山岳小説(森村誠一)
−詳細データ・1990年代−
 
 
 
作 品 名
「挑戦の切符」 (1991年)
あらすじ
 野添友紀子は、死ぬつもりで北アルプスのK岳までやってきた。一流会社に就職し、そこで出会った一つ年上の恋人・川村達馬に全てを捧げたというのに、川村は重役令嬢との縁談話が出た途端に、友紀子を古雑巾のように捨てたのだ。死に場所を求めて山を登っていった友紀子は、崖から足を踏み外し、断崖の途中に突き出た岩棚に引っ掛かってしまった。
 K岳山麓の山荘管理人・尾上慎太郎のもとに、襖岩で女性が助けを求めているとの報が入ったのは夕暮れ時のことだった。K岳きっての難所である襖岩に、この時間から向かっても救助は困難だ。折悪しく天候は悪化し、小雨が降り始めていた。行ける所まで行くことにした尾上は、山荘にいた大学山岳部員などに声をかけてみたが、襖岩と聞いて誰もが尻込みした。そんな時に手伝いを申し出たのが八代正男だった。彼が以前、襖岩の単独登攀目指して通ってきていたことを覚えていた尾上は、八代と一緒に襖岩へと向かった。
 八代は、都会から故郷へと帰る途中だった。成功を求めて長野から都会に出たものの生存競争は厳しく、夢破れて帰る途中、わずかに残ったお金を使ってしまうために、K岳に立ち寄った所だったのだ。尾上と八代が、遭難者がいるテラスの直下に辿り着いた頃には、辺りはすっかり暗くなり、雨から霙へと変わり始めていた。もう無理だ、という尾上を説得して、八代は何とか遭難者のいる場所へと近付いていった。
感 想 等
( 評価 : C )
 わずか14ページ程度だが、何とも言えず爽やかな読後感のある作品。読者はついつい、この後、友紀子が正男に恋をして……というベタなハッピーエンドを思い浮かべることだろう。それが想像できるところが、この話のいい所だろう。あっさりと女性を捨てる軽薄なエリート男や、自分の身に危険が降りかかると見るや言い訳をする山男のエゴイズムなど、森村氏らしいシニカルな描写もあるが、それらが八代正男の誠実さを引き立てている。
山  度
( 山度 : 100% )
 登山シーンというほどの描写はたいしてないのだが、基本、すべて山中での出来事なので、一応100%ということで。

 
 
 
作 品 名
「山の屍」 (1996年)
あらすじ
 結婚して7年、三十路を迎えたばかりの川名純子は、日常生活に退屈していた。大手銀行に勤める夫は、結婚の際に仕事を辞めて家庭に入ることを求めたが、結婚して数年もすると、夫は仕事から帰ると「疲れた」と口にするようになり、夜の営みも減っていった。
 純子は、退屈しのぎに、小説作法を教えるカルチャースクールに通うことにした。そこで知り合った本村真美子という女性から、「あなたの小説には色がない」と言われ、"取材"と称した売春を勧められた。真美子の誘いを断っていた純子だったが、夫の不倫の証拠を見つけるに至って、"取材"を刊行する決心をした。
 恐る恐る向かったホテルにいた高見友一と名乗る人物との情事は刺激的なものだった。情事のあと、余命あとわずかだと告白した高見は、最後のラブアフェアのお礼として自作の小説を差し出した。渾身の一作を純子の名前で発表し、作家となる足がかりにして欲しいという。仕方なく受け取った純子は、その作品を読んで衝撃を受けた。面白くて読むのを止めることができなかったのだ。そして、新人懸賞小説にペンネームで応募し、受賞してしまった。さらに、受賞後第一作として発表した自作小説が、作風が大きく異なったことからさらに評価が高まり、純子は一躍売れっ子作家となった。
 そんな折、北アルプス西穂高岳付近で高見友一という男性が遭難死した。同行していた升田と夏川という男が組員だったことから、殺人の可能性からも捜査が進められたら。高見が川名純子を受取人に1億円の保険に入っていたこと、高見の家から見つかった「死化山」という小説が純子の受賞作「山の屍」と対をなす作品になっていたこともあり、純子にも疑いの目が向けられた。事件を担当した大町署の熊耳と豊科署の會田は、2作品に描かれていた殺人事件が、実際の事件を目撃して書かれたものではないかとにらみ、捜査を進めていった。
感 想 等
( 評価 : C )
 小説を書くために、不倫に踏み出した有閑主婦。他人から譲り受けた作品で作家になった女流人気作家の苦悩。実際に目撃した事件を小説に書き、それがきっかけとなって露見していく殺人。いろいろなアイディアが詰め込まれており、それだけで十分楽しめる。奇抜で面白い発想を惜しげもなく注ぎ、これだけの作品数を書いているのに決してマンネリ化することはないのはさすが。
 さらに本作では、熊耳刑事、棟居刑事、牛尾刑事ら森村作品ではお馴染みの刑事たちが活躍し、複雑に絡み合った糸をほぐしていく。このあたりの展開の妙も、森村誠一の真骨頂と言えるだろう。
山  度
( 山度 : 5% )
 高見が西穂遭難死するシーン、というか遭難に関する話の部分以外は、ほとんど山関連はなし。山岳小説ではない。とはいうものの、作品のタイトルに"山"の字が入り、遭難をめぐる疑惑が事件解明のきっかけとなり、豊科署や大町署の刑事が活躍するなど、雰囲気はあるので一応取り上げた。

 
 
 
作 品 名
「エンドレス・ピーク」 (1996年)
あらすじ
 昭和18年8月のある日、槍ヶ岳山頂に5人の若者が集った。彼らは東京清楓学院大学高等学部ハイキング部員で、日本人の窪田潔、野本晴夫、鮎川すみ絵、中国人の林紹鋼(リンシャオカン)、アメリカ人のヘンリー・バートンの5人だった。日本が軍事色を強める中、林とヘンリーの一家は本国に帰ることとなり、窪田と野本は卒業後に徴兵検査が待っていた。5人は、いつかまた平和になったら、一緒に槍ヶ岳に登ろうと山頂で約束した。散り散りになった5人は、それぞれの思いを抱きながら、各地で任務・活動に就いた。
 郷里の熊本で徴兵検査を受け陸軍に入隊した野本は、古参兵に意見したことで目をつけられ、非道い仕打ちを受けていた。戦争を生き残り、皆と再会する日を思いながら訓練に耐えた野本は、やがて宮崎の空挺部隊、すなわち特攻隊に配属され、死ぬために出撃する日を待っていた。昭和20年5月、ついに野本の番となり、沖縄に上陸した米軍に抵抗を続けていた第32軍を助けるため、米軍制圧下にあった読谷飛行場へと突入した。
 窪田は海兵団に入団し、精神棒や鉄拳によるしごきを受けながら、予備学生として飛行機搭乗員となった。しかし、戦局悪化著しく、燃料不足で練習のために飛行機を飛ばすことすらできないような状態だった。そうしたなか窪田は、抜群の成績を買われ、出撃してゆく特攻隊の護衛という名を借りた戦果確認の任務を命じられた。特攻隊がグラマンに打ち落とされるのをただ見守るだけの任務に我慢できなかった窪田は、時折グラマンを撃墜した。その腕を買われた窪田は、歴戦の精鋭を集めた三四三航空隊にスカウトされ、紫電改に乗って、ヘルキャットやグラマンとの死闘を繰り返した。
 すみ絵は英語力を買われ、半強制的に対敵宣伝放送のスタッフとなった。アメリカ兵の厭戦気分を煽って戦力を低下させようという作戦たった。すみ絵は「ゼットアワー」という番組を担当したが、東京詩人の名で発表したすみ絵の詩が評判となり、すみ絵は太平洋全域のアメリカ兵の間で人気者となった。終戦間際、米兵捕虜に会いに長崎まで出かけたすみ絵は、そこで原爆の遭遇し、運悪く記憶を失ってしまった。
 ヘンリーは海軍日本語学校を経て海軍情報局のハワイへと配属され、日本関係の重要書類を翻訳するという任務に就いた。この仕事をしていれば、いつかまた日本に行けるかもしれないと思っていたヘンリーの思惑通り、戦局が米国有利に進むと、沖縄に行くことが決まった。ヘンリーは沖縄で戦争の悲惨さを目の当たりにした。そして、「ゼットアワー」から流れるすみ絵の声を耳にして、すみ絵や槍ヶ岳のみんなとの再会を強く願った。
 リンは父親の故郷ハルビンに戻ったが、そこは関東軍が支配する満州国となっていた。リンはハルビン郊外の平房にある満州国営工場で働くこととなったが、そのすぐ近くに日本の石井部隊が駐屯していた。石井部隊のいる場所からは異臭が漂い、悪い噂が絶えなかった。中国人を捕まえては、マルタとして人体実験などを行っていることを知ったリンは、中国人を少しでも救うために、密かに抗日活動を続けた。
感 想 等
( 評価 : C )
 最初に断っておくと、本作は山岳小説ではない。森村氏にとっての最大のテーマとも言える反戦文学だ。第二次世界大戦真っ只中、槍ヶ岳山頂で再会を約して別れ別れになっていた若者5人。彼・彼女らにとっての戦争を描くことを通じて、戦争の悲惨さをあますことなく伝えている。そこに、5人の想い、自由への期待の象徴のようなものとして、"槍ヶ岳山頂の石"が位置付けられている。
 森村氏は「偶然」の演出・アイディアが実にうまいが、それがより生きてくるのはミステリー作品よりも、本作のような大河青春小説の方だろう。時に交錯し、時にすれ違いながら、別々に流れてゆく5つ川の流れを巧みに描いており、800ページを超す大作だが、読者を飽きさせることはない。
山  度
( 山度 : 3% )
 山関連の描写は、冒頭8,9ページ、エンディング近くの16ページのみだが、随所に槍ヶ岳の石を通じた再会への願い、平和への想いが登場し、タイトルも「エンドレスピーク」となっているので、一応取り上げることとした。

 
 
 
作 品 名
「棟居刑事 悪の山」 (1996年)
あらすじ
 高瀬湖付近で男の白骨死体が発見された。それは5年前に、山荘の売上金を持って銀行に向かったまま行方不明となっていた三俣蓮華岳山荘の従業員・島岡太一の死体であった。
 休暇で雲の平に来た棟居刑事は、アイドルの氏名千尋(うじなちひろ)とその婚約者・中谷雄太に出会った。そこで、氏名千尋から彼女の兄が6年前の12月に単独で北鎌尾根に出かけて遭難したが、遺品に寝袋がなかったことから誰かに奪われたのではないかと考えているという話を聞いた。
そのしばらく後、中谷雄太が殺された。
 棟居刑事は山荘従業員殺害事件と、中西雄太殺害事件とが何か関係があるのではないかと思っていた。中谷は、山荘従業員・島岡が行方不明になる直前まで、山荘でアルバイトをしていた。また島岡は、寝袋を忘れて行った登山者に気付き、後を追いかけたところ、氏名の兄の遺体を発見したという。さらに、中谷と一緒に山荘でアルバイトしていた同じ山岳会の高原恭平が、中谷と2人で行った冬の剣岳登山で遭難死していた。
感 想 等
( 評価 : C )
 複雑な人間関係の入り組んだ山を舞台にしたミステリー。冒頭の一見何の関係もなさそうなエピソードがエンディングに繋がっていく辺りはさすが。
 棟居刑事シリーズ。
山  度
( 山度 : 40% )
 雲の平、北鎌尾根等々。

 
 
 
作 品 名
「雪煙」 (森村 誠一、1996年)
あらすじ
 日本からICOP(国際刑事警察機構)に派遣されていた高木は、パリ勤務中に休暇でオーストラリア最高峰のグロスグロックナー見物に訪れ、そこで池上陽子と名乗る女性と知り合いになった。グロスグロックナーで恋人の矢野を亡くしたという陽子は、「山は嫌い」とつぶやいた。
 翌年、東京に戻った高木は、佐賀に帰省している間に、両親の強い勧めにより仕方なく見合いをしたが、その最中に偶然にも陽子と再会した。そこで始めてフルネームを名乗り合った高木は、陽子から穂高岳を見に連れて行って欲しいと頼まれた。東京に戻り、バグラス(変造旅券)製造団と提携した暴力団捜査に忙しくしていた高木の元に、陽子から連絡が入った。陽子からの連絡はいつも一方的で、高木は陽子が人妻ではないかと思っていた。佐賀での約束通り穂高を見に上高地に来た高木と陽子は、そこで2泊3日を共に過ごし、肉体関係を結んだ。
 上高地から帰った後、高木は忙しくなった。バグラスコネクションを使って日本での売春斡旋を行っていた暴力団を突き止めることに成功したのだ。一誠会直系幹部で風鈴会の組長・清瀬正実に任意同行を求めるという直前に、清瀬が行方不明になった。清瀬の身辺を洗うと、その情婦として浮かんできたのが、なんと池上陽子だった。その半月後、丹沢山中で清瀬の遺体が発見された。そして遺体のすぐそばには、高木のかつての婚約者で、レイプされたうえに殺された松永香保に高木が贈った時計が残されていた。迷宮入りしていた香保殺害事件の犯人と、清瀬の殺害犯とが同一人物である可能性が浮上した。
感 想 等
( 評価 : C )
 壮大な物語と運命的に交錯する登場人物たちの人生。ついつい先を急いで読みたくなってしまう、巧みなストーリー展開。そこに絡んでくる山にまつわる愛憎。いかにも森村誠一らしい作品だが、以前の作品に較べると、巧さはあっても深みが足りないような気がする。
 高木の造形として、陽子との行きずりに近い関係よりも、婚約者だった香保を殺された恨みや執念のようなものを出しても良かったのではないかと思う。
 蛇足ながら、森村作品ではお馴染みの棟居刑事が少しだけ登場する。
山  度
( 山度 : 10% )
 登山シーンそのものはほとんどないものの、オーストラリア最高峰・グロスグロックナー見物や上高地散策、ガイドブック作りをしている男の丹沢行など山の絡んだ話が随所に出てくる、また、主人公の高木をはじめ、陽子の死んだ恋人・矢野や、写真家冬本など山男も多く登場し、山度以上に山の雰囲気に溢れている。