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菊地敏之 クライミングスクール&ガイド
Kikuchi、Toshiyuki Climbing School& Guide
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       〔神経系のトレーニング〕  (2021.3)

 講習生からよくこういう質問を受けます。
 「もっと量登った方が良いんでしょうか?」
 「もっと難しいルートをやるべきでしょうか?」
 「筋肉トレーニングも必要でしょうか?」
 それに対する私の答えはこうです。
 「まったくムダです」
 かくして皆さん、肩を落として他の講習会の方に流れていきます。

 というのは冗談ですが、こうした質問に対する私の考えというのは、

・あらゆる運動は、筋肉よりも前に神経によって成立する。
・その神経(運動神経)はまた、運動そのものによって整えられる。
・筋肉よりも前に鍛えるべきは神経である。

 などなどといったことで、この場合の「神経」というのは実質的には「技術」と同じと考えても良いでしょう。
 要は技術を磨く。そのためには今流行りの筋肉(力)よりも神経系にもっと目を向けるべきだということです。そこで、その具体的な方法をいくつか挙げてみましょう。



やさしいルートをできるだけ登る


 行き詰るとどうしても腕に頼ってしまう。腰にあるべき重心がどんどん上に行ってしまって、手の引き付けがムーブの全てになってしまう。というような人を、例えば越沢などに連れて行ってやさしいローアングルのルートを1日登らせると、急に上手く力を抜いて登れるようになる。というような事例を、今まで多く見てきました。
 その理由は、そこのルートがそもそも腕より足で登るものだから、ということももちろんあるのでしょうが、それと同時に、テンパらないで、ムーブを自分の正常意識の範囲内で繰り出しつつ登れたから、ということも実は大きいように思います。
 こうして、ある技術、しかも「正しい」技術を、冷静さの中で余裕を持って選び、使うことで、それに使われた神経はおそらく確実に体の中に張り巡らされていくのでしょう。
 「人は“できた”ことからしか学べない」というのはかなり前からスポーツ界での常識なのですが、クライミングもこのことをもっと理解すべきように思います。


フォームを意識して登る

 そこでまずはジムで、やさしいルートをウォームアップがてら登ってみましょう。
 しかしここで避けたいのは、そのルートがやさしさからと、ついつい雑に登ってしまうことです。そしてそのように雑に登ると、結果その雑な登り方が身についてしまいます。つまり神経系がそのように出来上がってしまう。ここはできるだけ丁寧に、よく考えて、「良いフォーム」ということを意識して登るように心がけましょう。
 しかし「良いフォーム」って、どういうものか、わかりづらいですよね。簡単に言えば最も腕の力が抜けている登り方、なんですが、その他にもオーバーアクションになっていない、体が壁から離れない、腰を落とさない、的確なスピード、などなどいろいろあります。そして人によってこれは表面上違うこともけっこうあります。結局ここはしっかりした指導者のアドバイスが必要なんですが(別にうちじゃなくてもいいですが)、同時にそうしたエクササイズに相応しいルートを選ぶことも大切です。


「落ちる」を察知する

 クライミングで「登る」こと以上に重要なのは、「落ちない」ことです。というのは精神論や安全危険の話だけでなく、「神経系」についても言えることだと私は思っています。
 というのは、あるムーブを起こそうとする時に「これでは落ちる」と感知した場合、瞬間的にそのムーブを止める、あるいは微調整することができる。それが「登る」ためのテクニックとして実は重要で、かつそれは良く構築された「神経系」によってもたらされるものだと思うからです(とはいえ、落ちたくないだけで無我夢中にしがみつく、というのではさらにダメですが)。
 そのためにはまず「落ちる」を察知できる身体感覚が必要で、これは逆の場合を考えてみるとよくわかります。「落ちるかもしれない」を無視したムーブを不用意に繰り出す人、そもそもそれを感知しようとしない人が、いかに完登までに多大な時間をかけることか。また、なかなか上手くならないことか。挙句「力が足りない」と訴えて、私に「それは違います」と言われ、ムッとすることになります。


力が抜ける瞬間を会得する

 うんとうまく登れて今日は調子がいいな〜と思える時というのは、突き詰めればホールドを掴んでいる手が、瞬間瞬間、うまく脱力できている時です。
 しかし不思議ですね。同じホールドを掴み、かつ保持できているのに、なぜうまく脱力できる時と脱力できない時があるんでしょう?
 たぶんこれこそが筋肉と神経系の相互作用ということなのでしょうが、正確なことはわかりません。ただできるのは、その「力が抜けた」と思える瞬間、その時の筋肉の感覚を、経験的に学習し、それを身につけていくことでしょう。そしてそのためには、この「力が抜ける瞬間」というものを意識して求め、また察知しようとすることがまず重要です。力が足りないと思っている人の多くは、本当は「力を抜く」ことが足りてないのです。それをなにしろ意識してみましょう。


力の on off をコントロールする

 とはいえ、力を抜いてばかりじゃ難しいムーブはこなせないですよね。ここはバシッと力を入れてみましょう。しかし、入れると同時に抜く瞬間も、しつこいようですが重要です。そして私個人的な意見では、この力を入れる瞬間というのは、短けりゃ短いほど良い。つまり、その後力を抜くタイミングは、早けりゃ早いほど良い。
 これは一頃よくいわれた「初動負荷理論」に基づいた考え方で、要は動きの最初の瞬間だけに力を入れ、あとは惰性で動いていくのが最良の動きだ(正確にはちょっと違いますが)というものです(『クライマーズ・ボディ』66ページ参照)。
 なお、それに関連して、優れたパフォーマーは素早い動作を起こす時、その直前に一過性の抑制現象(筋放電の休止期=瞬間的な脱力)が観察されることが、研究によって明らかにされている。らしい。これによって筋収縮のインパルス発射速度は集中性を増し、結果直後の筋収縮の速度が速まるのだという。ことも同上『クライマーズ・ボディ』に書いてあります。改めて、素晴らしい本ですね。


1本1本を丁寧に登る

 以上を鑑み、インストラクターとしては、特に5.10、11アンダーの人たちには、数をこなそうとせず、1本1本を丁寧に登ることを絶対的にお勧めします。また細かい検証や修正が可能なレベルのルートを徹底的に登ること。もちろんここで実際に細かい検証や修正をしなければならないので、そこは良き指導者に頼ること(しつこいようですが、うちじゃなくてもいいです)も大切です。また一般的に、神経系のトレーニングは筋肉が疲労している時にやってはならないという原則も、頭の片隅に入れておいて良いでしょう。
 いずれにしても大切なのは、力が続くかどうかではなく、その技術(テクニック)が正しいかどうか、を、もっと意識すること。正しい神経系の構築のためにはこれが最も重要で、その追求こそがクライミングの面白みなのだと認識することだと思います。








       〔傾向として感じるグレード別課題〕  (2021.1)

 このところ人にクライミングを教える時に、「ある段階ごとの特定の課題」ということが気になるようになりました。
 というのも、人からクリニックを求められて、10aが登れないんです、という話を聞くと、そういう人たちにはほぼ共通した課題が見出せる。10bがどうしてもダメで、という人にはまた夫々同じような問題が目につく、ということが多いからです。
 もちろんこれは人によって違いもあるでしょう。が、人の肉体能力は基本的にはそう変わらないという観点から見ると、グレード別の共通課題という考え方も、充分ありえるように思えます。それを以下にまとめてみました。
 なお、この時の注意点は、ある課題に取り組むためには、その下の段階が充分にできていることが条件ということです。大切なのは下地をしっかり固めてステップアップするということ。それが遠回しに見えて最速かつ確実な唯一の方法と言えます。


5.10a 事前のルート観察ができていない場合が多い。

5.10b ムーブの予測ができていない場合が多い。

5.10c 「ムーブを作る」ことが上手くできてない場合が多い。

5.10d レストが上手くできてない場合が多い。

5.11a タクティックスが上手くできていない場合が多い。

5.11b 「登るイメージ」が上手くできていない場合が多い。


(以下詳細)

ルート観察(オブザベーション)の必要性


 要は車を運転する時に事前に地図を見てるかどうかということです。クライミングにも当然必要なものですが、5.9〜10aあたりで苦労している人の多くは、これをやっていないことが多いように見受けられます。
 そういう人たちが一様に言うのは「見てもわからない」「覚えられない」ということでしょう。しかしもちろんすべて覚える必要はありません。車の運転と同じく、一回おおよその道順を確認しておくだけで充分、かつ限度です。それでもそれをせずに走り出すなんて恐ろしくてとてもできないでしょう。
 また、「わからない」という人は、おそらくここで与えられたテストにすべて正解しなきゃならないと考えているのかもしれません。しかしこれも、ここで用意された唯一の正回答(100点)を出せということではありません。自分の「考え」を考えること。それが唯一必要なことだと認識すべきです(話が飛ぶけど、日本の教育もそうあるべきですよね)。
 具体的には、まずスタートホールドから、「右、左」と心の中でつぶやきながら(これ重要)手順を追っていってみましょう。足はこの際、どうでもいいです。あそこにもあるな、くらいのことが見れていれば充分です。
 それで一回下から上まで繋げた上で登り始めるという習慣をまずつけましょう。もちろん失敗してもいいです。失敗したら失敗したで、下りてからもう一度ルート観察をしてみましょう。その時「ああ、なるほど」というアハ体験があればその失敗はむしろ儲けものです。オブザベ用の脳回路が新たに一本繋がることでしょう。

「ムーブの予測」の必要性


 10bが上手く登れない、という人は意外とコアな層なのではないかと思います。
 それは、「手順を読む」ことはクライミングの原則として考えられても、「ムーブを読む」ということまでは、なかなか発想しないためだと思います。そして登って行ってあるホールドを取った時点でそこのムーブがわからないことに初めて気づき、パニクってしまう。そういうケースが多いように見受けられます。
 そうならないように、まずムーブの予測というものをしてから取付くようにしましょう。といってすべてのムーブを予測する必要はもちろんありません。まずは核心と思われる箇所、手順がよくわからない箇所などだけで充分です。また、間違えてももちろん良いです。これも前記オブザベーションと同じく、間違いを反芻しながら再観察しているうちにだんだんムーブ予測回路が脳の中で繋がるようになってくる筈です。
 なお、これができていない時点では、オンサイトということに拘るのはやめましょう。人の登りを見て、ああ、ああやればいいのか、ということを理解した上で登るようにした方がぜんぜん良いし、それこそが実は必要なことです。
 ここで大切なのは、その「(ムーブの)イメージを抱いて登る」ということなのです。それ無しに闇雲なもがきでできたオンサイトより、人の登りを参考にしたものでもしっかりしたイメージを抱いて登ることの方がはるかに重要です。それがやがて「自分の登りのイメージ」を発想できる糧になる筈です。


「ムーブを作る」ということ

 クライミングとは、手を出して最高到達点を上げていく行為なのではなく、ムーブを作ってそれを繋げて行く行為だ、ということをまず理解しましょう。
 5.10クラスの中で「c」グレードというのは多くの人が「壁」と感じる段階だと思うのですが、ここで詰まる人の多くは、手が出せなくなった時、次に取りたいホールドのことばかり見ていて、フットホールドを見ていない。いや、見てはいるのだろうけど、それを最良の方法に選んで組み立て、それで今の窮地を解決しようという発想になっていない。要するにムーブを作ろうとしていないということです。挙句、一か八かのランジを繰り出してしまったりする。
 ここでやるべきことは、どのフットホールドをどう使うか、またその時の体勢をどう収めるか、あれこれ考えて、安定して片手を動かせる体勢を作ろうと模索することです。本当に、あれこれあれこれ。まさにこここそ、頭の柔軟性の試しどころです。そしてそれが見つかるまで、頭の上にバリアを作って手を出すのは我慢しましょう。体の準備を充分に整えてから、初めてそのバリアを手で突き破る。それがつまり「ムーブを作る」ということです。
 ちなみにこの時、上手く体勢がはまると「おお、これだ!」という統合感覚を、体のセンサーが察知することと思います。そうしてそのセンサーに明かりが灯った時の嬉しさ。それがある意味クライミングの魅力ともいえるものかもしれません。


レストのコツ

 「持久力」という言葉をよく聞きます。そして5.10クラスもこれだけ高くなってくると、その「持久力」が課題になっていることが多いように思います。
 しかしクライミングでは、陸上競技の400m走のような本当の意味での筋持久力は、まず必要とされません。必要なのは「レスト力」です。そして見たところ、「自分には持久力がない」と訴える人というのは、実はこの「レスト力」がない、というより、レスト技術に長けていないというケースがほとんどであるように思います。
 そう、「レスト力」とは、一つの「技術」なのです。当然、研究と練習が必要です。レストができていない人の多くは「レストしようとすると余計疲れる」と言うのですが、それはこの研究が足りてないからです。それではこのクラスは突破できません。
 その研究の課題は、「場所」「体勢」「時間」「タイミング」です。このうち前の2つに関しては登る時のムーブの研究と同じく、本当にあれこれあれこれ試してみることが重要です。その発想の柔軟さが、レスト技術習得の一つの決め手となると思って良いでしょう(この場合も人のやり方を見るということは非常に有効です)。
 また「時間」に関しては、極力長く、「タイミング」に関しては、できるだけ多く、が基本です。完全に腕がパンプしてからではなく、ちょっとでも疲れた気がしたらすぐレスト。そして充分に休めた、次のムーブが充分こなせる、という感覚が抱けるようになって、初めて動く。その手堅さが、ある意味「上手いレスト」の条件と言えます。


タクティックスという「技術」


 5.10クラスを登るには上記各項目の基本的なことがそれぞれできていればそこそこ充分ですが、11クラスになるとそれだけでは足りません。ルート全体を一つの形と捉えてそれを複雑な過程の中で完成させていく総合的な設計図=「タクティックス」というものがぜひとも必要になります。そしてこのクラスが上手く登れない人というのは、どうもこの戦術が上手くできていないことが多い。というより、そもそもそれを立てていないように見える場合が多いです。
 具体的には、あそこまではまず適当に行って、あの核心の手前でいったんレスト。で、核心のムーブは、こう。それであのホールドが取れたらそこでまたレストして、そこから上はあれとあれとあれでクリップしつつ、迷わず終了点を目指す。というようなものです。
 ちょっと見、最初のオブザベーションと同じように思えますが、ここでは要所要所のムーブ、そしてその強度が実感として予定に取り組まれていて、それに対する打開策も用意できていること。そしてそれを、「ルート全体を通して」一本に繋げている(完成させている)、ということがなにより重要です。少なくとも、その場に行って初めてここが悪かったことを思い出すとか、そこで使い切ってしまうことに気付く、などということのないように。力ずくではなく、全体を俯瞰して見たうえでの戦術で勝とうとすることが大切です。


「登るイメージ」の重要性

 「イメージトレーニング」という言葉があります。「トレーニング」という単語が付いているのでやや紛らわしいのですが、要は登る前、一度頭の中で登りのシミュレーションをしておくということです。
 そしてこれもまた、たいへん重要なことです。というより、私個人的にはすべてのアスリートの能力というのは筋力よりなにより、この「イメージ力」が最も物を言うのではないかと思っているくらいです。
 さてそれで、その具体的な方法ですが、これはスタートから、極力細かく思い描くことが重要です。登り出しの緊張感、ある程度登ってちょっと一息つける所、核心の手前の緊張、無我夢中の核心、それを抜けても再度腕が張ってきて焦ってくる様子、しかし自信がすべてを克服させてくれ、ついにゴール。などといったことを、極力具体的な情景を思い浮かべながら想像する。上記タクティックスと似ているのですが、ここではそれを、より能動的なストーリーとして完成させているということがポイントです。
 そしてここで大切なのは、これを「成功するストーリー」としてイメージするということです。そこに失敗の場面は決して入れないこと。実際、長らくワンテン地獄に陥っている時など、このシミュレーション・ストーリーの中でも核心で落ちてしまったりするのですが(案外自然にそうなってしまうことが多いです)、それではダメです。もう一度下から落ちずに登るストーリーを作り直しましょう。また、途中までしかやらないのもダメです。必ず終了点までストーリーを繋げましょう。優れたアスリートはこのエネルギーに長けた人だと言っても良いかもしれません。