山岳小説(森村誠一)
−詳細データ・1970年代−
 
 
 
作 品 名
「密閉山脈」 (1971年)
あらすじ
 影山隼人と真柄慎二は冬の八ヶ岳で、失恋のため山で自殺しようとしていた湯浅貴久子を救った。貴久子は若く美しく、2人とも貴久子を好きになった、彼女は影山を選んだ。
 影山と貴久子はK岳へ婚前旅行に出かけた。影山が山頂に立ち、麓にいる貴久子に合図を送る予定になっていたが、影山から送られてきたのはなんとSOS信号だった。翌朝早く捜索隊が着いた時には、影山は既に死んでいた。熊耳警部補はヘルメットから他殺であることを見破ったが、山頂は密室状態にあり殺人は不可能だ。
 熊耳は真柄が犯人であると確信するが証拠がなかった。一方真柄は、K2登山隊の一員としてヒマラヤへ出かけ、アタック隊として無事登頂を果たしたが・・・。
感 想 等
( 評価 : A )
 山岳ミステリーと呼ばれる作品は数多いが、その大半はミステリーと呼ぶには程遠い。少なくとも推理小説とは言えない代物ばかりだ。そうした中で、本作品はトリックといい、ストーリーといい、ピカ一ではないかと思う。むろん、山の形状などご都合主義的な部分もあるのだが、森村氏特有の濃厚な人間ドラマが展開されており、充分堪能できるものとなっている。
 なお余談ではあるが、本作品に登場する熊耳警部補は、「山の屍」や「悪の山」でも登場する熊耳警部の兄との設定とのこと。
山  度
( 山度 : 60% )
 山を真中に据えた本格ミステリーは、この作品か長井彬の作品くらいだろう。殺人の舞台となるK岳(恐らくは鹿島槍ヶ岳)、赤岳、K2等々山岳描写も豊富。

 
 
 
作 品 名
「堕ちた山脈」 (1971年)
あらすじ
 未曾有の低気圧による吹雪で、北アルプスY岳に2つのパーティが閉じ込められた。ヒマラヤ経験もある岩稜登高会の一行は自分たちの力を過信していたため、充分な装備・食糧を持っていなかった。一方、A大学山岳部一行は創部後まもなく、知識・経験とも不足していたが、それだけに充分過ぎるほどの装備・食糧を用意していた。
 2パーティはたまたま同じ場所で停滞することとなり、当初その経験・技術から恩着せがましいことを言って我がもの顔にふるまっていた岩稜登高会のメンバーだったが、長期化するに従いA大学山岳部の不満が募り始め、両者はいがみ合うようになる。
感 想 等
( 評価 : C )
 山という極地における極限状態が舞台。アイディアがおもしろく、人間のエゴイズム、醜さを如実に描き出している。森村氏の小説は善人・悪人がはっきりしているが、こうした悪人に対しては実に辛らつである。
山  度
( 山度 : 90% )
 舞台はずっと山、だけれど・・・。

 
 
 
作 品 名
「虚偽の雪渓」 (1971年)
あらすじ
 北アルプス南部S岳にある肩の小屋で、頭をザックリと割られた遺体が発見された。遺体は、東京岩峰登高会の著名登山家・栗原啓介と判明した。S岳またはK岳を越えて小屋に向かった登山者がいなかったことが確認されたことから、犯人のアクセスは麓の大河原からの登山道しか考えられなかった。大河原のホテルには、栗原と同じ山岳会に所属する宮本、西田、小島の3人が宿泊しており、容疑者は、栗原と入れ違いに下山してきた3人に絞られた。
 栗原を含めた4人はもともと一緒に登る予定だったが、仕事の都合で栗原だけが1日遅れてしまったのだった。宮本は東尾根の岩場を降り、小島は天狗沢雪渓をグリセードで、西田は本谷雪渓をスキーで滑る計画だった。死亡推定時刻とホテル到着時間から逆算した結果、小島と宮本のアリバイは証明されたが、西田のアリバイだけは成立しなかった。西田はデポしていたスキー板が盗まれていたため時間がかかってしまったと主張したが、もし西田がスキー板を使ったとすれば犯行が可能であった。容疑者3人全員に栗原を殺す動機があったが、西田だけアリバイがなかったことから、警察は西田への疑惑を強めた。
感 想 等
( 評価 : C )
 「山男に悪人なし」という格言?を暴くというのが、森村誠一のテーマのひとつ。「たかだか数千メートル"下界"より標高を積み上げてみたところで、人間の悪性や性格に影響はない」という言葉にそれが恐縮されている。
 山の地形を利用したトリックは微妙。何のひねりもない殺人ドラマが多い中、しっかりとトリックを構築している点は評価できるが、地図がないためイメージしにくい。一方で、地図があったら、見ただけでトリックに気付いたしまいそうなのだから厄介だ。山岳ミステリーは難しい。犯人当てクイズのような仕立ては面白い。
山  度
( 山度 : 90% )
 求める設定に合った山がなかったのか、山を特定することによる風評に配慮したのか、舞台は北アルプス南部S岳という架空の設定。岩壁登攀やグリセード、山スキーなどいろいろなバリエーションが出てくるが、ややご都合主義的な感じは否めない。

 
 
 
作 品 名
「高燥の墳墓」 (1971年)
あらすじ
 東京岩峰登高会の尖鋭クライマー・尾崎達彦と三沢良次郎は、北アルプスS岳東壁の積雪期登攀にチャレンジしていた。尾崎と三沢は決して仲のよいザイルパートナーというわけではなかったが、北ア有数の難所であるS岳東壁に挑む実力のあるクライマーは、会の中に2人しかいなかったのだ。壁の半ばまで達した頃には天候が悪化し始めていたが、2人の功名心と競争心が無謀なチャレンジに駆り立てた。頂上近くの難所に達する頃には猛吹雪になっていた。苦戦する尾崎に代わって、三沢がトップで登り始めたあとの出来事だった。突然三沢が滑落した。尾崎が急いで三沢の元に駆け付けると、三沢は左足首を複雑骨折しており、とても登攀を続けられる状態ではなかった。2人は雪を避けるために岩の窪地に退避したが、3日経っても吹雪は収まる気配を見せなかった。このままでは共倒れになると考えた尾崎は、助けを求めに1人下山した。
 数年後、関西私鉄大手の関急が長野県O町に建てた日本初の本格山岳ホテルの支配人に、まだ30歳過ぎという若さで尾崎達彦が抜擢され話題になった。尾崎は会社に尽くす猛烈社員で、ホテルの従業員に対しても会社への忠誠を誓わせ、功利主義による管理を徹底した。厳しいノルマと時間管理に従業員の不満は募る一方だった。
 そんなある日、山岳観光団体案内の下見のためにH岳に向かったまま、尾崎が行方不明になった。9月の安定した気候のなか、尖鋭的クライマーだった尾崎が遭難したとは思えない。O町署で捜査に当たった正岡刑事は2人の人物に疑いの目を向けた。1人はホテルの客室主任の村越で、彼は清掃の不備を尾崎に詰られ、ぬぐい難いほどの屈辱を味あわされていた。もう1人はH岳肩の山荘の経営者で、彼はかつて尾崎と一緒にS岳を登攀中に亡くなった三沢良次郎の兄だった。しかし2人にはアリバイがあり、事件未解決のまま時間だけが過ぎていった。
感 想 等
( 評価 : C )
 徹底した功利主義や猛烈サラリーマンへの反発、山男善人説へのアンチテーゼなど、本作も森村氏らしさに溢れた作品。エゴイズムはいずれ滅ぼされる運命にあるのだ。奥穂高岳の標高が、わずか2mの差で槍ヶ岳に次ぐ日本3位の高さであること、奥穂高岳山頂に大きなケルンがあることから、着想を得た作品ではないかと思う。発想は面白い。
山  度
( 山度 : 70% )
 舞台となっているH岳は、地図と文脈から判断すると穂高岳のこと。前半20%ほどは積雪期の岩壁登攀シーンも描かれており、山度は高い。

 
 
 
作 品 名
「裂けた風雪」 (1971年)
あらすじ
 長野県O市の菱井銀行O支店に勤める緒方正弘は、他人から頼まれると嫌と言えない気の弱い性格だった。それが災いして、都内の前任店で支店長のミスを被らされ、地方の支店に飛ばされたのだった。しかし当の緒方は、好きな登山に打ち込めると喜んでいる始末だった。
 G岳で樽ヶ岩山荘を経営する二宮から融資の申し込みがあり、緒方が担当した際にも、人の良さが表れていた。審査途中に現地調査に赴いてみると、登山者の失火で山小屋が消失していたことが判明したが、二宮から内緒にして欲しいと懇願された緒方は、支店長に報告しないまま融資を実行してしまった。しかしそのお陰で山小屋は再建され、もともと後立山連峰の要地にあったこともあって、山小屋は元の賑わいを取り戻した。緒方の計らいにいたく感謝した二宮は、自分の山小屋だけでなく近隣の山小屋にも声をかけ、売上金を菱井銀行に預けるようにした。そのお陰で、O支店は本部から表彰されるほどの成績をあげることができた。
 3年後の9月15日のことだった。いつものように二宮から集金依頼があり、緒方が14時前に小屋まで行くと、例年より早く小屋閉めをするという。白馬までパトロールをして帰るという二宮に急かされた緒方は、日帰りで麓に下山した。その翌日、O市で旅館を営む堀田英作の死体が、G岳山麓のG沢で発見された。死亡推定時刻は15日の15時頃。堀田は地元有数の実業家で、G岳まで真っ直ぐ伸びる新道を開拓し、G岳山頂直下に新しい小屋を建てる計画を練っていた。堀田死亡のニュースを聞いた緒方は、二宮に動機があること、その日の二宮の様子がおかしかったことに思い至り、事件の背景を独自に調べ始めた。
感 想 等
( 評価 : C )
 山のミステリーは難しい。特に、地形を利用した、山ならではのトリックはご都合主義に陥りがちだ。本作でもその点がネック。内容はなかなか面白いし、ラストもちょっとしたひねりが効いていていい。ただ、どうしてもメインのトリックが気になってしまうのだ。この手のトリックで納得の上手さを備えているのは「密閉山脈」くらいだろう。
 本筋とは何の関係もないが、古臭い記述がそこかしこに見られる。「豊富な電力を背景にして……工場が集まっている」とは戦後電力不足の名残だし、「映画館がテレビに押されて経営不振におちいり」とか、山小屋が一人一泊千円など、時代を感じざるを得ない。
山  度
( 山度 : 90% )
 G岳は五竜岳、K岳は唐松岳であろう。森村誠一お気に入りのエリアが舞台。

 
 
 
作 品 名
「醜い高峰」 (1971年)
あらすじ
 北アルプス北部、標高3000m近いT岳の山麓から肩まで敷設されたロープウェイ。その山頂駅に5人の男が取り残されていた。冬の疑似好天にだまされて運転したロープウェイに乗って山頂駅まできたものの、突如天候が悪化してロープウェイは停止。折悪しく強風で電話線なども切断され、地上との連絡手段も断たれたまま、5人は暖房器具もない小さな駅舎に閉じ込められてしまったのだった。5人のうち深井と杉本は、T岳本峰正面岩壁の冬期初登攀を狙うクライマーだった。宮崎は大病院の御曹司で、神主だという戸山と一緒に、物見遊山に来ただけだった。もう1人は松岡という得体の知れない陰気な若者だった。
 クライマー2人にとっては、今回の登攀は多くの労力と時間を費やした長年の夢だった。別パーティも初登攀を狙っているという噂もあり、2人は天候回復の兆しが見え次第、初登攀に向けて出発するつもりだった。最初のうちこそ、見知らぬ観光客のために食糧を分け与えていた2人だったが、なかなか天候が回復しないまま食糧が減ってきたため、ついに深井は3人を残したまま登攀に向けて出発すると宣言した。すると宮崎が、2人がこれまでに費やした費用の5倍を支払うから、食糧と装備を買い取ったうえで、2人をガイドとして雇わせてくれと持ちかけてきた。
感 想 等
( 評価 : B )
 人間の欲望、エゴイズムによる醜い諍いと、それがもたらした残念な結末。アイロニーに満ちた警鐘的短編小説である。山の素人を置き去りにして出かけようとする登山家、金で人の心を買収しようとする道楽息子、命がかかった場面でも駆け引きをする卑しさ・・・・・ある意味、悪人しか登場しておらず、何が本当の悪なのかよくわからなくなる。松岡のヒロイズムを美談に終わらせないあたりに、森村誠一の強烈な皮肉が込められていると言えよう。後味は決してよくはないが、面白いことは面白い。
山  度
( 山度 : 70% )
 舞台は山中だが、前半はずっとロープウェイ山頂駅内でのやりとり。北アルプス北部T岳へは、室堂からロープウェイがかかっているとの設定。

 
 
 
作 品 名
「垂直の陥穽」 (1971年)
あらすじ
 息子の進一がA大学に合格してほっとしたのもつかの間、山岳部に入りたいと言い出したのを聞いて、滝村は不吉な予感を禁じ得なかった。A大山岳部と言えば冬山やロッククライミングにも取り組む伝統的な山岳部だった。しかし、滝村が息子の山岳部入部に反対したのは、登山が危険だからという理由ではなく、自らの忘れ去りたい過去を思い出してしまうからだった。
 20数年前、滝村はA大の同級生江夏と2人で冬の北アルプスS岳に挑戦した。夏は登山客で賑わうS岳だが、冬は暴風雪が荒れ狂い、一握りの登山家のみに許される厳しい世界だった。ところが滝村等2人は、単に夏のS岳に登ったことがあるというだけの理由で、卒業記念として、軽い気持ちで登りに来たのだった。山麓でたまたま一緒になったベテランの単独行者・古瀬から引き返すよう忠告されたが、冬山の怖さを知らない2人は好天にだまされて登り続けた。
 やがて頂上を踏む頃には天候が悪化し、2人は古瀬の後を必死でたどらなければ帰れない状態に陥っていた。吹雪はさらに激しさを増し、周囲が全く見えないほどになり、古瀬は雪洞を掘って退避した。冬山の装備も知識もなかった滝村らは古瀬に助けを求めたが、古瀬にも他人を助ける余裕などなかった。あまりの窮状に、滝村ら2人は古瀬を襲って殺し、装備と食糧を奪ってしまった。そのお陰で、2人は辛うじて生きて帰ることができた。この出来事は2人だけの秘密となった。
 以来、滝村と江夏は付き合いを絶っていた。ところが、滝村の息子・進一が連れてきた「最もイキの合うザイルパートナー」という若者が、江夏の息子だった。滝村は、皮肉な偶然に、輪廻を感じざるを得なかった。
感 想 等
( 評価 : C )
 作中で"輪廻"という表現が使われているが、最後まで読むと、実は"因果応報"だということがよくわかる。自ら犯した罪はいずれ自分に返ってくる。悪人がのうのうと「生」を全うすることは許されない。そんな哲学が貫かれている。
 前半の凶行は、いくら何でもそれはやりすぎだろ、と突っ込みたくもなるが、全体としてはよく作り込まれた作品。後半は、谷川岳宙吊り遺体収容事件というかザイル銃撃事件を模した作品。この辺りもよくできている。
山  度
( 山度 : 100% )
 前半は冬山登山シーン。後半は谷川岳ザイル銃撃遺体収容事件に材を取った遭難劇。ほぼ全編、山関連。

 
 
 
作 品 名
「失われた岩壁」 (1972年)
あらすじ
 北アルプスで屈指の人気を誇るG岳へは、夏ともなると多くの登山者がやってくる。G岳の肩にあるG岳山荘の宿泊者数は、最盛期に1日2千人にも及ぶ。宿泊費1人千円として二百万円に達する計算だ。その大金を、5,6日に一度、山荘の人間1人と犬一匹だけで麓の銀行まで運んでいるという。そこに目を付けたのが、前橋刑務所の仲間だった村木、川瀬、杉浦の3人だった。
 山荘の人間が、時間短縮のために天狗沢の雪渓をグリセードで降りているという事実をつかんだ3人は、人目につかないようにするため、天狗沢で金を奪うことにした。さらに、追っ手をかわすために、飛騨側の屏風谷を降りて逃げる計画を立てた。まさか難所である屏風谷から逃げるわけがないという常識の裏をかき、山荘の人間をガイドにして脱出する計画だった。
 7月末から8月頭にかけての最盛期を狙った彼らの犯罪は見事に成功した。しかし、勢い余って人を殺してしまい、彼らはガイドなしで屏風谷を降らなければならなくなった。折からの天候悪化の影響もあり、彼らは次第に窮地に追い詰められていった。
感 想 等
( 評価 : C )
 本作は1972年の作品だが、1987年に出版された「雲海の鯱」の習作のような短編となっている。前半の肝となるアイディアはかなり似たものなっているが、後半はかなり違っている。本作では、その後半が特に秀逸。金銭と打算で結びつていた犯人グループ3人の関係が崩壊していく。この辺りの描写がなかなか面白い。
山  度
( 山度 : 90% )
 物語の舞台は、あえて北アルプス南部のどこか(というか架空の場所)となっているが、山度はかなり濃い。滝谷あたりを彷彿とさせる屏風谷といった設定などは、山に詳しい森村氏ならでは。
 それにしても、ストーリーに古臭さはないものの、山小屋1泊千円といった物価水準や、千円札が伊藤博文だったりするあたりには、時代を感じざるを得ない。

 
 
 
作 品 名
「日本アルプス殺人事件」 (1972年)
あらすじ
 槍ヶ岳の観光開発を巡って、開発業者の担当者である国井、村越、弓場の3人は凌ぎを削っていた。そして、3人が3人とも、認可の鍵を握る福祉省の門脇局長の娘・美紀子にプロポーズしていた。美紀子の気持ちが国井に傾きかけ、門脇局長も国井の西急案を支持した。そんな時国井が殺害され、国井のライバルであり、かつて国井に妹を見殺しにされた弓場に容疑がかかった。
 ところが弓場は、犯行のあった時刻に上司の奥さんと不倫中で、容疑は晴れたものの会社をクビになってしまった。嫌疑は残る村越に向けられたが、村越のアイバイが崩れると同時に村越が殺されてしまった。
 捜査は行き詰まったが、新たに門脇局長がクロースアップされた。しかし、門脇には殺害時刻に鹿島槍ヶ岳を登っていたとい確かなアリバイがあり、そのアリバイは門脇が撮った写真によって証明されていた。
感 想 等
( 評価 : C )
 ストーリーは森村氏得意の人間ドラマで、うまく作ってある。トリックも良く出来ていると言えなくもないが、カメラを使ったトリックがかなり古臭く、またマニアックで説明調であるため、やや冗長な感じがする。
山  度
( 山度 : 20% )
 事件の発端となる槍ヶ岳の観光開発の話は、過去実際にあったと聞いたことがある。が、本作品ではそれ自体は単なる話として出てくるだけ。山岳描写は、鹿島槍ヶ岳へのアリバイ登山を刑事が確認するシーン等で出てくる。

 
 
 
作 品 名
「北ア山荘失踪事件」 (1972年)
あらすじ
 北アルプス最深部に位置するM岳山荘は、戦後、有川正作が猟師小屋を譲り受けて山荘に改築した小屋だった。登山ブームに乗って、訪れる登山客も増えていった。有川の一人娘・幸子が、高校卒業後に山小屋を手伝うようになると、幸子目当ての登山者も現れ始め、山荘は益々繁盛した。
 医学生だった竹下和彦も、そうした登山者の一人だった。竹下が遭難者を救助した事件をきっかけに、幸子と竹下は急速に仲良くなった。竹下は幸子に会いに毎年M岳山荘に通い、幸子は竹下の来訪を心待ちにしていた。
 数年後、竹下に有名大学病院の院長令嬢との縁談が持ち上がった。令嬢との結婚を決意した竹下は、幸子に別れを告げるために山荘を訪れた。そこで2泊し、有川に見送られて山荘を後にしたのを最後に、竹下は行方不明になってしまった。
 竹下の失踪後、幸子はちょうど持ち上がっていた見合い相手の大瀬達夫と結婚した。大瀬の働きもあってM岳山荘はさらに大きくなっていった。しかし、幸子が大瀬に対して心を開かなかったせいもあって夫婦の仲は冷え切り、大瀬は幸子に暴力をふるうようになっていった。
 そんなある日、大瀬が雪渓で足を滑らせ、滑落途中に岩に頭をぶつけて死んでしまった。大瀬の死は、事故として処理された。遺体処理後に夫婦間が不仲であったことを知った熊田警部補は、事件性を疑い始めた。
感 想 等
( 評価 : C )
 ミステリーというよりも物語といった方が正しいだろう。現実的に考えれば、"竹下の裏切り"と言ってしまってはやや酷な気がするが、ロマンティストの森村らしいペーソス溢れる物語。ちょっと物悲しい気持ちになる。
 M岳はどう見ても三俣蓮華岳なので、登場人物の有川正作は伊藤正一氏ということになってしまうのだが、あくまでM岳の舞台として使っているだけで実在の伊藤氏とは何の関係もない物語。地形を利用したトリックを使っているわけではないので、場所を特定できないような作りにすれば良かったと思うのだが・・・。
山  度
( 山度 : 80% )
 山荘を舞台にした物語なので、登山シーンはあまりないのだが山度は高い。

 
 
 
作 品 名
「腐蝕の構造」 (1972年)
あらすじ
 高校時代のクラスメートである雨村と土器屋の2人は、白馬から唐松への縦走途中、美しい女性を連れたアベックに出会った。女性のあまりの美しさゆえに嫉妬した土器屋は、途中の指導標の向きを変えるというイタズラをした。そのためにアベックは道を間違え、男性が死亡してしまった。土器屋のイタズラを知った雨村の主張で来た道を戻ったことにより、2人は図らずも生き残った女性・冬子の命の恩人となってしまった。
 冬子は有力政治家名取竜太郎の娘だった。中堅商社・土器屋産業の後継者で政治家とのパイプを求めていた土器屋は、金づるを求めていた名取竜太郎に近づいた。土器屋生来の押しの強さにより、土器屋は冬子と結婚することとなった。
 一方、冬子に思いを寄せつつ、土器屋のイタズラを見逃してしまったという負い目、身分の違いを感じていた雨村は、冬子をあきらめ同じ職場にいた冬子似の久美子という女性と結婚した。
 雨村が結婚して1年ほどしたある日、出張途中に雨村の乗った飛行機が墜落してしまったが、雨村の遺体が見つからない。夫の死を信じられない久美子は夫の足跡を辿り始め、雨村が飛行機に乗っていなかったことを突き止めた。
 濃縮ウランの圧縮に関する画期的発明をしたゆえに多くの企業に目を付けられていた雨村。雨村は殺されたのか、自ら行方をくらましたのか。さらに雨村の発明を狙っていた土器屋産業の実権者・土器屋が都心のホテル、しかも密室状態で殺された。土器屋殺しの犯人と、密室トリックの謎は。
感 想 等
( 評価 : C )
 いかにも森村氏らしい作品。山で結びついた男2人。対照的な性格・生い立ちの2人が同じ女性を好きになり、女性は心ならずも思いを寄せる方とは別の男と結ばれる。随所に盛りこまれる社会派らしい企業批判。悪人描写などに関し、ややプロトタイプ的な部分はあるかもしれないが、ストーリーテラーとしてのうまさや、密室トリックの謎解きなども考え合わせれば補って余りある。十分に楽しめると言えよう。
山  度
( 山度 : 10% )
 冒頭の唐松登山のシーン、針ノ木岳付近での遺体捜索、クライマックスでの八方尾根。随所に山のシーンはあるものの、全体としては少なめ。

 
 
 
作 品 名
「夢の虐殺」 (1973年)
あらすじ
 一流商社に勤める勝田慎一は現社長の秘書と結婚し、社長の引きもあって出世するが、会社に飼育された自らに嫌気がさし始め、ノイローゼと偽って長期休暇を取得し、若い頃のめり込んだ山に来た。彼は昔よく通った鬼面岩を登ることを決意する。
 鬼面岩は今でこそ人工登攀具を駆使したクライマーによって征服されていたが、鬼面岩に憧れてそこに山小屋を作った主の深野周作も、また勝田自身もそうした登り方を認めていなかった。勝田は深野とその娘聡子に応援されて鬼面岩に挑戦した。病を押して自らの命を懸けてくれた深野の支援もあって、最後のオーバーハングまで辿りつく。そこで食糧も尽きてしまうが、勝田はなんとか乗り切り、聡子と結婚して自分を取り戻す決意をする。しかし聡子は・・・。
感 想 等
( 評価 : C )
 ある意味潔癖なまでの正義感と、山男という一見下界とは異なる聖人のように見られがちなものを敢えて否定する。その辺がいかにも森村誠一らしいと言える短編。
山  度
( 山度 : 70% )
 森村氏には珍しい岩壁登攀シーンのある作品。

 
 
 
作 品 名
「恐怖の骨格」 (1976年)
あらすじ
 日本六大財閥の1つに数えられる紀尾井グループのドン椎名禎介、戦後の財閥解体からグループを甦らせた男の最後が近づいており、たった2人だけの肉親である娘、姉の城久子と妹の真知子が富山県から呼び寄せられた。ところが、紀尾井商事の私設飛行場からエアロスバル機に乗って到着するはずの娘2人がいつまでたっても来ない。
 なんと、立山の東面、黒部新山との間にある通称「幻の谷」に墜落していたのだった。時は3月、気流が荒い「幻の谷」にはヘリコプターでも近づくことができない。雪崩の危険を冒して陸路で行くしか手がないのだ。しかも、幻の谷には有毒ガスの吹き出ている温泉もある。
 城久子の婚約者・佐多は、学生時代の友人で幻の谷の数少ない積雪期入山者である高階と医者の内川を伴って救助に駆けつけた。一方、何かにつけて佐多と張り合っている真知子の婚約者・島岡も、村田、木屋という男とともに現場へと向かった。
 いち早く現場に着いた佐多らは、操縦士と真知子の遺体を発見。姉の城久子と付き添いの北越は、幸い軽症だった。が、その頃から天候が急変し、北アルプス一帯は低気圧による猛吹雪に包まれることになってしまった。
 壮絶極まる自然との闘い、遺産を巡る骨肉の争い、さらには男女の愛憎・・・果たして無事脱出することができるのか。
感 想 等
( 評価 : B)
 冒険小説とミステリーを足して2で割ったような盛りだくさんな設定。次々と暴き出される新事実。いやはや見事である。冒険小説としてのスリリングさという点ではやや物足りなさがあるものの、近づくことが困難な山奥に墜落するというこの設定は、その後の冒険小説でもしばしば見られる手法。ある意味、先駆的ということなのだろうか。
 描かれている人間模様の機微はまさに森村氏の独壇場。ちょっとひねりすぎという気がしないでもないが、森村ファンならずとも唸る秀作である。
山  度
( 山度 : 60% )
 黒部の山奥にあるという「幻の谷」。これ自体は架空の設定で、有毒ガス発生といった条件なども盛り上げるためのご都合主義と言われればそうかもしれない。でもまぁ、いいじゃないですか。森村作品にしては高い山度の作品。

 
 
 
作 品 名
「黒い墜落機」 (1976年)
あらすじ
 南アルプス仙丈ガ岳付近の山中に、航空自衛隊の最新鋭戦闘機ファントムが墜落した。その機は、日本にあってはならないものを積んでいたため、墜落自体が極秘扱いとされた。墜落場所は仙丈ガ岳山麓と確認されたが、その近くに老人13人だけが暮らしている風巣という過疎の村があることがわかった。ファントムの墜落はどうあっても隠し通さなければならない。死にかかっていた風巣の村は電話が通じておらず、冬の間は道も雪に閉ざされている。自衛隊を牛耳っていた軍神は、墜落の痕跡を消すとともに、13人の老人を事故に見せかけて抹殺するというサルビア作戦決行を命じた。
 ところが、自衛隊にとって誤算だったのは、風巣に13人の老人以外に7人の若者がいたことだった。不幸な結婚をした見坊真紀子と、真紀子の息子の担任教師だった反町が駆け落ちし、風巣にあった民宿を再興した。そこに5人の男女が泊まっていたのだ。サルビア作戦の標的は老若男女20人に増えた。
 雪崩、一酸化中毒、火事などあらゆる手段で抹殺を図る自衛隊と、それに気付き、なんとか対抗しようとする反町夫妻と5人の宿泊客たちの死闘が開始された。
感 想 等
( 評価 : C )
 個人的な感想としては、いくら何でも日本でそんなことはおきないだろうと思う。その可能性はさておき、反自衛隊色が強すぎる点が、物語を物語として楽しむことをやや阻害している気がする。森村氏の反戦、反自衛隊的な思想が色濃く出た作品と言えよう。
 話自体は、民宿の宿泊客が揃って異能の持ち主というご都合主義的な部分はあるものの、フィクションだと割り切れば、それはそれで楽しめる。反町夫妻と宿泊客の計7人について、なぜこんな寂れた村に来ることになったのか、その人生的な背景がしっかり書きこまれていることが、物語の深みとなっていて森村氏らしい味わいとなっている。
山  度
( 山度 : 10% )
 舞台は仙丈ガ岳山麓だが、登山シーンなどは出てこない。その意味で山岳小説とは言いがたいが、雪崩のシーンや雪道歩行、山岳風景描写などがあるので、一応入れておく。

 
 
 
作 品 名
「死道標」 (1976年)
あらすじ
 帽子デザイナーの井沢節子と香水デザイナー大倉俊郎は、将来を誓いながら交際を続けて2年になるが、お互い仕事がうまくいっていることもあり結婚せずにいた。そんな時、大倉が山で行方不明になった。大倉がいなくなって初めて、節子は自分にとっての大倉の大切さに気付き、仕事も手につかなくなり、虚脱状態に陥っていた。
 そんな時、呆然としたまま車を運転していた節子はバイクにぶつけてしまい、相手を失明させてしまった。被害者の平石はプロカメラマンだった。償いを申し出た節子は、自暴自棄になっていたこともあり平石と結婚した。
 平石は節子に冷たくあたったが、節子はひたすら平石に尽くした。その甲斐あって堅く閉ざされた平石の心もようやく解け始めた。節子は自分が平石の目となって写真を撮ることを提案した。2人で撮った写真による平石の個展は大成功を収めた。
 しかし、その頃から平石は夜中にうなされるようになった。心に重しを抱える平石は、節子に山へ連れて行って欲しいと頼む。平石の抱える秘密とは…。
感 想 等
( 評価 : C )
 運命のイタズラとしか言いようのない展開の妙は、森村氏ならではのうまさ。ラストにもうひとひねりしてあり、最後まで楽しめる。
山  度
( 山度 : 20% )
 ストーリーの軸となる出来事が全て山に絡んでおり、山がひとつのキーになっているが、山の描写そのものは少なめ。

 
 
 
作 品 名
「白の十字架」 (1978年)
あらすじ
 ヒマラヤ・ネパルチュリ初登頂を目指す混成登山隊のアタック隊員津雲は、酸素ボンベの故障で動けなくなった高浜を置いて1人でアタックに出かけたものの、頂上直下で退却を余儀なくされた。しかも、高浜は行方知れずとなってしまった。
 その少し前のこと、刑事の妻・一柳美緒と不倫相手の石崎とが車中で情事に耽っていた時に通りすがりの男に見つかり、石崎は男に殺され、美緒は男に強姦されてしまった。捜査は難航したが、たまたま事件現場に落ちていたコインロッカーの鍵が唯一の手掛りだった。ロッカーの荷物を引き取りに来た男が身分証明代わりに見せた葉書が、高浜正一のすぐ近くに住み、高浜と一字違いの高沢正一だったことから、郵便の誤配を利用した高浜の犯罪の可能性が疑われた。
 一方、日本に戻った津雲は、ネパルチュリ再挑戦を期し、同伴喫茶やホストクラブでバイトをしていた。ホストクラブオーナーの後妻が高浜の母親だったことから、第二次ネパルチュリ登山隊が、高浜の遺体捜索のために組織された。
 高浜にかけられた容疑は薄れ、誤配郵便物を手に入れられる人物として、高浜の登山仲間であり、高沢の中・高の同級生だった村瀬が浮かんできた。
感 想 等
( 評価 : C )
 推理小説としては特に面白いというほどではないが(やや偶然に頼り過ぎた感があるし、葉書など誤配がなくても入手できる人間などいくらでもいると思うが…)、やはり森村氏独特の世界である人間模様、ここにこの物語の良さがある。エンディングがややあっけない感じがして、物足りなかった。
山  度
( 山度 : 30% )
 2度にわたるヒマラヤ遠征シーンは本書の見所の1つ。冬の穂高も登場。