月刊外聯"X"ぷれす。四月号
gairen"PEKE"press June

動物たちの外惑星動乱シリーズ(1)
従軍ハムスター物語


中谷2号

 こんにち外惑星の都市でよく見るハムスターは、かつて「ジャンガリアン・ハムスター」または「ロシアンドワーフハムスター」と呼ばれていたハムスターである。学名 Phodopus sungorus 、体長約10センチ、毛色は白またはグレーのしま模様のこのハムスターは、ももともとはシベリア南部からカザフスタン共和国にかけての地域にに生息していたが、20世紀末にはペットととして地球上の広い地域で愛好されていた。
 外惑星においては2080年代にタイタンのある好事家(どの時代にも、どこの世界にもそういった人種がいるものだ)がわざわざ地球から取り寄せ、飼育を始めたのがはじまりだという。
 俗に、外惑星のハムスターは火星原産と言われるが、それは伝説にすぎない。火星の研究所から逃げ出した実験用のハムスターが野生化し一大コロニーを形成しているという噂は今日でも根強く残っている。この噂には2095年に製作された「ガンバの冒険」の影響が大きいとも言われるが実際のところはどうだろうか。
(注1)

 この動物は、2080年代後半、外惑星系の各都市で空前のブームとなった。
 ブームの火付けとなったのは、外惑星系生まれのいわゆる第二世代以降の世代であった。彼らの多くは地球の土を踏んだことがなく、実際に人間以外の生きた動物を目にしたこともなかった。言うまでもなく都市といえども隔壁一枚隔てた外は荒涼たる死の世界である。こんな中で、多くの市民が(かならずしも女・子供ばかりとは限らなかった)この小さなほ乳類を求めた理由も理解できるように思う。
(注2)
 もっと大きなペット、犬や猫の方が潜在的需要は高かったと思われる。しかし、犬や猫のための飼育スペースの確保は個人のプライベートなスペースも限られていた外惑星都市では難く、外惑星で犬や猫を飼うことができたのは、経済的に恵まれた人間に限られ、タイタンなどでは「大型犬のいる広い住居」を所有することが一種のステイタスシンボルと見なされていたという。
 その点、個人のフラットの片隅で飼うことができ、また鳴き声もほどんど出さず餌の量も少なくてすむハムスターは、中流階級の人間でも手軽に飼うことができた。もともと砂漠の生物であっただけあり、水分をあまりとらず尿量も糞の水分も少ない点も、低重力下で有利であった。
(注3)
 「ねずみ算式」に増えるという点も好都合であった。
 比較的短時間で簡単に増やすことができるため、供給もそれなりに確保された。
 実際、外惑星のハムスターたちの由来をたどると、遺伝子的に2系統か3系統に収束するようだ。地球から輸入されたのは3回前後、あとは各都市で繁殖させたと思われる。

 第一次外惑星動乱前から動乱中にかけて、外惑星連合の生物兵器としてハムスターが使用されていたという噂は今日でもよく耳にする。
 外惑星系で人間についでありふれていたこの小ほ乳類を兵器として利用することを、最初に誰が発案したのかははっきりしない。
 しかし、地球-月連合と航空宇宙軍に比し明らかに劣勢であった外惑星連合軍は「藁をもつかむ」思いからか、外惑星系で入手・利用できるあらゆる物について、一度は兵器への転用を検討していた節がある。多くは試案の段階で終わり、詳細な記録は敗戦とともに失われてしまった。

 戦後十数年を経過してようやく発掘された断片的な情報をつなぎ合わせると、遺伝子操作を受けた「従軍」ハムスターはこのように運用される計画だったと想像される。

 カリスト・ガニメデ・タイタン船籍の商船に、商品またはペットとして積み込まれる。4〜5匹から多くて20匹前後を一セットとしていたようだ。
 彼らは、普段は精神安定剤と不妊薬、排泄物の消臭剤の含まれた特製の餌で飼育されていた。
 通常航宙中は、薬物の影響を受けておとなしく人なつこいペットとなり、単調な任務のぶりょうを慰める役割を果たしていた。
(注4)
 彼らが活躍するのは、あくまでも「非常時」、船が拿捕または抑留された時である。立入検査をされるとなおよろしい。しらじらしく誤って逃がしたふりをしてハムスターを放すのである。もちろん、ふつうに陰で放しても良い。
 餌に含まれている薬物のハムスターの体内での半減期は六時間である。それ以降の彼らは凶悪な侵入者となる。
 ネズミが瞬間湯沸かし器のメインバーナー内に巣を作り、それが原因で航宙艦で火災が発生した例が報告されている。適当な巣材(引火しやすい物がよい)があれば彼らは一時間もかからず巣を作る。これは、戦前の事例で従軍ハムスターの「戦果」ではない。ネズミがコード類をかじり、ショートさせる。それが原因でメインコンピューターがダウンしたラボの例、火災が発生した航宙艦の例が報告されている。これは、いずれも戦後の事例で従軍ハムスターの「戦果」ではない。
 しかし、遺伝子操作により爆発的な繁殖力(生後20日前後で成獣となり繁殖可能となる)を得た彼らは、天然のネズミと比較にならないほどこれらの可能性を高めるであろう。さらに、強化されたその前歯は壁を破り、壁内のコードやパイプ類にまで害を及ぼすことが期待できる。十分に成長した個体は、航宙艦の外壁をもかじって穴を開けることができる。気密が破られれば艦の命運に関わる重大な損害となるのは言うまでもない。「沈没」にいたらずとも、空気の流出が続けば艦の制御は格段に難しくなる。ハムスターのかじった穴は小さく、発見は困難であり、場所を特定できずブロック全体を閉鎖することになれば後の行動に大幅な制約をきたすかも知れない。もちろん、すべてのハムスターを除去しなくては、時間とともに新たな気密漏れが次々と発生することになる。
 ハムスターのためにトラブルが続いた航宙艦は、ドック入りして修理することになるだろう。うまくゆけばドックごと機能停止に、さらにうまくゆけばドックに停泊中の他の航宙艦も行動不能に追い込めるかも知れない。

 考えれば考えるほど魅力的な「従軍ハムスター」計画だが、結局実行に移されることはなかった。拿捕を前提にする消極的な戦法が軍上層のお気に召さなかったということらしい。
 すべての商船に配備するのではなく、おとりの船に従軍ハムスターを乗せて送り込む「トロイの木馬」計画も上申されたらしいが、同じく却下されたという。
 当時は遺伝子操作のコストが高く、開発費に見合う成果が得られるのかという疑問もあり、軍首脳は限られた資金と資源を正規巡洋艦の開発に集中したかったという事情もあったようだ。

 従軍ハムスターは実際に開発されていたという噂もある。
 万一のハムスターの脱走をおそれ実験はカリスト衛星軌道上のラボで行われていたが、やはり脱走事故が起き
(注5)、駆除を試みたがネズミ算式に増える彼らに対応は後手後手となり、ついにラボは気密を破られ従軍ハムスター計画もろとも宇宙の藻屑となったという内容だ。
 と言っても、これは噂に過ぎない。火星の野生ハムスターコロニーの噂といい、ペットあるいは実験動物が脱走して云々という話は人々に強い印象を与えるものらしい。罪悪感というものだろうか?
 また、従軍ハムスターは数隻の航宙艦に試験的に配備されたという説もある。
 配備したもの効果があがらずお蔵入りになったが、実は航空宇宙軍の航宙艦内で増殖するまでは行ったが、たまたまその船にペットのフェレットが放し飼いにされていたので効果があがらなかったと戦後になって分かる。大すじはそのような噂だ。

 2090年代には、外惑星のハムスターブームは一段落し、一部でフェレットと猫の飼育が流行のきざしを見せていた。
 しかし、2099年に勃発した外惑星動乱により外惑星のペットは壊滅的な打撃を受ける。特にカリスト・ガニメデでは終戦時にはペット人口はゼロに落ち込んでいた。関係者の多くは戦後長期間にわたり口を閉ざしていたが、聞かずとも大体想像がつくというものである。食料不足時の”人類以外の”蛋白質の運命は。

 人間の都合で宇宙に連れ出され、否応なしに戦争に巻き込まれ不幸な最後を迎えた動物たちの冥福を祈りたい。

------<注>----------
 20世紀後半に手書きセルアニメーションで製作されたもののフルCGリメイク版のこの作品は、舞台を火星に置きかえ、当時、ペットとして火星に持ち込まれたフェレットが逃げ出し(あるいは捨てられ)野生化して問題となっていたのを設定に取り入れている。

 それ以前には、外惑星でのペットは一握りの裕福な人間が犬・猫を「庶民」はせいぜいボトルフィッシュを楽しむくらいであった。

 同様の環境で犬や猫のトイレの世話やしつけをする手間を想像してみるとよい!

 余談だが、航宙艦備え付けの非常用の手回し発電器に専用のプラスチック製アタッチメントを取り付け、ハムスター用の回し車とすることも好まれていたらしい。

 一説にはハムスター好きの研究者が罪悪感に耐えかね逃がしたとも、人間関係のトラブルで追いつめられた職員がヤケをおこして逃がしたともいう。


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