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モーリス・ユトリロ
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ユトリロ-NO.9

【モンマルトルの街】




ユトリロ-NO.10

【ムーラン・ド・ラ・ギャレット】




ユトリロ-NO.11

【雪のラパンアジル】




ユトリロ-NO.12

【モンマルトルの風車】




ユトリロ-NO.13

【ラパンアジル】




ユトリロ-NO.7

【モンマルトルの坂道】




ユトリロ-NO.5

【テアトル広場と...】




ユトリロ-NO.3

【サン・ドニ】




ユトリロ-NO.1

【小塔のあるホテル】




ユトリロ-NO.6

【3つの風車】




ユトリロ-NO.2

【リボリ通り】




ユトリロ-NO.4

【トゥレルのカフェ】




ユトリロ-NO.8

【モンマルトルの散歩道】



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━ モーリス・ユトリロ [ Maurice Utrillo ] の略歴 ━
●1883年 12月26日、モンマルトルのポトー通り8番地でマリー・クレマンチーヌ・ヴァラドン(通称シュザンヌ)は私生児を出産、モーリス(ユトリロ)と名づける。母マリーは13歳の頃から働きはじめ、お針子、給仕など職を転々とし、モーリスを出産した頃はシャヴァンヌ、ルノアール、ドガなどのモデルとして雇われ、自らも絵筆を執り始めていた。
●1886年 祖母、母、子の3人はモンマルトルのトゥラック通りに住む。マリーは、ロートレックと交際を深め、この頃からシュザンヌ・ヴァラドンと呼ばれるようになる。
●1891年 スペイン人ジャーナリスト、ミゲル・ユトリロはモーリスを法的に認知し、以後ユトリロ姓を名乗る。
●1894年 プルリマール学校に入学。
●1896年 母シュザンヌ・ヴァラドンはポール・ムージスと結婚し、コルトー通り12番地にアトリエを持つ。ユトリロはパリ郊外のピェルフィットで祖母に淋しく育てられる。
●1897年 パリ市内のロラン中学校に入学する。カフェでは飲酒をおぼえる。
●1899年 中学校を中途退学する。
●1900年 義父ムージスの伝でリヨン銀行に就職するが、すぐに問題を起こして退職。以後いくつかの仕事に就くも長続きしなかった。
●1901年 パリからピェルフィットに戻る。飲酒癖と奇行は直らず、パリのサン-タンヌ病院にアルコール中毒患者として入院。アル中の対症療法として絵を描き始める。
●1903年 一家はパリの郊外モンマニーに移転。【モンマニー時代】(〜1907)
●1904年 軍隊に召集されるが、兵役免除となる。
●1905年 作品が額縁屋のアングリに初めて売れる。
●1906年 イタリアからやって来たモディリアーニと知り合う。
●1908年 この年、600点以上の作品を描く。
●1909年 母シュザンヌ・ヴァラドンはムージスと離婚し、ユトリロより3歳年下の画家アンドレ・ユッテルと同棲。ユトリロや祖母マドレーヌと共にパリに住む。
●1910年 アル中治療のためサンノワの療養所に入院。【白の時代】(〜1914)
●1911年 ますますアルコールに溺れる。軽犯罪でパリのラ・サンテ刑務所に一ヶ月入る。
母の許を飛び出し、セザール・ゲーの店「カス・クルート」や女主人マリー・ヴィジェの店「美しきガブリエル」に入りびたりになる。
●1912年 再度、サンノワ療養所に入院。ブルターニュ地方へ転地療養するも精神疲労ははなはだしく逆効果となる。
●1913年 ユージェーヌ・ブロ画廊で初個展。展示31点のうち売れたのは2点。
コルシカ島に旅行。
●1914年 相変わらず酒びたりの生活が続く。【色彩の時代】(〜1925)
●1915年 兵役に志願するも、免除となる。
祖母マドレーヌ死去。
●1916年 アルコール中毒が悪化し、4ヶ月にわたってヴィルジュイフの精神病院に入院。
その後、入退院を繰り返す。
●1919年 ルプートル画廊で個展。大評判となり、華々しい脚光を浴びる。
●1921年 また軽犯罪を犯し、ラ・サンテ刑務所に拘留。釈放後はユッテルの配慮により幽閉状態の生活を過ごすが、作品の評価はいよいよ高まる。
●1928年 レジョン-ドヌールの5等級勲章を授与される。
●1933年 リヨンで洗礼を受ける。
●1935年 12歳年上のリュシー・ヴァロールと結婚する。
●1937年 パリ郊外のル・ヴェジネに「ラ・ボンヌ・リュシー」と名づけた邸宅を構える。
妻リュシーも絵を描くようになる。
●1938年 母シュザンヌ・ヴァラドンが脳出血で死去(72歳)
●1948年 友人にして義父だったアンドレ・ユッテルが肺炎で死去。
●1955年 パリ名誉市民賞受賞。
11月5日、静養先の大西洋岸ダックスのホテルで肺充血のため死去。遺骸はサクレクールの納骨堂に安置されたあと、サン・ヴァンサン墓地に埋葬された。


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