山岳小説(森村誠一)
−詳細データ・2000年代−
 
 
 
作 品 名
「山魔」 (2002年)
あらすじ
 警察を定年退職した越野は、暇を持て余して公園でぼーっとしていた時に、日本百名山を目指している松山という男と知り合い登山を始めた。新しい目標を見つけた越野は、次々と百名山に登っていった。越野を山に誘った松山も一足先に99山まで達し、最後の1つである鳳凰山に一緒に登ろうと越野を誘ってきた。たまたま都合が悪かった越野は誘いを断ったが、鳳凰山に行った松山がそれっきり帰ってこなかった。
 越野は松山捜索のため鳳凰山に登ったが、松山の行方はようとして知れなかった。松山の百名山仲間に、覚悟の家出ではないかと言う者がいた。百名山を完登したら何か新しい人生が始まるんじゃないか、という願望を持っている者が少なくないと言うのだ。気になった越野は、誰か同伴者がいるかもしれないと思い、同じ時期に行方不明になった者を探し始めた。すると、やはり百名山を目指していて、完登間近だった植村という男が浮かび上がった。年も松山と一つしか違わない。何か関連性を感じた越野は、植村の家を訪れた。すると、松山と植村が小学校からの知り合いだということ、2人が同じ会社に勤めていたこと、しかも植村が松山に恨みを持っていたらしいことがわかった。しかし、その植村も行方知れずのままだった。
 1年後、薬師岳と夜叉神峠の間で、松山の腐乱死体が発見された。松山のカメラも一緒に見つかったが、それを見た越野は、松山の撮った写真に疑問を感じた。松山が歩いていないはずの風景が写っているのだ。鳳凰山から戻ってほどなく、植村の妻から電話がかかってきた。植村を新宿で見かけた者がいるというのだ。越野は植村を探しに新宿にでかけた。
感 想 等
( 評価 : C )
 短編連作集「魔痕」の中に収められた作品。その作品群には、魔物に取りつかれたかのごとく、写真を撮ることや保健薬摂取に固執してしまう性格のせいで、事件に巻き込まれたり、犯罪に手を染めてしまったりする主人公たちが登場する。連作とはいえコンセプトが共通しているだけで、個々の話は完全に独立している。
 「山魔」は定年退職後の有り余る時間を持て余していた男が、百名山登山という新たな目標を見つける話。ところが、百名山を目指す同好の士の間で確執が起きてしまう・・・。ミステリーとして特に凄いというわけではないが、展開はいつもながらの面白さ。これだけ多くの作品を書いていて、異なる発想の物語を紡ぐのだから、さすが森村先生としか言い様がない。
山  度
( 山度 : 70% )
 百名山登山に嵌った男の話。舞台に鳳凰山が出てくるのは珍しいかも。

 
 
 
作 品 名
「純白の証明」 (2004年)
あらすじ
 T省の課長補佐・塩山孝司氏が、T省と関係が深く、塩山氏もいずれ天下りをすると目されていた三栄産業のビルから飛び降り自殺した。本当に自殺なのか、それとも他殺か。自殺にしては不審な点があることから、警視庁の棟居刑事は塩山の死因の捜査を始めた。
 塩山は登山を趣味としていたが、T省の塩山の上司・福田課長も、若い頃に初登攀記録を作ったこともあるほどのクライマーだった。そして、「政談」という政界雑誌の主催者・岩上は、学生時代、福沢のザイルパートナーだった。また、三栄産業の北川社長、T省OBで同社専務の香川氏も、若い頃に山岳会に入っていたという。この他に、塩山の小学校時代のクラスメートで現T省大臣の南野氏、塩山の元部下・遠山、塩山の娘・彩香の婚約者・居石など、山をきっかけに多くの人間関係が浮かびあがってきた。
 そんな時、「政談」の岩上が後立山で転落死したとの連絡が入った。ベテラン登山家である岩上が、11月とはいえ本格的に雪が付く前のハイキングコースで転落するはずがない。事件性を感じ取った棟居は、塩山の事件と平行して、岩上の死因についても調査を始めた。やがて事件は、塩山氏と南野大臣、北川社長ら5人パーティが、若い頃に穂高・滝谷で起こした遭難事故へと結びついてゆく。
感 想 等
( 評価 : C )
 森村誠一氏はこの作品執筆時点で既に70歳という高齢。この年にしてこの執筆意欲は凄いと言わざるを得ない。
 内容的には、山を絡めた人間模様を通じて、官僚という権力機構の腐敗を揶揄するお得意の森村節で安定感がある。もっとも、やや解説調で文章がくどいのは年のせいか。また、真保裕一、高嶋哲夫、笹本稜平等々最近の社会派ミステリー作家(?)は実に文章・描写がうまく、その辺と比べると古臭さは否めない。
山  度
( 山度 : 30% )
 山そのものを登っているシーンはさほど多くないが、山をやる人間が数多く登場し、初登攀を巡る登山界の確執や遭難事件にまで話が及ぶなど、登山関連の雰囲気たっぷり。

 
 
 
作 品 名
「棟居刑事の絆の証明」 (2005年)
あらすじ
 久しぶりに休暇が取れた棟居刑事は、後立山縦走に出かけた。ちょうど、唐松岳山頂で休んでいると、向こう側から来た7人の男女のグループが目に止まった。どうやら、ガイドとツアー客のようだ。山頂で写真撮影を頼まれた棟居は、その中のひとりの女性に死んだ桐子の面影を見て、何となく忘れ難い思いを感じたのだった。
 ツアー客6人は、下山後連絡先を交換することなく別れたが、偶然に導かれて再会することとなった。蒔田直之は、ツアーでの体験を書いた小説が新人文学賞を受賞し、一躍売れっ子作家になった。それを知った水町藍は、唐松岳で撮った写真を蒔田に送った。一方斎藤加奈絵は、銀行に勤める姉のさやが失踪したため、私立探偵事務所に捜索を依頼した。依頼した先が、たまたまツアーで一緒に山に登った岡野種男の個人事務所だった。
 その頃、超高級料亭「松千代」の玄関番を勤める辻岡麓は、宗政という会社重役と一緒に来た女性を見て目を見張った。ツアーで一緒になった女性にソックリだったのだ。しかも、宗政とその女性が、料亭の離れで大金を数えているところを、仲居が目撃していた。その数日後、その女性が行方不明だと新聞に出ていたのを見つけた辻岡は、行方不明の届出人である斎藤加奈絵に連絡を取った。さらに、目黒区のアパート管理人から入居者が1ヶ月半も帰ってきていないとの情報が警察に寄せられ、警察が部屋を調べたところ盗品の数々が見つかり、今問題になっている鍵の開き屋だと判明した。その開き屋が最後の1人小金沢悦男だった。
 小金沢の写真が新聞に乗ったことをきっかけに、行方不明中の小金沢を除くツアーメンバー5人が顔を合わせることになった。
感 想 等
( 評価 : C )
 冒頭登場する登山ツアー客6人を軸に、複雑に錯綜する人間関係。よくぞここまで入り組んだ物語を作り上げるなと感心はするが、事件の進展が偶然や驚異的な記憶力などに頼っている部分があまりに大きく、ちょっと現実的ではないかもしれない。また、犯人が出てくるタイミングも問題。これでは、ミステリーとしては反則との誹りを免れ得ない。タイトルに「棟居刑事の・・・」とあるが、棟居刑事の絡み方はちょっと中途半端との印象。
 蛇足ながら、「絆」の文字が使われているが、東日本大震災よりも数年前の作品。うまいタイトルを付けたものだ。
山  度
( 山度 : 5% )
 登山シーンと言えるのは冒頭数ページのみ。ただ、後半山岳ガイドの話や、登攀記録のねつ造といった山に絡んだエピソードなども出てきたりするので、山度は低いながらも一応リストアップした。

 
 
 
作 品 名
「青春の雲海」 (2006年)
あらすじ
 久しぶりの休暇に後立山連峰を縦走していた棟居は、山に不慣れな若い女性の単独行者と知り合いになった。矢吹勢津子と名乗ったその女性は、GWに後立山に行ったまま行方不明になった夫の跡を追って山に来たのだった。棟末は、縦走途中に膝を悪くした勢津子をエスコートして下山した。
 勢津子の夫・正輝は老舗中堅書店・精華堂の社長だった。正輝が社長業にストレスを感じていたこと、同時期に総務の福山扶佐子もいなくなったことから、勢津子は夫が女と一緒に失踪したのだと思っていた。正輝の代わりに社長代行を務めた勢津子は、本来の仕事であるイベント・プランナーの経験を活かして様々なイベントを仕掛け、精華堂を盛り上げた。
 その頃、目黒区の公園で身元不明のホームレスの死体が発見された。新聞に載った被害者の写真を見て、8年前に目黒区で殺された老女の容疑者であるとの通報があったが、その事件自体は迷宮入りしていた。同じく新聞の写真を見た福山扶佐子は、その男がたった一人の肉親であり、高校の時に家出して以来音信不通になっていた兄・幸治だということに気が付いた。正輝とともに名古屋に身を隠していた扶佐子は、兄になりすますことを正輝に提案した。
 一方、山での恩人である棟末のことが気に掛かっていた勢津子は、人気作家・朝枝美華のサイン会で棟末と再会した。ホームレス殺害事件の捜査を担当する棟末は、家出少女の証言から、被害者と朝枝美華が同郷だったという事実を知り、ようやく被害者の身元が判明した。福山幸治と朝枝美華が目黒区の同じアパート内に住んでいたこと、そのアパートに勢津子の知り合いであり朝枝とシナリオ学校で一緒だったというテレビプロデューサーの湯沢汎子も住んでいたこと、正輝と扶佐子が住む薫風荘にいる七条百合子もそこにいたこと、などが次々と判明した。錯綜した人間関係の糸が、少しずつ見えてきた。
感 想 等
( 評価 : C )
 複雑に入り組んだ人間関係、目まぐるしく急転する事件など、偶然を必然に結びつけていくストーリー展開はさすが。「国賓の性の特殊接待」や「人生のリセットを願う人々のための救援組織」といった、いかにも森村氏らしい言葉の使い方や、作品ごとに大胆で面白い発想を出してくるあたりは、森村誠一健在といったところか。
 一方で、かつての社会性やテーマ性が薄れ、トリックや謎解きの要素が少なくなり、やや偶然に頼った決め打ち的な捜査は、ミステリーとしては今一つ物足りない。本作については、交錯する人間関係が見どころであるものの、やや凝り過ぎているとの印象。
山  度
( 山度 : 10% )
 冒頭15頁ほどが後立山・唐松、鹿島槍近辺での山行シーン。あとは西穂高ロープウェイでの描写がある程度。山度はあまり高くない。

 
 
 
作 品 名
「青春の守護者」 (2007年)
あらすじ
 元自衛隊の羽月数也はそこで自分の適性を見出したものの、自衛隊のあり方に疑問を感じ脱退、民間警備保障会社勤務を経て、自らボディーガード会社を立ち上げた。そんな羽月のもとに、大学山岳部時代の先輩大町玲の家族から依頼が舞い込んだ。玲は大学のマドンナ的存在で、羽月は彼女と2人で槍ヶ岳山行に出掛け、そこで唇を合わせたという淡い青春の体験の相手だった。
 玲は数ヶ月に静岡県の山中でドライブ中に、夫の古坂直也とともに転落死していた。その死に不審を抱いた玲の父・大町正隆が、玲の妹・藍と玲の娘・鮎のボディーガードを依頼してきたのだった。
 調べてみると、古坂は大手総合精密機器メーカー・アキレスの公認会計士をしており、そこで何らかの裏情報を知ってしまった可能性が高かった。アキレスは政財界や諸外国と係りを持っているとの噂のある会社だった。
 アキレスと深く結びついている、世界的なテロ組織"秘密の花園"、首都圏の有力暴力団である"一誠会"を相手に、羽月らの戦争が始まった。
感 想 等
( 評価 : C )
 森村氏の最新作。勧善懲悪的なストーリー展開には安定感があり、安心して読めるし、全体的なうまさはさすが森村氏である。
 とはいえ、世界的な暗殺組織や構成員8千名を抱える暴力団を、わずか数名しかいない民間ボディーガード会社が殲滅してしまうというのは、いくらなんでも無理が・・・という気もしてしまう。
山  度
( 山度 : 5% )
 冒頭、羽月数也と大町玲の大学時代のエピソードとして、燕岳から槍ヶ岳への縦走山行の思い出が出てくる。山のシーンとしいてはそのわずかな部分しかないが、本作全体の重要なキーとなる部分でもある。

 
 
 
作 品 名
「青春の十字架」 (2008年)
あらすじ
 夏休みに登る穂高登山だけは毎年欠かさなかった寒川は、ある年、梓川のほとりで沖鮎水紀という女性と知り合いになった。以来2人は、素性を明かさずに年に1度、梓川の畔で会うだけの関係を続けた。何年目かのこと、穂高に一緒に登る約束を交わしたが、寒川が上高地に行ってみると、待っていたのは水紀の双子の妹・香代乃だった。
 その少し前、寒川の身に大きな変化が2つ起きていた。1つは警視庁でSPに命じられたこと、もう1つはたった1人の肉親でフリーライターをしていた妹の加菜が行方不明になったことだった。寒川はSPとしていろいろな要人の警護に付いたが、A国のアブルメール大統領を警護した時に、パーティ会場で香代乃の姿を見かけ、その素性を知ることとなった。彼女は、銀座のクラブ「紅馬車」のママで、政財界の大物がバックに付いているとの噂があった。その後寒川は、国土交通大臣で将来の総裁候補と言われている友信寛道の警護に付くことになった。友信は紅馬車を贔屓にしており、寒川も香代乃と顔を合わせることとなった。
 ちょうどその頃、奥飛騨の山中から加菜の遺体が発見された。加菜はF県における公共工事の談合疑惑を追っていたようだった。F県は友信の地元で、県知事も友信の息がかかっていた。また、友信の息子の恋人で、銀座のクラブにいた三原麗子に、失踪直前の加菜がインタビューしていたこともわかった。寒川の警護対象と、妹・加菜の失踪が密接に結びついてきて、寒川は複雑な思いでSPの仕事を続けていた・・・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 穂高・梓川の畔で出会った謎の女性との邂逅、妹・加菜の失踪、SPとしての警護対象である友信大臣・・・・・いくつも事件や人間関係が錯綜し、絡み合い、偶然と執念に導かれて、真実が明らかになっていく。森村誠一らしい設定の妙とストーリーテラーぶりは本作でも健在だ。水紀と香代乃の双子姉妹の絡みは、物語にとっては正直必須ではない感じなので、そこまで複雑な設定にしなくても良いという気がするし、寒川の2人への対応・行動はSPにしてはあまりに不用意という印象はあるが、まぁその辺のお色気は、物語に花を添えるということでアリとしましょう。
山  度
( 山度 : 10% )
 森村氏の多くの作品同様、本作も山度は低め。森村作品ではお馴染みの山男・棟居刑事が脇役で登場し、主人公の寒川は大学時代に棟居とザイルパートナーだったという設定。山は随所に絡んでくるものの、実際の登山や山が出てくるシーンは、上高地散策と穂高登山が少し描かれている程度。