始まりの日 |
薄明るい内に枯れ枝やら枯葉やらを集め、風の当たらなそうな場所を捜す。さして起伏のない荒野の、陽が落ちかけた中に火を焚けば、闇が一気に濃くなった。 闇に先が見えない訳でもない、暮れたからと休まねばならぬ訳でもない。ただ、急ぐ旅でもないから、型通りに過ごしてみる。 何か、気配を感じて振り返るが、何の影も気配も無い。気配は無いが、視界の端に、ボウと白くなかば透けた物が動くのが見えた。 「何だ?」 小さく尋ねてみても、返事は無い。無いが、ゆらりと動く。振り返るままに待てば、それがもう一つ動いた。背かうなじかの辺りに、漂うように居るらしい。温かくもなく冷たくもなく、意思も感じさせずに。 「悪さをしなければ、構わんが…」 言ってから、火を恐れるのかと思いついて、薪を外すと火が小さくなった。 白いものの動きが少し大きくなったようだったが、視野の中には入ろうとはしない。襟足の少し伸びた髪の先に、すがるのか戯れるのか、気配を感じた。 ……子供の、迷った魂かもしれないな… 消えないように火の様子をみながら、小さな荷を枕に、ゆっくりと身体を横たえる。背では不可思議の白いものが、付かず離れずふらりふらりと蠢いている気配がする。 うたた寝を始めた頃に、火の先の闇の向こうに、別の気配が現れた。 暗く遠いのに、白い顔と脚が見える。歩いてくるその動きで衣の裾が動き、白い脚がひらひらと見える。裸足の足先がひたひたと、音もなく近づいてくる。 背で、白いものが一気に冷えて、髪先にしがみつくのが分った。 半身を起し、消えかけた火をおこす。そこに、遠くから耳元に声が届いた。 「かがり火は、己を照らして他に知らす。俺を呼んだのはお前か?」 返事をせず待つと、男はすいと火のすぐ先に立った。 「呼んだつもりは無いが?」 短く答えると、男が笑う。黒装束の、長い裾がはだけて脚があらわに見える。白い裸足の、親指が立って見える。その背に、後ろ手に持った大鎌が黒く光る。 「そら、そいつら。」 黒い髪の男は言う。 「その、背にしがみついた魂。そいつを捜していたから、あんたの灯が見えたのさ。」 「魂?」 問えば、その二つ三つが背中にしがみつき、髪の中に隠れようと蠢いた。 「そうさね。魂… 子供の魂は迷いやすいから、俺が捜して歩くのさ。」 「見つけてどうする? 死神が、子供の魂を狩って…」 男が笑った。笑ったというより、口を開けて闇を吐いた。 「こいつらは逃げて走って、そのまま死んじまったからまだ逃げようとする。まっとうに生きて死んだならおとなしく集まる魂が、思い出せない、怖い、逃げなきゃ…で、彷徨ってしまうのさ。」 指さす彼方で、いつの間に始まったのか、砲撃の音と光が空を明るく照らす。また一つ、閃光… 高い悲鳴が届くようだった。 「俺は、そういうのを捜し歩くのを役割にしている。」 変な言い分だと、思う。 「子供は、小さな奴の魂は、早く転生させてやるのさ。新しい人生を創った方が、よほどそいつらにも、この世のためにもいいだろう?」 男は口から闇を吐き、髪が風に長くなびく。背に負う鎌が鈍く光る。死神なりに、言葉に真理を感じる。 後ろに手を回し、白い何かに触れようとしてみるが、気配だけで終わる。 「ああ言っている。悪い奴には思えんから、付いて行ってみてはどうだ?」 試しに言葉にしてみれば、魂とよばれたもの達が、背から離れて胸の辺りに漂った。 「あんたは、よほど気に入られたらしいな。」 闇を吐く、死神が笑う。 やがて、白く透ける魂が、二つ三つ数を変えながら離れて、死神の鎌の刃に吸い込まれていった。それを振り仰いで確かめて、黒装束の男の姿は静かに消えた。 一度外した枯れ枝を戻して、闇に火を熾す。 辺りに、闇が濃い。もう一度、夜に身を任せて身体を横たえる。 逃げ惑った子供の、あの魂たちは、今度は平和な世界に産まれ育つことが出来るだろうか。その子を失った父は戦場だろうか、母は… いや、生きているのか、既に、迷わず死神の鎌に吸われているのか。転生を果たし、新しい命を全うできるのか… 少し伸びた髪の先にじゃれつくのかしがみつくのか判らないが、あの、居る気配を懐かしく思った。 |
| 74◇始まりの日◇完◇ ◇DC27('25).11◇ |