皆  成   

 辺りが明るい。影も鋭角も見えないせいか、足元のどれだけ先まで領域があるかの目測がおぼつかない。
 直前までの記憶が無い。何かの弾みで別の次元にでも跳んだのかと考える。乾いた手を擦り合わせると、飾った指輪の名残りすらなかった。
 立ち尽くしていては埒もあかないと踏み出した先、輝く中空に細長い姿が揺らぎ、人型に結んだ。
 黒曜の奥に燃え立つ炎が見える。情を超え色失ったような顔が、薄氷を思わせる。どうやら、相手の強い思念の域に引き込まれてここに在るらしいと知れた。
 「我輩の連れを知らないか?」
「貴方なら、お一人で総てを成せましょうに。」
 真っ直ぐに向けられた顔から、即座に拒絶の閃光が返る。
 「そう思うか?」
「なぜに私が顔を向けましょうか。」
 髪を長く従えた娘は、尊大に答えた。しかし、声も肩先も震わせ、白絹を重ねた内に立てた爪先も色を変えているだろう。
 「己一つを成し得ぬ者が群れたとして、何を為せるものか。」
「されど万象を認め得るのはその『己』ではありませんか。」
「ならば、それぞれの『個』だ。お前が我輩を借りて考えるように。内にこの姿を形創るように。それぞれの、意識を介してこその『存在』ではないのか?」
「・・・ 否定、なさるのですか?」

 娘が伏せた顔を再び自身に向けるまで辛抱強く待ってから、彼は穏やかに応えた。
 「それがお前の一度望むことなら。」
◇皆成◇完


このページの初めにもどる     『懸軍万里』の扉へもどる
TOP
「伽眺風月」へもどる