ギャラリー小山 自由が丘 画廊・ローランサンの絵画,版画を販売(通販)

ローランサン在庫リスト(絵画作品画像付き)

■マリー・ローランサン■

ローランサン:版画(リトグラフ)【左向きの女の顔】
ローランサン:版画(リトグラフ)【お城の生活】
ローランサン:版画(リトグラフ)【少女】
ローランサン:版画(リトグラフ)【縦笛】
ローランサン:版画(エッチング)【バラ色の扇】
ローランサン:版画(リトグラフ)【ペキノワ】
ローランサン:版画(リトグラフ)【赤い花束】
ローランサン:版画(リトグラフ)【アネモネ】
ローランサン:版画(リトグラフ)【二人の友達】
ローランサン:版画(リトグラフ)【天使の娘】
ローランサン:版画(リトグラフ)【黒いショール】
ローランサン:版画(リトグラフ)【バランタイン】
ローランサン:版画(リトグラフ)【公園で】
ローランサン:版画(リトグラフ)不思議の国のアリスより【もっと大きい人はみんな...】
ローランサン:版画(リトグラフ)【キッス】
ローランサン:版画(リトグラフ)【バラを持つ少女】
ローランサン:版画(リトグラフ)【三人の女の顔】
ローランサン:版画(リトグラフ)【イザベル】
ローランサン:版画(リトグラフ)【三人の少女】
ローランサン:版画【空想】
ローランサン:版画【プレリュード】
ローランサン:版画【男の肖像】
ローランサン:版画【緑の鳥】
ローランサン:版画【ブルーのリボン】
ローランサン:版画【アルルカンの女】
ローランサン:版画【ジャンヌ】


━ マリー・ローランサン [ Marie Lauremcin ] の略歴 ━
●1883年 パリで生まれる。
●1893年 パリのリセ・ラマルティーヌに入学。
●1902年 女子師範学校の準備を止め、製陶所で磁器の絵付けの講習に通う。
●1903年 画商アンリ=ピエール・ロシェと出会う。
●1904年 リセ・ラマルティーヌ卒業。
画塾アカデミー・アンベールに入り、ジョルジュ・ブラックらと出会う。
●1906年 ブラックの紹介でパリの「洗濯船」の常連となり、ピカソやマックス・ヤコブらと出会う。
●1907年 ピカソの紹介で詩人ギョーム・アポリネールと恋に落ちる。
アンデパンダン展に初出品。
●1908年 「狩りをするディアナ」製作。
●1909年 「アポリネールとその友人達U」を発表。
●1910年 「乙女たち」を描く。
●1911年 ニコル・グルーと出会い、生涯の親友に。
●1912年 パリのバルバザンジュ画廊において展覧会。
アポリネールと訣別。「家具付きの貸家」製作。
●1913年 母ポーリーヌ死去。ドイツ人画家、オットー・フォン・ヴェッチェンと出会う。
「読書する女」「アンドレ・グルー夫人ニコル」製作。
●1914年 ヴェッチェンと結婚し、スペインへ亡命。
●1916年 バルセロナへ転居。
アポリネールが戦争で負傷。
●1917年 ピカビアの主催するダダの雑誌「391」に挿絵を提供。
●1918年 アポリネール死去。
●1920年 デュッセルドルフへ転居。
●1921年 パリへ転居。ロザンベール画廊での個展が成功。
●1922年 ヴェッチェンと離婚。
●1923年 肖像画を描き始める。
ジャン・コクトー台本の「牡鹿」舞台装置と衣装を担当。
●1925年 シュザンヌ・モローと同棲。
●1932年 「パリ16区のアトリエ」にて教鞭をとる。
●1939年 「園遊会」発行。
●1942年 「夜の手帖」発行。
●1944年 マルセル・ジュアンドー著「小動物物語集」にエッチング8点を掲載。
●1949年 ポール・モイリアン書店にて「友人達の肖像展」を開催。
●1951年 「セーヌ川の顔」発行。
●1954年 シュザンヌ・モローを養女に。
●1956年 心臓発作で死去。