月酔酒 |
顎で示された長椅子に向かい、下げてきた袋を半透明の卓に置く。どっかり腰を落ち着けて、見上げる様に辺りを見回す。 「何が好きなのか判らないから、適当に買って来たけど。」 「ああ、こっちも適当だ。」 笑って言いながら、先程の電話で仕立ててくれたらしい皿に木皿を重ねて片手に、グラスも二つ。袋から酒の瓶を出して確かめて、氷を取りにキッチンスペースへ戻る。 「急に電話して、悪かったね。」 言えばまた笑って、応えてくれた。 「空いてる時は、空いてるから、構わないよ。」 氷と、切ったレモンを持って来て、少し高さのある椅子を窓際から引き寄せる。 「で? 何かあった?」 酒を作ってくれながら。目をあげて尋ねられるが、いかにも軽い調子だ。 「いや、今日はスーパームーンだって言うから… 」 驚いた顔。止まった手に気がついて、グラスを押してよこす。 「何か、一人でいるのも… 怖いって言うか、もったいない気もするし。それで一緒に飲みたいと思ってさ。」 ああ、と小さく言って椅子に戻り、窓のシェードを巻き上げた。見事な満月が、高層の窓を覗くように夜空にかかっている。 少し斜に向かい合う椅子で、月を振り返った姿が、月に影を落としそうに思える。 「こう大きければ、満月の効果も倍増か。魔物と狂気の夜になりそうだ。」 グラスを取り、軽く持ち上げて目を合わせ、乾杯。一気に飲み干して、すぐ次を注ぐ。 満月は、人の魔物の本性をさらけ出す、狂気を引き寄せる。抑え隠した欲望があふれて、奮う理性の姿を覆う。 巨大に見えるだけのこの時を、特別に思うのは期待なのか恐怖なのか。判らないが、ただただ特別と思わせる美しさがある。 「…なら、デーモンの処にいくのかと思ったが… 先約が有ったか?」 怖い、一緒に、と口走ったせいか、案の定のその名が出てくる。 「ここが一番目です。」 言って、杯をかざしてあおり、酒を注ぎレモンを絞る。 「だって、こんないい月夜に、直ぐ潰れられちゃ、つまんないでしょ?」 言えば少し噴いて、手で口元の酒を拭い、もう一度振り返って、月を見上げた。 その姿が、月に影を落とすのではない、月を背に陰って見える。妖しい月の輝きに合わせる様に、室内の灯が落としてある。 「それに、こんな時は、こっちのほうが居心地がよさそうだし。」 「それはどうも。案外、気が合うらしい。」 それからも、ぽつりぽつりと他愛のない話をして、珍しい月を眺め、酒を呑む。 月が少し隠れる間に、家主は次の酒を取りに行った。 |
| 72◇月酔酒◇完◇ ◇DC27('25).11◇ |