| ここに記すのは旧ホームページ(菊地敏之クライミングスクール&ガイド、2020年頃休止)の「日記」および「ホットロックス」から、これは残しておくかな、と思ったものを抜粋して、少し書き替えたものです。なんだか文句ばかり言っていて、これってほとんど「老害」だよ、と思う人もいるかもしれません。が、それはしょうがない。まさにその通りだからです。私の趣味は「老害」です。それをご了承のうえ、読んでください。 なお、旧ホームページのものは一応の日付を文末に入れましたが、これはかなりいいかげんです。それもご了承のほど。 Contents (2009〜2020年) ナッツ・クライミングの魅力 クラシックルートの魅力 ライフスタイル 山が与えてくれるもの 大きな忘れ物 私のお気に入り 社会の迷惑 屏風岩のススメ 小川山13クラシック 一期一会 パラダイス・ロスト 異論3題 山のケモノたち 「今」という時代 理に適った練習法 トラッド・クライミングのススメ 私的フリー度ランキング (新規) 「Trive」小川山開拓40周年座談会で思ったこと ナチュラルラインという考え方 ナッツ・クライミングの魅力 幕岩から城ケ崎と回ってクラックを登り、ルートによっては意外とナッツが利くこと、そしてそれを使って登ることの意外な楽しさに、改めて気付かされた。 いや、意外と、というのはウソで、予想通り、と言うべきかな。 特に幕岩正面壁の1ルートとか、オーシャンの「カラス」なんて、むしろナッツの方が有効で、登りやすくさえも感じる。 最近、クラックが流行りだって言うけど、どうも見ているとテクノロジー(高性能カムとか)に頼りすぎているように思えてならない。ずっと以前、瑞牆の某ルートでカムが外れて事故った人を運び下ろしたことがあるんだけど、それもナッツならバチ利きに利く所(シンクラック)だったから、なんか違和感を覚えたものだった。 みんなもっと、ナッツを使うようにすれば良いのになあ、と、常々思っていて、それで最近、強いて自分でも使ってみるようにした、結果、やっぱり使いやすかった、というわけだ。 しかもそれで登ってみると、やっぱいいね。これを決めるためにクラックをあちこち探し、またいろいろ工夫しながらこれを上手く利かせる、っていう作業が、実に「フリー」って感じがする。 モノがシンプルなせいかな。より岩にコミットしている、っていう感じが濃厚に漂ってる気がする。 もちろん、だからといってこれをわざわざやって、タイトルにする必要はないけどね。 でも実際、ナッツでしか登れない所をナッツで登るっていうのは、これはこれで実に面白い。 オレってやっぱスルドイな、とか、ああ、なんてオレってこういう悪智恵働くんだろう、なんて悦に浸りながら、ヤバい所をヤバくなく捻じ伏せていく時のなんともいえぬ至福感。 これをぜひわかって欲しい。 城ケ崎って、そういうクラック、実は結構あるから、これからそれを探してみようかな。(2009年、春) クラシックルートの意味 講習会では私、どこの岩場でもできるだけ「クラシックルート」を登らせるようにしている。 というのは、単に古いから、記録的に重要だから、というだけのことではない。 なんといっても、これらのルートの多くが「フリークライミング」という文化を、その考え方も含めて、強く伝えてくれているように思えるからだ。 文化なんていうとまたたいそうな話に聞こえるかもしれないけど、まずこれらのルートのラインとしての妥当性――その岩場で最も登るべき、あるいは登りたくなるラインかどうか――ということがある。 またそこに、本来の「フリークライミング」の考え方――ボルトなどの人工物を極力使わず自分の力だけでで登る――が徹底されている、というのも良い。 要するにこれらのルートには、そういうフィロソフィーが濃厚に漂っている、ということだ。 例えばマラ岩に行ったら、ホリデーとかカシオペア軌道(2ピッチ必ず)とか登ってみるといい。 あの見事なライン採り、ミニマム・ボルトの絶妙さ(両ルートとも、後で少し打ち足されてはいるが)。 これらを登ると、この初登者、のみならず、当時のフリークライマーたちの「フリー」ってものに対する思いが、ひしひしと伝わってくる。気がする。 ただ問題は、こういう所に行っても、今の人たちにはどれが「クラシック」なんだかわからない、ってことだ。 例えばマラ岩で一番最初に登られたルートが「ホリデー」だなんて、多くの人は知らない(この岩にこんな名前つけたの誰だ? なんてこともね)。 そういうこと本当は知った方が良いし、我々もそういうの、しっかり伝えるべきなんだろうな。 そういえばピーター・クラフトが『ビヨンド・リスク』の中で「私には人より歴史を重んじるところがあるのかもしれませんが・・・」なんて発言していた。 これはでも今の人たちには響かないだろうな〜、とは思いつつも、でも逆に、こういうことを今、自信を持って言うのって、すごくカッコイイ気がする。 日本にもそういう気運が高まるといいんだけどね。(2009年、夏) ライフスタイル 本の紹介を一つ。ジェリー・ロペス著『サーフ・リアライゼーション』(2008年、美術出版社刊 3200円)。 いきなりクライミングとは関係ない、かつ、わざとらしくもサーフィンの本なんだけど、このロペス氏の「サーフィンはスポーツじゃない。ライフスタイルだ」というセリフは、私、サーファーでもないのにクライミングにあてはめてあちこちで得意気に使わしてもらっているから許してもらおう。 そしてもちろん、ここで紹介するからには、この本の内容も、クライミングに強烈にリンクするものがある。 波乗りって、なんだかんだクライミングと同じく、厳しい自然と人との、実に危なっかしいやり取りと言えるものではあるからね。 湘南あたりで見る限りじゃそこまで大袈裟には感じないかもしんないけど、この本に出てくるハワイのノースショアとか、やっぱすごいよ(ユーチューブなんかでもよく出てるから見てみるといいです)。 あの大波に向かっていく時の感覚といったら、ド吹雪の一ノ倉に入っていく時や、RPでランナウトしちゃう時のそれと、やはり通じるものがある気がする(なんてダサい例を挙げたらサーファーに怒られるか)。 で、この本はそんな体験を山のように集めた要は自伝なんだけど、そこには単に物質的成果だけではない、精神的なものがてんこ盛りに詰まっている。まさに“サーフィンの神様”と言われるだけのものがあるよ。ぜひご一読を。 ちなみにこれ、本国での出版は、なんとパタゴニア・ブックスだ。それもお勧めの一つ。 ところでそのロペス氏について、昔、トム・カレン(80年代のサーフィン・ワールドチャンピオン。こいつもチョーカッコイイ)がこんなことを言っていた。 「ノースの大波の中で、すべてのサーファーは恐怖におののき、顔面を真っ青に引きつらせている。でもロペスだけはまるで散歩でもしているような顔して平然と乗っているんだ」 ん〜、カッコええ。私もこの境地を目指してはいたんだけど、結果はビレイヤーにバカにされて終わりでした。 また『セテップ・イントゥ・リキッド』っていう、これまたサーフィンのドキュメントビデオで、60歳近くになった氏が言っていた言葉もシビレる。 「最初の20年は、そのスポーツを自分が本当に好きなのか、自分はそれをやるべきなのか、問う20年だ。その次の20年が、本当にそれを楽しむことができる」 これを、10代の時からワールドチャンピオンに君臨し、長年世界中から神様と崇められてきた人が言うってんだからね。いや〜・・・。 ちなみに私なんか、そのさらに次の20年期に入ってるんだけど、どうしたらいいのかね? 神様を通り越して、もはや仏様か? (2010年、春) 山が与えてくれるもの 今回は自然の素晴らしさとかそういうことではなくて、もっと即物的な技術面での話だ。 それは、先日ガイドで錫杖岳に行き、普段講習会でも登っている城山や小川山、瑞牆山などのマルチピッチでは得られないあれこれ、その中でも能力的なものの必要性を、特に感じた、ということだ。 かのラインホルト・メスナー(ってだけでフリークライマーはダメか?)の『第7級』(1974年、山と溪谷社)という本に、こんな言葉がある。 「人里を遠く離れたところで本来の登山経験というものは始まるものであり、そこで初めて登山家がひとつの新しい世界へと入ってゆくのだ」 「クライマーというものは、緊張努力や気力集中や不安によってかもし出されたストレスのおかげで眼が覚める」 またコリン・カーカスという人の『さあ、クライミングに行こう』(1986年、山と溪谷社)という本の中にもこんな言葉が。 「クライミングで大成したかったら、まず登山をしなさい。クライミングを肉体的運動のみに捉える人は、まず大成しない」 今の時代、ちょっと違和感ある意見かもしれないけど、私もこれらの言い分にはやはり賛成だ。 というのは、やはりこうした魑魅魍魎な所では、その場その場での状況判断能力や機転を利かせる応用力などが、かなり高いレベルで要求される。それは決まったレールの上を走るような通常のスポーツクライミングではまず味わえないし、同じマルチでも上記小川山、瑞牆など整備された所ではなかなか得られない。 そしてこうした応用力というのは、そのスポーツクライミングも含めたすべてのクライミングで、実はとても重要なものだ。 それはオンサイトの時はもちろん、レッドポイントの時などでも、けっこうな差として表れる。 「上手い」クライマーは、同じ動きをどれだけ正確に再現できるか(それももちろん大切だが)ということだけでなく、この機転を利かせる、ということがまず上手い。 一方、下手なクライマーは、最終的には高い数字を得るかもしれないが、この部分が本当にダメだ。同じ失敗をえんえん繰り返すのが「トライ」の意味になってしまっている(って、今の自分がまさにそうなんだけど)。 で、話を戻すと、山の壁ってのは、なんだかんだこうした機転という能力が、ごく自然に身についてくる気がする。 そうやって考えると、フリークライミングの上達のためにアルパインクライミングをする、っていうのも、ありなんじゃないかな。 アルパインのためにフリーをやるっていうのはよく聞くし当たり前の話だと思うんだけど、私はむしろ、フリーのためにアルパインをやる、っていうことをこの際提唱したいね。(2010年、秋) 錫杖岳。やっぱ小川山あたりとは一味違うね大きな忘れ物 城ケ崎で久々にスコーピオンを登ってきた。 つっても、初回のトライはテン山。2回目でなんとかレッドポイントはしたんだけど、これにはちょっとガッカリしてしまった。つっても、決して自分を買いかぶっているわけではない。 実はこのルート、私、大昔にオンサイトしてるんだよね(何気に自慢)。 それがまあ、いくら歳とったからって、何このテイタラク? 普段パンプなどで登っていて昔より力は絶対あるはずなのに・・と、唖然としてしまった、というわけなのだ。 あ〜、どうしちゃったのかな。 もともと自分は「ハングドッグはフリーじゃない」時代にフリークライミングに入って、それを偉そうに主張しつつ、一発完登(オンサイト)にこだわってきた。という経緯があったはずだ。 それがスポーツクライミングの流れの中でもっと難しいルートも登らなければと思って、普通のワーキング(ハングドッグ)+レッドポイントスタイルに移行した。 で、結果、13ルートなどもけっこう登って、相応に実力がついた、と思っていたんだが・・・。 しかしその挙句は、落ちそうになっても耐えるということを忘れ、前腕がダメになる前に安易にテンションかけつつ、なんか上手いことムーブを作って、レッドポイントに備える、というような登り方に、完全になっていたのかもしらん。 かつて「クライミングジャーナル」編集時代に当時新進気鋭の若手クライマーだった堀地清次くんにインタビューして、その中で彼が言った言葉が大いに物議を醸したことがあった。 それが有名な「マスタースタイル(今で言うレッドポイント・スタイル)は邪道だ」発言なんだけど、それに続いて実はこんなことも言っていた。 「何度も練習してホールドや体の動かし方を把握した上でさ、あとは落ちないでそれができるように体を動かすだけっていうのは意味ないと思うわけよ。(中略)そういうのは俺にとって本当の岩登りじゃないんだよね」(クライミングジャーナル15号―85年1月号) なに言ってんだ、このクソガキ! と思った人も多いことでしょう。 しかし今、こうして昔登ったルートで簡単に落ちて、「邪道」なレッドポイントなんかで安心している自分を見ると、どうもこの意見の方が正しかったようにも思える。 堀地くんの、あのいつもの、人を小馬鹿にしたような声が耳元で囁く。 「どうよ、やっぱりそうだったろ?」「やっぱあのやり方じゃあ、いいクライマーになれなかったろ?」 ん〜、いろんな意味で、悔し〜! (2011年、春) 私のお気に入り 小川山に行って、セレクション登ってきた。 つっても、今年だけでこれ、もう5〜6回は登ったかな? もちろん講習会でなんだけど、たとえ仕事でだとしても、このルート、いいね。何度登っても味わいがある。気に入った音楽何度も聞くみたいな感じ、なんて言ったらちょっとキザかもしらんが、なにしろ、心にくるものがある。 しかし思うに、こういうルートって、なかなか無いよね。 というか、そういう風に自分が感じられることが、ってことか? それにそもそも、同じルートを何度も登ること自体が、そうそうあるものでもないのかもしらん。 そういえば昔ヨセミテで、ある外人(って、こっちがそうだよ)にこんなことを言われて、それにいたく感動したことがある。 「オレはあのルートを登るために毎年ここに来ているんだ。オレはあのルートが好きなんだ」 あのルートって、ナットクラッカーのことなんだけど、なんでもこの人は、それをもう10回近くも登っているんだという。 ほ〜、とは思うものの、でもそれって、最高グレード5.8の、超初心者向けルートだよ。 いや〜、外人って(って、今は差別用語だって)、ほんと人それぞれ、自分の基準で頑固に生きているんだな、と、改めて感心してしまった。 翻って考えると、日本でこんなこと言う人いるかな? いたとしたらかなりの変人か、あるいはやる気のない人と捉えられるのがオチなんじゃないだろうか。 まあ、クライミングがスポーツである以上、上昇志向というのは当然あるべきものだし、それはもちろん忘れちゃいけないものではあるだろう。 でもそれ一辺倒ではなく、こういう違った価値観ってのも、単なるスポーツではない、例のロペス氏言うところのライフスタイルであるクライミングには、あっていいものだよね。 「マイフェイバリットシングス」っていうの? そういうの持っているって、クライミングの、というか人生の豊かさという点で、とってもいいことのような気がする。 ちなみに私は、3つだけ選ぶとしたら、ベルジュエールと春うららと、鷹取山の誰にも教えたくない某ルート(フリーソロ限定)かな。この3つは今まで何十回登ったかな? (2011年、秋) 社会の迷惑 先日、城山南壁であった話。 その日はいつものようにショート、マルチ取り混ぜて多くの人がいて、いかにも城山らしい良い日だったのだが、そうこうするうち右方のマルチを登っていたパーティーが終了点近くで落石を起こしてしまった。 幸い石は誰にも当たらず済んだものの、その時、下でショートルート登っていた女の子が発したセリフには、私、ホントびっくりしてしまった。 「なんで日曜なのにあんなとこ登るの? 迷惑ってこと考えて欲しいわよね」 ちょっと違ったかもしれないけど、これを聞いて、私、ついまた余計な口出しをしてしまった。 「あなた何言ってんの? ここはそういう所なんだよ。クライミングってこういうものなんだよ。そういうこと理解しないで勝手な文句言うんじゃないよ」 申し訳ない。知らない人に対して、横から突然、こんな言い方するなんて、誠に失礼でした。言った内容はとにかく、こんな喧嘩腰な物言いをしたことに対しては本当に申し訳なく思ってます(本当です)。 でもそれを、あえてここでまた蒸し返させていただくにはそれなりの言い分がある。 というのは、言ったその子がどうこうというのではなく、ああいう言葉が発せられる感覚、しかもそれが、ごく普通の女の子がさらっと口にするほどに、あたりまえに持ち得るものでもある、ということに、私などは大いに危機感を抱いてしまったからだ。 「迷惑だ」 なんとよく聞き、またなにげに口にもする言葉だろう。 「冬山で遭難するなんて迷惑だ」とか「人の迷惑考えず、自分勝手な行為だ」とか。 あるいは落石の危険があるから自粛しましょうとか、観光客の邪魔になるからどうこうとか・・・。 しかし私は、この、一見社会全体の意見を代弁しているかに見える言葉に、いつも強い疑問を感じている。 どうして我々は、個人がそれなりの考えを持って行動を行なうことに対して、こうも簡単にそれを否定しようとするのか? 個人の意志というものを、なぜこうも簡単に「個人の勝手」と片付けようとするのか? しかも驚きなのは、自分の所属する世界のことであっても、ちょっと自分と違うものだと、同じく否定しようとするということだ。 前に日曜日の城ヶ崎で派手なフリーソロをした人に対しても、まわりのクライマーから同じ言葉が寄せられたことがあった。 まあ、この時はその人のやり様が、いかにも人に見せるためといった感じで不純に思えたし(実際そういうキャラクターではあったからね。この時も平日さんざん練習してたという話だ)、なにもその日わざわざ、と皆が思ったというのも理解はできる。が、それでもこれはこれで、その人にそれなりの意志と覚悟があったことは間違いない。 だから私は、この行為については、同じフリーソロをよくする人間として、フリーソロの文化を貶めるもの(人に見せるためにやるということ)として眉をしかめたくはなるけれども、迷惑だ、とは口にしたくない。 これを言ってしまったら、そのうち、ボルトじゃなくナチュプロでヤバいルート登るのや、純粋な単独登攀なんかまで「迷惑」、なんてことになってしまう。 いやいやクライマーってのは、本当はそういうことを言うような人種じゃないだろう。 個人の勝手な行為を、むしろ「個人がそれぞれ自分の生き方を生きる権利」として主張し、それに自信を持てる、というか、持つべき、そして主張すべき人種だと思うんだけどね。(2012年、冬) 城山南壁。ここはマルチピッチのゲレンデだよ屏風岩のススメ このところ屏風岩によく行っている。 つっても、氷川屏風とか、瑞牆の不動沢にあるやつじゃないよ。 なんと穂高岳にある、あのアルパイン丸出しの屏風岩のことだ。 これはロクスノ連載マルチピッチフリーエリアガイドの取材でということなんだけど、この壁、そうやって登るとホント疲れるわ。 朝早く横尾を出て、一日動きまくって夕方帰ってきた時のへとへとさ加減は、もう並じゃないす。 ヨセミテでマルチピッチルートをしゃかりきになって登っていた頃を彷彿とさせるものがあったな。 ヨセミテに通ずるクライミングっていうと瑞牆あたりを挙げる人は多いけど、体感的にも精神的にも、こちらの方がぜんぜんそれに近い気がするよ。 なにしろここって、傾斜は強いし、内容も奮闘系が多いし、アプローチもあるし、時間に追われるうえに敗退などもかなりしづらい。などなど、すべてが大変で、それゆえのプレッシャーもなかなかなものがある。それがなにしろヨセミテに似ている。 ということで、結論。ヨセミテへの道は、屏風にこそある。 ここ登ってたら、ホント、強くなる気がする。これからヨセミテのロングフリー目指す人は、皆ここに来ましょう。横尾で飲むビールも最高だしね。(2012年、秋) 小川山13クラシック クラシックルートの素晴らしさ、ということを前に書いたけど、その流れで「小川山13クラシック」というのを作ってみました。「アメリカ13州」になぞらえたんだけど、これ知ってる人って、けっこうなオタクだよな。 ま、それはともあれ、これらは単に歴史的ってだけじゃなく、小川山の、というか、フリークライミングそのもののスピリッツを伝えてくれる名ルートといえるものばかりだ。機会があったらぜひ(ただし今回はショートルートのみ。マルチピッチは別途。またグレードは今のもの)。 フェニックス 5.11b 80年 戸田直樹 日本に「フリークライミング」という新スポーツが正式に持ち込まれたのは『岩と雪』80年1月号掲載、戸田直樹の「ヨセミテとコロラドの体験」によって。と私、あちこちにしつこく書いてきたんだけど、これはその戸田自身が小川山での最初の成果として残したもの。通常はトップロープだが、今はリードも可能。初期の小川山の試金石ともいえる1本だ。 さよなら百恵ちゃんルート 5.9(3p) 80年9月14日 矢作幸喜、原田正志 今やハンドジャム入門の代表的ルートだが、その初登年月日の早さ、そしてその初登者が山学同志会という、当時のアルパインを象徴する山岳会の会員というのが、なんとも興味深い。ちなみにこの2人はこの直後、明星山南壁フリースピリッツの完全フリー初登(開拓者たちは一部A0)にも成功している。ルート名は昭和の人にしかピンとこないかな? モアイクラック 5.10a 80年11月 中山芳郎、南場亨祐 中山氏は戸田氏同様極めて早い時期にヨセミテに行って、その後戸田氏と共に日本のフリークライミング発展に強い影響力を印した人。その氏が『山と渓谷』連載「フリークライミング技術講座」の撮影のために見つけて初登したクラックで、その時掲載されたヨセミテチックなクライミングショットは、当時のクライマーたちに強烈な驚きを与えた(ルーフ編は城ヶ崎の悟空ハング。これも驚き)。長らく5.9と言われてきたが、実際はもっと難しい。 小川山レイバック 5.9 1p目:80年11月24日 吉川弘、室井由美子 2p目:81年4月29日 吉川弘、塩田伸弘、南場亨祐 いわずと知れた小川山のNo.1クラシック。小川山で最も初期の、しかも5.9ルートながら、その見事にスッパリ切れ上がったルックスは、当時かなり衝撃的なものだった。しかもそれを、クラックにぶら下がりながら自分でプロテクションをセットしつつ登らなければならないという。それが当時としてはまったく未知の世界であり、その技術的な難しさ以上に畏敬の的でもあった。 今は1p目だけ(今あるボルトは後から付け足されたもので、しかもここは本来は1p目の途中)で終わらせる人が多いが、ここはぜひとも2p目も登っていただきたい。小川山黎明期の冒険スピリッツが堪能できること請け合いだ。 マラ岩ホリデー 5.10a 81年5月3日 吉川弘、室井由美子、塩田伸弘 81年のGWに室井=吉川さんたちによって上記下記とともに初登された中の1本。そのポピュラリティー、そして影響力からすれば、この3本から“日本のフリークライミングの故郷”としての小川山は始まったといってよい。 特に本ルートは、力ではねじ伏せようがないテクニカルな下部グルーブから、逆に今度は誤魔化しようのない力が要求される上部のレイバックと、フリークライミングの“妙”がフルに詰まっている。しかも初登時はボルト無し。初登者の「フリー」に対する考え方が身に染みて味わえる1本だ。 クレイジージャム 5.10d トップロープ:81年5月4日 吉川弘、塩田伸弘、南場亨祐 リード:81年6月6日 池田功 上記2ルートに続くこのメンバーの81年GWの最後の成果はこれ。初登はトップロープとはいえ、いまだに小川山クラッククライミングの代表的課題とされるこのルートを、この時代に登っていたというだけでもうまったく驚きだ。リード初登の池田氏はこの直後に甲斐駒赤石沢Aフランケのスーパークラック(赤蜘蛛ルートの上部)をフリー初登。同時代的な感覚からすると、この人たちはなんだか他の星からやってきたみたいな感じだった。 ペンギンクラック 5.10a(3p) 81年6月7日 池田功、南場亨祐、東田鉄也、和久本敏夫、山田憲司 モアイクラック同様、こんなに遠くにあるルートがこんな早くに登られたというのにまずハテナだが、他の岩場がほとんど森の中に隠れていた当時としては、下からもはっきり望まれるこれらの岩峰の方がむしろ目につきやすかったのだろう。 下部が崩れてむしろすっきりしたので、前より取り付きやすい。が、露出感はあいかわらずすごく、今登ってもびっくりする。いかんせん遠いけれど、当時の小川山クライミングのエッセンスを味わうために、ぜひ! ブラック&ホワイト 5.10a 81年8月8日 綿引英俊、貝賀司 八幡沢左岸スラブにある名クラシック。で、何が「名」なのかというと、ミニマム・ボルトというフリーの根源的な考え方を、こうしたスラブでも見事に追及しているからだ(しかも初登時はもう1本少なかった)。ラインが壁のど真ん中というのも良い。出だし、およびボルト1本目〜2本目の間で落ちると大怪我するが、それは仕方ない。それが「フリー」ってもんなのだ。 大日本国民ルート 5.10b(3p) 81年8月10日 南場亨祐、長岡薫、中沢雅和 無名岩峰にある、知る人ぞ知る系の名クラシック。核心は2p目のクラック部分のみだが、ここがジャミングも体勢も、思いのほか悪い。恐ろしい露出感の中でここに突っ込んでいく気合は、さすが南場亨祐。氏は戸田直樹がフリー化して話題になった一ノ倉沢コップ正面や、滝沢下部ダイレクトをフリー第2登したツワモノで、のち、池田功と衝立岩のフリー化にも成功している。知る人ぞ知る、つっこみ系の大レジェンドだ。 予期せぬプレゼント 5.10a 82年5月2日 吉川弘、室井由美子 今や小川山ワイドクラックの入門的人気ルートだが、カムがフレンズの4番までしかなかった当時は、今でいうR、X扱いのルートだった。これをこの時代、手製のチューブチョックで初登したこの人たちは、すごい、というより、むしろヤバい系にすら見えた。私的には小川山で最もお勧めの1本。 最高ルーフ 5.10d(3p) 82年5月2日 鈴木俊六、小林孝二、綿引英俊、貝賀司、西田祐次郎 まずなんといっても名前が良い。コロラドの有名な庇、サイコ・ルーフからとったもので、このルートがまた、アメリカ・フリークライミング史に刻まれる超時代的な名ルートなんだな(5.12c。初登はなんと1975年! スティーブ・ウンシュ)。そういう歴史を知りながら、この恐ろしい下開きハンドジャム・ルーフに突っ込んでくのが実に味わい深い。80年代はクレイジージャムと並ぶハンドジャムのテストピースだったが、最近はあまり登られてない。なんで? 枯木を落としたよ 5.11a 82年5月4日 吉川弘、室井由美子 屋根岩2峰南面に切れ込む、きわめて目立つクラック。隣のクモ糸に隠れてこれのみをやる人はあまりいないが、どちらかというとこちらの方がルートとしての妥当性は上だ(クモ糸はこのルートを使わないという限定課題)。初登時5.10dと発表されたが、11aは確実にある。そうなるとリードルートとしては小川山初の11か? その意味合いも含めて、ぜひ再評価してもらいたい。 ラブ・イズ・イージー 5.11c 82年5月4日 堀地清次、宮崎敦裕、大川隆、新星正雄 無名岩峰の見事なフェーシング・クラック。上記大日本国民ルート初登以来、その存在を知られて課題視されていたが、それを前年アメリカで日本人として最も初期の5.11クライマーとなっていた堀地清次が、見事解決した。当時は11aで私も昔そのつもりで登ったのだが(しかもオンサイト。←何気に自慢)、その後ホールドが欠けたのかな? 11cとか、dでも良いんじゃないかという話をよく聞く。いずれにしてもフリークライミング史に記されるべき名ルートだ。 クレイジージャム。小川山の歴史はここからだよ一期一会 フリーライダー完登を目指してヨセミテに行ったはいいが、例のアメリカクソ議会の紛糾で国立公園がすべて封鎖され、急遽ユタのインディアンクリークへと転進するはめになった。まあ、いたしかたなく、という感じではあったものの、そこで思わぬ感慨を得ることができた。 それは「一期一会」。まったく初めての岩場でまったく初めてのルートに取り付き、その1回きりのトライがなんだかすごく「フリー」っぽく思えた。というか、その感覚を思い出した、ということだ。 というのは、滞在が短く限られていたせいもあるのだが、それ以上にやはり自分は大昔のハングドッグはダメよ世代だったということがある。 そのルートを「フリークライミング」しようと思ったら、最初から目いっぱい気合いを入れて取り付き、なんとしても落ちないように必死で岩にしがみつきつつ登る。 要するにオンサイトを目指すわけで、その時の頑張りこそが、「フリー」というものだ。と、その頃は自然に捉えていたような気がする。 もちろんその後は自分も「レッドポイント」スタイルにどっぷりはまってはいったのだが(特に最近の私はしつこいよ)、それでもこの今や“普通”のやり方に、なんか違和感を抱いていたことも確かではあった。 だからこの年、インディアンクリークで初見のトライにしゃかりきになったのは妙に新鮮で、忘れていたものを久々に出会えたように思えた。というわけなのだ。 で、そこで思うんだけど、こうした、たった1回限りのトライ、というのも、フリークライミングの中ではゲームとして充分ありなんじゃなかろうか。 それが本当にオンサイトということになればそれはもちろん最高だろうが、たとえそれができなくて何回か落ちても、それで終わり。その時のフォール数が自分の成績、と言っちゃまた誤解を生む気もするけど、要はそれが自分とその岩との縁ということになる。 もちろん今のルールではそれは「フリークライミング」とは言わないだろう。 でも、そもそもの「フリー」の意味って、なんなのかね? 自分としてはそれは、岩とフェアな関係を結ぶ手続き、だと思ってるんだけど、そうして考えるとやっぱり私的にはこの1トライゲームの方が、「フリー」っていう感じが強いようにも思える。 そしてそのために、その下地になるようなルートを、それこそ鬼のようにたくさん登って、いよいよのランデブーに臨む。それが“クライミングに取り組む”ってことだと、昔は思っていたような気がするな。(2013年、秋) インディアンクリークの、なんてルートだったかな オンサイトトライはしかし話にならなかったよ パラダイス・ロスト パンプにあるテレビ局のスタッフが来ていて、その場にいたクライマーにあれこれインタビューをしていた時のこと。 そのスタッフがあろうことか私の所にもわざわざやってきて、「クライミングを長くされているそうですが、このスポーツのどんなところに惹きつけられたんですか?」なんてマヌケな(失礼)質問をしてきた。 で、それに対しての私の答えは確かこう。 「危ない、ってところですよ。危ないからやっちゃいけないと言われて、余計夢中になった(その頃は高校生は岩登りは禁止されていた)」 我ながら、いい歳して、また〜、と思ったけど(そしてもちろんこれがオンエアされることはなかったけど)、しかし後から振り返って、これってなかなか良い答えだったな、と実は思わなくもない。 というのは相当アマノジャクな見方ではあるんだけれど、やはり今の健全すぎるクライミングの有り様だよね。 なんて言ったらあちこちから猛反発食らうかもしらん。が、特に今のお子様方。みなさんやさしそうな親御さんたちに連れられてジムに来て、お友達の声援を受けながら、むかつくほどに見事なクライミングを披露してくれちゃってる。 一方で自分のその年代の頃はどうだったかというと、これは相当にひねくれていた。 拙著『我々はいかに石にかじりついてきたか』には鷹取山で、だらしない連中と、のんべだらりんとボルダリングばかりしていたように書いたけど、実はそれ以上にフリーソロなんてこともよくやっていた。というより、むしろ夢中になっていたのは実はこっちの方だったかもしらん(といってもたいして難しいルートじゃなったけどね)。 そしてそれを、平日のまっぴるま、近くの高校から授業さぼってやってきて、誰にもバレないように密かにやる時の感覚といったら、それはもうたまらないものがあった。 喉から心臓吐き出しそうになりながら、一手一手、安全圏から離れて徐々に高みに進んでいく時の高揚感と背徳感。そして心おきなく自由な感じ。 それは一般的な高校生としちゃかなり不健全なものだったろうが、しかしあの時のそういう不健全さって、今から思うと実に幸せなことだったかもしらん。良い時代を送ってきたな、とさえ思う。 そうした経緯があるもので、ついつい先のテレビクルーにも支離滅裂なこと言っちゃったんだけど、まあ、今そんなことを言ってもしょうがないね。ちょっとやばいジジイと思われるのがオチだろう。今回の話は忘れてくれ。(2015年、冬) 異論3題 最近ジジイになったせいか(って、せいだよ)、口とんがらかしたいことばかり増えてきた。 それを今回3つほど。 1.ガンバがうるさい クライミングでは今やあたりまえの「ガンバ!」だけど、でもこれ、個人的にはとってもキライだ。 まず自分のこととしては、必死に耐えてる最中にこれ言われると、あれ?オレ、頑張ってないように見えるの? とか、ヤバそうに見えるのかな? なんて思っちゃう。 で、不必要に焦ってしまう。 蚤の心臓といわれるかしんないけど、要するに、集中力を乱されるんだよね。 まあ、確かに必死に耐えてる時にこの声援が飛ぶと実際頑張れる、という人は多いことは多いだろう。 でも人によってはこれは集中力を乱す要因になる。特にこの一手という瞬間にこんな声出されたら完全にアウトだ。 ゴルフなんかプレイヤーが打つ瞬間に「ガンバ」言ったり、携帯カメラの音させただけでも退場もんだよ(って実際には知らないが)。 というわけで、だからこの際これは、禁止にしましょう。デッドポイントの瞬間にタイミング図ったようにこの声出す奴がいたら(実際いるんだこれが)みんなで蹴りを入れましょう。 2.シャウトがうるさい これも最近、ほんとに増えた。 昔は登ってる最中、こんなに叫ぶ奴なんていなかったよ。 それが何でこんなに増えたかというと、やっぱSNSのせいだろうな。 中には本当に唸り声が出ちゃうってこともあるかもしらんが、多くはわざとらしく、どう見ても誰かに見てもらいたくてやっているようにしか思えない。 なんていうとイヤ〜なオヤジの言い草に聞こえるかもしれないけど、実際そうだろう。 まあ、それについての見方意見はさまざまあるかもしらんが、それとは別に、現実問題としてあれ、うるさいよ。 傍で登ってる時にあの声出されると集中力もろに欠くし、そうでなくてもパーソナルスペースにズカズカと割り込んでくる気がして、非常に気になる。同じ岩場にこんなナルシスト野郎がいるってだけで、まったくいやになる。 ってのはこれまたこちらの性格が悪すぎるのかもしらんが、これはしかし公共の場ということを考えてもちょっと考えた方が良い。 以前蓬莱でハイカーの迷惑になるから岩場にヌンチャクを残すなという話があったけど、本当にハイカーの迷惑になってるのは、間違いなくこの大声の方だ。誰かが事故ったみたいだって通報されたことも、実際にあったはずだよ。 3.ホールドを磨くな これはもちろん、反発多いだろうな〜。 登ったあと自分の付けたチョークをブラッシングするのはエチケットとしてあたりまえだし、クライマーが守るべきルールとして明記しているものすらある。 でも、それによって逆に石灰岩なんかホールドがテカテカになって、どんどん登りづらくなっちゃってる。ってことも、この際考えた方が良いような気がする。 プラス、下で待ってる人がたくさんいるのにこれにやたら時間をかけるってのも問題だ。 実際、久々に二子に行った時、まずそのホールドの磨かれ様にびっくりしたのと、それにもかかわらず皆さんこれでもかとブラッシングしているのに、もはやここの岩場の門外漢となった私などはたいそうな違和感を覚えたものだった。 いったいどうしちゃったんだろうね? 思うにこれって、現実問題よりルールが先行という、今の世の中にありがちな悪弊がもたらす典型例と言えるものなんじゃなかろうか。 知性が欠落した社会によくある症例だね。 なんて言ったら余計反発喰らうばかりか。 でも実際問題、ロワーダウンの時に誰も彼も馬鹿の一つ覚えみたいにホールドをブラッシングし、時には形だけやってやっているのがありありな場合でもそれはそれで文句を言わず、逆に必要無さそうだからと磨かずに降りてくると怒られる、なんてのは、あきらかに何かを見失っている気がする。 クライマーってのは、ルールよりも現実を大切にできる人たちだと思っていたんだけどな。(2016年、春) 山のケモノたち この冬は春先になって雪が多く、GWに瑞牆山なんか行っても沢筋とかにはまだたっぷりそれが残っていた。 なんでも人の話では塩川で150cm、黒森では2m近く積もったそうで、それは150年ぶりのことだったとか。 というわけで多少出足が鈍ったものの、それでも山に入るといつもどおり、若葉は目にしみるし、光もまばゆい。 空を仰げばハヤブサの、たぶん若鳥かな、2羽、飛び方を競っているように高く舞っている。夜になればシカの鳴き声がいくつも響く。末端壁へのアプローチではクマも現れたという。まあ、なんだかんだ皆さん、元気にやっているようだ。 しかし、そういうのを見ると、ほんと彼らって、偉いと思うよね。 2mも積もった雪の中で、いったいどう過ごしていたんだろう? 冬眠する奴らもいるにはいるだろうけど(瑞牆じゃ少ないと思うけど)、そうじゃない、シカとかだっているわけだしね。 冬じゃなくて夏でも、例えば最近流行りのゲリラ夕立なんかあった時。私ら人間は最新式の雨具急いで羽織って、それでも泣きそうになりながら焦って下りてきて車の中に入ってようやく人心地、って感じなんだけど、彼らはそういう時でも、雨さえ上がればけろりとした顔して道などに出てきて、また木の芽なんか食べてる。 いや〜、つくづく、感心してしまいますわ。どうやってあの雨、やり過ごしてんだろうね? どうしてこんなに超然としてられるんだろう? つっても奴らはハナからそういうふうに生まれついたケモノだしね。当たり前と言や当たり前で、動物をそういう擬人的な捉え方で見てはいけない、ってこの手の話ではよくいわれることなんだけど、それでも雨が降りゃあ私らと同じように嫌だろうし、雪に閉ざされたら辛いだろうと、やっぱ思っちゃうよ。 それに逆の見方をすれば私らだって動物の一種なわけだしね。それがどうしてこんなに情けなくなっちゃったんだろう、と思わざるを得ない。 なんて考えてたら、数年前にパタゴニアで死んだ佐久間くんの顔が突然思い起こされてきた。 あいつ、テント持ってなかったから、夕めし食い終わるとどっかで寝てくるとか言っていつの間にかいなくなり、森の中で一人でボルダーの下で寝たりしてたんだよね。 今から思うと、たいしたヤツだったのかな? (2017年、春) 「今」という時代 私らの世代の人たちは、よくこんなこと言う。 「今のクライマーって、ほんと恵まれてるよね。オレもこの時代に生まれたかったな〜」 それを聞いて、私などは、そうか〜? と思う。 というのは、やはりなんといっても今のクライミングの、あまりの競争の激しさだよね。 私らの頃(もう半世紀も前だよ)は、5.11が登れりゃもう天下だった。 それが今は5.12、5.13はあたりまえ、14だってぜんぜん珍しくない。 それは確かに環境ということもあるはずで、それゆえついつい「オレもこの時代に」なんて言葉が出てきちゃうとも思うのだが、しかし今の子たちだってもちろん、ここまでになるにはそれはたいへんな苦労があるはずだ。しかも今は、明確な「ふるい」という存在も、無視できない厳しい現実としてある。 ずっと前に知り合いの高校生が仲間たちとある岩場に行って5.13dのルートをトライし、その日のうちにみんなは登ったけど自分だけ登れず、馬鹿にされたという話を聞いたことがあった。 で、しばらくしてから、あの子どうしてる?って聞いたら、もうクライミングやめちゃったんだという。 いや〜、厳しいね〜。 また、話がちょっとズレるが、ある年の正月、ジムのスタッフがジュニアスクールの子達に年初めの目標を書かせていて、その時彼らが書いたのが、誰も彼もが「優勝」とか「入賞」だったのに、たいそう驚いたことがある。 これはまあ、しかし一般的に見れば、確かにスポーツというものの、ごく普通の有り様ではあるかもしらん。むしろ健全な姿と言っても、いいものだろう。 それに比べると昔のクライミングは、不健全だった。 その頃はクライミングといってもアルパインクライミングしかなく、それはフリークライミングのようにグレードという数字で比較できないものだっただけに、誰もかれもが自分は凄いんだと言いふらすことで優劣を競っていた風があった。伝説の、なんて言葉が大手を振って歩いていた時代だ。 私自身はそういう風潮がとても嫌いで、だからフリークライミングが主流になって、クライマーの実力が数字ではっきり示されるようになったことが、とても新鮮で健全に感じられたものだった。 だから今の方がまともといやまともなんだろうけど、しかしそうは言っても、今みたくここまで競争がすべてになっちゃうと、ちょっと辛いな〜。 クライミングって、そういうものだったかな? とどうしても思ってしまう。 といってもまあ、それは今の子たちが悪いんじゃなくて、やはりそういう環境にしてきてしまった我々、またそういう情報を発信してきた側がダメなんだろう。 クライミングの文化という点でも、ここはもうちょっと考えてもいいような気がするな。「健全」じゃないオヤジとしては。(2018年、春) 理に適った練習法 久々に一ノ倉沢行って、烏帽子奥壁ダイレクトというのを登ってきた。 いや〜、悪かった。 っていうのは、クライミングムーブそのものよりも(でもここの核心、大昔に南場亨祐くんたちがフリー化した所もかなり難しかったよ。5.10プラスは確実にあった)、支点のヤバさとかランナウトのすごさとか、あとやっぱ草付なんかも含めた壁の状態だ。 出だしから、これ落っこったら終わりじゃんってピッチばかりで、しかも上部はビレイ支点すら何も無し(その後、打たれたと聞きました)。 ええ? みんなこんなとこ登ってんの? とちょっとびっくりしてしまった。 と同時に、自分自身、こういう所をこんなにも悪く感じてしまう、ということにも驚いてしまった。 昔に比べりゃ、技術的にはずいぶん上手くなってるはずなんだけどな。 しかし考えてみりゃ、今やってるクライミングって、いくら難しいといっても落ちても大丈夫なわけだしね。そんなことばかりやってると、こうなっちゃうのかもしらん。 そこで思い出すのが、昔、鷹取山でクライミングを教えてくれたある人のことだ。 その人は当時単独登攀で有名な人だったんだけど、その教え方がまたすごかった。やさしいとはいえそこそこ高さのある所をがんがんフリーソロしていって、それについてこい、というのだ。 で、その頃高校生だった私は言われるままにそれについていっていたのだが、ある時さすがに疑問に思って、「こういうのって、落ちたら死んじゃうんじゃないですか?」と聞いたことがあった。 それに対する答えがこう。 「落ちたら死ぬようなことやらないと練習にならないんだよ」 は〜、なるほど。でもそういうの、“練習”っていうのかな? とちょっと思ったんだけど、その頃は私、素直を絵に描いたような若者だったからね。そうですか、で終わりだった。 今なら完全にアウトの指導法、というか、人としてどうか?とも思うけど、でもこれ、今改めて考えると、なかなか理に適ってるんじゃないかな。いや、理には適ってはないまでも、少なくともこういう考え方もありなんじゃないだろうか。 というのは、本来、クライミングって、こうした「落ちないように登る力」っていうのが、めいっぱいに必要とされるものでもある。 そしてそれは、上に述べたようなヤバいアルパインのルートはもちろんのこと、安全なフリークライミングルートにおいても、モノを言う気がする。 本当にうまいクライマーって、単に高グレードを登れるだけじゃなく、この「落ちない力」がすごい。だからオンサイトとか、レッドポイントトライなんかでも、これをフルに発揮したパフォーマンスを披露する。 前に「フリークライミングの上達のためにアルパインクライミングをする」ってことを提唱したけど、そうやって考えると、この「落ちない力」に関しても、こうしたルートを登るのはたいへんに役に立つ気がする。 しばらくは怪我人、出まくりかもしんないけど、それはそれで良いんじゃないかな。(2017年、秋) トラッド・クライミングのススメ 先日、城ヶ崎のあるド人気エリアで、意外な三ツ星ルートを登ってきた。 そのルートはこの海岸の超クラシックではあるんだけど、フェースのトップロープ課題とあって、実は今まで登ったことがなかった。 しかし某有名インストラクターのホームページには、ナチュプロで普通に登れるとある。 へ〜、と思って改めて見てみると、確かに面白そうだ。 で、早速リードしてみたら、これがけっこう悪い。ランナウトも当然するし、ちょっとでもライン間違えるともうプロテクションが採れない。しかもなんとか入れたカムも、あまり効いているように見えない。 久々に前腕パンパンになって、やっぱこいつの言うこと信用するんじゃなかった、と反省することしきりであった。 というわけなんだけど、こういうのって、やっぱり面白いね。 「トラッドクライミング」っていうニオイがプンプンして、登ってて本当に楽しくなってくる。 降りてくると壁にはイソヒヨドリが行き交い、海を見やればカモメがまったく海の、あるいは空の一部のように飛んでいて、またその海と空が信じられないくらい大きい。 あ〜、オレって地球の一部なんだな、ということが肌身に迫ってくる感じがする。 って何かヤバい方向に進みそうな話だが、しかしそれは置いといて、最近この「トラッドクライミング」が実際流行っているという。 末端壁なんかに行ってもなかなかな盛況で、昔誰もいないここのテラスで友達と「オレたちって、もう絶滅危惧種なのかな〜」なんて嘆いていたことなどウソのようだ。 でもここでまた小うるさいジジイの文句になるんだけど、そうしたトラッドクライミングについて最近感じることがある。 それは、こうしたトラッドクライミング、というか、クラッククライミングが、今、やたら「人工的」に見えて仕方ない、ということだ。 というのは、やはりカムの進化が大きいのかな。今はどこでもカム、パッと入れられるもんで、ぜんぜん怖くないし、ハングドッグも実にやりやすい。 こうなるとクラックって、一見すごい勇気がいるように見えて、実はボルトのフェースなんかより楽で安全なジャンルだよな。ついでにもっと嫌な見方をすれば、それゆえこればかりやるっていう、いわゆるクラッククライマーも、今は案外多いような気がする。 そして同じく目につくのは、このジャンルって、まずはトップロープって人がやたら多い。これもたいへんに気になる。 それにプラス、先のカムエイドトライを重ねてレッドポイントしたところで、それが“トラッド”、どころか“フリー”で登ったって、自分自身思えるものなんだろうか? これについては鈴木英貴さん(トラッド云々言ってる人で、この名前知らない人はいないだろうな)と前に話したことがあって、その時もこんなことを言っていた。 「トラッドって、単にナチュプロで登る、ってことじゃなくて、自分の力で下から攻める、ってことなんだけどね」 ん〜、さすが。 今回も文句ばかりになっちゃったけど、「トラッドクライミング」。 この言葉、せっかく流行ってんだから、その意味ももっと流行らせた方が良いね。(2018年、春) 私的フリー度ランキング 私の考える、スタイル別フリー度の順位について。 1.オンサイト・フリーソロ 2.オンサイト 3.落ちたらすぐロワーダウンして、ロープを引き抜き、レッドポイント 4.落ちたらすぐロワーダウン、しかしロープは引き抜かず、シージングで完登 5.アケママ 6.初見ワンテンション、または2〜3テンション、で、終わり 7.アケママ 8.とりあえず数テンションと呼べる範囲内で抜けた上でのレッドポイント (フリー度は落ちた回数と反比例。レッドポイントまでの回数は関係なし) 9.1回につき10指を超える回数のテンションでのワーキング、後のレッドポイント (レッドポイントまでのトライ数はフリー度にまったく関係なし) 10.トップロープトライをした後の、ワーキング+レッドポイント *いずれも他人にムーブを教えてもらった場合は1ランクダウン。ユーチューブを見た場合は2ランクダウン とまあ、こんなところかな。 あれ? 8や9より3、4が上? あるいは8より6が上? と疑問を感じた人少なくないと思うけど、これはあくまで個人的な意見なので気にせずに。 さて、ではそれで、どこまでを「フリー」の範疇に入れるか、ということになると、これもまた人それぞれだろう。 かつてパウロ・プロイスなる人は、1のみを「フリー」(っつうか、この時代は「クライミング」かな)としていた。が、これは当然命をたいへんに縮めることになる(実際この人は27歳の時に墜死した)。 また70年代〜80年代初頭のアメリカでは4までが「フリー」で、それ以降はふざけた“ドッグ野郎”のやることとされていた。 しかしまあ、繰り返すが、これはルールじゃないし、公式なものでもないからね。あくまで人それぞれが、それぞれに捉えていればいいだけのものだ。 だがそれでもここでこんな話を持ちだすのは、クライマーである以上、人それぞれ、ある程度の基準というか、主張というか、美学は持っていた方が良い、と思うからだ。 でもその美学を人それぞれに持てる、ってとこが、マイナースポーツだった頃のフリークライミングの、良いところだったのかもしれないな。(2019年、春) 城ヶ崎 妙なるトラッドルート 前にちょろっと話題にした、トラッド魂を感じさせるルート、城ヶ崎版というのを作ってみた。ただしいくつかはPDもしくはR、または脆かったりもするので、それらを楽しめる人にしかこれらは推薦できないかな。もちろん怪我は自己責任で。 浮山橋/トラベルチャンス 5.10c このエリアのウォーミングアップルート的存在なんだけど、ナッツしか利かなくて、しかもセットが意外に難しい。このセットで前腕パンパンにして、ウォーミングアップどころじゃなかったという人はたぶん多いはずだ。 シーサイド/フラッシュバック 5.11b 国内でも最も初期の歴史的、かつナイスなRルートだが、その後初登者によって、これじゃ誰も登らないよ、との理由でボルトが打たれてしまった。しかしこの際はぜひそれを使わずに登って欲しい。ボルトももう腐ってるだろうしね。長らく登られてないので、岩もシオシオかも。 シーサイド/気分は最高 5.10c これこそはこのエリア開拓時の代表的ルート。なんだけど、下部のプロテクションが悪いせいか(怪我人も多い)、今は登る人が意外と少ない。しかし名前通りの超三ツ星ルートなのでぜひ。下部はランナウトで行っちゃう人が多いけど、トラッドクライマーを自認するなら、ここは確実にプロテクションセットしつつ登りたい。職人技の見せどころってやつだ。 シーサイド/赤道ルーフ 5.11b 城ヶ崎では貴重な2ピッチルートで、これを1ピッチで登ってみましょう。さらに最後のボルトプロテクションのフェース部分もオールナチュプロで登れば、城ヶ崎で最も素晴らしいトラッドルートが出現します。スタイル的にもリード&フォローがお勧めだが、その際はフォローのためにルーフ手前にもしっかりカムをセットしておくこと(昔これをせずに登って中根穂高を泣かせたことがあった。が、私は特に気にしていない)。 おたつ磯/アトミック・ハング 5.10c これをナチュプロ、オンサイトリード、ってのはいいね! というか、これだけの素材をトップロープというのはもったいなさすぎる。ライン採りもリードとなるとなかなか頭を悩ませる(間違えるとグラウンドするかも)。この手の課題は城ヶ崎にはもっとたくさんあるかもしらんな。 こばい/月 5.10d このエリアはかなりマイナーで、ルートも小粒、かつアプローチが面倒くさい。ながら、なかなかの好ルートが揃っている。しかしどれも出だしがプロテクションが悪いうえに下が岩畳。しかも例の有名インストラクターが推薦しているというのも、ちょっと・・・。とはいえそのロケーションとトラッドの妙さ加減は確かに素晴らしい。中央の砂時計(5.10b)もお勧め。 あかねの浜/広目天上 5.11b これは推薦したら文句が出るかな。今にも崩れそうな(実際、いずれ崩れると思う)大ルーフに完全に乗っかりながらのクライミングは、絶対オレは間違ったことをしている、と悦に入らせてくれるものがある。ただし終了点近くは本当に崩壊中なので、そのあたりの対処は完璧に。死にたくない人にはキョロちゃん(5.10a)もお勧め。けっこう大きな壁の中での探検的な味わいがある。 オーシャン/新石器人 5.10a グレード的には低いながら、これもかなりマニア向け。ほとんど登られてなくてシオシオ、しかも上部は冗談にように浮きまくった岩を掴んで登らなけりゃならない。が、こういうドキドキワクワククライミングって、好きだな〜。フリークライマーに生まれて本当に良かった。と、ここで思った人はもう手遅れだ。 なみだち/海上の道 5.10c さらにマニアックな1本。これ登ったことがある人って、よほどの達人か、あるいは変人だ(まあ、後者だろうな)。初登は83年、篠原富和さん(オーシャンを開拓した人)で、氏の拓いたルートはわりと温厚なものが多かったから、昔そのつもりで登って、あまりのヤバさにびっくりした。私はもう2度と登らないが、人にはぜひお勧めしたい。 門脇崎南の磯/チャームポイント 5.10c このエリアは「熱き思いを込めて(5.11c)」など吉田和正作のルートで有名だが、このルートはそれと同時期に小林敏さんによって登られたクラシック。グレードは低いながら、下部のコーナーはプロテクションが悪く、上部の核心シンクラックも驚くほど難しい。昔のルートって(特にこの人のは)、本当に悪いな、と改めて襟を正させてくれる1本。 漁火ロック/無名シンクラック 5.10c 登ると面白いんだけど、名前がちょっとな〜。このエリアの開拓期には単なるトップロープ課題だったんだろうね。でもリードでもちろん登れるし、そうやって登るとかなりに面白い。もっとこういうマニアックなクラック/フェース、どんどん見つけて登りたくなるよ。誰かそういうの、見つけてくれ! (ここからは新規です) 「Trive」小川山開拓40周年座談会で思ったこと ネットでも発信したみたいだけど、1年ほど前、お茶の水の「Trive」で、小川山開拓40周年座談会というのをやった。 小川山開拓初期(1980〜84年くらい)にここで活動していたクライマーたちに集まってもらい、まあ、同窓会みたいなものをやりましょう、それでそれを今の若い人たちにも聞いてもらいましょう、というようなものだ。 集まったメンバーは、池田功くんや堀地清次くんはじめ、約20人。 皆さん、変わってしまったといえば変わってしまった、相変わらずといえば相変わらずで、ほんと楽しかったのだが、ひとしきり無駄話に近い座談会をやったあと、若い来場者(実はすごいクライマー)から出たこんな言葉に、んん?と思ってしまった。 それは、あの頃は初登もできるかぎり下から攻め(要はグラウンドアップ)、ハングドッグも極力しなかった、という話を受けてのことだと思うのだが、要はこんな感じだ。 「僕たちは昔そういうルールがあったなんて知りませんでしたが、それを聞いて自分のクライミングも〜(後は忘れた)」 もちろんこれは我々を非難したわけじゃなくて、リスペクトしてくれた(って、こちら側から言うのもなんだが)発言だったと思うのだが、しかしこれを聞いて、おお、素晴らしい、と思うと同時に、う〜ん、そうじゃないんだよな、とも、実は思ってしまった。 というのは、あの頃だってそんなルールは本当は無かった。という以上に、あの頃の我々には、「ルール」なんて発想自体が、そもそも無かった。 そういう中で、それぞれがそれぞれなりに、「フリークライミング」というものを追及していた。それがあの時代というものだと思っていたからだ。 それが今は、こんなすごいレベルの人からも、ごく当たり前のように「ルール」なんて言葉が出てきてしまう。それにちょっとびっくりしてしまった。というわけなのだ。 そういえばちょっと前に、FBにあるクライマーがあるクライマーのこんな言葉を引用していた。 「クライミングの良いところは、ルールがないということだ」 これは実に素晴らしい、と同時に、誤解もされやすい言葉でもある。 ルールが無い=何をやっても構わない、というように、とかく捉えられがちではあるからだ。 だがこの言葉の真意はそういうことではないだろう。 クライミングはルールなどと関係なく、個人個人の美学にのっとって、自らの行動規範を自由に決めていける。というか、決めるべきものだ。 それは当然、甘くもなるだろうが、逆に辛くなることもある。70年代のヨセミテなどまさに後者で、しかしそれは「フリークライミング」というものを深く追求していけば、むしろ当然のことのようにも思える。 だがそれでもそれを決めるのはあくまで個人であって、それが良いか悪いかはその人の美意識に任せればいい。ましてやそこに「ルール」などという野暮なものを持ち込む必要はない。ということだと思う。 そして今回集まってくれたメンバーというのは、そういうセンスを皆、ほとんどDNAレベルで身に宿している。アウトロー、と言うとこれまたちょっと違う気もするが、それがあの世代の突出した個性であったように、私的には思える。 ということを本当はもっと伝えたかったんだけど、上手くできなかったな。残念。 ということで、この際もう一つ。今度は例によってサーフィンの世界からの言葉(これは旧ホットロックスにちょろっと書いたものだが、出典は忘れた)を紹介しておきたい。意味はおそらく上のものと同じだと思う。 「サーフィンの優れたところはそれが個人的なスポーツであるということだ。(中略)サーフィンは純粋な意味での正直さ(オネスティー)を人に要求するし、それによって人は自らの存在を見つめることになる。波の前に行けば人はさまざまな恐怖と直面する。そしてそれを克服することを覚える」 ん〜、いいね。ここまで言えればカッコよかったんだけどな。(2026年、春) ナチュラルラインという考え方 70年代のアルパイン時代、実は私、ルートファインディングが意外と苦手だった。 というのは負け惜しみみたくなっちゃうんだけど、当時のアルパインルートって妙なライン採りのものが多くて、それについていけなかったからだ。 もちろんそれなりのクラシックルートはその限りではなかったのだが、70年代大人工登攀時代以降のものは正直変なものが多かった。なんでこっち行かないの? とか、どうしてそこを? というようなものだ。 それはたぶん、というか、間違いなくボルトのせいだろう。その時代に作られたルートというのは多くが、わざわざという感じの所(でかいハングとか、弱点のない垂壁とか)に無理矢理ラインを引いていて、それがそのルートの魅力にすらなってたりした。 だから80年代になって「フリークライミング」がヨセミテから入ってきて、実際にその本場に行った時、そのナチュラルかつ理論的なライン採りに、ほんと感心した。というか、安心した。 まあ、向こうは壁自体がクラックばかりだから当たり前といや当たり前なんだけど、エルキャピタンなどの複雑で大きな壁でも、その「ナチュラル」は絶妙に貫かれていた。 ボルトはあくまで「ナチュラル」(多くはクラック)が途切れた時の繋ぎの意味のもので、ここを登りたいからと積極的に使うものではない。その、今にすれば当たり前の考え方に、この地に来てようやく気付かされた気がしたのだ。 翻って今、日本を見ると、我が国にもそうした考え方が、長い時間を経て、ようやく浸透してきたように思う。 それは特に冬壁について言え、今のアルパインクライマーたちの多くは、ある壁を登るにしても、〇〇ルート冬期登攀ということではなくて、その壁にあるナチュラルラインを自分で選んで登るようになっている。それは数年前、白山書房から『冬期クライミング』を編集出版した時に感じたことで、これは大変素晴らしいことだと思う。 で、今回言いたいのは、そうした登り方は、冬壁に限らず、夏の壁にも持ち込めるんじゃないか、ということだ。 今までの夏の壁というのは、それこそ〇〇ルート××ルートというのが頑として存在していて、そういう、ある意味“勝手な”登り方がしづらかった。 しかし先日もあるアルパインクライマーと話をしたのだが、今って、夏のアルパイン壁をやる人が極端に少なくなってルートもほとんど死んでしまっているから、逆にそういう既成ルートに捉われない、本来のナチュラルライン・クライミングを実は実践しやすいんじゃないだろうか。 そして、今のクライマーは我々のように“〇〇ルート”に毒されてないから、ナチュラルラインを選ぶセンスも優れている。 というのは、ナチュラルラインといっても、弱点ばかりでは日本の壁では草付だらけになってしまうだろうし、逆に登るべき“強点”という考え方も、今は充分に理解されている。 そうして国内の壁に新しいルートが引かれれば、夏のアルパインクライミングも改めてやりがいのあるものになるだろう。それをぜひ提案したい。(2026年、春) |
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