「イメージ力」を鍛える



 まず最初に言っておきたいのは、スポーツに必要な「力」には、筋力、持久力などいろいろあるけれど、その中に
「イメージ」力という、明確な「力」がある。
 そしてそれは、あらゆるスポーツ(あらゆる行為、かもしれませんが)で、最も重要で、その能力の優劣が、その人のパフォーマンスレベルを決定する。
 と、私は最近、つくづく思っているということです。

 クライミングでのその「イメージ力」がどういうものかを簡単に挙げると、

・そのルートの手順と組み立てが読めている。

・そのムーブ(どこに手足を置いて、どういう体勢で、どう次のホールドを取りに行くか)が、頭の中でできている。

・そのムーブを完全にこなす自分の姿が頭の中に思い描かれている。

・ルートを登りきるまでの要所要所の局面(レスト、核心、腕が張ってきた時の対処の仕方、など)での自分の「登れている」姿が頭の中に思い描かれている。


 などといったことでしょうか。
 で、この項目は、言うまでもなく上から下に行くに従って、より高度なものになります。特に最後のことができているくらいだと、クライマーとしてはなかなかなレベルにあると言えるでしょう。逆に言えば、優れたクライマーはここまですべてできていなくてはならないということでもあります。
 が、これは何もクライミングに限ったことではなく、すべてのスポーツでいえることです。

 ある脳科学者の言葉。
 「脳は、自分で想像したことと現実との区別を、実はつけられない」
 優れたアスリートはそのことを、無意識的にすでに知っています。そしてそれを逆に利用する術を上手く心得ています。
 サーファーは浜から波を見てそこに完璧なマニューバーを刻む自分の姿を思い描き、それをただなぞるためだけに、実際の波に入る。バッターは自分が打球を捉えてセンターに大きく運ぶイメージを頭の中に作り上げて、それに即してバットを振る。
 優れたアスリートは、すべて優れたイメージャー(って言葉があるのかな?)であるべきだし、実際そうなのです。

 ところがクライミングの場合、これがわかっていない人が、多いですねえ。
 上に挙げた項目のうち、最初の二つ目までは最低でも絶対必要なのに、まったくそういうイメージを作り上げずにただ夢中に手を伸ばしていく。泥の中に手をつっこみ、あ、掴めた、あ、また掴めた、と五里霧中で進んでいくようなクライミングをする人が、初心者には非常に多い。挙句、手が逆になったり、猛烈に力のいるムーブで強引に行こうとしてしまったり・・・。
 しかもそこで失敗すればまだいいが、下手に行けてしまったりすると、それで良いと思ってしまう。決して初心者とはいえずグレードもそこそこのものを登るのに、こうしたクライミングが完全に身についてしまっているという人も、案外います。

 これは良くありませんね。ただ上手く登れないというだけでなく、危険性をシミュレーションできていないという意味でも大変危険でもあります。

 そこで、イメージ力をつけるためのアドバイスをいくつか。

・登る前に登るイメージを持つことは、靴を履いたりロープを結んだりといったことと同様、
クライミングに絶対必要な手続きなのだと意識すること。

・またその手続きを行なうことは、
一つの「技術」なのだと意識すること。
 だから最初は完璧にできなくてあたりまえ。しかし必要かつ他の人は全員が持っている「技術」として、自分も身につけようとする意識がなにより大切です。

・できないと思っても、ルートを読む作業を毎回必ずすること。下から終了点まで、右手左手と、一手一手、必ず読んでおく。この時、人から教えてもらってもぜんぜん良いです。そのかわり、登る前の“読み”をしないで取り付いて、登っている最中に教えてもらうということは絶対にやめましょう。

・ムーブの読みに関しては、下から作っていく(手探りで最高到達点を延ばしていく)のではなく、
出来上がった(次のホールドを取れた)体勢をまず思い浮かべ、そこから下に降りていくように作り上げる。フィルムを逆回ししていくようなイメージで考えれば良いと思います。

・「フラッシング」をまずは目指しましょう。
 「オンサイト」がクライミングスタイルの中で最高のもので、クライマーはこれをこそ目指さなければならない、とよく言われますが(私もよくそう書きますが)、それはあくまでイメージを充分コントロールできている、が前提での話です。イメージが作れていないのにただタイトルとしてのオンサイトにこだわっても何も意味もありません。
 それならば、人の登りを見て、それを「イメージ」としてしっかり自分に取り込む努力をした方が、ぜんぜん良いです。「イメージ力」を養うという意味で、進歩につながります(優れたクライマーはこれが実に上手いです)。

 さて、そこで、ではユーチューブを見ていいか、という話ですが、つらつらと考えるに、これはやっぱりダメですね。
 まずクライマーとしてこれはダメ、というのは感情としてありますが、理屈としてもやはりいきなり答を見るべきではなく、一度そのルートを目の前にして自分でそれを読む努力をして、それから次の手段として、目の前で実際の人の登りを見る、が本筋でしょう。それに一度これに頼ってしまうと、クセになる、自分で考えようとしなくなる、という悪弊もある。
 それでもどうしてもムーブがわからないという時は、最後の最後の手段として見ても良いけれど、それは相当に律されたものである必要がある。そうですね〜、一生のうちに3回まで、とここで決めておきましょうか。

 なんにせよ、クライミングを練習と捉えた場合、
単に登れた登れなかった、ではなく、イメージを作り上げられたかどうか、ということこそが重要です。無駄な筋力トレーニングや雑な登りに時間を割く前に、イメージ力のトレーニングにもっと心血を注ぐようにしましょう。
 私クラスになっちゃうと、完璧なイメージを作り上げられたら、もう実際に登らなくても良いくらいです。あ、でもそれはイメージ力ではなくて、老人力か?







  「形(かた)」という考え方



 最近、ジムの講習会で、「形(かた)」ということをよく考えます。
 これは文字通り、空手や剣道その他おもに武道などでよくやる「形(かた)」のことで、ある一連の動作を、決まり通りに、寸分たがえずリピートする作業のことです。
 ムーブは自分で見つけ、しかもそれは人それぞれに自由である、というクライミングの原則からするとずいぶん違う世界の話のように聞こえるかもしれませんが、最近、私、この「形」という考え方って、クライミングでも非常に大切で、ためになるもののような気がしてきました。

 というのも、みなさん、その“ムーブの見つけ方”が、あまりお上手でない。
 ああすりゃできるのにな〜、と傍で見ていて思うのにそれがなかなか見つけられなかったり、あるいは逆に“見つけられている”つもりが、実はまったく力任せなものだったり・・・。

 そうなってしまう理由は、二つあります。
 一つは、その人が、クライミングのそもそもの動きの原則(「対角線バランス」や「軸足と蹴り足」など)を、実はわかっていない、ということ。
 もう一つは、それが、
頭ではわかっていても、身についていない、ということ。
 そして重要なのは、この二つは違うようで、実は限りなく近いものだということです。

 というのも、だいたいスポーツ中の動きというのは、こういう時はこういう動きをするべき、という原則みたいなものがある程度あって、競技者はまず大前提としてそれを「わかって」いなくてはならない。
 しかし同時に、それを
頭の中の知識としてわざわざ脳ミソの中から引っ張り出してこなければならないようでは、実は「わかっている」に入らない。体の自然な反応として瞬時にその動きが出てくるようでないと、目まぐるしく変わるスポーツの局面に上手く対処できない。
 その点クライミングはある程度動きがスローで、考えながら動きを作ることが可能。とはいえ、それでももたもたしていると腕はすぐ張ってくるし、正しい動きが選択肢として最後に置かれてしまう可能性がある。つまり結果として「わかっていない」動きになってしまうことが多い。
 また、体と頭が連動していない場合、頭で動きを作ろうとすると間違った引き出しを開けてしまうのも常といえば常で、実際、「対角線バランスを考えて」などと指示された講習生が頭をこんがらかせて乗り込み足を逆にしてしまう、などといった局面は実に多く見ることです。

 そこで最近すがるようになったのが、「形(かた)」という練習法です。
 そもそも「形」っていうのは、
瞬時に理想的な動きが出るようにするために、その理想的な動きを前もって刷り込んでおくという意味のものです。特に相手の攻撃に瞬時に対処しなければならない武道などには極めて有効な練習手段といえるものでしょう。

 具体的には、ある特定のルート(5.8〜10a程度)を、こちらの指定した同じムーブ、同じ手足送りで、何度も何度も登ってもらう。
 これによって、なかなか引き出せてこない理想的なムーブを、体の自然な動きとして瞬時に持ってこれるようにする。「体に刷り込む」というのがその目的です。

 しかし、最初はみなさん、かなり間違えます。
 のみならず、こっちの方が登りづらい、力を使ってしまう、と文句を言われてしまうことも少なくありません。

 もっともそれは、当然といえば当然のことでしょう。
 というのも、あるムーブができないというのは、多くはその人に、ここはこうした方が良いという発想がないためで、自分でできる、あるいはやりやすいムーブというのは、所詮はその人の数少ない発想の枠内のものにすぎないからです。
 「形」にはだからそうした自分の頭の中の柵を開けてやるという意味もあり、それは言い換えれば
「矯正」という側面も大いに含んでいるものです。

 ですから、ちょっと言いづらいことだけど、こうした「形」は自己流の練習ではなかなかできるものではありません。
 やはり優れた指導者(それが私だと言いたいわけではありませんが)に見てもらって、今、その人に必要な柵の扉を見つけてもらい、それに即して練習する必要があります。
 ついでにいえば、だからこの「形」は、人によってかなり違ってくるのが普通です。側体登りを「形」にする場合もあるし、逆に正体登りを課題とする場合もあります。
 すべてその人の今いるレベルを把握し、その人に今最も必要な課題を見つけて「形」を提示する。それが優れた指導というものだということを、言い添えておきましょう。

 その他の注意点としては、以下の事柄が挙げられます。

正しい「形」の習得にふさわしいルートを選んでやること。変な動きを強要されるようなルートをやると、そういう動きが染み込んでしまいます(そして残念ながら最近、そういうルートは多いです)。

間違った動きをしたらすぐに矯正してもらうこと。間違った動きは正しい動きの何倍も強い影響力で体に刷り込まれてしまうということを知らなければなりません。そういった意味からも、ここに第三者としての指導者は不可欠といえます。

・すぐにはできず、身につけるためには時間がかかると覚悟すること。だいたい最初は20〜30点。10回やって上手く行けば50点。
 しかしこの20点というのは、残りの80点が間違った動きでも良いという意味ではありません。上に書いたように間違った動きは必ずその場で修正してもらうこと。その修正の回数が80パーセントあったということです。

・同じルートを何度も登るからといって、雑にならないこと。
フォームを常に気にしつつ、登ること。力を極力抜いて、できるようにすること(余談になりますが、ウォーミングアップも雑に登らないこと。雑に登ると雑な登りが剃り込まれてしまいます)。

疲れた状態では絶対にやらないこと。神経系のトレーニングにはこのことは絶対条件です。神経系は、筋肉がリフレッシュしている状態でしか改善はされません。







  オンサイトの目指し方



 「オンサイト」って、クライマーにとってはすごく憧れですよね。
 しかし
この「オンサイト」、タイトル名ばかりが先行し、単なるレッドポイントの最高位、あるいは運の良い成果などと捉えられることがどうも多いようですが、本来は、その岩を、生涯的な見地からも一度も道具(ロープなど)に頼らずに、自分の手足だけで登る、という、フリークライミングの基本理念に強く根付いたものです。
 ですからこれは、系列としては、レッドポイントの延長上にあるものではなく、むしろかつての(ハングドッグを禁止した)ロアーダウンスタイルの方が、その意義に沿ったものと言えるでしょう。
 そして極論を言えば、その理想のスタイルは、オンサイト・フリーソロです。なにせ本当に、生涯にわたって一度も道具に頼らず、その岩と出会い、それを自分の体だけで登るわけですからね。実際200年前のドロミテにはパウロ・プロイスという、その手のクライミングを突き詰めた人がいて、ある意味フリークライミングの真髄はここにこそあると言う人もいます。

 まあ、そこまで行くとかなり極端だし、また「菊地さんとこは厳しい」などと噂さされるのも困るので、話もそこでやめときますが、それでもフリークライマーにとって、やはりこの「オンサイト」は良い目標になることは確かでしょう。
 そこで、ここではそうした「オンサイト」の目指し方を、ちょっと考えて見たいと思います。

・落ちない登り方を身につける
 あまりに当たり前のこととはいえ、これは意識しているいないで、大きく違ってくるものです。
 具体的には、落ちそうになったら「テンション!」ですぐ楽になろうとせず、まずクライムダウンを試みる。あるいは落ちずに次のムーブをこなせるように(またはそこで少しでもレストできるように)、より良い、バランスを取るのに的確な、フットホールド(ハンドホールドよりまずこちらですよ!)を探しまくる。
 そして重要なのは、その
「落ちそうになる」前に、このまま行ったら「落ちる」ということを感知して、そうならないように対処する。その態度を強い意志で維持するとともに、なによりそうした「感知能力」を、身につける、ということです。
 これがいわゆる「ねばり」というものですが、これはしかし単なる「持久力」の問題ではありません。なにより「落ちない」という意志が成せる業であり、それを意識したクライミングからでないと、なかなか身につかない。「落ちてもいいや」と思っている人というのは、端から見てても一目瞭然で、「ねばる」ための技術の習得を、はなから捨てている。これでは単に落ちる落ちないだけでなく、正しい技術というものが、そもそも身につきません。そういう意味でも、「落ちない」を明確に意識するのは、たいへん重要なことです。そしてそういう意志のもと、1歩1歩、必ず「落ちない」を確認して、動く。それが「正しい」登り方というものです。
 その他、技術的な注意点としては、まずできるだけ足に重心を乗せたフォームを作ること、必要以上に体を振らないこと(基本、正対です)、不用意に腰を上げず、重心の移動を慎重に、かつこれもまた「意識した」コントロール下においてやること、なども原則として挙げられます。

・「読み」を鍛える=段階的な課題
 オンサイトに臨んでルートの「読み」はたいへん重要なのですが、これはなかなか上手くできるものではありませんよね。やはりこの能力を鍛えるには、段階というものを踏まなければならない。そういった意味で、
まず最初に必要なのは「レッドポイント」できることです。
 あれ? レッドポイントはオンサイトと違う系譜のものじゃなかった? と思う方もいるかもしれませんが、やはり
きちっとルートを把握して(頭に入れて)、レッドポイントできる。そうした(把握)能力がないと、「読み」は当然ながらできません。
 そして次の段階として「フラッシュ」できること。つまり、他人の登りを見て、それを自分のトライに反映できるだけの観察力、再現能力を身につけること。これもオンサイトからはやや落ちるスタイルですが、まずこれが上手くないとオンサイトはままなりません。上手いクライマーというのは、このあたりの能力に非常に長けている(それを自分の登りに生かすかどうかは別ですが)ものです。
 そして、いよいよオンサイトでの「読み」ですが、これはやはり「ムーブの蓄積量」というものが、まずものを言います。プラス、細かい観察力。どこが難しくて、どこは簡単そうか、どこで休めるか、核心(と思われる)個所の、細かいフットホールドも、オンサイト上手なクライマーは、実によく見つけて覚えています。
 といってもちろんこうした「読み」は全て間違えずにできるわけではなく、ある程度は「とりあえず行ってみるか」という見切り発車になるとは思います。が、それでも
これらを、「自分で」読んでいるか、あるいは把握しているか、が、「読む能力を鍛える」という意味で、大きく問題になります。よく見る「そこをこう持って、そこに足上げて」という、人から指示されながらの登りは、この能力の育成を完全に阻害していると言えます。

・体の「ひらめき」を鍛える
 「読み」を鍛えるのと同時に重要なのは、体の自然な「ひらめき」です。
 要は、
このホールドを掴んだら、体の向きはこう、足の位置があそこだったら、体勢は、こう、と、瞬時に体が反応して動くような能力のことです。
 これは頭での「読み」と比べるとたいへんに難しく、習得するのも困難なものですが、私自身はこれを非常に大切にし、また身につけたいと常々願ってきました。
 しかし最近、どうもこの能力が私自身、落ちてきているのではないかと感じています。それはボルダリングなどをしていて、ムーブがなかなかわからない、パッと動けない、という時に、つくづく感じます。思うにそれは、おそらく私が、レッドポイントばかりを狙い、オンサイトを疎かにするようになってしまったからでしょう。
 といって、「落ちないために」盲目的にしがみつく、という登り方からでは、やはり「ひらめき」は効果的には生まれません。思うにこれは、むしろ「落ちないはずだ」という、自信に満ちた登りから、自然に出てくるものなのではないかと、私は最近感じています。そしてその自信の基盤になるのは、いうまでもなく、
今までの数々のオンサイトの経験です。この経験(ここではそのグレードはあまり優先的ではありません)が少なければ、当然自信は沸かすことができず、「ひらめき」にも結びつきません。
 なんだか卵が先かニワトリが先かみたいな話になってしまいましたが、しかしやはりこれらの大前提になるのは、「ムーブの蓄積量」ということでしょう。そしてこれも、レベルの高さ(これが糧になる人も中にはいますが、それは相当なハイレベルでの話です)よりも、数の多さ、また、他人から教わっものよりも、自分で見つけたものの方が、断然ものを言うように思います。

・タクティックスを鍛える
 タクティックスとは、要は「攻め方」のことです。
 ルートを読み、要所要所でレストし、核心部は自信を持って突っ込み、失敗したら戻り・・・という一連の流れのことで、これはレッドポイントでももちろん重要になることです。
 で、
オンサイトが(レッドポイントも)上手くない人というのは、体力技術的なことよりも、このタクティックスが上手くないことが多い。ルートをしっかり読んでなかったり、レストをいい加減にして悪い個所に突っ込んでいたり・・・。
 さらに、特にオンサイトで難しいのは、悪い個所への突っ込み方です。もちろん「落ちたくない」から慎重に、1手1手確実に手を出していく、というのはわかるんだけど、これがあまりに極端になると、次に手を伸ばせば良いホールドがあるのに、今持っている悪いホールドでなんとしても体を支えようとして、余計ドツボにハマってしまう。そういうことって、意外と多くあるんじゃないでしょうか。
 こういう時に、経験豊かなクライマーはよく、
「フェイク」という技術を使います。これは、悪いホールドでも大きいホールドのように、自分を騙して、そのように使ってしまう、というものです。それで実際、意外なムーブができたりします。
 ただし、これには相当な自信、しかも多くの経験に裏打ちされた自信がなければなりません。例えば、5.11を何度もオンサイトできてるような人なら、たいていの5.11で、「5.11なんだから」という気持ちでこれを使うことはできるでしょう。あるいは11dを10本オンサイトできてる人なら、初めての12aでも、この技術を上手く使ってオンサイトできるかもしれない(昔の人は皆、そうやってレベルアップして行ったのです)。しかしそういう経験がなければ、これはむしろ無謀になってしまいます。そういった意味で、
成功の経験のみが、成功を生む、という言葉は真実でしょう。
 みなさんも、「オンサイト」という成功を重ねて、フリークライミングの真髄にますます近付いていって欲しいと思います。







  復帰の仕方



 ホットロック(クライミング日記)にも書いたとおり、私、このたび人生で何十度目かの
ギックリ腰をやりました。
 で、そのたびに1〜2週間の寝たきりを強いられまして、おかげでクライミングレベルはこの何十年来、滞ったままなんですが・・・しかし、レベルがいくら伸びないといっても、クライマーである以上、現場には早く復帰しなければならない。
 でもこの歳になってまた一から出直しって、考えただけでも気が重くなるし、といって焦って無理すればまた体を壊すことは目に見えている。
いったいどうやったら上手く前のレベルを取り戻すことができるのか・・・。
 と、悩んでいる方は多いと思います。
 ギックリ腰に限らずクライミングに故障や怪我はつきものだし、それ以外にも仕事やらなにやらでクライミングに思わぬブランクを生じさせてしまうことは、珍しくはないですからね。
 そこで、そういう方のために、
私の復帰法を、ちょっと紹介したいと思います。
 もちろん、これは単に「私の」であることは強くお断りしておかねばなりませんが、でも私、自分で言うのもなんですが、知る人ぞ知る、復帰の帝王ですからね。聞いておいて損はないと思いますよ。

1.安静期
 怪我、故障の最中、
痛みを感じる間は、徹底して寝たきりになった方が良いです。下手にストレッチとか腰痛体操など、しないように。肩の場合は多少動かした方が良いとも言われますが、腰に関しては、痛みがある時期にこういうことをやるのは、もうまったく間違いです。手負いのケモノになったつもりで、穴倉にじっと閉じこもること。
 この時に備えて読むべき本とかDVDとかを、日頃から物色しておくというのも、「復帰上手」への第一歩ですね。

2.回復期
 
痛みが取れたら、簡単なストレッチから始めます。
 ただし、ここで言う「ストレッチ」は、いわゆる柔軟運動(柔軟性を高めるためのもの)ではありません。健康な時にごく普通に手足を伸ばせた範囲までただ手足を伸ばす程度でよろしい。
一つの目安として、手足を思い切り伸ばした大あくびができたら、それで充分です。「散歩」なんていう、きわめてジジくさい行為も、いろんな意味で、たいへん役に立ちます。

3.最初のクライミング
 
これ、非常に重要です。この時のエクササイズが、この後のパフォーマンスレベルの上り具合を決めると言っても良いです。
 
で、なにをやるかというと、一言「毛細血管トレーニング」です。
 これ
は『クライマーズ・ボディ』の45ページと、83ページにも書いてあることで、おそらく見過ごしている人の方が多いとは思いますが、要は最大筋力の30パーセント以下の負荷で10〜20分動き続けることで、毛細血管を活性化させるという運動です。
 
具体的にはスラブ〜垂壁程度のボルダーで、なにしろ手を伸ばして届く範囲の一番大きなホールドを使い、前腕にちょっとでも力が入らないようにして、登ったり下りたり、トラバースしたりして、10分以上動き続ける。それを2〜3セットやる。
 これによって、長いブランクで半分閉じたようになっていた毛細血管に血液を行き渡らせ、運動中に血液が効率よく流れるだけの太さに戻してやる。
 これは前腕にまったく手ごたえを感じさせないため、たいへん物足りなく思うかもしれませんが、それで良いのです。で、初日はこれで終わりにする。
 
ここで前腕に力を入れること(いきなりのクライミングやボルダリング)をしてしまうと、筋肉が収縮して毛細血管が閉じてしまい、活性化が阻害されてしまう。そうなると、今回の復帰はまた1日遅れたことになります。前腕が完全に回復してから、また改めて、出直すしかないです。

4.2回目〜5回目くらいまでのクライミング
 上の「毛細血管トレーニング」は、1日でも良いと言や良いんですが、ブランクが長ければ2〜3日はやった方が良いです。
 で、次の実際のクライミングはというと、これもきわめて低い負荷から行ないます。具体的には
いつもやっているグレードの、数字2つ3つ下くらい、5.12をやっている人なら5.10、5.11の人なら5.9を、メインターゲットにして、ある程度の数こなすことを目標に行ないます。
 もちろんその前のウォーミングアップも重要だから、実際はもっと低いグレードから登ることになります。そしてそれを、3〜4日かけて徐々に上げていきます。
 ちなみに私の例を挙げると、私の場合、いつも目標にして登っているのは5.12ノーマル〜5.13マイナスくらいだから、(実際のクライミング)
初日は、5.7、5.8、5.9、5.10a×2〜4本、10b×2〜4本、10c×1〜2本くらい。2日目は5.7、5.8、5.9、に、5.10a〜dをそれぞれ2〜4本と、11aを1本入れるか入れないかくらい。3日目は5.8、5.9、5.10a〜dをそれぞれ2本程度に、11a〜cをそれぞれ1〜2本。4日目は・・・・と、ほぼ同じペースで上げていって、前のレベルに戻るようにします(ブランクの度合いによってはもっと早いペースの時もありますが)。
 よくこういう話をすると「5.8じゃあ欲求不満になるでしょう」なんて言われるんだけど、そんなことありませんよ。
せっかくの良い機会だから、5.8でいかにしたら上手く登れるか、力を使わずに動けるかを研究しています。極端な話、復帰するたびに私、クライミングが上手くなっていくような気さえしますよ。

5.通常のローディングまで

 上のウォーミングアップレベルを越えたグレードあたりから、手ごたえを追求するようになりますが、
まず基本は、一つのグレードを、1日に3本、ノーフォールで登れるようになって、初めて次のグレードに進みます。
 具体的には、私の場合、まず最初の手ごたえとなるのはやはり12という数字で、12aは、まあオンサイトできても、bになるとわからない。
 そういう時は、12aを3本、とりあえず1日でノーフォールで登れるようになるまで頑張ります。で、それができたら12bにトライ。だいたいはやはりオンサイトできるんですが、それでもすぐcには進まず、またbを1日で3本、ノーフォールクライミングすることを優先する。
 で、それができたらcにトライするわけですが、このあたりだと、たまに落ちてしまう時がある。しかしまあ、よほどひどいトライにならない限り、それで良しとして、とりあえずそのルートをレッドポイント。さらにもう1本、そのグレードでオンサイトトライをするなどして、まあ、とりあえずここでも
1日3本、ノーフォールクライミングを目指す。あるいはここで長くつまずくようなら、一つ下のグレードに戻って、またそこでの1日3本エクササイズをやり直すこともあります。
 というわけで、こうしたステップアップの方法は、しかし私、故障後に限らず、いつもだいたいこんなふうにやってはいることなんですが、でも
故障後というと、なんかね、新しくお正月迎えた後みたいに、新鮮な気持ちで、ちょっと襟を正してやってみたくなる。それが「復帰」の醍醐味というものでしょうかね。

6.久々の目標ルート
 さて、このあたりまで来たら、もう復帰は上手くいったと言っても良いでしょう。
 で、12dを、久々にオンサイトできたら嬉しくて仕方ない。でしょうが、このあたりだとなかなかそうは上手くいかない。
 でも本当に
このあたりが自分の実力の上限だと思えたら、ちょっとプログラムを変えて、目標のルートを、いかに早くレッドポイントできるか、ということにしても良いでしょう。
 そのためには今度は数打つということをせず、1本1本、集中力を込めて、大切に登るようにする。
休みも効果的にとるようにする。
 で、そうして1本レッドポイントできたら、また1日3本プログラムに戻っても良い。
 しかしまあ、このあたりまで来たら(だいたい復帰からここまで1〜2ヶ月はかかるでしょうか。さすがに私もそう毎日毎日遊んでいるわけにもいかないしね)自分のコンディション、気合、モチベーションなどと相談して、結構テキトー、良い言葉で言えば臨機応変にやってますね。やはりクライミングは「楽しむ」ことが大切ですから。
 そして最後に言えば、
こうした復帰への過程も、すべて「楽しい」と思うことが大切です。それこそこのへんの駆け引きが楽しめるようになれば、「復帰」の免許皆伝というところです。







  ナチュラル・プロテクションの練習法


 最近、またクラックが流行りだそうです。
 いいことです。
 私がクラックが好きだから言うわけではありませんが、やはり自然の岩を、ボルトなどを使わず、プロテクションを含めすべて自然の状態で、人間の力だけで登る=「フリークライミング」という考え方の、これは究極の形のような気がします。また、これらはこれからのアルパインクライミング=ボルトに頼った従来のW級A1クライミングではなく、その岩壁の個性を尊重し、それに即そうとした本来的なロッククライミングでも、たいへん重要な要素になることでしょう。
 しかし、問題はその
「プロテクション」ですよね。
 今はスモールカムやレンジの広いカムなども出て、ナチュ・プロのセットはずいぶん楽になった、とはいえ、やはり慣れないと上手くできないこともあるし、万が一墜外れでもしたら大変・・・。そんな先入観から、クラックを避けて通るという人も多いことは事実でしょう。とはいえ、これらに慣れてくると、自分が決めたナッツ、カムなどは、誰がいつ打ったかわからないボルトなどより、よほど信頼感が置けるようになるものです。やはりこれらの技術はマスターしておいて損はない、というか、フリークライマーには必須のものともいえるでしょう。
 そこで、こうしたナチュラル・プロテクション・マスターのためのポイントを、いくつか挙げてみましょう。

クラックの幅にあわせたカム、またはナッツのサイズを、瞬時に判断できるように目を養う。これは私どものような年がら年中クラックを登ってるような者でも、しばらくやらないと目が鈍ってしまうものです。クラックにはしょっちゅう、カムをつっこんでいることが大切。

カム類をセットするクラックの幅は、そのクラック全体の印象ではなく、細かく分けてそのクラックで最も面が平行になっている部分を探すのが第一。例えば小川山のカサブランカなど、ハンドジャムだからとハンドサイズのカムしか使わない人が多いのですが、よく見ると奥の細い部分に面が完璧に平行な個所があり、そこにフィンガーサイズのスモールカムが利きます。

カムのセットで最も危険なのは、上または奥開きの個所。「ボトミング」という感覚でこうした個所にカムをセットする人が多いのですが、これはロープの揺れでカムがひとりでに進んで行き、オチョコになって外れてしまう場合が多いです。カムはセットした後、多少動く(上に進む)ということを常に考えてセットすること。また、カタログに、「下開き、外開きにも有効」とはあるけれど、これも当面は考えない方が良いでしょう。落ちたらまず外れます。

ナッツをなるべく使うようにする。今はかなり極少のサイズもカムがあるのでこれに頼る人が多いのですが、凸凹したクラックや細いリスなどにはナッツの方がよく決まる場合が多いものです。しかもこれらは利くと強い。もちろんこれらは完璧にボトミングが利いていて、しかも外側に対してもそれが利いているということが条件になるのですが、幕岩や城ケ崎のクラックはそういう個所が意外と多いものです。ぜひ試してみてください。

セットしたらテスティングを必ず行なう。これはしかしよく上にもしつこくやっている人がいるが、その必要はあまりない。落ちた時にどう引かれるかを考え、それだけをやれば良い(その意味では確かに上に引かれるものもあり、その場合は上へのテストも必要)。

ランナウトはしない。私、前にロクスノに「ヨセミテを登るならランナウトできないとダメ」ということを書いたため、どこそこのルートにプロテクションいくつ、なんてことを気にする人が増えたという話を聞いたことがあるけど、ごめんなさい、それ良くないです。まずはランナウトなどせず、そのルートのどこの個所にも何かしらのギアを完璧にセットできる、という技術を養うことが大切です。例えば先のカサブランカや、プロテクションが悪いと評判の愛情物語など、下から上まで実はほぼ50cmおきに完璧にカムをセットしていけます。まずはそういうことを練習して欲しいと思います。「ランナウトできる」というのは、ランナウトして頭が爆発した状態でも、プロテクションが欲しいと思った個所にはいつでも何かしら完璧なものをセットできる技術がある、ということだと理解してください。

核心、またはそれが予想されるような個所の手前では、必ず「固め取り」をするようにする。必要ないと思っても、2つ以上のギアを必ずセットするように自分にルール付けする。そうすることによって、ナチュ・プロ技術はますます磨きがかかるはずです。

同じルートを何度もリードする。よく「このルートは一回リードしたから、もういい」という人がいますが、それでは技術は高まりません。ナチュ・プロ技術は、どこのルートを(あるいはどの難度のルートを)登ったかではなく、クラックに何回ギアをセットしたかで、決まるものです。そういった意味では、前にド必死でランナウトしながら登ったクラックを、今度はその倍のギアをセットしながら登ってみるというのも、たいへんためになるものです(先に言ったプロテクションを減らしていくというトレーニングは、その次の段階にあるものです)。

・最後に最も重要なのは、
「ナチュ・プロ技術は、しっかりしたクライミング技術を前提にして初めてあるものだ」いうことを肝に銘じるということです。具体的には、そのルートの要所要所でしっかりしたレストの体勢を作れるだけの技術があって、初めてそのルートをナチュ・プロで登れるということ。これができずにいつもワナワナ状態でいくらカムの扱いに長けても、意味がありません。ナチュ・プロ技術の練習に「命がけ」は禁物です。まずはしっかりしたクライミング技術を磨くこと。これがすべてのクライミングの基本であることは、どんな課題であれ、変わらないのですね。







  正対と側対、軸足と蹴り足


 「正対登り」と「側対登り」。皆さんこの言葉は、もちろん知っていますよね。
 ジムなどに行くと多くの人が、体をあっち向けたりこっち向けたり、ハデに腰を切り替えしつつ登っている光景を目にします。特に初心者からちょっと抜け出るか出ないか、くらいのレベルの人の多くは、それがほとんどマニュアル化された動きになっており、見ていて「う〜ん・・・」と唸ってしまいます。いわゆる「ジム登り」というやつですね。
 といって、では「正対」の方が良いかというと、これもやたらホールドにしがみついてしまったり、左右のバランスが明らかに崩れているのに無理やり次の一手を出そうとしてしまったり・・・。どうも失敗も多いようです。
 さて、ではどうしたらいいかというと・・・、これはもう、
最終的にはその都度その都度、ホールドの配置に応じた選択をするのが大前提ではあるのですが、そのための「駒」作りとして、やはりこれらは段階を追って使い分ける必要があるかと思います。そこで、こうした技術を典型として学べるジムで、普段私がプログラムとしている例を挙げてみますと・・・。

@まずは正対で、「足に乗る」という登り方を覚える。この時注意したいのは、絶対に「足限定」をしないこと。この段階でそれをすると、体のバランスの保ち方を理解しないまま、力でホールドに飛びついていくという登り方になってしまう(そういう人、多いです)。課題は、足を自由にして「最も楽な足の場所を見つけながら」登ること。これによって体の自然なバランス感覚を身につける。プラス、体を動かす時には、重心を体の中央に置かず、左右の足に交互に移しつつ登る。スケートをするような、いわゆる「抜き」でという技術で、腕の力ではなく足の働きによって重心を上げるということを覚える。

A縦ホールドや斜めホールドに対応した「振り」を覚える。体は側対になる。この段階では冒頭に挙げたような、かなりハデな振りでも良い。ポイントは、肘を脇に閉めて(もっと正確に言えば、引き付ける側の肘は、お臍に向かって引き付ける)ホールドを維持するという、力の入れ方=というより力を入れる際の最も楽な方法を覚えること。

B対角線バランスに基づいた、「軸足」ということを理解する。まずは側対で、軸足(ホールドを保持している手とは逆側の足)だけに乗り、逆足は壁にスメアリングという「形」を覚える。そして次の一手を捉えたら、両手で上半身をホールドしつつ、今までスメアリングしていた足を次のフットホールドに乗せて体の向きを入れ替え、今度は今まで重心を乗せていた足をスメアリングに変える。=再び軸足に乗った、対角線バランスの状態(さっきとは逆向き)になる。これを繰り返し、「型」として身につける。

Cこの軸足に乗る+逆足は壁にスメアリングを、今度は正対でやってみる。
感じとしては、対角線バランスだけで立とうとすると、その軸が斜めなため、体が片方に落ちてしまう。それを逆足のスメアリングでこらえる、というようになると思います。

D上記正対で、壁にスメアリングした足で体を蹴り出し、片手を高く伸び上がらせる、という「形」を覚える。さらにこのスメアリングの場所を上下に変え、さらに高くまで手を伸ばせるようにする。これができたら次は同じことを側対でやってみる。

 と、まあ、だいたいこのようなところですが、
ここでのポイントは、「軸足」というものを理解し、意識する。そしてその逆足を「蹴り足」としてやはり理解、意識し、これを有効に使う、ということです。これらは登り慣れた人たちは無意識的にすでにできている場合が多いのですが、逆にかなりの年数登っている人でもこれが理解できていない人や、特に初心者はまったくできていない場合が多いものです。しかし、クライミング、特に外岩のクライミングでは、この、特にCの形が、実は最も多い。ベースになるとも言って良いものです。それにプラス、ごく稀に側対がつく程度だと考えてもらっても良いかと思います。いつも腕の力を人よりたくさん使ってしまう、動きが変だ、高いホールドになかなか手が届かない、という人は、これらをもう一度意識して、工夫してみてはいかがでしょうか。







  「刷り込み」という弊害


 「刷り込み」という言葉をご存知でしょうか?
 心理学や動物行動学なんかで主に使われる言葉で、要はある経験(多くは繰り返しによるもの)が、その固体の行動や心理を永続的に固定する、というその「経験」のことです。おそらく誰もが日常生活でも何かしら身に覚えがあることと思いますが、これはもちろんスポーツの世界でもトレーニング方法としてよく使われます。かつてオシム監督がやった、ボールが飛んできたらキャッチせずにワンタッチで蹴り返せ、なんていうのがこれですね。
 しかしこの「刷り込み」、そのように良い方に使われる場合もあれば、逆に悪い方に影を落としてしまう場合もあります。体操やフィギュアスケートなどで、同じ場面で必ず失敗してしまう、なんてのはまさにその典型でしょう。
 というところでクライミングの場合ですが、私、思うに、
なかなか上手く登れない人というのは、この「刷り込み」に影響されている場合が多い。「エラーの記憶」という言葉で前にも紹介しましたが、どうも、悪いムーブが、それを繰り返すことによって完全に固定化されてしまっている人が多い。で、見たところ、その悪い「刷り込み」には3つの大きなパターンがある。「3大悪刷り込み」と言ってもいいでしょう。それをちょっと紹介してみたいと思います。

×1.ホールドを掴んだ瞬間、腕で引き付けてしまう
 これはもう、腕力の強い男性の、典型的症状ですね。ホールドが悪くなった時、本来ならば良いフットホールドを探したり足限定ならより良いバランス状態を考えなくてはならないのに、逆にホールドにしがみついてしまう。しかも力任せに。
 結果、足元が見えなくなってフットホールドを見失うし、体のバランスも最良の位置に持っていけなくなる。指も、すぐ力尽きる。
 
これは「力の抜き方」の項でも説明したように、技術以前に、筋肉の神経系がそうなってしまっているからです。とくに懸垂などのトレーニングを多く積んできた人にはこうした動きが、体に刷り込まれてしまっている場合が多い。あるいは最近では、1手2手ができないボルダーを、延々やり続けている人が、こうなりがちですよね。

×2.対角線バランスではなく、「籏」状態で手を伸ばす
 クライミングのバランスの基本は、右手=左足、左手=右足といった、「対角線保持」です。これは『ベーシック・フリークライミング』に書いてありますのでここでは詳しくは触れませんが、その逆が、右手=右足、または左手=左足で体勢を維持した、いわゆる
「籏」ですね。これはバランス的にたいへん悪く、逆手の伸び上がりもきわめて悪い。力も相当必要になります。クライミングではまず最初に排除しなければならない動きのひとつと言っても良いでしょう。
 ところが最近、この「籏」バランスが体に染み込んだ人がなぜか多い。
 これはおそらく、「対角線バランス」を形としてしっかり教わっていないことと、さらに
大きな原因は、逆に「籏」を強要するような課題を多くやってしまっているからなのではないかと思います。実際、コンペ用のルートやボルダーというのは、「登りづらさ」を追求したものが多く、中には本当に変なバランスを強要されるものがあります。そうしたルートをやっていると、体が自然に「籏」状態に動いてしまうというわけです。

×3.すぐ「テンション!」をする
 これは「落ちずに登ることの重要性」の所でも触れたことなんですが、よくよく見るに、
やはりこれも「神経系」の問題だというように思えてきました。ガバ掴んでいるんだからレストしたり足に乗って手の力抜いたり、あるいは1歩2歩戻ったりすればいいのに、すぐ「テンション!」と叫んでぶら下がってしまう。ちょっとムーブを間違えると、あるいは予想より腕が疲れてくると、やはり「テンション!」してしまう。もう30トライ目だといのに、毎回同じ所で「テンション!」してしまう。
 
これはもう、そういうふうに体が刷り込まれてしまっているからでしょう。本当はテンションなんかせずに登れる方法があるのに、パブロフの犬のように、絶対「テンション!」を叫んでしまう。「刷り込み」というのは、本当に、体に染み付くものなのです。

 
さて、ではこういうふうに「刷り込」まれてしまった人はどうしたら良いか?
 まず大切なのは、これは「刷り込み」によるものなんだと意識することです。
 そして、これを排除するためには、こうした「刷り込み」に結びつく動きを、極力排除すること。これを強く意識することです。

 ×1の人は腕の力を要するルートを、極力やらないこと。やさしい、足で立って動けるルートやボルダーで、腕の力を抜いた登り方を、逆に「刷り込む」こと。
 ×2の人は言うまでもなく、「対角線バランス」のみで体を動かしていくようなルートをやること。それを強く意識すること。
 ×3の人は「テンション!」と言わないこと。もちろん簡単に落ちないこと。グレードをやや下げて、落ちずに登れるルートで「落ちずに登る」記憶をたくさん詰め込むこと。
 
いずれも忘れてならないのは、「悪いムーブ」の経験は体を悪い方悪い方へと必ず刷り込んでゆく。だから「悪いムーブ」は、絶対経験しないようにしなければならない。もし一度でも「悪いムーブ」をしてしまったら、その記憶を体から抜くためには、「正しいムーブ」を、その倍以上の数、必ず経験しなければならない。ということです。
 で、現実的なトレーニング方方法としては、自分が今課題としているルートよりやや(あるいは大分)やさしめのルートで、正しい「型」を「刷り込む」ことをお薦めします。以前新井裕己さんが言っていた「人は“できる”ことからしか、できることは学べない」というスポーツの大原則は、ここでも確実に言えることなのです。








  ルートファインディングの“ツボ” 


 先日、テレビで面白いことを紹介していました。
 それは産経新聞(7月10日)に載った『プロ棋士の“ツボ”発見』というもので、それによると、プロ棋士には、局面を認識する時、一般人とは異なる特有の脳活動が現れる。それは頭頂葉頭頂連合野の後ろの部分(背内側部)がポンポイントで活性化するということで、これは初心者には現れない。ちなみにこの頭頂連合野というのは空間認識をつかさどっており、つまり
ロは将棋盤を見たときに、「将棋の駒」ではなく、「配置」を瞬間的に理解している。それが局面で最善手を選ぶ「直感」に関係している。また、脳のこうした働きは、生まれながらのもの(才能)ではなく、トレーニングによってもたらされる。などなどということです。

 これを聞いた瞬間、私は
「おお、まさにクライミングと一緒!」と、手の平を打ちました(お茶の間ドラマにありがちなリアクションですね)。
 というのも、我々プロ、までいかなくとも、そこそこの玄人が初心者を教える場合、
一番理解できないのが、初心者といわれる人たちは、なんであそこまでルートを把握できないのか? ホールドを見落としたり、逆の手で掴んで動けなくなったりするのか? ということだからです。そしてそれが、何も意識しなくても壁を一目見ればごく普通にラインを見つけることが“できる”我々には、もうまったく理解できない。
 そしてそういう人たちの多くは、ホールドを教えてすら、それを覚えられない。何度やっても同じ間違いをしたり、見落としをしたりしてしまう。それてそういう人のほとんどが「私は記憶力が悪いから」と言う。

 う〜ん、記憶力の問題かな? 自分も決して記憶力ある方じゃ、ないんだけどな? といつも思うんだけど、では何が悪いのかがいまひとつわからない。集中力の問題。とも、思えない。

 というところに、先の記事で、「おお、そうか!」となったのは、なるほど、
要は初心者は、壁を、そしてホールドを、「配置」として見ていないんですね。もっとわかりやすく言うと、「空間」として、あるいは「地図」として、見ていない。
 ではどう見ているかというと、「数列」として、あるいは化学記号かなんかの「配列」として見ているのでしょう。

 そういえば昔、バイトで車の運転をしていた時、男の人は目的地まで行くのに、あの辺を東に行くと大通りに出るからそれを南に行って、あの辺で適当に線路の反対側に行って・・・とおおまかな地図を頭に描いて考える人が多いのに対し、女の人はあの交差点を右に行って、パン屋さんを左に曲がって、その先の信号を右に・・・と、目の前の目的物と右左だけで覚える人が多い、と聞いたことがあります。

 
要は「空間認識」をするかしないかということで、これは男女の差だけでなく、それまでどういう頭の使い方をしてきたかによるところが大きい。
 いや、これは頭を使った使わなかったではなく、数列的に使ったか、空間的に使ったか、ということですね。実際、かなり頭のいい人が、数列的な考え方で、ものすごく細かく道順を覚えている、なんていうこともあります。
 でもそういう人が、一歩違う道に入ると、もうどうしていいかわからなくなったりする。
 なんかクライミングでハマる時に似ていませんか?

 さて、ということで、
ホールドを覚える“ツボ”のワンポイントアドバイスは、壁全体を「地図」だと思って覚える、あるいは覚えなくても良いから「地図」として認識する、ということでしょうか。
 あの辺りからあそこに抜けて、あそこはこっちに抜けて、ということと同時に、あそこに大きな公園(レストポイント)がある、あそこは狭い住宅地で入り組んでいる(核心)。だからあそこだけ、ここからこう入ってこういうふうに抜けると注意しておこう、などと頭の中に入れておく。

 
そしてこれが最も重要なアドバイスですが、そうした見方、壁の空間認識は、トレーニングによって必ず上達する、できるようになると意識することです。そのためには、できるかぎり、毎回、壁全体を自分自身で地図的に把握して取り付くようにすること。ホールドを順番に覚えるだけではダメです。そんなことしてもまず覚えきれないし、先に言ったように、ちょっと間違っただけでまったく応用が利かなくなります。また、いうまでもなく、登るたびに「そこ右手」「左手はそこ」「そこに足上げて」などと指示されながら動くようなことは、絶対に×です。これは空間認識能力ばかりでなく、ボディイメージまで殺してしまいます。

 
1年。なんだかとても長いように感じるかもしれませんが、空間認識が苦手と思う人は、だいたい1年くらいは、こうしたことのトレーニングに必要と考えてよいでしょう。プロ棋士に比べれば、楽なものです。







  落ちずに登ることの重要性


 フリークライミングの「トライ」の目的は、いうまでもなく、目標のルートを落ちずに、完登することです。そのために、時には何度も失敗して、つまり落ちながらムーブをあれこれ研究して、完登を目指す。それが今のフリークライミングの、大方のスタイルといえるものです。
 しかし、ここで疑問なのですが、そういう、「落ちる」を繰り返すクライミングって、どうなのでしょう? というのは、モラルとかそういう問題ではなくて、その「落ちる」トライは、フリークライミングの最終的な目標である「落ちずに完登」のために、本当に役立っているのかどうか、ということです。

 もちろん、「トライ」の中には「エラー」は必ずあるものだし、そのエラーの修正と、「できた」記憶の積み重ねが、すなわち「トライ」ということだ。それは私もわかります。
 とはいえ、
この「エラー」というものは、逆に「完登」から自らを遠ざけていってしまっているように、見える場合もなくはない。というより、私自身は、効率的な「トライ」に、「エラー」はむしろ邪魔なものだとさえ思っている。その理由はいろいろありますが、それを説明する前にまず言っておきたいのは次の言葉。

「クライミングテクニックとは、登るためのものではなく、落ちないためのものである」

ということです。そしてこの「落ちない」ことが、先に言ったように良いスタイルとかそういう意味ではなく、「技術を高めるためのもの」として、最重要課題だということです。

 例えば濡れた丸木橋を渡る場合、たいていの人は恐る恐る足を出しながら、一歩一歩進む。神経をフルに働かせて「落ちない」ことを慎重に確かめつつ、進む。時には踏み出した足を引っ込めて置き直すこともあるし、体重の移し方を特別な方法に変える場合もあるでしょう。
要は「落ちるか、落ちないか」を体の感覚で把握し、「落ちない」ためにあれこれ工夫を凝らしつつ、進む。その「工夫を凝らすこと」こそが、クライミングに置き換えると「技術」というものだと、私は思うのです。
 もちろんその「工夫」の中にはある程度のエラーもあり得るのですが、それでもその「工夫」の本来の目的は、「エラーをしないこと」です。エラーをしても良いと思ってした「工夫」は、正しい「工夫」ではありません。

 クライミングに例えると、あるホールドに手を伸ばそうとする時に、ただそのホールドを掴むことだけを考えて手を伸ばしたらバランスを崩して落ちるけれど、今掴んでいるホールド、立っているスタンスで、上手くバランスを崩さないように工夫しながら手を伸ばせばなんとか落ちない。
そうした時のその「崩さないようにする」工夫こそが、つまりは「テクニック」の本質だということです。そしてこの「工夫」は、エラーによって中断または否定されます。つまりエラーによって、いや正確には「エラーを許容すること」によって、本来そのルートで発見し身につくはずだった「落ちないための」、つまり「登るための」正しい「テクニック」は、闇に葬り去られてしまうのです。
 そんなことはわかっている。私だってエラーしたくてしているわけじゃあない。エラーしないでできたらそれに越したことはない。と、思う人もいるかもしれません。が、それにしても今、多くの人は、エラーというものを、あまりにも簡単に受け入れすぎる。逆に、エラーしまいと「工夫」する過程が、あまりにも少ない。それでは「落ちずに完登」のためにあるはずのクライミングテクニックというものは、なかなか身につかないだろう、ということです。

 
また、前回挙げた神経系の話からいくと、この「エラー」というものは、やればやるほど、神経をその「エラー」に固定してしまうという悪癖があります。つまり「エラー」の記憶は、体に貯まるものなのです。その中に割り込んだごく僅かな「成功の記憶」を、ここぞ、という時に意図的に引き出してくるというのは、並大抵のことではありません。この能力が優れた人が、すなわち優れたアスリートということになるのですが、一般人ではなかなかこうはいきません。それなら「エラー」の記憶を少なくする方が効率が良い。「落ちずに」登ることは、そういった意味でもたいへん重要、かつ有効なことなのです。
 体にあまりにも「エラー」の記憶が染み込んでしまった、と思っている方は、一度レベルを落として、「落ちない」クライミングをたくさん経験することを、ぜひお薦めします。もちろんその時も、濡れた丸木橋を渡るように、「落ちずに」体を動かすことを、強く、慎重に、心がけてください。







  力の抜き方


 登る時、なんかいつも力が入ってしまう。動きがどうも強引だ。すぐパンプしてしまう。
 こうしたことへの対策は、まず1つはムーブを洗練させること(重心の“抜き”や、体の振りなど)ももちろんあるのですが、最近特に感じていて、講習生にアドバイスしようと思っているのは、

 「筋出力の神経系を、改善する」

 ということです。
 
そもそも筋肉の出力加減というのは、いうまでもなく、神経が支配しています。
 例えば投げられたボールを受け取る時、そのボールの重さがわかっていなくても、手の平に触れた瞬間、どれくらいの力で掴めばいいか、神経が瞬時に判断します。思ったより重たいボールなら瞬時に力を強めるし、思ったより軽ければ力を弱める。それができないと、重たいボールを足元に落っことしてしまったり、軽いボールを手の平でバウンドさせてしまったりする。
 このあたりの瞬間的な反応を支配しているのが「神経系」というもので、これは筋肉の量や技術の良し悪し、頭の回転の速さなどとはまた違ったものです。あくまで「神経系」の働き。つまりこうした反応運動をたくさん経験することで、神経線維が発達し、構築されたことによるものなのです。

 あるいは車の運転でも、例えば坂道発進で、この勾配でアクセルをどれくらい踏み込めば止まっていられるか、そして発進できるか。その匙加減は頭ではいちいち考えず、もっぱら足裏の感覚で判断しているわけですが、この感覚が鈍い人というのは、やたらアクセルを踏んで空ぶかししながら、それをハンドブレーキで無理やりおさえつつ、発進する。上手い人は必要最小限の踏み込みで、きわめて静かに発進する。
 これを人間の運動に置き換えると、この場合のアクセルワークをする人が「神経」で、車の馬力・性能が「筋肉」ということになります。筋肉をいくら鍛えて車のポテンシャルを上げても、またそれをフルに発揮しても、ドライバーがちゃんとそれを制御していなかったら、上手い運転はできない。
 ではそうした制御の仕方を、どう学んだらいいかというと、これはもう、そういう匙加減をたくさん経験するしかない。免許取りたての人は坂道発進でやたら空ぶかししてしまうけれど、何年もこれを経験していれば、特に意識しなくても静かに発進できるようになる。どの程度アクセルを踏めば良いかという「見切り」が、自然に身についてくる。

 ずいぶん回り道したけど、クライミングもまさにそういうものです。ホールドを掴んだ瞬間、やたらアクセルを踏んじゃう人と、さほど踏み込まない人がいる。で、アクセルを踏み込む人はやたら早くガス欠になるもんで車のポテンシャルを上げようとするんだけれど、それは違う。ドライバーの「見切り」、要は筋出力の神経系を、高めるべきなのです。

 最近、講習生を見ていて、同じ技術、同じ登り方なのに、腕に力が入る人と入らない人がいる。これは「技術」だけでなく「神経」の使い方の違いなのではないか、と思うに至った、というわけです。

 さて、それでは具体的にどういうことをしたら良いかというと、それはやはり「力を使わない程度のやさしいルートをたくさん登る」に限ります。
 5.10クラスの人は、5.9、5.8、どころか、X級、W級。これはいわゆるフリークライミングのゲレンデには少なく、三ツ峠や越沢などアルパイン系のゲレンデにいきおい頼ることになりますが、そこでこういう難度を体験し、スムーズに、力を入れずに動けた、という記憶を体に覚えてもらうと、その後の動きが大分違ってくる(その点、小川山はそれができる「フリーの岩場」です)。これは経験的に絶対言えることだったのですが、先の「神経系」の話でも充分説明がつくことです。
 
フリークライマーはよく「難しいルートをやらないと上手くならない」と言うけれど、私の考えではその機会はほんの僅かで良い。そしてその機会の比率は、レベルによって大きく変えるべき(レベルが上がるにしたがって、少→多)であると思っています。

 同じ意味で、ジムでお薦めなのは、ボルダリング壁での
・スラブ〜垂壁くらいの傾斜の、やさしい、長もの(5.9以下)。足はもちろん自由。
・混んでいる時は、一番やさしいグレードの課題を、登って、下りる。できれば壁から降りずにそのまま隣に移って、同じグレードのルートでそれを繰り返す。
・混んでいたら一旦床に降りて移動しても良い。
・ちょっとでも力が入ったと思ったら、グレードを落とす。

 これを、1日に必ず1回、行なう。できればウォーミングアップとして行なった方が、筋出力の記憶を体に覚えこませることができて良い。また一般的に、神経系のトレーニングは筋肉が疲労している時にやってはならないという原則も、頭の片隅に入れておいて良いでしょう。
 いずれにしてもこれは、技術のトレーニングでも持久力のトレーニングでもない。あくまで「筋出力の神経系」のトレーニングなんだと、割り切ってやること。課題は「力を抜いた筋肉の使い方を覚える」です。そう思えば、新たなモチベーションもきっと湧いてくることと思います。



菊地敏之 クライミングスクール&ガイド
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