山岳小説(森村誠一)
−詳細データ・1980年代−
 
 
 
作 品 名
「青春の源流」 (1983年)
あらすじ
 昭和18年、入隊を前に逢坂慎吉と楯岡正巳は最後の山行に北アルプスへ出かけた。その帰りに2人は日暮山荘に立ち寄り、その娘美穂にどんなことがあっても帰ってくると誓う。
 逢坂は戦争を逃れるために雲の平山ごもりを決意し、なんとか二冬乗り越えて終戦を迎えた。一方楯岡はベトナムに派遣されるが、終戦直前に楯岡小隊はゲリラの捕虜となりそのまま終戦を迎えた。
 逢坂は美穂と結婚し、山荘の主となって新道を開拓。その後ケルン山岳会の先輩山藤の誘いもあって、ヒマラヤ・アグリヒマール登頂に新たな夢を見出す。そしてついに、隊長としてアグリヒマールに挑戦し、メンバーを無事登頂させたものの・・・。
 一方の楯岡はゲリラから軍事顧問を要請され受諾。第1次、第2次インドシナ戦争において、旧日本軍得意の奇襲戦法でフランス軍、アメリカ軍を苦しめ、伝説の楯岡小隊としてベトナム独立に貢献する。その後、32年ぶりに帰国した楯岡は時の人となるが、物が溢れ精神が荒廃した日本人に失望し、自分を失いかける。自らを取り戻すため、青春の源流である北アルプスへと向かうが・・・。
感 想 等
( 評価 : A )
 逢坂編が山、楯岡編が戦争をメインに描かれているが、詰まるところはどちらも戦争によって人生の大切な一時期を失ってしまった若者の生き様を鮮烈に描いている。そして、そうした若者への愛惜以上に、今の若者、あるいは現代という飽食の時代に対する痛烈な警告、警鐘が含まれている。
 特にベトナム戦争に関する記述は、作者の戦争に対する思いがひしひしと伝わってきて迫力がある。間違いなく森村作品を代表する一作と言えよう。
山  度
( 山度 : 40% )
 逢坂ヒマラヤ登山の描写は正直言って谷甲州など実際に経験のある作家にはかなわないかもしれない。また、楯岡編が強烈過ぎて、逢坂編が食われかかっている感もある。とはいえ、上記の通り作品自体は素晴らしく、山度を気にすることは無意味だろう。

 
 
 
作 品 名
「腐った山脈」 (1985年)
あらすじ
 北アルプス北部山岳警備隊の新米隊員・桜井が分駐所からパトロールに出ようとすると、東京雪稜山岳会の著名なクライマー尾形に声をかけられた。ちょうどK岳の肩にある同山岳会の山小屋に泊めてもらう予定だった桜井は、尾形に同行することにした。前日、同じ山岳会のクライマー川瀬を見かけたことを話すと、一緒に行く予定が尾形だけ都合で1日遅れたのだという。
 2人が山小屋に着いてみると、小屋は閉まっており人の気配がしない。仕方なく窓を割って侵入すると、中で川瀬が死んでいた。しかし、ナイフの刺さっている向きから、自殺ではなく他殺であることが判明した。その後の調べで、尾形と川瀬のどちらかがK2登山隊の選抜メンバーに選ばれる可能性が高かったこと、大原産業令嬢を巡って2人が争っていたことなどが明らかになり、動機の面から尾形の容疑が濃厚となった。
 しかし、川瀬の死亡推定時刻は7時半頃で、山小屋から分駐所まではどんなに急いでも4時間はかかる。尾形には、桜井と9時に会ったという鉄壁のアリバイがあった。しかも、山小屋の密室の謎もある。長野県警の伊勢谷と、桜井の必死の捜査にも係らず、アリバイと密室の謎は解けず、尾形のK2遠征の日が近づいていた。
感 想 等
( 評価 : C )
 読んだ時は「密閉山脈」の習作かと思ったが、確認すると本作の方が後に書かれた作品だった。全体的な流れは「密閉山脈」で、アリバイトリックは「裂けた風雪」と同じ。密室トリックも今一つ説得力が弱い。上記2作品を読んでいない人なら多少は楽しめるかもしれないが、全体的にはやや物足りない作品。
山  度
( 山度 : 90% )
 山度、高いです。

 
 
 
作 品 名
「犯意の落丁」 (1987年)
あらすじ
 能代夕佳子は、姉の友美が住む武蔵が丘アパートの管理人から、姉が行方不明だとの連絡を受けた。管理人によると、友美は2週間もアパートに帰っておらず、会社も無断欠勤しているという。管理人の要請でアパートに駆け付けた夕佳子が姉の部屋に入ってみると、普段の状態そのままで、計画的に行方をくらましたわけではなさそうだった。本棚の本の裏にコンドームが隠されているのを見つけた夕佳子は、失踪の裏に男の影響を感じた。さらに本棚に登山ガイドブック「丹沢」があり、1ページだけ切り取られていた。その1枚は経ケ岳のページだった。
 夕佳子は、姉が行ったかもしれない経ケ岳に出かけてみようと思ったが、恋人の高桐は海外出張中だった。一人きりでは心細くては登れないと考えた夕佳子は、近所の交番に勤務しており、たまたま登山を趣味にしていた警官・九丁に同行を依頼した。
 2人が山頂に辿り着くと、そこには姉が住んでいる場所のすぐ近くにあるスーパーの紙袋に入れたゴミが捨ててあった。その中味を探った夕佳子は、犯人につながる重要な手がかりを見つけた。
感 想 等
( 評価 : C )
 短編で、登場人物も極めて少ないため、犯人探しのようなミステリーとしての楽しみは限られているが、ストーリーはしっかりと練られている。短編であっても、男女の関係や姉妹間の特殊な人間関係をきちんと描き、物語に深みを持たせているあたりはさすが。
山  度
( 山度 : 20% )
 登山シーンはたいしたことはないし、どこの山でも構わない内容。ただ、ガイドブックの1Pがなくなっていたことから行き先が特定されたり、2週間以上前のゴミが回収されずに残っていたりといった状況は、山ならではの特殊事情を利用したもの。

 
 
 
作 品 名
「雲海の鯱」 (1987年)
あらすじ
 8月の白馬岳山頂で3人の山男が出会った。金峰、穂高に次いで3度目の偶然に3人は驚いた。白馬岳にある白雲山荘に泊まった3人は、ひょんなことから山荘の売上金が従業員と銀行員、そして犬1匹だけで運ばれていることを知り、1年後の略奪計画を立てた。
 1年後に再会した3人は、見事山荘売上金略奪に成功し、お互い名前を名乗ることもなく、ばらばらの方向へと散っていった。
 20年後、その白雲山荘の主人栗田と、有村という大学生が、白馬岳で落石に巻き込まれて死んだ。2人の死亡は事故として処理されたが、有村と途中まで同行していた中富は不自然さを感じ、殺人の可能性を疑っていた。栗田には絹代という後妻がおり、彼女は暴力団六道会経営の「花梨」というバーの元売れっ子ホステスだった。真相を探るため「花梨」でアルバイトを始めた中富は、絹代に槻村という男がいたことを知り、六道会による白雲山荘乗っ取り計画に気付く。
 一方、息子を六道会系のチンピラに殺された八代と大宮、娘を六道会の組員に陵辱された矢成の3人は、それぞれにガンや緑内障といった重病を抱えていた。病院で出会ったその3人こそが、20年前に山荘売上金略奪をした3匹の鯱だった。再会を喜ぶとともに、お互いの境遇を知った3人は、六道会への復讐を始めた。
感 想 等
( 評価 : C )
 ストーリー展開や設定のうまさは相変わらず、改めて触れるまでもない。明らかな悪と、それに立向う正義という構図を森村氏はよく使うが、正義であるはずの側が、20年前に悪で結びついているといのは、森村氏にしてはちょっと異なるパターンか。とはいえ水戸黄門のように、安心して読めるところが森村作品のまた良いところでもある。
山  度
( 山度 : 20% )
 山で結びついた男たちの話ではあるが、山度は低い。森村作品としては、まぁいつも通りで良しとしましょう。

 
 
 
作 品 名
「終列車」 (1988年)
あらすじ
 窓際サラリーマン赤阪は、スナックのママ・山添延子と浮気旅行に行く約束をし、新宿発の終列車アルプス号に乗ったものの延子が現れない。延子にだまされたと思った赤阪は、たまたま電車で隣合わせた深草美那子という女性と同行し、信州で2晩一緒に過ごした。美那子は連絡先を教えてくれなかったが、彼女の忘れ物の中にあった大中和幸という名刺が唯一の手掛かりだった。
 赤阪が家に帰ってみると延子が殺されていたことがわかり、赤阪は容疑者となっていた。翌朝、今度は大中が殺されたという新聞記事が出ていた。驚いた赤阪が、美那子に呼び出されて自宅を訪れると、今度は美那子が殺されていた。赤坂への殺人嫌疑は深まるばかりだった。
 赤坂が美那子と信州に向かった終列車には、ヤクザ組織から大中殺害を命じられた北浦良太と、子どもを交通事故で亡くして自暴自棄になっていた塩沼弘子も乗り合わせていた。北浦は、大中殺しに向かったものの誰かに先回りされており、どうしたら良いかわからず逃げ出してアルプス号に乗ったのだが、たまたま大中家のお手伝いさんに顔を見られていたため指名手配されてしまったのだった。そんな北浦と塩沼弘子は行きずりで一緒に行動し、上高地、葛温泉、さらには荷揚げヘリに便乗して三俣山荘へと逃避行を続けていた。
 一方、延子、大中、美那子それぞれの事件を捜査していた警察は、1枚の写真から7ヶ月前の玉突き追突事故へと辿り着いた。その追突事故とその直前に起きたひき逃げ事故に、山添延子、大中和幸、深草美那子、塩沼弘子が関係していたのだった。
感 想 等
( 評価 : C )
 一見無関係な複数の事件が、実は深いつながり・関係を持っていたという、いわゆるミッシング・リンク。ミステリー作家の中にもこの手法を多用する方がいるが、ありがちなのはマンネリズムに陥ってしまうことである。森村氏も、もともと作品数が多いこともあって時々ミッシング・リンクを用いるが、氏の場合は非常によく練られており、偶然は多いものの「またか」といった感想にならないところはさすが。いわゆる謎解き系ミステリーではないものの、先の読めないストーリーは読者を飽きさせることはなく、単純に楽しめる。
山  度
( 山度 : 10% )
 逃避行を続ける北浦と塩沼の不思議なカップルが、上高地や雲の平など散策するあたりで山関係の描写が出てくる。雲の平、三俣蓮華あたりは森村氏の大好きなエリア。登山ではないが、雰囲気は感じられる作品。ただ、山度としては多めに見ても10%程度だろう。

 
 
 
作 品 名
「未踏峰」 (1989年)
あらすじ
 ヒマラヤ登頂を生涯の夢に据えている雪吹晋平は、大学卒業記念に仲間と共に4人で八ヶ岳登山来て、横岳付近で迷っていた女子大生4人組を助けて下山した。自然と4組のカップルができ、8人は再会を約して別れた。雪吹は、女子大生4人のリーダー格だった面川純子と付き合い始めたが、純子は面川財閥の孫娘で身分の違いはいかんともしがたかった。
 作家を目指しながら心ならずもゴーストライターを務める中里英樹、役者の卵である印東浩、刑事になった恋塚良行、モデルになった牧村梨枝子、雑誌編集者になった真野美紀、銀座のママになった市毛京子。8人はそれぞれの夢を目指して頑張っている。
 純子は親の政略結婚により北上財閥の御曹司と結婚させられそうになっていた。雪吹を愛する純子は両親に反旗を翻し、雪吹と2人での穂高行きを企てるが、不測の事態が発生し、純子は家に連れ戻されてしまった。外堀は次第に埋められていき。とうとう純子は北上栄二と結婚することとなった。
 純子を失った雪吹は、ヒマラヤを人生の第一義に据えた。
感 想 等
( 評価 : B )
 八ヶ岳で出会った男女8人の数奇な運命、巡り合わせに弄ばれる若者達の生き様を描く大河ドラマ的な物語。淡く儚い雪吹と純子の悲恋の一方で、したたかに生きる京子や、自分の信じる道、正義を貫く恋塚など、8人の対照的な生き様が興味深い。
山  度
( 山度 : 30% )
 前半に八ヶ岳のシーンなどもわずかにあるが、山岳描写は後半のジャイアンツドームに集中。