心して読める。イラストもソフトだ。
山  度
( 山度 : 80% )
 登山と言えるほどのシーンはさほどないが、山の雰囲気、山の話は満載。


 
 
作 品 名
「天使の墓場」 (五木 寛之、1967年)
あらすじ
 北陸にあるQ商業高校山岳部の部長・江森、紅一点の谷杏子ら5人は、顧問の黒木先生に連れられて、卒業登山として1月の白羊山登山に来ていた。白羊山は標高1400m強程度の平凡な山だが、冬ともなればそう簡単ではない。猛吹雪に見舞われた場合、リングワンデリングに陥ったり、雪崩に襲われたりするような危険もある山だった。
 1月3日に出発した一行は、予定より1時間早く白羊山に登頂し、帰路ヌクビガ原の達していた。その時、大きな飛行機が彼らの上を掠めるようにして墜落してきた。雪の上に伏せしばらく茫然としていた彼らが我にかえった時には雪が降り始めていた。あっという間に吹雪が視界を遮った。わずか15分の歩行が1時間にも2時間にも感じられ、黒木は雪洞を掘ってビバークすることにした。雪洞を掘るのに適した場所を探し始めた一行の前に、突如、大きな黒い塊が現れた。それは墜落した飛行機の尾翼と折れた胴体だった。黒木たち6人は雪と風を避けることができる墜落機の中にもぐり込んだ。
 吹雪は翌日も降り止まなかったが、悪い時には悪いことが重なるもので、夜中に谷杏子が腹痛で苦しみ始めた。黒木の見立てでは腹膜炎で、手術しないと命が危ぶまれた。また花村が江森のラジオを踏んで転倒し、花村が膝を痛めたうえに、ラジオが壊れて天気予報も救助活動の動向もわからなくなってしまった。黒木は意を決して、吹雪の中、単身救助を求めて山を下ることにした。
 蛇ヶ原という崖をくり抜いたトンネルに黒木が達すると、土砂崩れにより蛇ヶ原が通れなくなっていた。黒木は迂回する気力もなく、そこで気を失ってしまった。
 黒木が病院で目覚めると、生徒5人が死んだと知らされ、黒木自身も精神病棟に閉じ込められてしまっていた。ところが、黒木の弟と偽って面会に来た新聞記者の話を聞いて、黒木は真相に気付き始めた。真相を確かめるため、黒木は精神病棟を脱出し、ヌクビガ原へと向かった。
感 想 等
( 評価 : B )
 ミステリータッチで描かれる冒険調の墜落もの。高嶋哲の「ミッドナイトイーグル」や森村誠一の「黒い墜落機」、樋口明雄の「男たちの十字架(クライム)」、アンリ・トロワイヤの「喪の銀嶺」など、飛行機やヘリの墜落ものはひとつのジャンルといっていいほど多くの作品が書かれている。巨万の富、国家機密、人の命・・・・・欲望や使命感、愛憎が錯綜するこのジャンルは、どの作品もスリリングで面白い。
 本作は短編なのだが、ネタの使い方としてはもったいないくらいに内容が濃く、詰まっている。正直、長編として書き直して欲しいくらいだ。想像力で隙間を埋めながら、ゆっくり楽しんで読もう
 ちなみに本作は、短編集「蒼ざめた馬を見よ」(文春文庫)に収められているほか、「日本代表ミステリー選集12 犯罪教室ABC」(中島河太郎・権田萬治 編、角川文庫)にも収録されている。
山  度
( 山度 : 60% )
 五木さんの登山経験はわからないが、土地勘のある北陸(奥様の実家が金沢)を舞台にしたということは、地元の山くらいなら登ったことがあるのかもしれない(「下山の思想」という本も書いているし)。それはさておき、本作の山度は意外と高く、冬山の雰囲気を充分味わえる内容となっている。

 
 
 
作 品 名
「夜叉神山狐伝説」 (岩崎 正吾、1990年)
あらすじ
 椿屋敷の当主・刈谷正雄は、弓と源じいの3人で暮らしていた。
 ある日のこと、源じいが珍しく人と会うと言って峰の湯に出かけ、それっきり帰ってこなかった。心配した正雄は峰の湯に出かけ、さらに源じいを探して富士山麓の天子山、夜叉神山へと入っていった。
 途中から天候が悪化して雪になり、正雄は道を見失ってしまった。滑落して遭難しかけたところを救ってくれた謎の一行、その中にいた源じいそっくりの男、正雄を襲う妖しげな男…。雪の山中で、正雄と源じいを巻き込んでの死闘が始まった。
感 想 等
( 評価 : D )
 ミステリーというのか、冒険小説というのか…。その両方の要素を取り入れた構成となっているが、なんか盛りあがらない。どうもリアリティーに欠ける感じがする。主人公(あるいは作者)の思い込み・短絡的思考が感じられて、読み手が作中人物と一体になれないのだ。個々の箇所についてどうこう言い難いのだが、全体としては以上のような印象がぬぐえない。
山  度
( 山度 : 50% )
 一応、山にも登っているし、舞台は終始山中であるが、あまり登山という感じではない。そもそも、ピッケルは必要なのか!?との違和感が後々まで尾を引く。


  
 
作 品 名
「山の声 ―ある登山者の追想」 (大竹野 正典、2012年)
あらすじ
 雪嵐がゴウと吹きすさぶなか、登山者1(先輩、加藤文太郎)が現れ、ポケットから取り出した甘納豆ひとつかみを口に入れると、カンテラに火を点けた。続いて登山者2(吉田君)が現れた。2人は冬の北鎌尾根に挑戦し、吹雪により4日間も閉じ込められてしまったのだった。コッヘルに放り込んだ氷あずき状態の甘納豆を口にしながら、2人はとりとめもない会話をしていた。
 「不死身の加藤」「単独行の加藤」と言われた加藤と、その後を追うように山にのめり込んだ吉田は、加藤のこれまでの山行について語り始めた。八ヶ岳の夏沢温泉で1人侘しく正月を迎えたこと、親父の見舞いのために休暇を取って帰省し見舞い1時間・山行2日間という親不幸をしてしまったこと、山頂で万歳三唱したこと、ヒマラヤ貯金の話、1月の立山での出来事、会社のこと、最愛の家族である妻と娘のこと、そして・・・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 本作は舞台のために書かれたシナリオ本で、第16回「OMS戯曲賞」で大賞を受賞し、ラジオドラマ化もされている。戯曲家の大竹野氏は2009年に亡くなられているが、現在でも時々上演されているようだ。本戯曲は、大竹野正典 劇集成T』に収録されているほか、OMS戯曲賞の受賞作品を収録した本も出ている。
 加藤文太郎と吉田富美久という2人の登場人物だけで物語は進むが、そこに文太郎の数々の山行を織り込みながら、山に憑かれる人間の心情、孤独感、生き様をうまく描いている。戯曲で読むと分かりにくい(というか、劇で見ないと分かりません)が、文太郎の山行記「単独行」を吉田が読みあげるという形で、「単独行」の文章を引用しながら文太郎の山行内容を幅広く伝えている。加藤文太郎のことを知らない人に当時の時代背景も含めてどこまで伝わるのか、解説なしの登山用語がちゃんと理解されるのかという点は懸念されるものの、短いページ数の中でうまく表現されているように思う。
 巻末にある劇評家・広瀬泰弘の解説の中で、加藤文太郎の生き様と大竹野正典のそれとをオーバーラップさせて語っている箇所があるが、実はそれは万人に当てはまるのではないかと思う。すなわち、人は所詮孤独な存在であり、同時に他人との関わりなしには生きていけいない生き物ある、ということだ。本書を読んで、図らずも「単独行」という山行記が、人の内面を記した精神の書としても優れた作品であることに気付かされた気がする。
山  度
( 山度 : 100% )
 実際の登山シーンが描かれているわけではないが、加藤文太郎と吉田富久の2人が山に関するあれやこれやを語る。内容は終始山に関することというわけで、山度100%とした。

 
 
 
作 品 名
「噴火口上の殺人」 (岡田 鯱彦、1949年)
あらすじ
 岡田、柿沼、香取、阿武、荒牧の5人は大学同寮の仲間だった。5人が柿沼の郷里に遊びに行った時、香取が柿沼の妹・美代子と仲良くなり、岡田は下の妹・登志子と仲良くなった。その後、香取は美代子と付き合ったものの、結局は彼女を捨て、美代子はそのために服毒自殺をした。香取はその時の話を小説にして文壇で注目を浴びていた。以来、柿沼と香取は犬猿の仲となり、5人の関係もおかしくなっていた。
 1年後、柿沼からの誘いにより、5人は再び柿沼の郷里に集まった。そこで、登志子を含めた6人でA火山に登り、噴火口で柿沼が香取に勝負を挑んだ。噴火口にある溶岩石に辿りついた方が勝ちという勝負だった。先に柿沼が成功し、後から挑む香取は成功の見返りとして登志子を要求して挑戦した。あと少しで成功というところで、岡田は思わず石を投げ、香取は溶岩の中に落下した。岡田が石を投げたことは5人の秘密となった。
 その後、岡田は登志子と結婚したが、罪の意識にさいなまされていた。ところが・・・。
感 想 等
( 評価 : D )
 “完全犯罪”と銘打ってあるが、さすがに昔の小説だけに「こんなところでしょうか」としか言えない。今であればこの程度のトリックで完全犯罪とはあまりにおこがましくて言えないという感じ。その辺は時代の変化ということで大目に見るしかないだろう。
山  度
( 山度 : 10% )
 登山といってもハイキング程度の登山シーンが出てくる程度。

 
 
 
作 品 名
「追伸、こちら特配課」 (小川 一水、2001年)
あらすじ
 民間の宅配便各社が台頭するなか、政府は郵便用のリニアを走らせ、全国を機械による郵便網でカバーするというG-NET計画を進めていた。この計画は、コンピュータ制御システムによる大幅な時間短縮が望める一方、郵便局員の人員削減も見込めるという代物だった。G-NET計画は、巨額の予算と利権が絡む一大プロジェクトだった。郵政省の水無川長官と、甥・灘達也、その部下・七条慧らは、計画を推し進めていった。
 一方、どんな山奥でも、車の入れぬ繁華街の小路でも、人から人へ届けることがモットーの特別配達課の八橋鳳一と桜田美鳥らは、特配の存亡を懸けてG-NET計画潰しに奔走した。民間宅配業者と手を組んで試行エリアにおいてG-NETを上回る実績を叩き出した特配。京都の街を舞台にした郵便速配競争でも勝利を収めた。
 そんな頃、水無川長官を乗せたヘリが、12月の雪の西穂高岳山中に墜落した。長官の生存は確認できたものの、折からの悪天候で救助隊は手一杯の状態に陥っており、機動力を持つ特配に救助要請が飛び込んできた。鳳一と美鳥、そして番場の3人は、雪の西穂へと向かった。
感 想 等
( 評価 : C )
 まず押さえておきたいのは、本作がエンタメ作品だという点。それを大前提に読まないと、ハリウッド映画ばりのカーチェイスも、水戸黄門のような立ち回りも、ましてや素人2人が上高地から冬の穂高連峰に1日で到達するなんていう展開も、「そんな馬鹿な!」で終わってしまう。多少の大げさな表現は、あくまで読者を楽しませるための仕掛けに過ぎない。
 そうした断りを入れるまでもなく、「こちら、郵政省特別配達課」シリーズでは、第一弾から奇想天外で破天荒なものばかり運んでいる。その辺の強引とも言える流れはご愛嬌だが、本作では特配vs G−NET(全国機械化郵便網)、舞島ちはる親子の問題、灘と七条慧の関係、いろいろな形で仕事への思いが込められている。単なるエンタメ小説というだけではない。
山  度
( 山度 : 10% )
 ラスト間近、特配のメンバー3人が、雪の北アルプスに挑戦するという展開がある。登山経験者の番場がいるとはいえ、雪山はおろか、登山経験すらない鳳一と美鳥が、12月の雪のなか、上高地から涸沢・奥穂経由でジャンダルムを超え、西穂まで1日で到達するというのは、エンタメならではの無茶な展開。作者も無茶を承知で書いているようなので、まぁ「あり」としよう。

 
 
 
作 品 名
「槍ヶ岳」 (奥田 岳志、2003年)
あらすじ
 母子家庭に育った勝弘は、暗い性格ゆえに小学校ではいじめられっ子だったが、絵が上手で、倉橋先生に絵を教わっている時だけは、勝弘もうれしく明るかった。ただ、勝弘の父が山で遭難死したために勝弘は山のそのものを憎んでおり、倉橋はそれが絵の才能を伸ばすうえで障害になるのではないかと懸念していた。
 中学校に入っても勝弘は暗い子どもだった。勝弘は転勤した倉橋先生のいる信濃大山高校を目指して勉強した。無事高校に合格し、勝弘は倉橋先生と再会したが、同じ高校にかつてのいじめっ子裕介がいた。ところが、その裕介が勝弘に親しげに近寄ってきた。実は、勝弘の父と裕介の父は山仲間で、2人で出かけた槍ヶ岳冬山行で勝弘の父が遭難死、裕介の父も右手に凍傷を負い職を失ったのだった。裕介が勝弘をいじめていたのは、自らの貧乏が勝弘の父のせいだと思い込んでいたせいだが、それが誤解だとわかった裕介は、勝弘と一緒に山に行きたかったのだ。
 山岳部に入った裕介と、美術部に入った勝弘は親友になり、一緒に山へも出かけるようになった。そして、2人は一緒に槍ヶ岳へ行くことになった。
感 想 等
( 評価 : D )
 父親の槍ヶ岳での遭難により翻弄される少年の人生。ストーリーは自然だが、ラストはいかがなものか。自分も槍ヶ岳が好きなので、その思い入れはよく伝わってくるが、その思いが活かされていない気がする。また、勝弘の視点だけでなく、裕介の視点も同時平行させた方が、裕介の気持ちの変化が自然に読者の中に入り、物語に重みが出たのではないかと思う。
山  度
( 山度 : 70% )
 山度は比較的高いが、絡まったザイルで骨折したり、槍の穂で足を滑らせて鉄杭が足にささったりといった場面には、ちょっと無理が感じられる。

 
 
 
作 品 名
「ある登攀」 (小田 実、1971年)
あらすじ
 田上はC峰バットレスの第二テラスでビバークしていた。隣にいるのはK大の先輩・松本だった。予定の2倍も時間がかかってしまい、ビバークを余儀なくされたされたのは、松本の技術が未熟だったせいだと田上は思った。知り合ってわずか数日の松本とザイルを組んだことを、田上は後悔し始めていた。
 田上が松本と出会ったのは、田上の尊敬する先輩であり、ザイルパートナーでもあった三根の壮行会でのことだった。三根のもとに届いた召集令状、それは三根の夢だった未踏のC峰バットレスを田上と一緒にやっつけようと偵察山行に出掛けた直後のことだった。戦地に赴く三根のために開催された壮行会の場で、C峰バットレス同行の申し入れをしてきたのが松本だった。
 松本はS高山岳部時代からの田上の先輩だったが、田上は松本のことを知らなかった。しかし、松本はある意図を持って田上に近づいてきたのだった。
感 想 等
( 評価 : C )
 時は戦時中。時代という波に押し流されて思うように生きられない若者たち。そのいらだちをぶつけるために、命を賭して岩を攀じる男たち。岩登りが生き様そのもの、あるいは生きる目的であり、何かを思い切るためのよすがとして岩に登る、そんな感じがする物語だ。実際、当時の若者たちにとっては、自分をぶつけられるもの、自由に挑戦できるものは、そう多くなかったのかもしれない。
 自由に生きられるがゆえにノンポリとなっている今の若者たちと比べると、不自由であるがゆえに思想的なもの、あるいは哲学的なものに悩み苦しんでいたであろう当時の若者たちの切なさが感じられる。自由とは、良い時代とは何なのだろう?
山  度
( 山度 : 90% )
 全編ほぼ山に関連した記述となっているが、登攀シーンそのものはあまり多くない。当時のクライマーたちの様子が偲ばれる。

 
 
 
作 品 名
「遭難者」 (折原 一、1997年)
あらすじ
 松本に本社のある大崎商事に勤める笹村雪彦は、会社の岳友会メンバーである須磨史郎リーダー、五十嵐進、中谷アイ、野島夏美らと共に、GWに残雪の白馬・唐松縦走に出掛けたが、不帰ノ剣を越えた所で雪彦が滑落死した。
 雪彦の追悼集を作っていく過程で、彼の母・時子は雪彦がSという岳友会メンバーに同じ会員の恋人・N子を取られ、失意にあったことを知る。息子が自殺ではないかと疑った時子は真相を探るが、追悼山行で時子もまた墜死してしまった。
 事件は息子の死を悲観した母親の自殺として片付けられたが、雪彦の妹・千春に想いを寄せる登山家の南は、追悼集を読んでおかしな点に気付いた。他殺の可能性があるとみた千春と南は、真相を究明すべく調査を始めた。
 N子とSは一体誰なのか。雪彦は、時子は、自殺なのか、他殺なのか。
感 想 等
( 評価 : C )
 追悼集風に作った凝った装丁、古臭い写真や死亡届・生命保険証などまで使ったリアル感、部分によって山行報告風、脚本風などに使い分ける一風変わった作りなど、実験的、野心的な試みは非常におもしろい。ただ、山行について描いた箇所の細部を読むと、やや疑問を感じるような所があり、そういうひねた目で見ると、凝った装丁も気をてらったとしか思えなくなってしまうのが残念だ。
 ミステリーとしても、単なるお話ではなく、もうひとひねり欲しい。折角の様々な試みを活かせるような内容となっていないかも。
山  度
( 山度 : 80% )
 私自身、山岳会に入っているわけではないので、追悼集のスタイルなどはよく知らないが、細かい小道具でリアル感を醸し出そうとしており、その雰囲気は味わえるのではないか。